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2006年4月19日 (水)

ガガーリン32 飛行野郎

〔宇宙飛行士〕という言葉にどんなイメージをお持ちでいらっしゃいますか。

私の場合、宇宙飛行士といえば、アポロのころはリアルタイムの記憶はうっすらしかありませんし
(うっすらでも記憶があるの? と年齢を推測されてしまいそうですが)、
テレビを通じ〔宇宙飛行士の姿〕として一番強い印象を持ったのは毛利衛さん。

そのため、宇宙飛行士といえば、科学者。研究者。アカデミック。
理知的だけど、宇宙の過酷で特異な環境にも適応できる精神的肉体的タフさを持ち合わせた人。
そんなイメージがありました。
最初の宇宙飛行士ガガーリンに対しても漠然とそんなイメージを持っていました。

ところがガガーリンのことを調べていくと、どんどん今まで描いていた宇宙飛行士像と違ってくるのです。
まず、最初に写真を見て、あれっと思いました。
なんといいますか、科学者の真面目で固いイメージというよりは、丸くほっこりじゃがいも系。
人なつっこい笑顔でハハハと笑う明るい青年タイプ。

宇宙飛行士訓練中のランニング1枚の姿の写真からはマッチョなこともわかります。
宇宙飛行士というよりもスポーツマン(事実、スポーツ万能でした)。
ロシアの体操選手アレクセイ・ネモフを思いっきり陽気にしたらガガーリンになるのかな、という印象です。

写真から受ける印象だけではなく、ガガーリンについて知れば知るほど描いていた宇宙飛行士像からずれてゆく。
だけど、それがなんだか魅力的なのです。


31で、ガガーリンは天文少年ではなかったようだ、と書きました。
そうなんです。
ずばり、ガガーリンは〔飛行野郎〕だったのです。
菅原文太がトラック野郎のように。

ガガーリンの経歴は戦闘機のパイロット上がりです(
を参照ください)。
鋳造技師になるための技術を学んでいた10代半ばに、航空クラブで飛行機操縦の楽しさに目覚めます。
そして、鋳造技師になるよりもパイロットになることを選び、航空学校、空軍という道を進みます。

10代の頃から物理や数学が好きだったり、
ロシアのロケットの父である科学者ツィオルコフスキーの本を読破したようですが、
科学を専門に学んできたという経歴ではないのです。
決して科学者、天文学者などではないのです。

ガガーリンが飛行機が大好きだったことは
16で紹介した、
飛ぶことを好き。飛ぶことは人生のすべて。
という言葉や、大好きな物語の登場人物に飛行士を挙げているところからもわかります。

なぜ、科学者、研究者ではないガガーリンが宇宙飛行士となり、宇宙へ行ったか。
それは、ソ連の当時の宇宙船の構造などから宇宙飛行士にとって、パイロットの経験と資質がとても重要だったからです。
「ボストーク1号でガガーリンは操縦したわけじゃないんでしょ。
だったらパイロットとしての操縦経験なんていらないじゃない」と思われるかもしれません。
確かにガガーリンがボストークを操縦する場面はなかったようですが、
パイロットの〔いろんな危機的状況に遭遇しながらパニックにならずに乗り切る〕 経験も宇宙飛行士に不可欠と思われ、
体にかかる荷重、無重力などに一番適応できるのがパイロットだと思われていたのです。


11の『ソ連人間宇宙船の成功』(24)に面白い原稿があります。
ソ連邦医学アカデミー正会員パーリン教授のものです。
流れからみると
21で取り上げた学者会館での記者会見で発表されたものかと思うのですが、
イズベスチヤ、プラウダいずれにもこの原稿をみつけられていません。
(学士会館でパーリン教授が語った別の演説は両紙とも16日に掲載しています)。

このパーリン教授「最初の航宙家はこうして養成された」から興味深いところを抜粋します。
読みやすくするため一部ひらがな表記を私が漢字にしました。
まず冒頭、粋な言葉から始まっています。


衛星船『ウォストーク』の発射にあたって、外傷を受けた人間が一人いた。
それはこの私だ。
別れの接吻を交わす時、私は航宙家の固いヘルメットでほおにかすり傷を負ってしまった。
幸いなことにこれはこの壮大な事件でのったったひとつの失敗だった。(中略)

航宙家養成のプログラムには、理論、技術、スポーツの総合訓練と、将来の飛行のための特殊訓練がふくまれなければならなかった。
衛星船の飛行条件は、高速ジェット飛行機で高等操縦技術のさまざまな型をみせるときに生ずる条件と多くの点で似ている。
いずれの場合にも重力の加速度の何倍もの加速度が作用する。
ジェット機で放物線を飛ぶさいには、短時間の無重量状態さえ生ずる。
だから、パイロットとしての経歴はそれほど長くないにしても、
とにかくすくなからぬ成層圏飛行の経験を持ち、
高速飛行でのもっとも複雑な操縦技術を身につけた人間が、
最初の航宙家になったのは当然のことだ。


それから1961年4月25日のプラウダにもこんなことが書かれています。
でボストークの構造についてこの25日のプラウダから紹介しましたが、
この紙面3面にわたって書かれている記事が宇宙飛行に関する最初の公式報告のようです。
この訳は『宇宙船ボストーク』バーチェット&パーディ著、岸田純之助訳/岩波新書 
原題 Cosmonaut YURI GAGARIN  First Man in Space)から引用します。


宇宙飛行の途中、人間はあらゆる複雑な外界の要因の影響(加速、無重量など)、
また彼の道徳的あるいは肉体的な能力のすべてをあげて対しなければならないほどの大きい神経や感情の圧迫をうける。
宇宙飛行士は複雑な諸条件のもとでも、高度の活動能力を維持し、自分自身を自由に動かさねばならず、
必要な場合には宇宙船の操縦も行なわなければならない。
以上のことから宇宙飛行士の健康状態や心理的素質、
一般的な教育水準や技術的な優秀性に対しても高度の要求が課せられた。

これらの素質をいちばんよくそなえているのは飛行士である。
飛行士としての活動でもすでに人間の神経や感情の分野での安定性、強い意志が決定的であり、
とくにこれらは最初の宇宙飛行に必要であった


また、『宇宙船ボストーク』は宇宙飛行士の訓練に携わった宇宙船生物学研究所の生物学者グロフスキーの言葉をこう伝えています。
いつ語られたものかわからず原文は不明です。


宇宙飛行をするのに飛行士だけを求めているという意味ではない。
技術者、天文学者、ジャーナリストが宇宙飛行をする時もやってこよう。
しかし、最初の飛行に対する候補者について議論されたとき、科学者は一致して、それは飛行士であるべきだときめた。
というのは、飛行士は職業がら、宇宙旅行者が遭遇する多くの条件
---出発時と帰着時の大きい荷重、速度の急速な変化、非常に早い方向づけの必要性、
誰の助言もなしで迅速な決定をする能力といった要求にこたえうるからだ。


ボストークに搭乗した宇宙飛行士はテレシコワをのぞき、
みんなジェット戦闘機その他の飛行経験があったそうですが、
生物学者シサキャンは15日の学者会館でこう発言しています。


「宇宙飛行士はロケット飛行の力学や宇宙物理学や、
飛行の諸要因の人間身体に対する影響に関係のある多くの専門的問題について、
深い知識を身につけました」


科学者、研究者に宇宙飛行士としての心身の能力を身につけさせるたというのではなくて、
パイロットに必要な科学的専門知識を授け、宇宙飛行士を誕生させたのです。
こうして、多くの飛行野郎、その中でもさまざまな能力に卓越したガガーリンが
最初の宇宙飛行士となったのですね。

科学者ではなく飛行野郎が最初に宇宙に行くように定められていた!
成層圏飛行をこなし、空を愛し、地上から一番宇宙に近いところで命を賭けていた男たちに、
大気圏外という領域に最初に到達する名誉が与えられた。
なんだかそこにロマンを感じます。

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  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。月に魅せられ、毎日、月撮り。月の満ち欠けカレンダー(グリーティングライフ社)のコラムも担当。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。   コンタクト:各記事のコメント欄をご利用くださいませ。コメントは私の承認後、ブログ内に反映される仕様にしています。公表を希望されない方はその旨をコメント内に明記くださいますようお願いいたします。
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