星のささやき---その3.ロシア語編第二弾
シベリアで「星のささやき」と呼ばれる現象について追っています。
気象の専門家でもロシア語の専門家でもない私。
ただ、「星のささやき」の地元の人たちが呼んでいる呼び方が知りたかっただけなのに、
いつぐらいから呼ばれていて、「星のささやき」が出てくる民話などがあるか知りたかっただけなのに、
日本語の文献はみつからず。
自力でロシアの資料を探していく中で、
シベリアの探検家の記録やオーロラのことetc.に出会ってしまって、
なかなかハードだけど面白い「星のささやき」追跡旅になっています。
日本の暖房の効いた部屋にいながらにして、
気分はマイナス50度の息も凍る世界へワープしています。
ソ連の有名な地質学者であるセルゲイ・オブルチェフ(
Сергей Владимирович Обручев/Sergei Vladimirovich Obruchev 1891-1965)
も調べはじめるまでまったく知らなかった人物でした。
さて、星のささやき その3はロシア語編第二弾。
その2.英語編でNINA A. STEPANOVAさんの記事の中に出てきたオブルチェフを辿ったらもっとわかるかもと、
あらためてロシアのサイトを検索。
「収穫あり!」と興味深く感じた文献を3つ抜粋でご紹介します。
青文字は原文。オリーブ色は私による訳です。
一つめは、
『К неведомым горам : путешествия С. В. Обручева
(見知らぬ山々:セルゲイ・オブルチェフの旅)』リディヤ・グリシナ
(Лидия Ивановна Гришина)著。1974年モスクワで出版された本です。
この原書は閲覧できていないのですが、北極南極に関するサイト「Арктика Антарктика」で読みました。(ttp://www.ivki.ru/kapustin/person/obruchevs/obruchev4.htm)
К неведомым горам Оцифровка и корректура: И.В.Капустин(カプスチンによるデジタル化と校正)となっていますので、
もしかしたら要約原稿なのかもしれません。
(追記 原書を国立極地研究所図書室で読むことができました)
Поздним вечером экспедиция вошла в широкую (до десяти километров) Оймяконскую долину,
в которой расположен Оймякон.
Приветливые дымки юрт. Их здесь немного,
но еще есть две деревянные церкви, школа и больница,
так что среди тайги это уже почти селение.
夜遅く、遠征隊はオイミャコンにある広い(およそ10km)谷間に入った。
誘うようなユルタ(円錐形の組立式家屋)の煙。
ユルタはここには少ししかない。
だが、他に2つの木造教会と学校と病院があった。
だから、タイガの中ではここはもう村同然なのだ。
По просьбе исполкома Сергей Владимирович едет в верховье Индигирки
для осмотра целебного горячего источника.
Заодно он заканчивает исследование всего верхнего течения Индигирки,
пройдя более 100 километров пути.
執行委員会の要請に応じ、セルゲイ・オブルチェフは薬効のある温泉見物のため、
インディギルカの上流へでかけた。
ついでに彼は100km以上の道のりを進むインディギルカ川上流すべての踏査を終えた。
Когда Обручев возвращался из маршрута, то обратил внимание на странный шум,
который все время сопровождал его в пути.
"...Как будто пересыпают зерно или ветер стряхивает с деревьев сухой снег.
Куда ни обернись- всюду этот шум, а между тем ветра нет и деревья не шелохнутся",
- записал он потом. Наконец путешественник догадался, что это шуршит его замерзшее дыхание.
このルートからの帰還する時、
オブルチェフは、絶えず彼の道中に随行する不可解なざわめきに気を留めた。
<まるで、穀物の粒を注ぐ(ばらまく)か、風が木の枝から乾いた雪を払い落とすような音だ。
どこをふりかえってもいたるところでこの音がする。
けれど風はなく、枝はかすかにも揺れていない>と後に彼は書いている。
とうとう探検家は気づいた。これは自分の凍った息の音だと。
Черский писал, что этот характерный шум появляется при морозе ниже -50°.
Якуты называют этот шум "шепотом звезд".
チェルスキーは
<この独特なざわめきはマイナス50度を下回るマロースの時に現れる。
ヤクートの人たちはこのざわめきを「星のささやき」と呼んでいる>
と書いている。
Оймякон расположен во впадине, окруженной хребтами, сюда стекает холодный воздух.
Уже 10 ноября замерзла ртуть в термометре и даже днем температура была ниже -40°.
Ночью морозы усилились до 50°.
"Между тем на полюсе холода, в Верхоянске, средняя температура ниже -30 градусов держится с б ноября,
а ниже -40 градусов только с 22 ноября.
Сравнение с Верхоянском даже этих наблюдений конца октября и ноября показало,
что Оймякон должен быть настоящим полюсом холода".
オイミヤコンは山脈に囲まれた盆地にあり、ここには寒気が流れこみたまる。
11月10日にもう気温計の水銀は凍り、昼でさえも気温は摂氏マイナス40度を下回る。
夜はマロース(氷点下の厳しい寒さ)が強まり、マイナス50度となる。
一方、寒極であるベルホヤンスクでは、11月6日から、気温は平均マイナス30度を保っており、
マイナス40度を下回ったのは11月22日からだった。
ベルホヤンスクとの比較は、10月終わりから11月にかけてだけの観測ではあるが、
オイミャコンは本当の寒極であるに違いないことを提示した。
Это предположение об открытии нового полюса холода в Оймяконе высказано Сергеем Владимировичем,
между прочим, только несколькими строками.
До этого около 40 лет
(с 1892 года, когда впервые была зарегистрирована температура -67.6°)
полюсом холода считали Верхоянск.
オイミャコンでの新しい寒極の発見に関しての推測を
セルゲイ・オブルチェフはわずか数行だけ事のついでのように述べている。
これまで約40年(1892年、最初に気温マイナス67.6度を記録した時から)
寒極はベルホヤンスクとみなされてきたのだ。
Пока же экспедиции надо было скорее выбираться
из этого самого холодного места северного полушария.
Ведь до Якутска предстоит еще длинный и тяжелый путь на оленях,
где на протяжении сотен километров нет жилья,
где почти каждую ночь слышен "шепот звезд".
しばらくのあいだ、遠征隊はこの北半球のもっとも寒い場所からすばやく抜け出したようだ(少し意味不明)。
だが、ヤクーツクまではトナカイに乗って長く過酷な道のりがたちはだかっている。
人家がないところが延々100km続いているのだ。
そして、そこはほとんど毎晩のように「星のささやき」が聞こえるのだ。
ПЕРВОЕ СЕНТЯБРЯ
(ピエルヴァヤ・センチャブリャー/9月1日の意味。この日はロシアで「知識の日」)
という出版社のサイトの
地理学新聞2004年12月、No.48の記事の中に同じような記述をみつけました。
(ttp://geo.1september.ru/view_article.php?ID=200404801)
Полюса холода(寒極)というタイトルの記事です。
セルゲイ・オブルチェフの1926年のインディギルカ川 上流の遠征に触れたあとのくだりを抜粋でご紹介します。
Исследуя долину Индигирки и направляясь к хребту Черского,
Обручев обратил внимание на странный шум,
который все время сопровождал его в пути.
«Как будто пересыпают зерно или ветер стряхивает с деревьев сухой снег.
Куда ни обернись — всюду этот шум, а между тем ветра нет и деревья не шелохнутся»,
— записал он потом.
Наконец путешественник догадался, что это шуршит его замерзшее дыхание.
Этот характерный шум появляется при морозе ниже минус 50 °С.
Якуты называют его шепотом звезд.
インディギルカ川沿いの低地(谷間)の踏査をしつつ、チェルスキー山脈へと向かいながら、
オブルチェフは不可解なざわめきに気を留めた。
その音は彼の道中ずっとついてくる。
<まるで、穀物の粒を注ぐ(ばらまく)か、風が木の枝から乾いた雪を払い落とすような音だ。
どこをふりかえってもいたるところでこの音がする。
けれど風はなく、枝はかすかにも揺れていない>と、
後に彼は書いている。
ついに探検家は気づいた。
これは自分自身の凍った息の音だと。
この独特なざわめきは摂氏マイナス50度を下回るマロースの時に現れる。
ヤクートの人たちはこれを「星のささやき」と呼んでいる。
この2つの文献を見ると、
オブルチェフが1926年からのインディギルカ川沿いの踏査で「星のささやき」を体験し、
それを後に記述していることがわかりますね。
なんという本に書いたのかまでは言及されていませんが。
(2013.4.1追記 セルゲイ・オブルチェフの自著
(1933年出版の本、1954年の本に「星のささやき」は出てきます。
とくに上記のグリシナさんの本は
1954年出版の『В неизведанные края: путешествия на Север 1917-1930 гг』を参考にしているようです)
さて、今日、最後にご紹介する文献は時が前後して、1973年に出版された本です。
『Загадки простой воды(ザガートキ・プロストイ・ヴォードゥイ/単純な水のなぞ』フ
セボロド・アラバジ(Всеволод АРАБАДЖИ)著
Акустика снега и льда(雪と氷の音響学)という章にこんな文章を発見。
В тихую морозную погоду при температуре воздуха ниже – 49°в холодных странах
(особенно в Якутии) наблюдатели нередко отмечают шуршащий звук,
напоминающий звук пересыпаемого зерна.
На первых порах этот звук приписывали полярному сиянию, которое часто наблюдалось при этом явлении.
Однако впоследствии было установлено, что причина явления – в столкновении кристаллов льда,
которые образуются в большом количестве при дыхании человека в морозном воздухе.
У якутов это явление известно под именем «шёпота звезд».
Яркое описание его дано Н.С. Лесковым в рассказе «На краю света».
寒い地方、特にヤクートで気温が摂氏マイナス49度を下回る静かなマロースの時は
、観測者はまれにさらさらカサカサいう音に気づく。
その音は、穀物を注ぐ(ばらまく)のを連想させるような音だ。
はじめのうちは、この音はこの現象が現れる際にしばしば観察できる北極光(オーロラ)のせいだと思われていた。
しかし、のちになって、
氷点下のマロースの空気中に人間が息を吐くときに大量に形成される氷の結晶の衝突によることが明らかになった。
ヤクートでは「星のささやき」として知られている。
ニコライ・レスコフは小説「ナ・クラユー・スヴィエタ(世界の果てへ)で鮮やかにこの現象を描写している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「星のささやき」について少しずつわかってくるのが面白いです。
最初の文献にでてくるチェルスキーは1800年代後半からのシベリア探検や調査で功績があるポーランド人。
まだまだ「星のささやき」シリーズは続きます。
星のささやきシリーズINDEXはこちら
※できる限りの精度で訳すことを心がけていますが、まだまだ勉強中の身。誤訳があるかもとご承知くださいませ。
※現在はヤクートではなく、サハという言い方が適切のようですが、原文でヤクートとなっているところはそのまま使っています。
« 星のささやき---その2.英語編 | トップページ | 星のささやき---その4.ロシア語編第三弾ザハールの物語 »
「 星見るシアワセ」カテゴリの記事
- 2020年7月2日の火球は見られませんでしたが、1996年のつくば隕石は(2020.07.02)
- 夕空に星が一つ一つ。まるで魔法のよう。(2020.02.01)
- 月の満ち欠け日記 2019年6月3日~7月2日(2019.06.09)
- 写真集を思い出す夕焼けと夏の暑さ、でも夜中は冬(2017.09.13)
- 星のささやき---その23.1800年代初頭、ゲデンシュトロムの体験(2016.02.13)
コメント
« 星のささやき---その2.英語編 | トップページ | 星のささやき---その4.ロシア語編第三弾ザハールの物語 »
「星のささやき」という優しい響きから想像することもできない程の極寒の世界。自分の凍った息の音だなんて…。寒いのが苦手な私には一生聴くことのできないささやきですが、考えてみると本当に美しいものは寒さの中にあるのですね。オーロラもそうですし、ダイヤモンドダストも、雪の結晶も。それにしても、興味を持つととことん追求するemiさんはスゴイ。尊敬してしまいます。
投稿: さる子 | 2009年2月 8日 (日) 23:44
さる子さん。
興味を持ってくださりありがとうございます。
>考えてみると本当に美しいものは寒さの中にある。
本当にそうですね!ダイヤモンドダストは見たことがあります。キラキラ綺麗ですね。私はオーロラはまだ。
星のささやきとことんシリーズはまだまだつづきます(*^。^*)
投稿: emi | 2009年2月 9日 (月) 22:30