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2009年6月14日 (日)

芥川龍之介はなぜ北斗七星を6つの星で描いたか

先週のお話です。
私は色めきだっていました。
それは、身近に「芥川龍之介全集」(岩波書店/1927年~1928刊行。
1~7巻&別巻の計8冊)が寄贈としてやってきたからです。

どの巻も、前見返し(表紙をめくった見開き)と後ろ見返し(裏表紙をめくった見開き)に絵や句があるのです。
カラフルな色つきで。
そして、7巻を手にとって開いた時、「ときめき」が起こりました。

「龍之介」と読めるサインがあったのです。

すぐに思いました。
「芥川龍之介の謹呈署名本。つまり、龍之介の生サインがここに記されているのでは!」と。
丸が6つしかないけれど、線の結びから、
北斗七星らしき星の絵が描かれていることも気になりました。

ネットですぐに龍之介の署名を調べると、筆跡は一緒でした。
印刷かなあと思ったのですが、サインも絵も指のはらを滑らせると、
かすかにでこぼこしていて普通の印刷には思えません。

大変なお宝かも。
週末になったら、古本屋か文学館のようなところにもっていて専門家にみてもらったらいいんじゃないかしら。
なんて勝手にそわそわ。

ですが、結論を言えば、お宝ではありませんでした。
芥川龍之介の絵や文字そのものでした。
けれど「生」ではなかったのです。
普通の印刷ではなさそうだけど、版画的な技法の刷りだったのでしょう
・・・・・・・・・・・
ちょっとしょぼん。
まず、芥川龍之介が自殺したのが1927年7月24日。
第一巻の刊行が1927年11月。
生サインを本にできるわけがないことにすぐに気づくべきでした(*^。^*)

でも、気づけず、「お宝本かも」って欲を出したおかげでいろんなことを知ることができたのです。

この全集、龍之介の遺志を汲んで、岩波書店が出すことになったことが岩波書店のHPにも記されています。
『写真でみる岩波書店』(ttp://www.iwanami.co.jp/museum/chronicle/)の
『芥川龍之介全集』刊行開始(1927年11月30日)をクリックしてごらんください。

ものすごい思い入れを持って刊行された全集であることが、
手がこんだ装丁からもうかがえます。
それを担当したのが龍之介の無二の親友の小穴隆一(おあなりゅういち)氏。

全集の第一巻の月報で、
小穴氏はどのくらいこだわりを持って装丁を手がけたかを述べています。
・「芥川龍之介全集」という題字はたどたどしく味があるなあと思っていたら、
 龍之介の子(当時尋常2年生の)芥川比呂志氏が書いたものを起用したことがわかりました。
・私が気になった見返しに関しては
「表の見返しには毎巻、芥川さんの書を使ってゆきます。書は八巻ともちがってをります」by小穴氏。

そして、北斗七星らしき星の絵については第七巻の月報で下記のように述べられていました。


この巻には僕の所持、北斗七星を使ひました。
御覧の如く星は一つ飛んで六つしかありません。
当時われわれは鵠沼でしたが、(大正十五年)僕の家で座の紙筆をとって、
「君これはなんだか解かるか」と
芥川さんがさし出したものは易者の看板かと間違へる北斗七星之図でした。
「わかる 北斗七星 星が一つ足りない。」
「うむ。星は一つ飛んぢゃった。」
このわびしい問答の後、
更に書いてさうしてそつと僕の座ってゐる布団の下に差し込むだのがこの書です。



小穴隆一の著書『二つの絵』でもっと詳しく書かれています。P16

芥川は十五年の四月十五日に自決することを僕に告げた。
さうしてその後しばらく僕らは鵠沼で暮らしたが、
その鵠沼で芥川は星が一つ足りない北斗七星を書いて、
それに、霜ふる夜を菅笠のゆくへ哉、
と書いて「君、これがわかるか、」と言ふので「わかるよ、」と言ふと、
書いたものを座布団のしたにさしいれていつた。
星一つ落としてゐるのは、この世から消えゆくことを言つてゐるのだ
(以下私が省略)

この絵は、龍之介が亡くなる約3ヶ月前に小穴氏の自宅で小穴氏に描いて渡したものだったのですね。
そして、六つの星は、やはり北斗七星。
なぜ星が一つ足りないかは、龍之介が自決を考えていて、この世から去る思いをあらわした 。


この全集は、芥川龍之介から自筆の書をいくつも贈られた無二の親友小穴氏だからこそできる装丁だったわけです。
小穴氏と龍之介との親交は『二つの絵』P141の龍之介の葬儀での座席表でもわかります。
葬主親族席という文字のすぐ下に菊池寛、室生犀星と並んで小穴隆一の文字があります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後、岩波書店は、1977年にさらに充実させた内容の芥川龍之介全集を出しています。
題字は1927年のものを踏襲。ですが、見返しの絵は1927年~版ほど凝っていません。
(前見返しには書があるけれど、裏見返しにはなし。
しかも全巻、違った書にするわけではなく、使用されたのは3つの書のみ)
&明らかな印刷で触ってもでこぼこもしておらず。

1998年版にいたっては見返しに書の印刷すらもなかったでした。

図書館でみつけられる限り龍之介の他の出版社の全集や書籍をみたのですが、
龍之介の書を、写真に撮って掲載ではなく、
版画のようなテイストで再現したものはみつけられませんでした。(あくまで私調べ)

1927年~刊行の芥川龍之介全集は、携わった人みんなの「志」が随所から伝わってきます。
配本は第一回で5400冊ほどあるようですが、十分貴重です。
大きな図書館に行かれる方、ぜひ見返しの絵などをごらんなってみてください。

*青字は書籍から引用部分。旧漢字は私が今の漢字に直しています。

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コメント

素晴らしいものを手にされましたね。初版本の装丁には作家の思い入れが表れていて、そこから色々なものが読み取れるものですが、この全集には小穴氏の芥川への友情や思い入れが詰まっているのですね。北斗七星の話も興味深く読みました。初版本フェチの私としてはぜひ見てみたいので、今度図書館に探しにいってみます。

さる子さん。コメントありがとうございます。
初版本フェチだったのですね。この全集、追悼の思いもあったのでしょう。ものすごーく思い入れが詰まっています。横浜市内では野毛の中央図書館に所蔵があるようです。(おそらく館内閲覧のみ)
ぜひご覧くださいませ。龍之介は河童の絵も有名ですが、これって10代の男子が描いたの?っていう落書きみたいな河童の絵もありました。(2巻の後ろ見返し、馬の絵の脇にちびこーい河童のお顔が)。
近所の図書館ではもっと資料が増えて巻数も増えた岩波の芥川全集が並んでいましたが、あの見返しの龍之介の書の感動はなし。もったいないと思いました。

本の中身じゃなくて、装丁に友情を感じて感動、ははじめての体験でした。

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emi

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。月に魅せられ、毎日、月撮り。月の満ち欠けカレンダー(グリーティングライフ社)のコラムも担当。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。   コンタクト:各記事のコメント欄をご利用くださいませ。コメントは私の承認後、ブログ内に反映される仕様にしています。公表を希望されない方はその旨をコメント内に明記くださいますようお願いいたします。
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