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2009年2月28日 (土)

星のささやき---その9.「寒極シベリア」岡田安彦著に発見が

「星のささやき」について、調べている最中のことをほぼリアルタイムで書いているので、いろいろあちこちにとびます。今回、マニアックになりますが、今までロシア編で取り上げてきたこととかなりリンクしてわかる資料がみつかりましたので、私としては大収穫(^。^)v
ご興味のある方、どうぞおつきあいのほどを。
Nekoashiatojpg

掘り出し物の本。それは、1975年出版の『寒極シベリア』岡田安彦著(世紀社出版株式会社)。

岡田氏は毎日新聞社の記者。1965年に寒極ベルホヤンスクを訪ねた人です。1966年に「世界でいちばん寒い国-日本人はじめて“寒極”へ行く」岡田安彦著(講談社)を出版。(この本は拝読していましたが、「星のささやき」はでてこず)。

ですが、『寒極シベリア』ではかなり詳しく知ることができました。この本、岡田氏の体験を巻頭に書かれていますが、その後の「寒極」というタイトル以降はロシア語の本、『Полюс Холода(ポーリュス・ホーラダ)』の岡田氏による全訳なのです。この中に星のささやきがでてきます。

まず、この『Полюс Холода』がどんな本かについて、あとがきから引用します。(引用部分は青文字)


Polushkholodabook 本書の「寒極」は、ウェルホヤンスクで気象観測を開始した100周年を記念して、1972年に水理気象出版所(レニングラード)から刊行された、ニコライ・ヤコブレビッチ・フィリポビッチ著「寒極」の全訳である。同書は「ウェルホヤンスク測候所とその歴史」という副題がついている。

ネットで、原書の表紙をみつけました→




『寒極シベリア』から興味深いところを抜粋&私の解説。

p179~

寒極オイミャコンの歴史について、ヤクートの詩人であるS・ダニロフの詩<オイミャコン>によって知ることは
興味のないことではなかろう。

  ここでは太陽が冷却してしまう。
  涙も一瞬のうちに砕片のようになってしまう。
  呼吸もサラサラと音をたてている。


呼吸もサラサラと音をたて・・タニロフは「この現象を星のささやき」と呼ぶまでは言及していませんが、まさに「星のささやき」現象のことを詩にしていますね。この詩の原文が知りたいです。

セルゲイ・オブルチェフの1926年の調査のことも詳しく書かれています。

p180~

ウェルホヤンスク山脈中部地区の知られざる土地を探査するため、地理学委員会は1926年探検家S・V・オブルチェフを長とする調査隊を編成した。(中略)オイミャコン盆地には調査隊は11月に到着したが、ものすごい極寒であった。調査隊が前進するまでの、短い休息時間を利用して、オブルチェフは気象分野の調査をすることにした。気象観測の実施は、調査隊員の国立モスクワ大学教授コンスタンチン・アレクセーウィチ・サリシチェフにまかせられた。
11月10日、温度計の水銀は凍った。(気温は氷点下39.4度以下となったのである)そして夕方には”凍った呼吸”またはヤクート人たちが”星のささやき”と呼んでいるサラサラというかすかな音が聞こえた。これに基づいて、気温は氷点下50度以下との結論が出されたのである。


寒極がベルホヤンスクかオミャコンか、1926年のオイミャコンの最低気温の算出がどんな方法だったかについても少してがかりが。

p182~

12月の終わりまでに、調査隊はオイミャコン低地の中心地、トムプトルにやっと到達した。当時トムプトルには、執行委の建物と病院、そして学校のほかにいくつかのユルタ、2戸の小教会があるだけだった。
ところで、調査隊が管理しているなかに、肝心なアルコール温度計はなかったのである。そのかわり、手製のガス温度計および銅温度計があったが、どれも不正確なものばかりだった。そういうわけで、オイミャコンにおける最初の気象学者サリシチェフは、氷点下39.4度以下の気温を確実にとらえるのに失敗したのであった。
 ところが、オブルチェフは”凍った呼吸”のサラサラという音を聞いて、ウェルホヤンスクを今まで”マローズの王様”としていることに疑念をいだいた。

上記の文章は、星のささやきその3に私自身が訳して知ったこととリンクしていて、参考になりました。
p182~のことあと
を要約しますと、オブルチェフがベルホヤンスクよりオイミャコンの方が気温が低く、寒極に違いないと結論。この問題を研究するために、ソ連科学アカデミーが1929年にトムプトルに測候所を開設。それが奏して、1933年、オイミャコンでの最低気温氷点下68.7度の観測成功につながったことがわかります。

p183のセルゲイ・オブルチェフの訳注。

オブルチェフ セルゲイ・ウラジミロウィチ(1891年生まれ)シベリア、中央アジアなどの探検家として有名なV・A・オブルチェフのニ男。14歳でジュンガリ・セミパラチンスク地方調査に父と同行。モスクワ大学卒業後、主としてシベリア北東部の探検調査に従事する。それまで知られていなかった同地域の地理・地質調査を行なう。チェルスキー山脈の存在を確認し、またアンガラ北部のレナ川とエニセイ川中間地帯に、広大な炭層の存在を発見するなど、大きな業績を残している。

「星のささやき」を追っていたら、シベリアの探検家オブルチェフ親子に出会ってしまったわけですが、彼らのことを知るにつれ、インディー・ジョーンズ親子とイメージがだぶります。

(2013.3.27追記)
フィリポビッチ著『Полюс Холода(ポーリュス・ホーラダ)』のロシア語原書を読むことができました。詳細は星のささやきその15に。

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2009年2月27日 (金)

マンマ・ミーアを観ました! いくつになっても弾けちゃおうよ!

映画「マンマ・ミーア」を観にいきました。
すごくよかったです!

松田聖子母娘が出てくる「マンマ・ミーア」の宣伝をテレビでみていたので、母と娘のための映画か。じゃあ・・・尻ごみしていたのですが、「違うよ!アラフォーどころかアラ5、アラ6の女性が友達と観にきてる映画だよ。ABBA世代は必見!」と誘われてでかけたのでした。

ABBAの曲、てんこもり。笑ったりほろりとさせられたりの映画でしたが、私が最初に涙が止まらなくなったのは、♪ダンシングクイーンをみんなで歌って踊るシーン。けっして、悲しいとかほろりとさせるシーンじゃないんです。
メリル・ストリープや友達が、若くて無茶して飛ばしていた頃やときめきを思い出して、はしゃぎながら歌う。島の人たちも参加して最後は大勢で桟橋で踊る。っていうシーンなんです。
そのまぶしさ、みんなのはつらつさがなんだかうれしくて、涙が(ToT)。。。

「生きるって楽しい」「いくつになっても、弾けちゃおうよ!」って手をひっぱられて踊りの輪に混ぜられたような、元気がいっぱいもらえる映画でした。

ロケの場所も素敵。今までギリシャは青い海、白い壁や道というイメージでしたが、潅木が生えている起伏ある島は、日本の松林の小島の景勝地にも似てみえて、ギリシャ=白だけじゃないことがわかって、興味を持ちました。

そして、映画に出てくるテキスタイルがすっごくいいのです。メリル・ストリープ扮するママの経営するホテルのリネンとかみんなが着ているテロンとした洋服のプリント柄とか。
いろんな色が使われたさまざまな柄のリネン類が陽光の中で干されてなびくシーンの色彩の美しいこと。まるで色のカーニバル。
インテリアは最近はなるべく色を使わず白~生成りでまとめ、ポイントだけ色や柄を使うナチュラルテイストが好みでしたが、ポップな色や柄が溢れんばかりの部屋もいいものだなって思いました。

音楽、ストーリー、踊り、色彩すべてからビタミンCをいっぱいもらったような映画でした。

映画館では、一番後ろの席を取りました。他に人がいなかったら、こっそり座ったままで映画にあわせて踊れるかなって。
でも、最後列にも何人もいらして。うずうずしながらおとなしく映画をみました。
♪♪♪
私が総理大臣だったら、「マンマミーア法」っていうのを作ります。
これは、デパートの中でも、カフェでもどこでも「ダンシングクイーン」が流れたら、その場でまわりの見ず知らずの人たちと、「マンマ・ミーア」の出演者になったつもりで一緒に踊る。そして、曲が終わったら、ふたたび、それぞれ赤の他人に戻り日常生活を続ける、ということを義務づける法律。

街の中、どの場所も突然のステージとなる。どこにいても赤の他人が踊り仲間になる、みんなで弾けちゃう、そんな「マンマミーア法」できないかしら。

2009年2月24日 (火)

星のささやき---その8.ウラジーミル・オブルチェフ

ザハールの物語にセルゲイ・オブルチェフの名前は出てこないかなと全文をさらっと目を通したところでは無かったのですが、セルゲイの父ウラジーミル・オブルチェフは名前を挙げて登場しています。

ソ連からトルコのカスピ海方面を結ぶ鉄道開発に関するくだりでした。

さて、ウラジーミル・オブルチェフのプロフィールを『砂ばくの謎-中央アジアの僻地を探る』(V.A.オブルーチェフ著 川岸貞一郎訳)より抜粋でご紹介。
(※苗字のオブルチェフは頭のOにアクセントがあるので表記はオーブルチェフがより正確なのですが、一般的にオブルチェフとカタカナ表記されているので私はこのブログではオブルチェフと書いています。この『砂ばくの謎』ではオブルーチェフと表記されていますので、出典に忠実にするために下記の引用(青字)ではオブルーチェフとしました)


この本(原著名『中央アジアの僻地にて』は原書者ウラジーミル・アファナーシエビチ・オブルーチェフが1905~6年と1909年にジュンガルを探検したときの経験をもとにして、1951年にまとめたものだ。(中略)1956年、93歳で他界するまでに執筆した本は一千冊を越えるといわれ、しかもその間に何度か探検旅行に遠征しているのだから、まさに超人的存在といわねばなるまい。
地質学者としてオブルーチェフは1901年にトムスク工科大学、また、1921年から1929年まではモスクワ鉱山大学で教授の地位にあり、その年アカデミー会員となっているし、のちにはソ連地理学協会名誉総裁に推挙されている。
一方、探検家としては、1886~88年にカラクムへ出かけたのをはじめ、1892~4年にはポターニン探検隊に同行して北中国、蒙古を訪れ、そのあと、先ほど触れたジュンガル探検のさいには石油、金鉱を発見している。また、しばらく間をおいて、1935~8年にシベリア探検もしている。


長く引用いたしましたが、このように地質学者として輝かしい功績のある人物なのです。
月のクレーターにも名前が付けられたような方なのです。

が、しかし、『砂ばくの謎』の続きに、
もう一つ、オブルーチェフは肩のこらない読みもの、空想科学小説の作者としても知られている。と書かれているように、父オブルチェフはソビエト版ジュール・ヴェルヌといいますか、ソビエトSFのさきがけの人物なんです。

Zemlya_sannikova1955book 代表的なSF作品としては
『地底世界探検隊』袋一平訳/講談社少年少女世界科学冒険全集27/1957年出版
(原題 Плутония/プルトーニア/1926年出版)

『北極の秘島』工藤精一郎訳 講談社少年少女世界科学冒険全集30/ 1957年出版
( 原題 Земля Санникова/サンニコフ島/1926年出版 )

小松崎茂が表紙を手がけた本をジュブナイルを中心に幅広く紹介されているサイトを発見!(ttp://www16.ocn.ne.jp/~t2349/)。こちらのサイトででこの2冊がどんな本か知ることができます。

『地底世界探検隊』は ttp://www16.ocn.ne.jp/~t2349/htm13.html


<地底世界にはいった探検隊がマンモスにあったが・・・>
ロシアの探検隊六人が、北極の火山口から海面下九千メートルのプルトニア国にはいり、マンモス、恐竜、剣竜などの大昔の巨大動物たちにあう。また大あり、大鷲に襲われながらも、不思議な地底世界のプルトニアを探検する波瀾にとんだ冒険物語・・・・巻末広告より


『北極の秘島』は ttp://www16.ocn.ne.jp/~t2349/htm14.html

<雪と氷にとざされた北極に、花さく緑の楽園がある。>
北極に楽園があると信じた探検隊は、極地にむかった。少年ニキータもとくに楽しんで、その中に加えてもらった。苦しい暴風の中を越えていくと、見た事もない不思議な動物や人間にあい。色々の冒険が続けられていくという興味ある冒険物語。・・・・巻末広告より


上記の青字はこの↑サイトより引用

♪メモ♪
ウラジーミル・アファナーシエビチ・オブルチェフ(1863-1956)/Vladimir Afanasyevich Obruchev/Владимир Афанасьевич Обручев
『砂ばくの謎-中央アジアの僻地にて 』法政大学出版局 1959年出版
原書名『В дебрях Центрально  Азии』ソ連で1951年出版

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2009年2月21日 (土)

星のささやき---その7.『永遠のシベリア』とセルゲイ・オブルチェフ

ミハイル・イリーンによる見習い水夫ザハールの物語(cf.星のささやきその4その5)で、「星のささやき」についてザハールに語る「若い地理学者」。オイミャコンで寒極と星のささやきも体験したと語るだけで名前は明かされていません。
でも、1926年のオイミャコンの最低気温の記録はセルゲイ・オブルチェフの遠征隊が体験しているものなので(cf.星のささやきその2その3その6)、セルゲイ・オブルチェフがモデルなのかなあ、なんてやっぱり思います。

Eiennosiberia セルゲイ・オブルチェフのプロフィールを
『永遠のシベリア 探検家チェルスキー夫妻の生涯』(アルダン-セミョノフ著 加藤九祚訳/新時代社)より抜粋。


オーブルチェフ(1891年生まれ)はソ連の世界的な地質学者・探検家ウェ・ア・オーブルチェフの子で、1915年モスクワ大学を卒業後、1917~24年エニセイ川流域の地質調査を行ない、トゥングース炭田の発見に貢献した。1926年~35年シベリア北東部(インディギルカ川、コリマ川流域)およびチュコート半島一帯を調査したが、この時約30年前、チェルスキーの通過したのとほぼ同じコースを通り、新たな大山脈を確認してチェルスキーの洞察を裏づけ、「チェルスキー山脈」の名をあたえて彼の名を世界に顕彰したのである。
******************************
さて、氷点下40~50度以下で起こる現象「星のささやき」。
体験できる人も限られますが、この現象を知って伝える人も限られます。

1950年以降のいろんな文献で語られていることは確認できましたが、誰が発信源となったのでしょうか。

1)地元サハ(ヤクート)の人々
2)地元サハ(ヤクート)で伝承されている話
3)1950年代以前にシベリアになんらかの事情で訪れた人(が現地の人から知る)

の3つが考えられます。

1)だとすると、発信源となるには一般の人ではなくて作家とか広く伝えることのできる立場の人。
2)書物として存在するのか、私はまだ「星のささやき」に関する民話etc.みつけられず。
3)を具体的に挙げてみれば、デカブリスト、抑留、強制収容などで余儀なくシベリア送りをされた人々、探検家、漂流者などでしょうか。(大黒屋光太夫も体験していないか調べたい・・・)

今のように、旅行者が訪れることが容易ではない土地。
となると、シベリアへの遠征調査の1926年の体験を語ったものが、ザハールの本で紹介されたり、アメリカ気象局の1958年1月のマンスリーで引用されたり・・・、最初の人とは言えなくても、セルゲイ・オブルチェフが「発端の発信源」の一人と言えるのかもしれません。

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ところで、セルゲイ・オブルチェフ。思いがけないところにも名前が出てくるのです。それは
1908年6月30日の朝、シベリアのエニセイ川支流のツングース地方で起きたツングースカ大爆発。森林の木が広範囲に渡ってなぎ倒されていたというこの大爆発に少し関係しているのです。

上記の青文字のプロフィールにも「1917~24年エニセイ川流域の地質調査を行ない」と出てきますよね。この地質調査の最中に、オブルチェフは地元の住民にこの大爆発に関する聞き取り調査を行っているのです。
いくつかロシアのサイトからご紹介しましょう。(私による訳をオリーブ色。原文は青文字で)

サイト名【
ツングース隕石問題を取り上げるサイト①】(ttp://www.tunguska.ru/)

history →ИМЕНА (名前の意味)のページで


セルゲイ・ヴラジーミロヴィッチ・オブラチェフ(1891-1965)/ソビエトの著名な地質学者。1924年にワナワラで目撃者に聞き取り調査をおこない、なぎ倒された木々の最初の地図を作成する。 ②

БИБЛИОГРАФИЯのページでは
セルゲイ・オブルチェフが「
1908年のハタンガ地方の大きな隕石の落下場所について③」という論文を, 『Мироведение』に発表していることが書かれています。

サイト名【
ツングースカ現象④】(ttp://tunguska.tsc.ru/ru/)   ttp://tunguska.tsc.ru/ru/science/1/BronstenMMM/Glava4/
1924年の夏、この地方に滞在し、ツングース地方の石炭を含有する地域の地質調査をしていた地質学者のセルゲイ・オブルチェフ(後にソ連科学アカデミー準会員)は、クーリックから不可解なフィリモノフスキー隕石のことを知り、現地のエヴェンキの住民にアンケート調査を行うという大きな仕事をした。エヴェンキの人たちはオブルチェフに森林がなぎ倒されている広大な一帯を示した。しかし、オブルチェフがそのエリアに立ち入ることは許さなかった。なお、フィリモノフスキー隕石(私の注:ノボシビルスク地方の地名)がツングース隕石と一般的に呼ばれるようになったのは3年経ってからである。 
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「星のささやき」を追っていただけなのに、ツングース大爆発まで足を踏み入れてしまうとは思ってみませんでした。

♪メモ♪
ツングースカ大爆発/Tunguska explosion/Тунгусский метеорит

①Сайт посвящён проблеме тунгусского  метеорита

②Обручев Сергей Владимирович - (1891-1965) известный советский геолог, в 1924  году провел опрос очевидцев в Ванаваре, составил первую карту повала деревьев.

③「О месте падения большого Хатангского метеорита 1908 г.」
1925年No.1 p38-40。
後に『Природа』誌、1951年No. 12  p36-38に載録


Тунгусский феномен

⑤Летом 1924 г.  находившийся в этих краях геолог С. В. Обручев (впоследствии член-корреспондент АН СССР),  изучавший геологию и геоморфологию Тунгусского угленосного бассейна, зная от Л. А. Кулика о загадочном Филимоновском метеорите (название  «Тунгусский»  появится и войдет во всеобщее употребление лишь через три года),  провел большую работу по опросу местных жителей,  эвенков,  об обстоятельствах падения метеорита. Эвенки указали Обручеву на обширную область поваленного леса, но обстоятельства не позволяли ему посетить ее.


さて、上記でご紹介した『永遠のシベリア』には「星のささやき」は出てくるのでしょうか。
「星のささやき」という言葉は出てきませんが、この現象は登場します。
呼吸のときの水蒸気が霜にかわり、白い粒となって胸にふりかかった。 (私による略)。さらさらという細かかな音がきこえた。これは 空気の凍っていく音である。 p79 

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2009年2月19日 (木)

星のささやき---その6.寒極について

「星のささやき」について追っています。今回は少し離れて「寒極」について。

Wikipediaは暫定的で100%正しいとは言い切れませんが、寒極についてはよくまとまっています。
(2009.2.19現在)


  寒極(かんきょく、Pole of Cold)は、南半球と北半球それぞれで、      
  最も低い地上気温が観測された地点。                      
                                             
  北半球の寒極                                     

  オイミャコン   1926年1月26日、-71.2℃を観測(※測定法に議論あり)、 
            1933年2月6日、-67.7℃を観測                 
  ベルホヤンスク 1885年1月15日、1892年2月5日、2月7日、-67.8℃を観測
                                              
  南半球の寒極                                     
  ボストーク基地  1983年7月21日、-89.2℃を観測  
              
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オイミャコンの1926年の記録が、測定法に議論あり となっていますが、確かに公式記録とはいえないようです。
この記録を観測したのが、星のささやきシリーズで何度か登場している地理学者のセルゲイ・オブルチェフなのです。

Nina A.STEPANOVAさんがアメリカ気象局の1958年1月のマンスリーに発表した「世界最低気温」についての論文(cf.星のささやき-その2)でこんな風に書かれています。


1926年、科学アカデミー発起による、地質学者セルゲイ・オブルチェフを隊長とする遠征隊が、ベルホヤンスクと同じく北東シベリアに位置するオイミャコン地方に派遣された。遠征隊はそこで2つめの寒極を発見した。 (以下略)

私の読解力によると、この論文、ステパノーバさんは
1926年にオイミャコンで最低気温を観測したのはセルゲイ・オブルチェフの遠征隊。だが、観測方法含め、公式な記録とは言い切れない。
ただ、ベルホヤンスクとオイミャコンのいろんな年の各月の気温を比較すると、オイミャコンの方がベルホヤンスクよりも低温のことが多く、オイミャコンが寒極といえるだろうとまとめています。
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寒極について詳しいのはロシアの地理学新聞2004年12月、No.48のПолюса холода(寒極)というタイトルの記事です(cf.星のささやき-その3)。

1926年のセルゲイ・オブルチェフの遠征について、詳しく書かれています。抜粋を。

オブルチェフはそこで、机上の計算で最低気温をマイナス71.2℃と推定した。しかし器具を使った正確な数値ではないので、実際にはわからない。

この記事では、トムトールという村のオベリスクの写真も掲載されています。キャプションによると、この場所で1926年にセルゲイ・オブルチェフが北半球の最低気温を推定したことを記念しての碑のようです。中央の紋章の盾には-71.2°と彫られているようです。
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というわけで、寒極オイミャコンの記録に関しては1926年の記録を認めるかどうかはまちまちです。1926年の記録を採用しているところを少し挙げてみましょう(ちなみに、オイミャコンの最低気温を1933年2月6日に-71.2℃としているサイトもありますがこれは明らかにミスでしょう)

【地球観測研究センターEORCのサイト】
ttp://www.eorc.jaxa.jp/imgdata/topics/2006/tp060711.html
(地球が見える→2006年7月~9月→2006年7月11日掲載)
レナ川沿いの永久凍土の街:シベリア、ヤクーツクというタイトルの記事の中で


オイミャコンでは1926年1月に-72.2℃の最低気温が計測されたと言われており、北半球の寒極が位置しています。 (↑72.2は明らかな誤植でしょう)

【NHK高校講座2008 第8回亜寒帯と寒帯 ~タイガとツンドラ~】
講師:一橋大学教授 関 啓子


1926年1月26日には、観測史上北半球でもっとも低い気温、マイナス71.2℃を記録しました。

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ロシアのサイトYakutia Today(
http://www.yakutiatoday.com/)で興味深い記事を発見しました。
ttp://www.yakutiatoday.com/region/geography_cold_pole.shtmlの
GEOGRAPHY The Pole of Coldという記事です。
この記事を読むと、オイミャコンの最低気温は1933年の氷点下67.7度で、2004年、サハ共和国は公式にベルホヤンスクを北半球の寒極と宣言したと書かれています。

In 2004, the government of the Sakha Republic officially declared Verkhoyansk as the Pole of Cold, the coldest place in the northern hemisphere.
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1926年の記録が正確ではないとしても、セルゲイ・オブルチェフの遠征隊がこの記録の当事者であることが興味深いです。
ザハールの物語(
cf.星のささやき-その4)に登場する若い地理学者。
オイミャコンに遠征して、そこで最低気温と「星のささやき」を体験したことをザハールに語ったこの地理学者がセルゲイ・オブルチェフをモデルにしているのかなという思いがさらに強まりました。

♪メモ♪
寒極(かんきょく)/Pole of Cold/Полюс  холода(ポーリュス・ホーラダ)
オイミヤコン/Oymyakon/Оймякон
ベルホヤンスク/Verkhoyansk/Верхоянск
セルゲイ・オブルチェフ/Sergei Vladimirovich Obruchev/Сергей Владимирович Обручев

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2009年2月15日 (日)

星のささやき---その5.ロシア語編第四弾ザハール本解説

Zakhalbookanother 「星のささやき」その4.ザハールの物語編の解説です。

1)作家ミハイル・イリーン(Михаил Ильин)について。
本名はイリヤ・ヤコヴレヴィッチ・マルシャーク(Илья Яковлевич Маршак/1896-1953)。
馴染みない作家ですが、日本で『森は生きている』で親しまれているあの作家マルシャーク(Самуил Яковлевич Маршак)の弟であることがわかりました。

2)物語『ザハール・ザガトキンの回想記と不思議な旅行記』について

1950年代終わりからソ連でラジオ番組として放送されていたようです。
1959年に出版社「児童文学」から世界の海や大陸を巡る回想記が、1963年に旧ソ連邦をまわる祖国編が出版。1965年に2冊を1冊にまとめ、『ザハール・ザガトキンの回想記と不思議な旅行記』として出版されたようです。
(① ttp://www.parfenov.org/cgi-bin/booklist/bookpage.pl?book=723 他を参照)

3)①を読むと50年代終わりから、ザハールはソ連で知られていたことがわかります。
最初の出版も1959年にされていることになります。ですが、ロシアの図書館他を調べても1976年版以前の出版のザハール本はでてきませんでした。

4)ザハールがソ連で当時ラジオのシリーズものであったことは間違いないようです。どのくらいポピュラーだったのでしょうか。当時の子供たち(今40代以降)は「星のささやき」をザハールの物語の中で知ったのでしょうか。

5)ロシアではいくつものサイトがこの作品の全文を公開していますが、著者をПавел Ильинと表記しているサイトがいくつもあります。
ミハイル・イリーンとパーベル・イリーン。その関係はわかりません。

6)詳しく知りたい方のために
ザハールの物語全文読めます(ttp://lib.ru/TALES/ILIN/zagadkin.txt)
目次一覧は(ttp://lib.misto.kiev.ua/TALES/ILIN/zagadkin.txt_Contents)が便利

7)①の私による訳です。


1958年4月にモスクワのラジオでザハール・ザガトキンと仲間の見習い水夫の声が最初に流れた。以来、18年間1ケ月に2度若い地理学愛好家たちは愛するヒーローに会うため、ラジオに急いで向かった。最初、ザハールは地球のすべての大陸と海での自分の冒険について語った。
1960年に愛する祖国をまわる旅行記がはじまった。1959年、出版社「児童文学」は『見習い水夫ザハール・ザガトキンの回想記』を出した。
そして1963年、『不思議な旅、すなわちザハール・ザガトキンが地球の6分1の陸地を巡る驚くべき、けれどもまったく地理学上事実通りの冒険。その物語と将来の学者フォーマ・アトガトキンによる注釈
』が出版された。
1965年にこの2冊を1冊にまとめ『ザハール・ザガトキンの回想記と不思議な旅行記』として出版された。


①の原文です。
"В апреле 1958 года по московскому радио в первый раз прозвучали голоса Захара Загадкина и его друга корабельного кока. С тех пор 18 лет два раза в месяц юные любители географии спеша  к радиоприемникам на всетречу с любимыми героями. Сначала Захар рассказывал о своих приключениях на всех материках и океанах Земли, а в 1960 году началось "Путешествие по любимой Родине. Славныйпуть предстоял Захару Загадкину и на книжных страницах. В 1959 году в издательстве "Детская литература" вышли "Воспоминания юнги Захара Загадкина", а в 1963 "Необыкновенные путешествия или удивительные, но совершенно правдивые географические приключения Захара Загадкина на 1/6 земной суши, рассказанные им самим и дополненые примечаниями будущего ученого Фомы Отгадкина".  В 1965 году обе книги были изданы вместе под названием "Воспоминания и необыкновенные путешествия Захара Загадкина".
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この作品。私は全文をきちんと読んでいるわけではありません。でもオブルチェフの名前が出てこないかなあと追っていくと、ありました!
と言っても、セルゲイ・オブルチェフじゃなくてお父さんのウラジーミル・A・オブルチェフについて。

このお父さんのオブルチェフもなかなか興味深い人物。近日「星のささやき」から少し離れますが、オブルチェフ親子についてご紹介します。

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2009年2月12日 (木)

星のささやき---その4.ロシア語編第三弾ザハールの物語

「星のささやき」が頭の中でずっとループしています。バレンタインチョコ売り場でメリーチョコレートのキャンディインチョコレートを試食しました。
ホワイトチョコの中のキャンディが弾けます。ドンパッチみたいに、口の中でパチパチ!思わず「星のささやき」ってこんな音だったのかなあ、なんて思いました。

さて、ロシアのサイトで「星のささやき」を追っていたら、Захар Загадкин(ザハール・ザガトキン)という名前を目にしました。
作家ミハイル・イリーン(Ильин Михаил)の作品に出てくる主人公の見習い水夫であることがわかりました。
その作品名は『Воспоминания и необыкновенные путешествия Захара Загадкина(ザハール・ザガトキンの回想記と不思議な旅行記)』
ソ連で1976年に出版された児童文学のようです。

ザハールが世界の大陸や海を回った回想記と旧ソ連邦を巡る旅行記の構成。90章を超えるザハールの体験記のそれぞれに学者の卵であるФома  Отгадкинによる注釈が添えられています。この物語の章の一つで星のささやきについて述べられています。とても面白いです!
この本の解説は次回にして、今日は本文を抜粋(私による訳はオリーブ色。要所要所、対応する原文を青文字で)してご紹介します。

О чем шепчут звезды? 
(何を星はささやいているのか?)

僕は星のことは前から知っている。まだ4年生だった時、地理の先生から特に明るくて目立つ星たちがなんと呼ばれているのか聞き出したのだ。晴れた夜には、空を覗きたくて、望遠鏡にまっしぐら。
僕が遠くの天体に興味があることに気づき、先生は僕が天文学者になろうとしていると思い、星図を貸してくれた。
空はにぎやかな動物園であることがわかって、ものすごく驚いた。星図には、きりん、獅子、へび、一角獣、くじらにいるか、うさぎにとかげ、鷲、さそり、その他いろんな動物が並んでいた。

なぜ、星座に動物の名前が使われているのだろうか。獣にしても鳥や魚にしてもちっともその形に似ていないのに。この名付けははるか昔におこなわれたことを知った。
古代の天文学者たちは自分たちの思いのまま、星が作るいろんな形をグループ化して、それぞれにファンタジックな名前をあてはめたのだ。そして、それが僕たちの時代まで受け継がれているのだ。

古代の人が思い思いの輪郭を星座にあてはめたように、僕は大熊座のしっぽの代わりに掘削機、白鳥座の代わりにジェット機、おおいぬ座の代わりにトラクターなどなどをあてはめてみた。これらの機械やメカニックなものは、古代の天文学者が星座に名前をつけた頃にはまだ発明されていない。改名させるには遅すぎるし、その必要もないのが残念だ。 

僕は天文学者にはならなかった。でも、星々を海上での船の位置や進路を確定するために活用している。(中略) 

4年ほど前、驚くべきことを知った。星たちはひそひそおしゃべりをしているというのだ。しかも、望遠鏡無しで肉眼で星を見るように、どんな人も特別な聴覚器を使わずにそのささやきを聴けるという。僕たちの国のいくつかの場所で、特に注意を払うこともなく星のささやきを聴くことができるのだ。
最初、僕はこれはフィクションだと決めつけた。星たちは地球から100兆kmあまりも離れたところにある。ほどなく、僕は星のささやきについて書かれた1冊の本を読んだ。そして2冊目、3冊目を。

そして僕は星のささやきを聴いたという人を探し始めた。長い間、捜索は収穫なしだった。


①だが、ついに幸運にも僕は若い地理学者に出会った。
彼は「そうだよ。私は星のささやきを聞いたよ! 興味深い自然現象だ」と語った。

②「星たちは何語でささやいているのですか?ロシア語?」
「私は外国語には精通していないのだが、知人のフランス人が星のささやきについて話してくれた。彼はロシア語はほとんどわからない。ということはどの国の人もその母国語で星のささやきを聞いているのだろう」と地理学者は答えた。
「星たちはどんなことをささやいているんですか?」
地理学者は僕に教えてくれた。数年前、彼の探検隊が遠いヤクート共和国の北方の上流で調査していた時のことを。
「そこでは、冬は気温は氷点下70度まで下がり、それ以外の季節も決して暑くはならない」
「知ってます。知ってます。あなたは寒極にいたんですね」と僕は叫んだ。
「まさにその通り。君は寒極をどんな風に知っているのかね」
「あなたの言葉は不思議です。
③北半球でマイナス70度まで下がったのは寒極だけ。そこはインディギルカ川上流にあったのですね」
④「そうだよ。まさに私はそこで星のささやきを聞いたんだよ
 
(以下略)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【Фома  Отгадкинによる注釈


例によって、ザハールは肝心な説明を忘れている。「星のささやき」とはいったい何か?私は意図あってこの2つの言葉を「」付きで取り上げる。
⑤「星のささやき」は空の天体とはまったく関係がない。
星々---真っ赤に自然発光する巨大なガス状の球体は、もちろんささやくことができない。


⑥「星のささやき」は北東シベリヤやヤクート共和国での音響的な現象に名付けられたものだ。
晴れたマロース(氷点下の厳しい寒さ)の夜、気温がマイナス40度~50度に下がる時、人の呼気による蒸気は凍り、ごくこまかな氷晶となる。
⑦氷晶が霜となって下降する時、互いに触れ合って砕けて、かすかにたえまなく、さらさらという音を立てる。人間がかすかに聞けるほどのさらさらカサカサという音だ。
ザハールが会った地質学者は北半球の寒極であるオイミャコンで「星のささやき」を聞いた。
そのインディギルカ川上流は高価な鉱物の産地だ。

(以下、この厳寒で肥沃ではない大地で生きるソ連の若者について書かれていますが略)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この本で「星のささやき」はかなり詳しく述べられていますね。
ザハールが会ったインディギルカ川上流で星のささやきを聞いたという若い地理学者。シチュエーションからセルゲイ・オブルチェフの1926年~の遠征が重なります。当時35歳。彼がモデルなのかも、と推測。


①Наконец мне посчастливилось встретить молодого геолога, и тот сказал:
    -- Да, слышал! Любопытнейшее явление природы...

②О чем же они шепчут? Геолог сообщил мне, что несколько лет назад его отряд работал далеко на севере Якутии, в верховьях горной реки. В зимние дни 
температура падала там до 70 градусов ниже нуля, в остальное время года тоже было нежарко.

③До семидесяти градусов температура падает в северном полушарии только на полюсе холода. А он как раз находится у верховий горной реки Индигирки.

④  -- Правильно, -- подтвердил геолог. -- Именно там я слушал шепот звезд.

⑤«Шепот звезд» не имеет никакого отношения к небесным светилам.

⑥«Шепотом звезд» называют звуковое явление, наблюдаемое на северо-востоке Сибири и в Якутии. В ясную морозную ночь, когда температура воздуха 
падает до 45—50 градусов ниже нуля, пар от дыхания человека замерзает и превращается в тончайшие ледяные кристаллики.

⑦Осаждаясь инеем, задевая друг друга и ломаясь, эти кристаллики издают слабое непрерывное шуршание, еле уловимый шелест.


※丸数字は私が原文との対応のために付けたもので、原文にはありません。

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2009年2月 8日 (日)

バニラシュガーの雪の結晶チョコ

Chocoladoolsnow_3 冬は雪の結晶のデザインのチョコをちらほらとみかけますが、今年、とてもラブリーなチョコをみつけました。
バニラシュガーの「ショコラドールSNOW」。バレンタインデー限定のチョコのようです。
4つの絵柄、4つの味のチョコの一つに雪の結晶の絵が。味はバニラです。おいしいです(*^。^*)

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2009年2月 7日 (土)

星のささやき---その3.ロシア語編第二弾

シベリアで「星のささやき」と呼ばれる現象について追っています。
気象の専門家でもロシア語の専門家でもない私。ただ、「星のささやき」の地元の人たちが呼んでいる呼び方が知りたかっただけなのに、いつぐらいから呼ばれていて、「星のささやき」が出てくる民話などがあるか知りたかっただけなのに、日本語の文献はみつからず。

自力でロシアの資料を探していく中で、シベリアの探検家の記録やオーロラのことetc.に出会ってしまって、なかなかハードだけど面白い「星のささやき」追跡旅になっています。
日本の暖房の効いた部屋にいながらにして、気分はマイナス50度の息も凍る世界へワープしています。

ソ連の有名な地質学者であるセルゲイ・オブルチェフ(Сергей Владимирович Обручев/Sergei Vladimirovich Obruchev 1891-1965)も調べはじめるまでまったく知らなかった人物でした。

さて、星のささやき その3はロシア語編第二弾。その2.英語編でNINA A. STEPANOVAさんの記事の中に出てきたオブルチェフを辿ったらもっとわかるかもと、あらためてロシアのサイトを検索。「収穫あり!」と興味深く感じた文献を3つ抜粋でご紹介します。青文字は原文。オリーブ色は私による訳です。

一つめは、
Knevedomym_goramК неведомым горам : путешествия С. В. Обручева
(見知らぬ山々:セルゲイ・オブルチェフの旅)』リディヤ・グリシナ
Лидия Ивановна Гришина)著。
1974年モスクワで出版された本です。

この原書は閲覧できていないのですが、北極南極に関するサイト「
Арктика Антарктика」で読みました。(ttp://www.ivki.ru/kapustin/person/obruchevs/obruchev4.htm)
К неведомым горам Оцифровка и корректура: И.В.Капустин(カプスチンによるデジタル化と校正)となっていますので、もしかしたら要約原稿なのかもしれません。
(追記 原書を国立極地研究所図書室で読むことができました)

Поздним вечером экспедиция вошла в широкую (до десяти километров)  Оймяконскую долину, в которой расположен Оймякон. Приветливые дымки юрт. Их здесь немного, но еще есть две деревянные церкви, школа и больница, так что среди тайги это уже почти селение.
夜遅く、遠征隊はオイミャコンにある広い(およそ10km)谷間に入った。誘うようなユルタ(円錐形の組立式家屋)の煙。ユルタはここには少ししかない。だが、他に2つの木造教会と学校と病院があった。だから、タイガの中ではここはもう村同然なのだ。

По просьбе исполкома Сергей Владимирович едет в верховье Индигирки для осмотра целебного горячего источника. Заодно он заканчивает исследование всего верхнего течения Индигирки, пройдя более 100 километров пути.
執行委員会の要請に応じ、セルゲイ・オブルチェフは薬効のある温泉見物のため、インディギルカの上流へでかけた。つい
でに彼は100km以上の道のりを進むインディギルカ川上流すべての踏査を終えた。

Когда Обручев возвращался из маршрута, то обратил внимание на странный шум, который все время сопровождал его в пути.  "...Как будто пересыпают зерно или ветер стряхивает с деревьев сухой снег. Куда ни обернись- всюду этот шум, а между тем ветра нет и деревья не шелохнутся",  - записал он потом.  Наконец путешественник догадался, что это шуршит его замерзшее дыхание.
このルートからの帰還する時、オブルチェフは、絶えず彼の道中に随行する不可解なざわめきに気を留めた。<まるで、穀物の粒を注ぐ(ばらまく)か、風が木の枝から乾いた雪を払い落とすような音だ。どこをふりかえってもいたるところでこの音がする。けれど風はなく、枝はかすかにも揺れていない>と後に彼は書いている。
とうとう探検家は気づいた。これは自分の凍った息の音だと。


Черский писал, что этот характерный шум появляется при морозе ниже -50°.  Якуты называют этот шум "шепотом звезд".
チェルスキーは<この独特なざわめきはマイナス50度を下回るマロースの時に現れる。ヤクートの人たちはこのざわめきを「星のささやき」と呼んでいる>と書いている。

Оймякон расположен во впадине, окруженной хребтами, сюда стекает холодный воздух. Уже 10 ноября замерзла ртуть в термометре и даже днем температура была ниже -40°. Ночью морозы усилились до 50°. "Между тем на полюсе холода, в Верхоянске, средняя температура ниже -30 градусов держится с б ноября, а ниже -40 градусов только с 22 ноября. Сравнение с Верхоянском даже этих наблюдений конца октября и ноября показало, что Оймякон должен быть настоящим полюсом холода".
オイミヤコンは山脈に囲まれた盆地にあり、ここには寒気が流れこみたまる。
11月10日にもう気温計の水銀は凍り、昼でさえも気温は摂氏マイナス40度を下回る。夜はマロース(氷点下の厳しい寒さ)が強まり、マイナス50度となる。
一方、寒極であるベルホヤンスクでは、11月6日から、気温は平均マイナス30度を保っており、マイナス40度を下回ったのは11月22日からだった。ベルホヤンスクとの比較は、10月終わりから11月にかけてだけの観測ではあるが、オイミャコンは本当の寒極であるに違いないことを提示した。


Это предположение об открытии нового полюса холода в Оймяконе высказано Сергеем Владимировичем, между прочим, только несколькими строками. До этого около 40 лет
(с 1892 года, когда впервые была зарегистрирована температура -67.6°) полюсом холода считали Верхоянск.

オイミャコンでの新しい寒極の発見に関しての推測をセルゲイ・オブルチェフはわずか数行だけ事のついでのように述べている。これまで約40年(1892年、最初に気温マイナス67.6度を記録した時から)寒極はベルホヤンスクとみなされてきたのだ。

Пока же экспедиции надо было скорее выбираться из этого самого холодного места северного полушария. 
Ведь до Якутска предстоит еще длинный и тяжелый путь на оленях, где на протяжении сотен километров нет жилья, где почти каждую ночь слышен "шепот звезд".

しばらくのあいだ、遠征隊はこの北半球のもっとも寒い場所からすばやく抜け出したようだ(少し意味不明)。だが、ヤクーツクまではトナカイに乗って長く過酷な道のりがたちはだかっている。人家がないところが延々100km続いているのだ。そして、そこはほとんど毎晩のように「星のささやき」が聞こえるのだ。

ПЕРВОЕ СЕНТЯБРЯ(ピエルヴァヤ・センチャブリャー/9月1日の意味。この日はロシアで「知識の日」)という出版社のサイトの地理学新聞2004年12月、No.48の記事の中に同じような記述をみつけました。
(ttp://geo.1september.ru/view_article.php?ID=200404801)
Полюса холода(寒極)というタイトルの記事です。

セルゲイ・オブルチェフの1926年のインディギルカ川 上流の遠征に触れたあとのくだりを抜粋でご紹介します。

Исследуя долину Индигирки и направляясь к хребту Черского, Обручев обратил внимание на странный шум, который все время сопровождал его в пути. «Как будто пересыпают зерно или ветер стряхивает с деревьев сухой снег. Куда ни обернись — всюду этот шум, а между тем ветра нет и деревья не шелохнутся», — записал он потом. Наконец путешественник догадался, что это шуршит его замерзшее дыхание. Этот характерный шум появляется 
при морозе ниже минус 50 °С. Якуты называют его шепотом звезд.
インディギルカ川沿いの低地(谷間)の踏査をしつつ、チェルスキー山脈へと向かいながら、オブルチェフは不可解なざわめきに気を留めた。その音は彼の道中ずっとついてくる。<まるで、穀物の粒を注ぐ(ばらまく)か、風が木の枝から乾いた雪を払い落とすような音だ。どこをふりかえってもいたるところでこの音がする。けれど風はなく、枝はかすかにも揺れていない>と、後に彼は書いている。ついに探検家は気づいた。これは自分自身の凍った息の音だと。この独特なざわめきは摂氏マイナス50度を下回るマロースの時に現れる。ヤクートの人たちはこれを「星のささやき」と呼んでいる。

この2つの文献を見ると、オブルチェフが1926年からのインディギルカ川沿いの踏査で「星のささやき」を体験し、それを後に記述していることがわかりますね。なんという本に書いたのかまでは言及されていませんが。

(2013.4.1追記 セルゲイ・オブルチェフの自著(1933年出版の本1954年の本に「星のささやき」は出てきます。とくに上記のグリシナさんの本は1954年出版の『В неизведанные края: путешествия на Север 1917-1930 гг』を参考にしているようです)

Mizunonazo さて、今日、最後にご紹介する文献は時が前後して、1973年に出版された本です。
Загадки простой воды(ザガートキ・プロストイ・ヴォードゥイ/単純な水のなぞ』フセボロド・アラバジ(Всеволод АРАБАДЖИ)著

Акустика снега и льда(雪と氷の音響学)という章にこんな文章を発見。


В тихую морозную погоду при температуре воздуха ниже – 49°в холодных странах (особенно в Якутии) наблюдатели нередко отмечают шуршащий звук, напоминающий звук пересыпаемого зерна. На первых порах этот звук приписывали полярному сиянию, которое часто наблюдалось при этом явлении. Однако впоследствии было установлено, что причина явления – в столкновении кристаллов льда, которые образуются в большом количестве при дыхании человека в морозном воздухе. У якутов это явление известно под именем «шёпота звезд». Яркое описание его дано Н.С. Лесковым в рассказе «На краю света».
寒い地方、特にヤクートで気温が摂氏マイナス49度を下回る静かなマロースの時は、観測者はまれにさらさらカサカサいう音に気づく。その音は、穀物を注ぐ(ばらまく)のを連想させるような音だ。はじめのうちは、この音はこの現象が現れる際にしばしば観察できる北極光(オーロラ)のせいだと思われていた。しかし、のちになって、氷点下のマロースの空気中に人間が息を吐くときに大量に形成される氷の結晶の衝突によることが明らかになった。ヤクートでは「星のささやき」として知られている。ニコライ・レスコフは小説「ナ・クラユー・スヴィエタ(世界の果てへ)で鮮やかにこの現象を描写している。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「星のささやき」について少しずつわかってくるのが面白いです。
最初の文献にでてくるチェルスキーは1800年代後半からのシベリア探検や調査で功績があるポーランド人。
まだまだ「星のささやき」シリーズは続きます。

星のささやきシリーズINDEXはこちら


※できる限りの精度で訳すことを心がけていますが、まだまだ勉強中の身。誤訳があるかもとご承知くださいませ。
※現在はヤクートではなく、サハという言い方が適切のようですが、原文でヤクートとなっているところはそのまま使っています。

2009年2月 1日 (日)

星のささやき---その2.英語編

「星のささやき」その1のロシア語編につづき、英語編です。

英語ではwhisper of the starsという言い方がポピュラーのようです。
欧米ではいつぐらいからこの言葉が紹介されたのでしょうか。

気象の専門家ではない私が時系列に記載されている文献をすべて網羅できるわけはないのですが、ネットや図書館でみつけた文献を紹介します。

(引用した文献の原文は青、私による拙い訳はオリーブ色で)

1958年 『マンスリー・ウエザー・レビュー1958年1月号』(アメリカ気象局)
Nina A.STEPANOVAさんが「
ON THE LOWEST TEMPERATURES ON EARTHというタイトルで、世界的な極寒地域、南極や北東シベリア、グリーンランド、カナダについて述べていて、
「シベリアでの最低気温」という項で「星のささやき」という言葉がでてきます。その前後だけを抜粋すると、

Our expedition was not supposed to take metorological observations, and since it was planned to return to Yakutsk before winter set on , we had taken along only the mercury thermometers.Therefore, we could not measure any temperatures below 39.4.(mercury freezing point)・・・We had to make use of some objective indications---namely of the rustling sound produced by the freezing breath, which is much like a sound of pouring grain.
This phenomenon is called by the Yakuts the "whisper of stars".

私たちの遠征は気象的な観測をするとは思われませんでした。そして、冬に襲われる前にヤクーツクに戻ることが計画された時から、私たちは水銀温度計だけを携帯していました。したがって、私たちは摂氏マイナス39.4度以下の気温は計測できなかったのです。(マイナス39.4度が水銀の氷点でありこれ以下の温度では凍ってしまうからです)
私たちは客観的な目安になるものを活用しなければなりませんでした。すなわち、凍った息よって生じるさらさらカサカサいう音です。それは穀物を注ぐ音にとてもよく似ています。
この現象は、ヤクートの人々によって「星のささやき」と呼ばれています。


この記事の注を読むと、ソ連で発行されていたметеорологический Вестник(気象通報の意味)の1928年10月号のセルゲイ・オブルチェフ(Сергей Владимирович Обручев)による論文「Верхоянск или Оймякон?(ベルホヤンスクあるいはオイミヤコンの意味)」からの引用のようです。
オブルチェフはソ連の地理学者であり地質学者。1926年にシベリアに調査のための遠征をしているようなのでその時の体験によるかなと私は推測。現段階ではオブルチェフの原文は閲覧できていません。

1969年『Siberia: The New Frontier』George St. George著
『シベリア ニューフロンティア』というタイトルの本が1969年、ロンドンで出版されたことがわかりました。日本語訳は出版されていないようです。原書が所蔵している図書館に閲覧にいきました。星のささやきについて触れていたらいいなと。
ビンゴでした!!

第13章
 The Snow Queen and Her Frozon Realm雪の女王と彼女の凍った王国という章の中で、南極のボストーク基地と同様、地球上もっとも低温を記録しているところの一つであるベルホヤンスクやオイミヤコンについて触れたあとに以下のようなくだりをみつけました。

Can man live under such extreme conditions? The answer is yes, but not confortably. True, the temperatures quoted were meteorological freaks, but in January and February, temperature readings of -70゜F are not uncommon through Yakutia, causing human breath to freeze instantly with a crackling noise which is locally known as ''the whispering of the stars'' -- 
a poetic name, but a highly uncomfortable phenomenon. In fact, on frosty
days all Yakutian towns are enveloped in a man-made fog caused by the
exhalations of men and animals, a weird phenomenon not found anywhere else.

このような極限のコンディションのもとで人が生きることは可能でしょうか。快適とはいえませんが、その答えはイエスです。確かに、引き合いに出される温度は気象学的には異常ですが、1月と2月に、気温が-華氏70度(摂氏マイナス56度)を示すことはヤクートでは珍しくありません。
この寒さのために人の息は瞬時にパチパチ音をたてて凍ります。それは地元では「星のささやき」という詩的な名前で知られています。
けれど快適には程遠い現象なのです。実際、厳しい寒さの日、すべてのヤクートの町は人間と動物の呼気によって生じる人工霧に包まれます。この異様な現象は他の場所ではみられません。


1985年『The Climate of the Earth』Paul E. Lydolph著

The atmospheric conditions are so calm that one can discern the slight rustling sound of descending ice crystals.In the cold, starry, 24-hour nights of northeastern USSR the native Yakuts refer to this rustle as the "whisper of the stars."
大気の状態はあまりに静かなので降りてくる氷晶のかすかなサラサラという音をきくことができます。ソビエト連邦の北東部、星が輝く極夜(24時間夜が続く)の寒さの中で、現地のヤクートの人たちはこのさらさらという音を「星のささやき」と呼んでいます。

1997年 NASAのサイトの中の1997年3月9日、シベリアでの皆既日食に関するページ
(ttp://umbra.nascom.nasa.gov/eclipse/970309/text/weather-ne-siberia.html)にこんな記述があります。


Russia - Northeastern Siberiaロシアー北東シベリアという項で

One of the beautiful aspects of Arctic air masses is the presence of ice crystals which can bring spectacular haloes around the Sun and Moon. Eclipse observing may or may not be enhanced by their presence, depending mostly on their intensity and the altitude of the Sun at your site. Warmer air aloft after the passage of a cold front will help their formation. On quiet nights their barely audible rustling is known as "the whisper of the stars" by the Yakuts.
北極気団の美しい側面の1つは、太陽と月の周りに壮観なハロをもたらす氷晶の存在です。日食の観測は、氷晶の存在によって高められるかもしれませんし、高められないかもしれません。ほとんど、あなたが眺める場所での氷晶の濃さと太陽の高度によります。 寒冷前線の通過後、上にある暖かい空気が氷晶の形成を促進します。 静かな夜、かすかにそれらのさらさらカサカサという音をきくことができます。それはヤクートの人々に「星のささやき」として知られている音です。

これを読むと「星のささやき」の音の源は、人の吐く息ではなくて、大気中の氷晶と紹介されていることになりますね。

URLで、NASAのSDAC(Solar Data Analysis Center/太陽データ分析センター)の中のページであることがわかりますが、現在トップページ(ttp://umbra.nascom.nasa.gov/)からは辿りつけませんでした。

Whisperofthestarsbook_2 この他、英語の文献では1988年に『The whisper of stars : a Siberian journey 』Stan Grossfeld著が出版されていますが、この本の国内の所蔵図書館は北海道大学図書館のみのようなので、「星のささやき」現象に関する記述があるのかはわかりません。(2013.5.28追記。閲覧できました。詳細はこちらに)

以上の4つの文献をみると、英語での「星のささやく音」の表現にはrustle、clackling noiseと表現されていることがわかりますね。 穀物を注ぐ時の音(like a sound of pouring grain)というたとえも興味深いです。

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emi (秋田恵美)

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