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2008年4月14日 (月)

ガガーリン80/「地球は青かった」の言葉が突出したわけ(その2)

日本でガガーリンの言葉「地球は青かった」が定着していく流れは以下のようになります。
(※当時のラジオやテレビでの報道のされ方は確かめられていません)

1)ガガーリンが有人宇宙飛行を成し遂げた翌日1961年4月13日の新聞各紙
  ※「」は見出し。以下は本文。「地球は青みがかっていた」に該当するところのみ私がピックアップ。
   青文字で表記。朝は朝刊、夕は夕刊。


【朝日新聞】4/13夕 「空は暗く、地球は青色」 地球は青みがかっていた。
【毎日新聞】4/13朝 
「ガ少佐語る 空暗く地球は薄青く」 地球は薄青色だった。
       4/13夕 
「地球は青く灰色に」 地球は青みがかっていた。
【読売新聞】4/13朝 本文のみ。
地球は青みをおびていた。
       4/13夕 本文のみ。地球は明るい空色にみえた。
【産経新聞(東京)】4/13朝 本文のみ。
地球は薄青色だった。
【産経(大阪)】4/13朝 
「”薄青色の地球” ガ少佐語る」 地球は薄青色だった。
         4/13夕 
「青かった地球」地球は薄青色だった。

2)4/15産経(東京)(大阪)朝刊のコラム
コラム「声なき声」で

「空は黒く、地球は青かった」という彼の第一声も新しい宇宙人としての実感にあふれていたが
(以下私による略)と書かれています。

この段階で、
「地球は青みがかっていた」「青かった」
        帰還後のインタビューでたくさん語った中の言葉→<第一声>
と表現されています。





3)1961年8月、ガガーリン著「ダローガ・フ・コスモス(宇宙への道の意味)」が
 「地球の色は青かった」というタイトルで翻訳本出版される(朝日新聞社)。

4)映画「地球は青かった WAY TO THE SPACE」日本で公開
(※映画パンフレットを見ると公開時期は1962年3月でしょうか)。
内容はガガーリンの人類初の有人宇宙飛行と4ヶ月後にボストーク2号でゲルマン・チトフがおこなった
宇宙飛行を中心にした記録映画。ガガーリンはカメラをボストークに積んだとは話していませんが、
チトフはボストークから眺めた地球の姿を納めています。その姿がこの記録映画の中で紹介されている
ようです。(この映画のDVDが出ていないようなので視聴できていません)。

この映画のソ連での原題はなんでしょうか。
ソ連で1961年製作、監督名D. Bogolepovを手がかりに調べてみると、
映画「地球は青かった」の原題は
Первый рейс к звездам(ピエルヴイ・レイス・グ・ズビョーズダム/星々への初飛行の意味)」
だと思います。

ソ連では「地球は青かった」がキャッチーな言葉として考えられていなかったのでしょうか。
日本語版のハンプレットから地球、青い、などについて語られているところを紹介しましょう。

解説から抜粋。

「地球は青かった・・・」というガガーリン少佐の言葉通り、暗い空間に浮かんだ地球の有様などが
次々に紹介されます。

内容のチトフの飛行に関するところから抜粋。
覗き窓からは青い地球は美しく空間に浮かんでいます。

5)1964年、あかね書房から「ダローガフコスモス」のダイジェスト本が「地球は青かった」というタイトルで出版。

という流れなのですが、もうひとつ、日本人に「地球は青かった」を決定づけたと思える本をみつけました。
時系列でいくと

マークのところに加わる資料です。

それがこちら。
週刊朝日の臨時増刊号(1961年5月発行)。
1冊まるまるガガーリン&宇宙開発特集です。
Syukanasahirinjizokangagarin

巻頭グラビアが終わって左ページに目次があるのですが、
目次の上に
このようなイラストがあるのです。
Gagarinhamita
どーんと
「地球は青かった」の活字が!
その下には
「宇宙飛行士ガガーリンは見た」の文字も。

イラストには

降下指令を受け、アフリカ上空をゆくボストーク号=想像図・小松崎茂
というキャプションもあります。

当時、ボストークの内部の写真は公開されましたが、外観の写真は公開されていません。
ガガーリンはカメラを持っていかなかったと語り、ボストーク内部から地球を眺めた写真もありません。
ボストークが地球上空を飛行している写真もありません。
ですのでこの想像図そのものも当時の読者に大きなインパクトがあったはずです。

この臨時増刊号が当時何部ぐらい発行され、どのくらいの方が読んだのかわかりませんが、
グラビア終わりにこの「地球は青かった」の言葉。目立ちますよね。
「地球は青みがかっていた」他たくさんのコメントをしているガガーリンでしたが、
ガガーリン=「地球は青かった」として、日本人の心に刻まれたエポックメーキングな一冊だと思います。

そして、同じ朝日新聞社から1961年8月「地球の色は青かった」ガガーリン著が出版とつながるのですね。

ガガーリンINDEXはこちら

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コメント

「地球は青かった」という歴史的な(と私は思います)言葉が、実は少々ニュアンスが違っていたこと、ガガーリンはもっともっと詩的で、素晴らしい描写を語っていたこと、教えていただいてありがとうございました。

酒巻美和子さん。
はじめまして。
ガガーリンカテゴリを読んでくださりありがとうございます。
私もガガーリンが語っていたいろんな描写の美しさに驚かされています。
地球の青さだけではなくて、地球を取り囲む大気の層の青さについての描写も私は好きです。
もしまだご覧なってなければガガーリン15  http://hoshi-biyori.cocolog-nifty.com/star/2006/03/15_13_51fc.html
前後もご覧いただければ幸いです。

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emi

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。月に魅せられ、毎日、月撮り。月の満ち欠けカレンダー(グリーティングライフ社)のコラムも担当。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。   コンタクト:各記事のコメント欄をご利用くださいませ。コメントは私の承認後、ブログ内に反映される仕様にしています。公表を希望されない方はその旨をコメント内に明記くださいますようお願いいたします。
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