2009年7月 9日 (木)

ディズニーと宇宙飛行士

ちょうど1年前ぐらい、このブログ「今日も星日和」の中で、宇宙に行ったキャラクターシリーズという記事をアップしていました。

このシリーズの2008年7月1日の記事で、アメリカとロシア(当時はソ連)の宇宙飛行士がフロリダのディズニーワールドで宇宙服を着たミッキーマウスと会う写真をご紹介しました。

S7524052_2 こちらの写真です→

ミッキーマウスの右隣がソ連の宇宙飛行士、アレクセイ・レオーノフ。

米ソの二人の宇宙飛行士レオーノフとスコットが宇宙開発について語る『アポロとソユーズ~米ソ宇宙飛行士が明かした開発レース』デイヴィッド・スコット+アレクセイ・レオーノフ著の中で、この時の様子が述べられているのでご紹介します。  (C)NASA

p474
レオーノフの言葉から

「こうして公式訪問が終わると、ディズニーランドへ案内された。そこはファンタジーの世界だった。わたしは子供に返ったように、すべてのショーを見て、すべての乗り物に乗った。人々はわたしたちがソ連の宇宙飛行士だと知っているようだった。自然に拍手が湧き起こり、サインを求めてたくさんの人がやってきた。ときとして協力することを躊躇する政治家と比べて、普通のアメリカ人たちは心から米ソの協力を歓迎しているのがわかって胸を打たれた。この訪米旅行の始めの頃からわたしはそれを感じていた」

p476 スコットの言葉から
「数日後、僕は一団を引き連れて、ロサンジェルスのロックウェル社の工場へ赴いた。そこで会議をしてから、ディズニーランドを訪れた。彼らは心底喜んでいた。ディズニーランドはもともと楽しい場所だが、そこで使われている技術にずいぶん感心しているようだった」

当時、レオーノフは30歳ぐらい。宇宙遊泳も体験済み。そんな彼がディズニーワールドで大盛り上がりしたのかなと思うとほほえましいです。

アポロとソユーズ―米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実 アポロとソユーズ―米ソ宇宙飛行士が明かした開発レースの真実
David Scott Alexei Leonov 鈴木 律子

ソニーマガジンズ 2005-05


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2009年7月 2日 (木)

ガガーリン82 NHKのドラマ「2つのスピカ」でガガーリンのことが

NHKのドラマ『2つのスピカ』。宇宙を目指す若者のお話。今日、第三話の副題が「地球は青かった」だから、ガガーリンに関することがでてくるのかなあと思ってみました。

おもしろかったです。
まだご覧になっていない方にはネタばれになってしまいます。

落ち込んでいる主人公、鴨川アスミを仲間がこんな風に励まします。
ガガーリンが宇宙飛行士第一号になった一番の理由は笑顔だったと。
だから、笑顔になった方が、宇宙に近づく。

人間ではなくロボットを宇宙に送れば、最悪の事態で命を落として地球に残された人が悲しむようなことはおこらないと語る機械工学科の大学院生に、人間が宇宙に行くからこそ、そこからみた美しい眺めを地球の人に伝えることができる、と鴨川アスミは答えます。
この場面でも、ガガーリンが「地球は青かった」という言葉が引き合いにでていました。

そして、興味深かったのが第三話の最後。本上まなみ扮する教官がガガーリンの言葉「地球は青かった」を田辺誠一扮する教官に語ると、田辺誠一は、「それは日本で一人歩きした言葉で、本当の言葉は・・・」と地球が青い円光につつまれていた・・・という言葉を語るのです。
途中で本上まなみにさえぎられる形で終わってしまいましたが。

このドラマで一人でも多く、ガガーリンの言葉は「地球は青かった」だけでおわらず、ガガーリンが残したもっとこまやかな地球の眺めの描写に興味を持ってくださったらいいなと思いました。

先週の第二話では、うみへび座のアルファルドが効果的に使われていました。アルファルドは「孤独なもの」という意味。宇宙学校の中でクールで孤立している優等生の女の子に、鴨川アスミが語ります。アルファルドは決して孤独じゃないと。
明るくないから目立たないだけで、アルファルドのまわりにはいっぱい星はあるんだよ。と。

『2つのスピカ』。上記のように天文の話が、友達を励ます時などにうまく使われていて、とっても素敵なドラマです。

※録画してみたわけではないので、台詞を正しく再現できているわけではありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ガガーリンカテゴリー。更新をひさしくしておりませんが、まだまだ続けていく予定ですので首を長くしてお待ちいただけたら幸いです。

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2009年6月29日 (月)

ビヨンセのマイケル・ジャクソン追悼のコメントにじーん

マイケル・ジャクソンの急逝はショック。
やはり、スリラーetc.のビデオクリップとムーンウォークの衝撃とわくわくは、何度見ても色褪せることないですね。きっとこれからも。

いろんなアーティストが追悼メッセージを寄せていますが、ビヨンセの言葉にじーんときました。

Viyonceのオフィシャルサイト(ttp://www.beyonceonline.com/us/home)
の「NEWS AND BLOG」の2009.6.25(ttp://www.beyonceonline.com/us/news/message-beyonce)で書かれているメッセージです。

“This is such a tragic loss and a terrible day. The incomparable Michael Jackson has made a bigger impact on music than any other artist in the history of music. He was magic. He was what we all strive to be. He will always be the king of pop!
Life is not about how many breaths you take, but about how many moments in life that take your breath away. For anyone who has ever seen, felt, or heard his art, we are all honored to have been alive in this generation to experience the magic of Michael Jackson. I love you Michael.” -Beyonce

MTVジャパンが後半部分の和訳をHPに掲載しているのでそれをご紹介します。

人生とは、何回呼吸をするかではなく、何度息をのむほどの瞬間があるかどうかだと思うの。彼のアートを見て、感じて、聴いた人はみんな、この時代に生きていること、マイケルのマジックを経験することができたことを、光栄に思うでしょう。愛しているわ、マイケル」。
―ビヨンセ ~
MTVJAPANのサイトの2009年6月27日の記事「アッシャー、エステル、ビヨンセら、マイケルに追悼コメント」より~(ttp://www.mtvjapan.com/news/music/15879/2)

人生とは、何回呼吸をするかではなく、何度意をのむほどの瞬間があるかどうかだと思うの。という言葉がいいですね!

さて、マイケル・ジャクソンは自分の造作をどんどん変えていってしまいましたが、私は、彼はもともと宇宙人だったのではないかと時々思います。
その宇宙人時代、の自分の姿を忘れられなくて、その姿に戻りたくて、顔立ちetc.を変えていったのではないかと。あのムーンウォークも宇宙人時代の歩き方を思い出したものだったのかも、なんて。

この宇宙のどこかに晩年のマイケル・ジャクソンの顔立ちのような宇宙人たちが暮らしている星があるのかも、なんて空を見上げています。

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2009年6月14日 (日)

芥川龍之介はなぜ北斗七星を6つの星で描いたか

先週のお話です。私は色めきだっていました。
それは、身近に「芥川龍之介全集」(岩波書店/1927年~1928刊行。1~7巻&別巻の計8冊)が寄贈としてやってきたからです。

どの巻も、前見返し(表紙をめくった見開き)と後ろ見返し(裏表紙をめくった見開き)に絵や句があるのです。カラフルな色つきで。
そして、7巻を手にとって開いた時、「ときめき」が起こりました。

「龍之介」と読めるサインがあったのです。

すぐに思いました。「芥川龍之介の謹呈署名本。つまり、龍之介の生サインがここに記されているのでは!」と。
丸が6つしかないけれど、線の結びから、北斗七星らしき星の絵が描かれていることも気になりました。

ネットですぐに龍之介の署名を調べると、筆跡は一緒でした。
印刷かなあと思ったのですが、サインも絵も指のはらを滑らせると、かすかにでこぼこしていて普通の印刷には思えません。

大変なお宝かも。週末になったら、古本屋か文学館のようなところにもっていて専門家にみてもらったらいいんじゃないかしら。
なんて勝手にそわそわ。

ですが、結論を言えば、お宝ではありませんでした。芥川龍之介の絵や文字そのものでした。けれど「生」ではなかったのです。普通の印刷ではなさそうだけど、版画的な技法の刷りだったのでしょう
・・・・・・・・・・・
ちょっとしょぼん。
まず、芥川龍之介が自殺したのが1927年7月24日。第一巻の刊行が1927年11月。生サインを本にできるわけがないことにすぐに気づくべきでした(*^。^*)

でも、気づけず、「お宝本かも」って欲を出したおかげでいろんなことを知ることができたのです。

この全集、龍之介の遺志を汲んで、岩波書店が出すことになったことが岩波書店のHPにも記されています。『写真でみる岩波書店』(ttp://www.iwanami.co.jp/museum/chronicle/)の『芥川龍之介全集』刊行開始(1927年11月30日)をクリックしてごらんください。

ものすごい思い入れを持って刊行された全集であることが、手がこんだ装丁からもうかがえます。それを担当したのが龍之介の無二の親友の小穴隆一(おあなりゅういち)氏。

全集の第一巻の月報で、小穴氏はどのくらいこだわりを持って装丁を手がけたかを述べています。
・「芥川龍之介全集」という題字はたどたどしく味があるなあと思っていたら、龍之介の子(当時尋常2年生の)芥川比呂志氏が書いたものを起用したことがわかりました。
・私が気になった見返しに関しては
「表の見返しには毎巻、芥川さんの書を使ってゆきます。書は八巻ともちがってをります」by小穴氏。

そして、北斗七星らしき星の絵については第七巻の月報で下記のように述べられていました。


この巻には僕の所持、北斗七星を使ひました。御覧の如く星は一つ飛んで六つしかありません。当時われわれは鵠沼でしたが、(大正十五年)僕の家で座の紙筆をとって、「君これはなんだか解かるか」と芥川さんがさし出したものは易者の看板かと間違へる北斗七星之図でした。「わかる 北斗七星 星が一つ足りない。」「うむ。星は一つ飛んぢゃった。」このわびしい問答の後、更に書いてさうしてそつと僕の座ってゐる布団の下に差し込むだのがこの書です。


小穴隆一の著書『二つの絵』でもっと詳しく書かれています。P16

芥川は十五年の四月十五日に自決することを僕に告げた。さうしてその後しばらく僕らは鵠沼で暮らしたが、その鵠沼で芥川は星が一つ足りない北斗七星を書いて、それに、霜ふる夜を菅笠のゆくへ哉、と書いて「君、これがわかるか、」と言ふので「わかるよ、」と言ふと、書いたものを座布団のしたにさしいれていつた。星一つ落としてゐるのは、この世から消えゆくことを言つてゐるのだ(以下私が省略)

この絵は、龍之介が亡くなる約3ヶ月前に小穴氏の自宅で小穴氏に描いて渡したものだったのですね。
そして、六つの星は、やはり北斗七星。
なぜ星が一つ足りないかは、龍之介が自決を考えていて、この世から去る思いをあらわした 。


この全集は、芥川龍之介から自筆の書をいくつも贈られた無二の親友小穴氏だからこそできる装丁だったわけです。
小穴氏と龍之介との親交は『二つの絵』P141の龍之介の葬儀での座席表でもわかります。
葬主親族席という文字のすぐ下に菊池寛、室生犀星と並んで小穴隆一の文字があります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後、岩波書店は、1977年にさらに充実させた内容の芥川龍之介全集を出しています。題字は1927年のものを踏襲。ですが、見返しの絵は1927年~版ほど凝っていません。(前見返しには書があるけれど、裏見返しにはなし。しかも全巻、違った書にするわけではなく、使用されたのは3つの書のみ)&明らかな印刷で触ってもでこぼこもしておらず。

1998年版にいたっては見返しに書の印刷すらもなかったでした。

図書館でみつけられる限り龍之介の他の出版社の全集や書籍をみたのですが、龍之介の書を、写真に撮って掲載ではなく、版画のようなテイストで再現したものはみつけられませんでした。(あくまで私調べ)

1927年~刊行の芥川龍之介全集は、携わった人みんなの「志」が随所から伝わってきます。配本は第一回で5400冊ほどあるようですが、十分貴重です。
大きな図書館に行かれる方、ぜひ見返しの絵などをごらんなってみてください。

*青字は書籍から引用部分。旧漢字は私が今の漢字に直しています。

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2009年6月 1日 (月)

元気です

ブログの更新がだいぶお休みしていますが、私は元気です。
毎日ほとんど家にいる時間がない生活が続いています。

できるだけ移動中などに睡眠をとるようにしているので私は充電できているのですが、問題は携帯。
出先で勝手にコンセントを借りて充電をできるような環境ではないため、携帯くんは、家にもどってあまり充電できないまま、翌朝またおでかけなので、すぐに「あと残りわずか」のオレンジ色がでてしまいます。

近日、芥川龍之介と星のお話についてアップ予定。楽しみに待っていただけると幸いです。

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2009年5月17日 (日)

フランネルフラワー、新しい鉢を買いました

フランネルフラワーシリーズ(10)

フランネルフラワーの季節です。去年6月に(9)で、冬も無事越えて、がんがん花をつけているフランネルフラワーの鉢をご紹介したのですが、2度目の夏を乗り切れず枯れてしまいました。

私が初めてフランネルフラワーに出会ったのは横浜・長津田にあるビバホームの花屋さん。この週末行ったところ、タイミングが悪かったのか切花も鉢もみつけられずでした。
そこで横浜・十日市場近くのテーブルガーデンに足を伸ばしてみると、ありました!

大きな花をたくさんつけたフランネルフラワーの鉢がなんと980円。
4月に別のお花屋さんでみつけた時は、季節の走りだったのか、1700円以上していたので、980円はお買い得かなと思います。

種類はフェアリーホワイト。タグを見ると・・・
私が最初に手に入れたのは戸崎園芸さんだったのですが、今回は浅野園芸さんでした。

「岐阜 浅野園芸」でググルと。
HP発見。http://www.asanoengei.co.jp/
「年間出荷計画情報」のタブをクリックすると一番下にフランネルフラワーが(2009.5.17現在)。「フランネルフラワー」をクリックすると出荷時期が5、6月と10月になっています。

フランネルフラワーにご興味がある方、今がちょうどチャンスですね。
フランネルフラワーの育て方。今回もブルーベリー用の酸性の土を使ってみようと思っています。

さて、テーブルガーデンには今日現在4鉢ぐらい並んでいました。
入手されたい方は事前にお店に確認のご連絡をされた方が確かだと思います。

【テーブルガーデン】
〒226-0023 神奈川県横浜市緑区小山町611-3
TEL 045-935-4187   営業時間 9:30~18:00 休日 正月のみ

営業時間等の情報はテーブルガーデンのサイトからコピペしました。今後変更がまったくないとはいえないので、どうぞ訪ねる時は事前にお確かめくださいませ。

フランネルフラワー(9)はこちら

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2009年5月14日 (木)

雪の結晶の町、古河に行ってきました

ブログの更新がすっかり空いてしまいましたが、GWは茨城県古河(こが)市に法事で行ってきました。

古河は雪の結晶のまち。
関東にあって、雪があまり降らない土地なのになぜ、というと、江戸時代、古河藩の殿様だった土井利位(どいとしつら)が雪の結晶に魅せられ、「雪華図説」という雪の結晶観察図鑑のようなものを発刊したことによるのです。

(⇒くわしくは、このブログのカテゴリー「雪の結晶」をご覧くださいませ)

雪の結晶カテゴリーでもすでに触れましたが、「おがわ」という和菓子やさんの「雪華図説」というお菓子がとてもおいしいのです。お土産に買おうと訪ねると・・・残念。この日は作っていませんでした。
ちょうど5月5日のこどもの日だったため、柏もちづくりに集中してしまったようです。

もし、おがわさんで「雪華図説」を購入されたい方は、事前に確認されるといいのかもしれませんね。

Kogaekimaekankoannai 駅のコンコースには古河の観光案内のブースがありましたが、ここも雪の結晶がモチーフとしてほどこされていました。


Kogaekimae 駅前のアスファルトにも雪の結晶マークをみつけました。
「ゆきはな」と書かれています。

利位の描いた雪華はこの町のたからものだと思います。
雪の結晶好きとしてはうらやましいです。

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2009年4月29日 (水)

音合わせ、チューニングのよろこびと井上陽水の「つめたい部屋の世界地図」

私のブログの右サイドで紹介させていただいているさる子さんのブログを訪ねたら、クラシックコンサートが始まる前の音合わせの時間が大好きであることを書かれていました。

私も「音合わせの時間大好き!」なので、今日はこの話題で。

スポーツ選手でいうところの、試合前のストレッチみたいな、楽器が本番の「よそいき?」の顔をする前の素顔の音を披露するみたいなところが好きです。

フィギュアスケートなどでも、本番で音楽に合わせての振りをみているより、その前にスケーターが音楽なしで、頭の中の音楽だけで、すすすってジャンプのあとの手の振りの練習とかしているところをみるとぞくっとします。「素」がみえるような気がして。

さて、この演奏前の音合わせの時間が大好きという方にぜひ聴いていただきたい楽曲が
♪井上陽水の「つめたい部屋の世界地図」。
出だしが、弦楽の音合わせのような音。混沌とした雰囲気がすーとひとつにまとまって、少しクレッシェンドしてフッと消えたあと、ギターが始まって歌がはじまります。

歌の内容もいいです。
♪潮風に吹かれ、何も考えず遠くをみるだけ とか ♪飛び交うかもめは陸が近いのを教えてくれる とか。
私は、この歌の世界に憧れ、国内で、船の上で海を眺めたいがために島へ何度も旅行しました。
酔うから嫌だという友達と、「酔っても船に乗りたい」という私で意見が別れ、飛行機好きの友達と現地で集合したことも。
デッキで音楽を聴きながら、風に吹かれながら、大海原の景色の中にゆっくり自分が前進していく、のが心地いいんですよね。
この歌は、オカリナの郷愁を誘う音色も、陽水のつややかで耽美な歌声もGOOD。


「つめたい部屋の世界地図」データ:
最初に収録されたアルバムは1972年の『陽水II センチメンタル』のようです。
私が持っているのは1975年リリースのベストアルバム『GOOD PAGES』。「つめたい部屋の世界地図」は3曲目。白ジャケットが印象的なアルバムです。

『陽水II センチメンタル』はCDで復刻版も出ていたんですね。

陽水II センチメンタル
陽水II センチメンタル 井上陽水


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別アレンジバージョンがあることを知りました。
BEST BALLADE BEST BALLADE
井上陽水

FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT,INC(BMG)(M) 2008-12-10


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試聴もできます。70年代オリジナルバージョンのストリングスの出だしは残念ながら使われていないようですがこちらのアレンジもギターがせつなくていいです。

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2009年4月26日 (日)

涙がとまらなくなった ヴィヴァルディ「3つのギターのためのコンチェルト」

Kyukosya 「悲し涙」でも「うれし涙」でもなく、この曲を聴いて、なぜだか涙が溢れてとまらなかった。そんな経験をしたことはありませんか。

私がそれを初めて経験したのは高校1年の15歳の頃。
ざっと(ざっとじゃなくても)32年前のことです。

その春、私はマンドリン部に入部しました。
50名以上の大所帯。編成楽器はマンドリン、マンドセロ、マンドラ、クラシックギター、ベース、フルートなど。私はギターパート(通称ギタパー)になりました。関東大震災にも耐えた、明治の洋風建築の校舎に部室はありました。《ベルサイユ宮殿》とも、鳩が建物内に侵入しまくっているから、《鳩小屋》ともいわれるこの建物内の部室での4月の放課後のある日。

Mandolinbuiriguchi 夏の定期演奏会の練習が行われていました。マンドリン等を含めず、クラシックギターだけの演奏コーナーが予定されているので、ギタパーの先輩たちがそこで発表する曲を練習するところでした。
10~15人ぐらいでしたでしょうか。椅子を弧を描くように並べてギターを構えるその後ろに私たち新入部員は立っていたのですが、その曲が始まったとたん、私は、涙があふれてとまらなくなり、腰を抜かすように座り込んでしまったのです。
前の椅子の背もたれに手をかけてかろうじて身を支えるような形で。涙ぼろぼろ、鼻水ずるずる。左隣をみると、同じギタパーの新入部員Iさんが私と同じように座り込んでしまって、お互いにしゃがみながら顔を見合わせたことを今でも覚えています。

Bushitsu 自分でもなんで涙がでるのかわからない、そんな衝撃。体中に電流が走ったような。その時はその感覚を分析する余裕もなかったわけですが、要するに「魂が揺さぶられた」「心の琴線が激しく振るわされた」ってことなのでしょう。ヘレン・ケラーが水に触れて「WATER」という言葉を思い出す衝撃ってこんな感じかなと。

木造校舎にある大きな部室。50人分以上の椅子と譜面台と楽器置き場もあるその広い空間にギターの甘美な和音が充満して、「耳で音を聴く」というよりも、「体中に音を感じる」、そんな体感でした。

その曲がなんという曲かといいますと、ヴィヴァルディの「3つのギターのためのコンチェルト」。
「調和の霊感」の中の楽曲をギター用にアレンジしたものであるということを後になって調べてつきとめることができました。

「3つのギターのためのコンチェルト」がCDになっていたら買いたいと、以来、折々調べているのですが、いまだにみつけられていません。
ただ、ネットで調べると、マンドリン部やクラシックギター部の演奏会では比較的定番の曲ではあるようなので、今度、縁もゆかりもなくてもどこかのクラシックギター部の演奏会に足を運んで、生であの曲をもう一度聴いてみたいなって思っています。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
32年も衝撃を忘れない、運命の1曲。なぜ今日のタイミングでブログでご紹介させていただいたかというと、久しぶりに「ネット刑事(デカ)」となって調べていたら、この「3つのギターのためのコンチェルト」の演奏をみつけることができたからです。

3つ、ご紹介させていただきます

1.youtubeで。「ハウザートリオ 調和の霊感 OP 3-8 第1楽章 Vivaldi」で検索されるとヒットします。(2009.4.26現在)

文字通り、3人による3つのギターで演奏されています。あくまでも部屋らしき空間での生演奏。後半、失礼ながら少したどたどしいところもありますが、この楽曲の魅力が引き出されています。

2.youtubeで。「L'estro armonicos Op.3 Concerto No. 8 RV 522 - A. Vivaldi I. Allegro」でヒットした、crazylee77さんによる投稿(5分12秒)。こちらも3人による3つのギターの演奏。韓国の方によるライブ演奏を仲間が録ったもののようです。音量が小さいですが、テンポに慌ててもたつかず、丁寧に弾いています。

3.東京にある芝学園のギター部による演奏会の音源。
ギター部のTOPページ(ttp://shiba-guitar.sakura.ne.jp/)からMP3ライブラリ→2005年度ウインターコンサートOB合奏の1曲目「調和の霊感 op.3-8(1)がそうですね。直接のアドレスは(ttp://shiba-guitar.sakura.ne.jp/sounds/mp3/2005win-ob3-8.mp3)になります。

こちらは合奏なのでこの曲を複数のギターで演奏した時の重厚感を感じていただけるでしょう。

知人でも関係者でもないまま、ご紹介させていただきました。いずれも、生演奏一発録りだと思うので、ノイズもありますし、プロがスタジオで何度も録音して編集して仕上げた完璧な音源を聴くのとは違うのですが、部室での先輩の演奏で魂を揺さぶられた私としては十二分にあの時間を思いださせ、そしてこの楽曲のすばらしさを十分に感じさせてくれる演奏となっています。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「調和の霊感」。元はバイオリンをはじめとする協奏曲です。こちらは世界各国いろんな演奏者によるCDがあります。
まず、通常編成の楽曲を聴いてから、ギター用アレンジの「3つのギターのためのコンチェルト」を聴いていただけたら。

楽曲名。協奏曲集「調和の霊感」作品(OP)-3  第8番 2つのヴァイオリンのための協奏曲イ短調 RV522 第一楽章 - Allegro

amazonでの試聴でしたら、イタリア合奏団のCDなど。下記のアルバムのディスク2の5曲目が該当曲です。

ヴィヴァルディ:調和の霊感
ヴィヴァルディ:調和の霊感 イタリア合奏団 ヴィヴァルディ


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(メモ)
アントニオ・ヴィヴァルディ/Antonio Vivaldi
調和の霊感/L'estro Armonico/Harmonic Inspiration
調和の霊感 OP3-8/L'estro Armonico Concerto No. 8 in A Minor 1ST MOV.
ALLEGRO/
No 8 en la menor(RV.522) para dos violines I mov.
「調和の霊感」は「調和の幻想」とも。
手元にあるロンドンの出版社の楽譜では該当スコアは『CONCERT GROSSO, A
MINOR,OP.3 NO8』のタイトルが。

画像は高校時代の古いアルバムから。写真をスキャンではなくて、写メールで接写したので、鮮明ではありませんが。
上/洋風建築の旧校舎の廊下。飾りのある窓から差し込む夕日。
中/部室の入り口。「マンドリン部」のポスターが貼られています。
下/部室内部。小学校にあるような小さな木の椅子と譜面台が並んでいます。

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2009年4月19日 (日)

ソメイヨシノから八重桜へ春らんまん

20090415yaezakura ブログの更新があいてしまいました。
4月12日のガガーリンの記念すべき日もスルーしてしまいましたが、ガガーリンシリーズ、雪の結晶シリーズ、星のささやきシリーズ、打ち止めでなくて、まだまだこれからも続けていく予定です。

さて、私の住んでいるところでは
ソメイヨシノは10日ぐらい前に見ごろを終えてしまいました。       
      ↑八重桜 三種盛り! 濃淡のピンク、
                          黄緑(右)が綺麗

<桜吹雪>
ソメイヨシノの散り始めってさみしいですよね。
それでもソメイヨシノは散るからこそ、そのはかなさが満開の美しさを際立てるのでしょうね。
                                        
私がよく利用するバス停。ロータリーになっていて、まわりを桜の木が囲みます。
小高い丘という地形のため、小さなつむじ風が発生しやすいのでしょう。さーと風が吹いて、桜の花びらが巻き上げられて、風がなくなった頃に上からはらはらひらひらと降ってくるのです。

見上げると青空しかない。その中からまるで天気雨、天気雪のように音もなく降ってくる花びらたち。
ぜひ多くの方に体感してほしい光景です。

今年は、あちこちで、高台にある桜をみつけました。傾斜地で傍らの住宅や道路からみると4階とか5階部分ぐらいの高さに桜の木がある。そんな場所をみつけたら、散り際絶景ポイントですね。

このくらいの高さから降る花びらは風に乗って、イレギュラーにこっちにひらひらしたかと思うと、あっちにひらひら。滞空時間が長いので、花吹雪の様子をたっぷりと楽しめます。
風が花びらと遊んでいるみたい。そんなひらひら、はらはらをしばらく眺めていると心が落ち着いていきます。

<八重桜も乙>

ソメイヨシノの散る頃がさみしく感じられるのは、色が汚くみえることも要因ですよね。出始めた葉の「緑色」と、花が散ったあとのガクの「赤紫色」の配色が濁っていて少し残念。

ソメイヨシノと入れ替わるように咲く八重桜。大人になってからどんどん八重桜のよさもわかってきました。
八重桜は、葉が花とほとんど一緒に出るのに、色が喧嘩してみえないのがいいですね。
なぜなんでしょう。

画像は、とある神社の鳥居の脇にある3本の八重桜。濃いピンク色、ソメイヨシノに近い薄いピンク色、黄緑色の3本が並んでいて、とても美しいんです。黄緑がかった八重桜。フランネルフラワーぐらいの薄黄緑色の花でした。満開になるにつれ、花弁の中心にピンク色が染まるように現れてとても可憐です。

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2009年4月 7日 (火)

桜しかみえない

Sakuratasogare 私の住んでいるところでは桜が満開。
日曜日はグラウンドで野球を見ながら桜を眺める観戦日和を楽しみました。

里山の風景が好きです。萌木の芽の色と桜の薄ピンク色で里山が染まります。まるで巨大なピンクのトピアリーみたいに。

桜の木の下から空を仰いで、目に映るものは桜しかない、という眺めに身を置くと、どこか別世界に吸い込まれていく気がしませんか。

青空を背景にしても、曇り空でも、夜でも、桜は魅せる方法をしっていますね。

Sakuraandmoon →今日のたそがれ時の桜、きれいでした。ふと気づくと、向こう側に月が。

横浜市内の、とある駅前の風景の風景ですが、ここだけ深山幽谷に紛れこんだみたいなかんじでした。

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2009年3月29日 (日)

カロリーヌがロシアに行く絵本をゲット!!

Carolineenrussie \(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

うれしいことがありました。海外のアマゾンのユーズドで取り寄せした本が届いたのです。
その本というのは、ピエール・プロブスト(Pierre Probst)のカロリーヌシリーズの「Caroline en Russie」。カロリーヌがロシアへいくお話です。

日本語版の出版はなし。日仏学院の図書室にもフランス版はなし、フランスからの取り寄せをしてくれる書店でもフランス本国での再販の予定なしということで取り寄せ不可能。
あきらめていたのです。
でも、カロリーヌが好きで、ロシアが好きな者にとって、ダブルで自分のハートど真ん中を直撃するこの本を見ずにいられましょうか。

先日、海外のアマゾンでuesdで購入できることがわかり、意を決して四苦八苦で手続きしてみました。すると、わずか9日間で届いたのでした!

感激です。絵本を実況中継します。フランス語はわからないので内容は絵で推測。

私の手元に届いた本は背のところが赤い布張りとなっています。
(装丁は2バージョンありそう)。全編カラーで44ページ。

冒頭ではカロリーヌとおともだちが、カフェオレボウルにクロワッサンを浸して食べるシーン。おいしそう。ゴクリ。
そのあとロシアの旅がはじまります。
***
イズバー(美しい窓飾りが施されたロシアの伝統的な農村の家屋)。赤いサロペットでおなじみのカロリーヌが、鮮やかな赤い刺繍のブラウスとスカートというロシアの民族衣装をまとっています。おともだちもロシアの民族衣装ルパシカを着ています
Russiaikon イズバーの中ではテーブルをみんなで囲んでいます。
サモワールを真ん中にピクルス、ウォッカやクワスが並ぶ食卓。黒猫のノアローはバラライカ(ロシアの民族楽器)を弾いて歌っています。
イズバーの室内にはイコン(ロシア正教の聖人画)もあり、ピエール・プロブストがロシアを念入りに調べて描いていることがわかります。
(←イコン)
カロリーヌはできたてのブリヌイ(ロシア版クレープ)をみんなにふるまっています。

***
Saintbasilscathedral カロリーヌたちは赤の広場にでかけます。おとぎ話の建物のような聖ワシリー寺院も、スパスカヤ塔も色鮮やかに描かれていてロシアマニアのハートをくすぐります。(→聖ワシリー寺院)
カロリーヌはなぜかマロージェノエ(アイスクリーム)の売り子さんになっているみたい。
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クレムリンの中にある王様の大砲も登場。
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サンクトペテルブルクでは、カロリーヌはエカテリーナ2世に扮しているのかドレスを着ています。
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オペラ『ボリス・ゴドノフ』をライオンのキットが演じているシーンあり。赤と金色を基調にしたロシア的色彩をピエール・プロブストがうまく捉えて描いています。
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ボリショイ劇場ではカロリーヌとおともだちがステージでロシアの民族舞踊を。犬のユピーたちのコサックダンスも、ノアローや白猫プフのバレエのような開脚ジャンプも見事。(表紙の絵ですね)
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凍った川の氷が割れたところで寒中水泳?の場面も。
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Russiamymato_3 サーカスもでてきます。大きなマトリョーシカをひょうのピトーがを一つ一つ開けていくと、、、最後にカロリーヌが中から登場!
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その後、タイガの雪原をトロイカで走ったり、シベリア鉄道の旅も。

この「Caroline en Russie(ロシアでのカロリーヌ)」が出版されたのは1993年。プロブスト氏が80歳の時になります。
晩年は小学館の絵本の時と比べ、タッチがあっさりしています。小学館の絵本のころは、全頁に渡って細部まで描かれ、それぞれの動物がページごとにいろんなことをしでかしているから、絵をずっと眺めていても、何度眺めていても飽きない。というよさがありました。
晩年の作品はそれぞれの動物の描き方もあっさりしています。

それでも、このCaroline en Russieは、カロリーヌとおともだちとロシア的なものの組み合わせが十分魅力的。聖ワシリー寺院やロシアの風景が楽しめる絵本としてだけでも価値ある美しい絵の中に、カロリーヌたちが登場するのですから!!

*カロリーヌの絵本の表紙以外の画像は、イメージをお伝えするために私の私物からアップしました。聖ワシリー寺院は自分で仕上げたクロスステッチの刺繍です。

*「今日も星日和」の中で、カロリーヌが月に行くお話のご紹介はこちらに
 前編 後編

(2009.4.7補足)
上記に画像をアップした聖ワシリー寺院のクロスステッチのキット。私はモスクワで購入しましたが、日本でも取り扱っていらっしゃるところがあります。
スワロフスキークリスタルを使用したオリジナルデザインアクセサリーetc.を販売されていらっしゃるリュボーフさんhttp://lubov.jp/ です。
私はリュボーフさんで、別の絵柄の聖ワシリー寺院(雪のある冬の風景)のクロスステッチキットをみつけて早速購入しました!
惹かれる方はどうぞ訪ねてみてください。

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2009年3月27日 (金)

雪と桃と雷と

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昨日のブログにも1枚アップいたしましたが、26日、保木の桃源郷にいってきました。朝はぼたん雪がちらつく天気。それが急速に晴れた昼下がりに。

桃源郷は、桃の花が盛りをほんの少しすぎて、枝先は花が散って葉となっていましたが、あいかわらずうっとりする風景でした。桜(ソメイヨシノではないと思うけれど)の薄いピンク色や、黄色い花とのコントラストも、青々とした木々がなだらかに描く線も、起伏ある土地がつくりだす奥行きも見事。美しいパノラマ風景、私の生涯のベスト3に入ると思います。

桃畑の中にはいることはできません。おそらく個人の所有地。ガードレールの手前で私たちはこの風景を眺めます。毎年、多くの人が楽しみにしているのでしょう。老人ホームや介護関係のワゴン車も2台みました。この風景をお年寄りの方たちに楽しんでいただくために車でお連れしたのでしょう。

目の前にあるのに彼岸の、異次元の景色みたいに感じます。人は亡くなったら、魂はこんな世界をふわふわと漂っていくのかも・・・空では鶯や鳥がのどかに鳴いて・・・

穏やかで満ち足りた景色に浸っていると、黒い雲、天気雨、そして雷まで。

雪と雷が大好きな私としては、同じ一日で雪も雷も、桃源郷の景色まであじわえるなんて贅沢すぎます。これで、雨上がりに虹でもでたら、飛び跳ねちゃうところですが、虹はみられませんでした。

別のアングルからも。いずれも携帯で撮っているので鮮明ではないですがパノラマ感を感じていただけますでしょうか。
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2007年の桃源郷
はこちら 2008年の桃源郷はこちら

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2009年3月26日 (木)

今年も桃源郷にいってきました

20090326tougenkyo1_4 桃源郷。それは田園都市線たまプラーザ駅からバスで少し行ったところにある桃畑。
今年も行ってきました。
今日はまず1枚だけアップいたします。

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2009年3月20日 (金)

星のささやき---その11.シベリアを体験した作家の言葉

ロシア人作家シャラーモフ(1907~1982)が、詩の中で「星のささやき」を書いていました。

政治犯としてシベリアのコルィマ地方でラーゲリ(強制収容所)生活を余儀なくされ、釈放された後に執筆活動を送った人物です。

「星のささやき」という言葉が登場するのは「Колымские тетради/コルィムスキエ・チトラージ(コルィマノートブックの意味)」という詩集の中です。ネットで原文が閲覧できました。

Шепот звезд в ночи глубокой,
深い夜の星のささやき
Шорох воздуха в мороз
マロース(極寒)の中での大気のざわめき 
Откровенно и жестоко
非常に露骨に
Доводил меня до слез.
私を涙にむかわせる

Я и до сихпор незнаю,
Мне и спрашивать нельзя
Тропка узкая лесная 
Это стежкаильстезя ?

Я тогда лишь только дома,
Если возле ? ни души,
Как вхрустальном буреломе,
Вхаотической глуши.


詩は訳すのが難しいです。5行目以降は星のささやきとは直接関係ないので、最初のくだりだけ訳してみました。

「星のささやき」という言葉、中学生の女の子でもロマンティックな響きからポエムに使いそうですが、シャラーモフの場合、この言葉を「星のささやき現象」を知った上で使っていることが、「マロースの中で」「Шорох (ショーラフ)」という言葉から確信できます。
なぜなら、「星のささやき」はマイナス50度ぐらいのマロースの時にこそ起こる現象だから。そして、「星のささやき」の音はサラサラ、カサカサ、衣擦れのようだと言われており、「ショーラフ」という言葉がサラサラ、カサカサ、がさごぞという音や、衣擦れや枯葉などの音に使われる言葉だから。

と思っていると興味深い記事をネットでみつけました。
マガジン『Совершенно секретно(サベルシェンナ・セクリエトナ/極秘という意味)』(ttps://www.sovsekretno.ru/)2007年6月号です。

シャラーモフの生前のインタビューのよう。
「星のささやき」現象を体験していたことを明確に書いていました。
抜粋で。訳は少し自信ないです。


Ловили вот этот 56-й градус Цельсия, который определяли по плевку, стынущему на лету, по шуму мороза, ибо мороз имеет язык, который называется по-якутски 《шепот звезд》.  Этот шепот звезд нами был усвоен быстро и жестоко. Первое же отморожение : пальцы, руки, нос, уши, лицо, все, что прихватит малейшим движением воздуха.
摂氏マイナス56度という温度は、地上に落ちるまでに氷結する唾や痰によって、マロースのざわめきによって把握することができた。なぜなら、マロースは言葉を持っているのである。それはヤクート語で「星のささやき」と呼ばれている。この星のささやきを私たちは非常に早く覚えた。最初は凍傷。すなわち、指、腕、鼻、耳、顔、すべて最小限の空気の動きで凍りつかせる。


◆このインタビューによると、シャラーモフがシベリアで「星のささやき」現象を体験して知っていることは明らか。
◆注目すべきは、по-якутски(ヤクート語の意味)という言葉。
今まで私が目にした文献は<ヤクートでは「星のささやき」と呼ばれている>というものばかり。ヤクートでの公用語がロシア語とヤクート語であるため、元の言葉がロシア語なのかヤクート語なのかまではわからなかったのです。
シャラーモフの言葉によると「星のささやき」の原語はヤクート語となります。ただし、その原語を彼は明かしていません。
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マロース(氷点下50度ぐらい)の厳寒の中での星のささやき。それはけっしてロマンティックなものではなく、凍傷や死と隣り合わせに今自分が置かれているかを示すもの。強制収容所にいる方たちにとって、温度計を持たずに生命の危険を感知できるアラーム、センサーだったのだと思うと身につまされます。


メモ
①『Колымские тетради』(コルィムスキエ・チトラージ/コルィマのノートブックの意味)
1937~1956年の詩作を集めたもの。
おそらく日本では翻訳本は未出版。日本でも翻訳されているシャラーモフの代表作『コルィマ物語』とは別物です。

②上記の詩が閲覧できるページ ttp://shalamov.ru/library/11/6.html

③『Колымские рассказы
(コルィムスキエ・ラスカーズィ/コルマ物語の意味)
日本では『極北コルィマ物語』のタイトルで高木美菜子訳(朝日新聞社)が出版されていますが、この本に収められているのは『コルィムスキエ・ラスカーズィ』の33編のうちの8編。全訳ではありません。
『極北コルィマ物語』には「星のささやき」に関する記述はありませんが、原書の未翻訳のところで「星のささやき」が登場するかは原書を閲覧しておらず、未確認。

④コルィマ地方とは
シベリア極北の地名。インディギルカ河上流をも含めたコルィマ河流域一帯のこと。
『極北コルィマ物語』の解題から引用。
コルィマよ、コルィマ 奇しき惑星(ほし) 十二ケ月が冬で あとは夏  
哀愁と皮肉をこめて人びとにこう歌われるコルィマは、零下50度、60度の冬が果てしなく続くかと思われる厳寒の地。ごく短い夏には、沈まぬ太陽のおかげで終日明るく、野花が短い生を謳歌する。


⑤ヴァルラーム・ティホノビッチ・シャラーモフについて。(Варлам Тихонович Шаламов/Varlam Tikhonovich Shalamov)
『極北コルィマ物語』巻末のプロフィールから要約。

1906年北ロシア、ヴォログダ生まれ。29年に非合法活動で逮捕、ウラル山脈近くに流刑。32年釈放。37年前科を理由に再逮捕。極北コルィマ送り5年の有罪判決。その後2度の逮捕と刑期延長でシベリア各地で強制労働。53年スターリン死後に釈放。その後雑誌編集と詩作、執筆活動をおこなう。

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