ロシア人作家シャラーモフ(1907~1982)が、詩の中で「星のささやき」を書いていました。
政治犯としてシベリアのコルィマ地方でラーゲリ(強制収容所)生活を余儀なくされ、釈放された後に執筆活動を送った人物です。
「星のささやき」という言葉が登場するのは「Колымские тетради/コルィムスキエ・チトラージ(コルィマノートブックの意味)」という詩集の中です。ネットで原文が閲覧できました。Шепот звезд в ночи глубокой, 深い夜の星のささやき Шорох воздуха в мороз マロース(極寒)の中での大気のざわめき Откровенно и жестоко 非常に露骨に Доводил меня до слез. 私を涙にむかわせる
Я и до сихпор незнаю, Мне и спрашивать нельзя Тропка узкая лесная Это стежкаильстезя ?
Я тогда лишь только дома, Если возле ? ни души, Как вхрустальном буреломе, Вхаотической глуши.
詩は訳すのが難しいです。5行目以降は星のささやきとは直接関係ないので、最初のくだりだけ訳してみました。
「星のささやき」という言葉、中学生の女の子でもロマンティックな響きからポエムに使いそうですが、シャラーモフの場合、この言葉を「星のささやき現象」を知った上で使っていることが、「マロースの中で」「Шорох (ショーラフ)」という言葉から確信できます。 なぜなら、「星のささやき」はマイナス50度ぐらいのマロースの時にこそ起こる現象だから。そして、「星のささやき」の音はサラサラ、カサカサ、衣擦れのようだと言われており、「ショーラフ」という言葉がサラサラ、カサカサ、がさごぞという音や、衣擦れや枯葉などの音に使われる言葉だから。 |
と思っていると興味深い記事をネットでみつけました。
マガジン『Совершенно секретно(サベルシェンナ・セクリエトナ/極秘という意味)』(ttps://www.sovsekretno.ru/)2007年6月号です。
シャラーモフの生前のインタビューのよう。
「星のささやき」現象を体験していたことを明確に書いていました。
抜粋で。訳は少し自信ないです。
Ловили вот этот 56-й градус Цельсия, который определяли по плевку, стынущему на лету, по шуму мороза, ибо мороз имеет язык, который называется по-якутски 《шепот звезд》. Этот шепот звезд нами был усвоен быстро и жестоко. Первое же отморожение : пальцы, руки, нос, уши, лицо, все, что прихватит малейшим движением воздуха. 摂氏マイナス56度という温度は、地上に落ちるまでに氷結する唾や痰によって、マロースのざわめきによって把握することができた。なぜなら、マロースは言葉を持っているのである。それはヤクート語で「星のささやき」と呼ばれている。この星のささやきを私たちは非常に早く覚えた。最初は凍傷。すなわち、指、腕、鼻、耳、顔、すべて最小限の空気の動きで凍りつかせる。 |
◆このインタビューによると、シャラーモフがシベリアで「星のささやき」現象を体験して知っていることは明らか。
◆注目すべきは、по-якутски(ヤクート語の意味)という言葉。
今まで私が目にした文献は<ヤクートでは「星のささやき」と呼ばれている>というものばかり。ヤクートでの公用語がロシア語とヤクート語であるため、元の言葉がロシア語なのかヤクート語なのかまではわからなかったのです。
シャラーモフの言葉によると「星のささやき」の原語はヤクート語となります。ただし、その原語を彼は明かしていません。
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マロース(氷点下50度ぐらい)の厳寒の中での星のささやき。それはけっしてロマンティックなものではなく、凍傷や死と隣り合わせに今自分が置かれているかを示すもの。強制収容所にいる方たちにとって、温度計を持たずに生命の危険を感知できるアラーム、センサーだったのだと思うと身につまされます。
メモ ①『Колымские тетради』(コルィムスキエ・チトラージ/コルィマのノートブックの意味) 1937~1956年の詩作を集めたもの。 おそらく日本では翻訳本は未出版。日本でも翻訳されているシャラーモフの代表作『コルィマ物語』とは別物です。
②上記の詩が閲覧できるページ ttp://shalamov.ru/library/11/6.html
③『Колымские рассказы』(コルィムスキエ・ラスカーズィ/コルマ物語の意味) 日本では『極北コルィマ物語』のタイトルで高木美菜子訳(朝日新聞社)が出版されていますが、この本に収められているのは『コルィムスキエ・ラスカーズィ』の33編のうちの8編。全訳ではありません。 『極北コルィマ物語』には「星のささやき」に関する記述はありませんが、原書の未翻訳のところで「星のささやき」が登場するかは原書を閲覧しておらず、未確認。
④コルィマ地方とは シベリア極北の地名。インディギルカ河上流をも含めたコルィマ河流域一帯のこと。 『極北コルィマ物語』の解題から引用。 コルィマよ、コルィマ 奇しき惑星(ほし) 十二ケ月が冬で あとは夏 哀愁と皮肉をこめて人びとにこう歌われるコルィマは、零下50度、60度の冬が果てしなく続くかと思われる厳寒の地。ごく短い夏には、沈まぬ太陽のおかげで終日明るく、野花が短い生を謳歌する。
⑤ヴァルラーム・ティホノビッチ・シャラーモフについて。(Варлам Тихонович Шаламов/Varlam Tikhonovich Shalamov) 『極北コルィマ物語』巻末のプロフィールから要約。 1906年北ロシア、ヴォログダ生まれ。29年に非合法活動で逮捕、ウラル山脈近くに流刑。32年釈放。37年前科を理由に再逮捕。極北コルィマ送り5年の有罪判決。その後2度の逮捕と刑期延長でシベリア各地で強制労働。53年スターリン死後に釈放。その後雑誌編集と詩作、執筆活動をおこなう。 |
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