ガガーリン28 星の種
時として、人が現実に体験したことを綴った文章に、
詩人が頭の中で創りだした美しい表現よりも文学を感じることがあります。
時として、この世に実際に繰り広げられている現象の方が、
画家がキャンバスに描いたアートよりも、
この世のものとは思えないほど美しかったりします。
ガガーリンの『ダローガ・フ・コスモス(宇宙への道)』を読んでいくとそれを感じます。
詩情ある表現を狙ったわけではないと思うのですが、
あちらこちらに、小説家や詩人が産み出すことはできないだろうと、
しびれてしまうような(ちょっと大げさ?)文章があります。
いくつかご紹介しましょう。
(引用部分は青文字)
ガガーリンが1961年4月12日、乗り込む前にボストークを目にしての言葉。
宇宙船は実に美しく見えた。
機関車よりも、汽船よりも、飛行機よりも、宮殿よりも、橋よりも、それら全部をあわせたよりも美しかった。
この美しさは永遠のものだろう、
すべての国の人にとって未来永劫に記憶さるべき美しさだ、
私はそう思った。
たんなる工学技術の精華ではなく、一個の感動的な芸術作品を、
私はまのあたりにしていた。
ボストークに乗り込んだ時の記述では
キャビンに入ると、そこには野の風のかおりがこめていた。
Я вошел в кабину, пахнушую полевым ветром.
この表現が不思議なんですよね。
ボストークの中に野原の香りのアロマを流したというわけではないと思うのですが、
なぜ野の風の香りがしたんでしょう。
〔宇宙船〕と〔野の風〕っていうありえない組み合わせが面白いです。
実際に宇宙へ飛び出すことを体験した者にしか表現できないものとしてはこんな言葉もあります。
やがて、巨大な宇宙船が、全船体をふるわせながら、ゆっくりと、実にゆっくりと、発射設備をはなれたのが感ぜられた。
轟音の強さは、ジェット機の機内の騒音以上ではなかった。
ただその音には、いくつもの耳新しい音楽的ニュアンスが、音色がこめられていた。
こんな音楽は、まだ一人の作曲家も楽譜に記したことはあるまい。
おそらく現在のところ、この音は、どんな楽器にも、人間の声にも再現できないだろう。
ロケットの強力なエンジンは未来の音楽を奏でていた。
おそらくは過去のどんなに偉大な作品も精彩を失うほどに感動的で美しい音楽を。
(以上は江川卓訳「宇宙への道」より引用)
ガガーリンはどんな音を耳にしたのでしょうか。
今、当たり前に私たちはロケットの発射の様子をテレビで見ることができますが、
それでも実際にその中で感じる音は私たちの想像とは違うものなのでしょう。
地球の周回軌道に乗って、無重力を体験したガガーリンは、
固定されていないものは、地図も鉛筆も手帳も宙に舞いあがったと語り、
こんな風に説明しています。
ホースからしたたる液体のしずくは、
小さな玉になって空中を自由自在に動きまわり、キ
ャビンの壁にあたると花の露のように壁にくっついた。
(朝日新聞社「地球の色は青かった」より)
それからこんな言葉も。人間は宇宙で退屈と孤独感を感ずることだろうということである。
とんでもない。私は退屈も感じなかったし、孤独でもなかった。(中略)
無線は、ちょうど臍の緒のように私と地球を結んでくれていた。
(江川卓訳「宇宙への道」より)
そして何よりも印象的だったのが以下の言葉です。
На какое-то мгновение во мне пробудился сын колхозника.
Совершенно черное небо выглядело вспаханным полем, засеваемым зерном звезд.
私の訳で。
ある瞬間、私の中でコルホーズ員(集団農場で働く者)の息子であるという本能が呼び起こされた。
真っ暗な空は、耕されて、星の種がまかれた畑に見えた。
ガガーリンは、真っ暗な空を、大地の栄養分がみなぎる春の黒々した肥沃な畑に、
そして満天の星々をその畑にまかれた種に感じたんですね。
大地に根ざした生活をしている者が、自らの実体験から湧いてきた思いを綴っているからこその文章だと思います。
満天の星は畑にまかれた種。そんな風に夜空を見上げると、今までと空が違うようにみえてきました。
生活が豊かになるって、こんな風に当たり前に感じていたものを、違う風に見る楽しみ方を一つ増やすことかもしれません。
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