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2006年5月 9日 (火)

ガガーリン40 夜間飛行その2

ガガーリン39の続きです。

夜間飛行で描かれているのは、夜間飛行を確立するために、犠牲があっても業務を断念するわけにはいかないと考えるリヴィエールの志、南極に近い地方の荒れた気象条件や南米の高地の上を危険を承知で飛ばずにいられない操縦士たちの性(さが)、夫の仕事を覚悟していても心配でならない妻の愛情です。
3人の心模様が微妙にすれちがっているのが、たんたんと語られているところもずしりときました。

〔航空会社支配人リヴィエール〕
リヴィエールは決して操縦士たちを使い捨てと思っていたわけではなく、
操縦士たちとは友情で結ばれていた と書かれています。
それでも頭にあるのは夜間飛行を途絶えさせてはならないという志(こころざし)。
一台の機を、時速200キロの快速で、暴風雨と、霧と、夜が秘め隠している千百の障害物に向かって放つということは、彼らの目(政府筋)からは、わずかに軍事飛行にのみ許される冒険
と思われていた時代に
汽車や汽船に対して昼間勝ち優った速度を、夜間に失うということは、実に航空会社にとっては死活の重大問題
と使命に邁進するリヴィエール。暴風雨や危険があっても操縦士を送りだす決意をひるがえしはしません。

〔ファビアンの妻〕
一方ファビアンの妻は・・・。
夜間飛行の中である晩のことが描かれています。わずか4ページの場面なのですが、見事に夫と妻の気持ちが描写されています。

妻は、ファビアンと眠りについているところをリヴィエールからの電話で起こされます。
夜間飛行の任務依頼です。妻の心情はこう描かれています。
彼女は夫のがっちりした腕をながめた。この腕が、やがて一時間もすると欧州行の飛行機をささえるはずだった。
(中略)。
こう思うと彼女の心が乱れた。この男が、数百万の男たちの中で、ただ一人、この珍しい犠牲のために準備されているのだ。
(中略)
彼女は彼に、音楽だの愛情だの花だのという優しい絆を負わせるのだが、出発の一度々々にそれははかなく断たれてしまう。
しかも彼にはそれが、いっこう気にもならない様子なのだ。
このあとも、妻が「いざ出発というときにも、寂しそうな顔ひとつしてくれないのねえ」

と言うと、寂しいなんてとんでもない。平野や山々を征服しに気楽に出発しにいくのだと思うファビアンは、にっこりと
「夜の出発は実に愉快だぜ」
と答えるのです。
そして、妻は夫の心がすでに出発していると知るのです。

短い場面なのにものすごくリアリティ持って語られているのは、サン=テグジュペリ自身の経験も入っているのでしょうか。

〔星はお星様で舗装されているわ、という言葉にこめられた想い〕
ガガーリンが夜間飛行で特に強く心に残っている言葉として挙げた
「道はお星さまで舗装されているわ」はこのファビアンと妻の会話の中でのセリフです。
妻は自分の不安をよそに、空へと思いを馳せている夫の操縦士としての性(さが)がよくわかっています。
そして夫が妻の不安を一切感じ取ってくれていないことも承知しています。そんな中のセリフです。

「ご自分の家を愛さないの?」
「いや、愛しているさ・・・」
だが妻は、すでに夫が歩み去りつつあることを知っている。
その幅広い肩は、はやくも空に重みをかけているのだ。
彼女はその空を指さした。
「いいお天気ね。道はお星さまで舗装されているわ」


妻はこの言葉を「快晴、星が出ていていい晩よ」とただ能天気に言ったのではなく、「穏やかな気象が続きますように。
夫の航路の行く手に星々がどこまでも広がりますように。星の光が彼を照らし道中を守りつづけますように。
無事に任務が終わりますように」という祈りにもにた思いで口にしたのではないでしょうか。

さて、妻のこのセリフに夫がどう答えたのか。
彼は笑った。
「ほんとうにそうだ」


言葉多くない描写なのですが、夫と妻の想いのずれが巧みに描かれていますね。

このあとも、妻は念入りに身支度を整える夫に
「お星さまのため?嫉妬しちゃうわ」と口にします。

サンテグジュペリ。何気ない心理描写が上手な作家だったと再認識。

そして、ガガーリンが、このファビアンや妻の気持ちがわかっていたことがとても興味深かったです。
ファビアンの妻のように、妻ヴァレンチナさんも自分(ガガーリン)の選択に不安を持っているとわかってはいたのですね。
空へ憧れ、戦闘機のパイロットとなり、まして、宇宙飛行士を志願してしまった自分の道。

サンテジュグペリについて共感しているガガーリンの記述から、ガガーリンの夫や父としての素顔や人間性がかいまみられる気がしました。
ガガーリンが挙げたもう一つの言葉
「彼、飛行士がただ両手をひろげるだけで~」というくだりは、
ファビアンと妻の会話のあとの場面になります。
「あなたの道は星に舗装されていますわ」と見送られたファビアン。
けれど、天気は一変し、暴雨風となります。燃料不足。
その危機の中で、今自分が操縦桿を握る手を放したら、自分の命も同乗している仲間の命も奪ってしまうのだと、
ほんのわずかなことに二人の命がかかっていることの恐ろしさを実感する場面のセリフです。

世の中、危険な職業はいっぱいあります。
宇宙飛行士、戦闘機のパイロット、兵士、F1レーサー、登山家、冒険家、
海猿(海猿はこのブログを読んでくれている友人が「海猿とも重なるわねえ」と教えてくれました)etc.。
恋人や妻は朝、どんな気持ちで最愛の人を送り出すのでしょうか。
きっと多くの人が夜間飛行のファビアンと妻の場面(第10章)に共感していることでしょう。

このガガーリン40で青文字は堀口大学訳(新潮社)から、スミレ色は山崎庸一郎訳(みすず書房)からの引用です。

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emi

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。月に魅せられ、毎日、月撮り。月の満ち欠けカレンダー(グリーティングライフ社)のコラムも担当。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。   コンタクト:各記事のコメント欄をご利用くださいませ。コメントは私の承認後、ブログ内に反映される仕様にしています。公表を希望されない方はその旨をコメント内に明記くださいますようお願いいたします。
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