ガガーリン70 地球は青かったドイツ語編
「地球は青かった」をドイツ語でなんというか。ドイツの新聞から拾ってみました。
ブログの中での繰り返しとなりますが、もういちど「地球は青かった」というガガーリンの言葉について簡単に。
原文はガガーリンが当時のソビエトの新聞、イズベスチヤとプラウダの記者に語った言葉
「空は暗かった。一方地球は青みがかっていた」と私は推測(ガガーリン10ご参照)。
その言葉がどう翻訳されて紙面に取り上げられているかを追ってみました。
①NEUES DEUTSCHLAND(ノイエス・ドイチュラント)~当時の東ドイツの新聞~
1961年4月13日の紙面にイズベスチヤの記者の着陸地点からのレポートの翻訳が掲載されています。
タイトルは
Die Landung miterlebt Augenzeugenbericht eines Reporters der " Iswestija" 。
着陸点でのイズベスチヤの目撃者によるレポート、みたいな意味でしょうか。
ボリュームはA5の半分、A6ぐらいの量の記事。その中にこんな記述があります。
Juri Gagarin schildert: Der Himmel ist sehr,sehr dunkel, doch die Erde ist hell-blau.
Himmel-空。sehr-とても。dunkel-暗い。doch-しかし。Erde-地球。hell-blau-淡青色。
なので、訳すと「空はとても暗かった。しかし地球は淡青色だった」となりますね。
地球は青かったのくだりだけをとりだすと、
Die Erde ist hell-blau.
この言葉の扱いですが、日本の各紙では大きな見出しに使われてましたが(ガガーリン9ご参照)、
ノイエス・ドイチュラントでは小見出しにすらなっていないようです。
②FRANKFURTER ALLGEMEINE ZEITUNG新聞。
1961年4月14日の5面。
この新聞はプラウダで書かれたガガーリンの言葉(ガガーリン10ご参照)、
「宇宙の中で空はどうでしたか?」「暗かったです。同志諸君。とても暗かったです」
「一方、地球は?」
「青みがかっていてまるで大きな球のようでした。素晴らしい光景でした」とほぼ同じ。
"Dunkel,Genossen, Sehr dunkel"
"Und die Erde?"
"Blau wie eine große Kugel, ein wunderbarer Anblick."
Genossen-同志。große-大きい。Kugel-球。wunderbarer-素晴らしい。Anblick-光景。
記事の扱い。
この記事の見出しには hellblauer(ライトブルー)という言葉がみられますが、あくまでも小さな見出し。
新聞のトップに「地球は青かった」と大見出しがあるわけではありません。
③Deutshcland und die Welt新聞ではみつけられず。
以上まとめますと、
「地球は青かった」のドイツ語訳はDie Erde ist hell-blau.
ただ、日本のようにセンセーショナルな言葉としての扱いはなく、あくまでもたくさんのコメントの中の
一つという位置づけといえそうです。
※ドイツ語はきちんと勉強していないので、ただ私が大見出しの記事をみつけられなかっただけで、
見逃している可能性もあります。
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