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2009年8月26日 (水)

エルメスのスカーフにロシア柄が

エルメスのスカーフの2009年秋冬発表の新柄にかわいいロシア柄をみつけました。

名前は『ザバブーシュカ』となっています。バーブシュカは「おばあちゃん」のこと。
ただ、ファッションの世界ではロシアの農婦がかぶっているようなスカーフを「バブーシュカ」と呼ぶようですね。

このエルメスのザバブーシュカでは、マトリョーシカやグジェリの人形、わらでできた馬、木彫りの熊のおもちゃなどのロシアの民芸品や葱坊主の建物がスカーフ中に、おもちゃ箱をひっくりかえしたようにちりばめられています。

エルメスのサイトでもこの柄を見ることができます。興味のある方はどうぞご覧なってみてください。
エルメスのトップページ(ttp://www.hermes.com/)から日本語を選択。オンラインブティック→シルク→2009秋冬新作コレクション(新柄スカーフ)→○×みたいな画面の一番右下の柄をクリック、もしくは商品番号検索で「002518」を入力、です。

色彩は少しサイケな感じで楽しいです!

2009年8月16日 (日)

ペルセウス座流星群。おうちのベランダで。

ペルセウス座流星群。出現のピークは8月13日の未明。だったのですが、睡魔に襲われ起きていることができず。

それでも金曜日の夜、友達から「今夜も見えたよ~」のメールが来たので、ベランダから空を眺めてみました。

真っ暗な空が広がるところにでかけたわけではありません。3等星ぐらいまでしかみえないまちなかの、しかも南側のベランダに広がる空。寝そべって空全体を眺められるわけではないので、みられる確率は低いのですが、見ることができました!!

8月15日(土)1時10分頃。方角は南。↓こんな風に。
        2時39分頃。方角は南東。↘こんな風に。

夜空にシュッと走る白線の明るさは一等星と同じくらいにみえました。

この他、零時48分、零時55分にも見えた気がするのですが、かなり暗かったので私の眼の錯覚かわからず。

友達からメールをもらってベランダに出た時はかなりの雲が空を覆っていて、木星も見えないほどでした。
でも「明けない夜はない」ように「晴れない空はない」のですね。

風がなくて、雲の動きがほとんどみられないような時でも、しばらく待っていると雲がいつの間にか切れていくことはしょっちゅうあります。

今回もそうでした。薄く途切れてきた雲の向こうに木星が見える様子。かえって星の光の神々しさを感じました。

流星群、という名前なのにはっきりみられたのは2つ。
けれど、毎日ベランダに出るたびに、あの空にシュッと流れるのが見えた、と思い起こせるので、1粒万倍の楽しさがあります。それがおうちで流れ星や虹を見る楽しさ。

2年前のペルセウス座流星群の記事は
こちら

2009年8月13日 (木)

ガガーリン83 ガガーリンとマイヤ・プリセツカヤが微笑みあう写真をみつけました

意外と思われるでしょうか。自然と思われるでしょうか。宇宙飛行士ガガーリンはバレエ界の至宝マイヤ・プリセツカヤと面識があります。

1961年4月12日、ガガーリン(当時27歳)は人類初の有人宇宙飛行を成し遂げました。その祝典が4月14日、モスクワのクレムリン宮殿でおこなわれました。そのレセプションにマイヤ・プリセツカヤも出席。バレエを披露したそうです。

ガガーリンはもちろん「時の人」。そして、プリセツカヤ(当時36歳)は、前年1960年にボリショイ劇場の首席バレリーナとなっています。

『宇宙船ボストーク』にこう書かれています。

クレムリン宮殿の中では、お客さんたちはグランド・パレス(大宮殿、クレムリンの一部)のセント・ジョージ大広間に集まっていた。(中略)ソヴェト政府の公務にたずさわったひとかどの人は全部顔をそろえていた。繊細なバレリーナ、胸に勲章を飾った、恰幅のいい将軍たち、作曲家、科学者、サーカスのスターたち、宇宙開発関係の技術者、外交官、それにジャーナリストたち。もちろんソヴェト共産党および政府の指導者たちは全部い合わせていた。(p20より)

演説と乾盃のあとで、何人かのソヴェト最高の芸術家たちがガガーリンへの敬意を表するためにコンサートをひらき、これでモスクワでのガガーリン・デーは幕を閉じた。
その偉大な芸術のために、ほんの二、三日前に授与されたばかりのレーニン勲章を胸にかざったスヴィアトスラフ・リフテルがラフマニノフの曲を演奏した。バレリーナのマヤ・プリゼツカヤは『小さなセムシの小馬』の1シーンを踊ったが、ふだんよりずっと光輝にあふれた出来だった。(p23)

イギリスの新聞『Daily Worker』では4月15日の紙面でクレムリンでのレセプションについて書かれています。

The party culminated in a star concert, including ballerina Maya Plisetskaya
and Bela Roudenko, who sang at last month's Daily Worker birthday
celebrations,


訳してみます。
バレリーナのマイヤ・プリセツカヤやベラ・ルーデンコも参加したスターコンサートで宴は最高潮に達した。ベラは先月のデイリーワーカー創立記念日に歌った歌手である。

◆マイヤ・プリセツカヤの自伝で、ガガーリンとプリセツカヤの2ショット写真をみつけました。
日本語翻訳本『闘う白鳥-マイヤ・プリセツカヤ自伝』にはないのですが、英語翻訳本『I am MAYA PLISETSUKAYA』に掲載されていました。微笑みあっていて、ガガーリンの人なつっこい笑顔、きさくさがうかがえる写真です。
同じ写真がネットでも見られます。
Коммерсантъ/kommersant(コメルサント/実業家の意味)』というロシアの新聞のサイトです。
http://www.kommersant.ru/doc.aspx?DocsID=622334

◆二人の交流がわかる記事をみつけました。
ロシアの新聞『ТРУД』のwebサイト、2005年11月19日の記事です。
ttp://www.trud.ru/article/19-11-2005/96818_maja_plisetskaja_mne_by_roditsja_v_xxiii_veke.html

リュドミラ・ズィキナ(先月に亡くなったロシアの国民的民謡歌手)が語っています。訳してみます。

私のプリセツカヤとの親交はユーリィ・ガガーリンのおかげで偶然に生まれました。1964年4月12日、宇宙飛行士の日を祝してクレムリンでおこなわれたコンサートでのことです。プリセツカヤはシチェドリンのバレエ「せむしの仔馬」の美しい娘を踊りました。(中略)プリセツカヤとガガーリンはどんな仕事でもたゆまないトレーニングが必要だという会話をしていました。

ソ連の当時の時の人同士、宇宙飛行士と天才バレリーナは交流があったのですね。ガガーリン著『宇宙への道』にもでてきませんし、二人が互いの交流を書いている文献は未発見ですが、みつけたらまたご紹介します。

♪♪ メ モ ♪♪
◆『宇宙船ボストーク』 について。
 W.G.バーチェット、A.バーディー著 岸田純之助訳 岩波書店 1962年

 原題:Cosmonaut Yuri Gagarin-First Man in Space-
☞1961年にイギリスで出版。西側でガガーリンに単独会見をできた最初のジャーナリストたちのよる本。
 当時の新聞などだけではわからない帰還後のガガーリンのことを独自の視点でこまかに描写していて、とても興味深い内容です。

※固有名詞の表記が今の一般的なものとは違いますが原文のまま引用しました。

◆マイヤ・プリセツカヤの自伝について
原題『<Я, МАЙЯ ПЛИСЕЦКАЯ(ヤー・マイヤ・プリセツカヤ)』マイヤ・プリセツカヤ著
(ロシア語)→未読
英語翻訳本『I am MAYA PLISETSUKAYA 』→一読。ガガーリンとの写真あり。
日本語翻訳本『闘う白鳥-マイヤ・プリセツカヤ自伝』山下健二訳 文藝春秋
→既読。ガガーリンとの写真掲載なし。

◆ベラ・ルーデンコ/Бэла Андреевна Руденко

2009年8月 7日 (金)

輝いていた球児。そして心から心へ架かる虹。

縁あって応援しているチームがあります。
2007年9月16日のブログ
「グラウンドに浮かぶ虹」で取り上げたチームです。

2年弱の月日、彼らをできるかぎり追ってきました。さまざまな激動の中、自らを改革し新しいチームカラーを打ち出そうと、一人一人がたゆまず努力を続ける様子をみてきました。その後、「強い」と前評判も得ながらもトーナメントの早い段階で強豪と当たり、惜しくも負けてしまったことも。「復活」「今までにない泥臭さのあるチーム」を印象づけた試合もありましたが、「全国大会出場!」と誰もが注目するような戦歴はなく、新生チームの試合映像はまったくないというチームでした。

2007年に1年生だった選手たちは今年、もう3年生。この夏の大会が最後です。
またもや、トーナメントの早い段階で優勝最有力候補との対戦が決まりました。そこで負けたらすべてが終わり。
19日の虹に私が勝利の願掛けしたのはこの大一番の試合です。(20日の朝、鈴子さんからいただいた虹にさらに願掛け)

試合は見事勝ちました。私の虹の願掛けも1000分の一ぐらいの効果があったかもしれないけれど、もちろん、勝利は彼らの力。一人一人が結果がでない苦しい時でも自分やチームメイト、首脳陣を信じ、自信を失わず、たゆまず精進を続けてからこそ。そしてまわりで応援する方々みんなの熱意のたまもの。

最有力候補を破って、「やはりこのチームは強かった」と一気に注目されました。幸い中継試合だったので、一人一人のプレーを多くの人の目に留まり、評価をいただけたようで、それが一応援者として嬉しかったです。

その後、トーナメントはいくつも山場の対戦がありました。
公式戦の場数に恵まれなかったこのチームがたくさんの公式戦を経験できたこと、本当によかったです。
そして、夏の大会の一戦一戦ごとに、技の精度が増していくつものファインプレーをみせてくれたこと。一人一人が生き生きと、プレッシャーのかかる大舞台で、いつも通りのことができている。練習試合でもできなかったことができている。凄い!と感動しました。誰もが輝いていました。

練習に練習を重ね、もうこれ以上うまくはならないというくらいのレベルになって、この夏の大会に臨んでいるはずなのに、公式戦の大舞台の経験がこんなにも選手を成長させるものだとは! 
他のチームを応援されている方々も、きっと同じように毎年感じていらっしゃることと思いますが、若い10代の可能性に驚かされました。

そして、ベンチ入りできなかった選手たちがスタンドで熱く応援する様子も素晴らしかった。勝った選手達が真っ先にスタンドの仲間に挨拶にきて、一緒に勝利を分かち合う様子、いいものです。

そして、うれしかったのは、私がこのチームを応援しているのを知っている友人知人が、私からの日ごろの話で、会ったこともプレーを見たこともないこのチームのファンとなって応援してくれたこと。

◎趣味人さん(たびたびこのブログに登場)は28日の試合前日にサプライズをくれました。
それは虹の写真。27日(私は見逃してしまったのですが)、虹が現れたのです。
私が19日に虹に願掛けをして勝利したのをご存知だったので、「明日の試合の願掛け用に」ってその虹の写真を送ってくださったのでした。
見事なダブルレインボウ。無事、28日の試合に勝利して、次は決勝。私が「今日も虹が空にでないかな。明日いよいよ決勝戦だし」と思っていると、趣味人さんは、「27日はあえて、この虹は送りませんでした。決勝の試合の願掛け用に残しておきました」と、別のアングルの写真を送ってくれたのです。その粋なはからいが本当にうれしかったです。
Syumijinsanniji20090727no1_5 Syumijinsanniji20090727no3_4Syumijinsannniji20090727no2jpg_6






↑趣味人さんが27日送ってくださった虹。           ↑決勝用の願掛けにと送ってくださった2枚。
携帯でも二重の虹がはっきり!
3枚あわせると。非常に大きな虹のアーチが。

こんなに大きな、くっきりした虹が端から端まで見られることってなかなかないですよね。この3枚は画像をクリックすると大きくなります。

Yuuniji20090719 ◎私がこんな風な50代の女性になりたいと慕わせていただいている女性からも虹の画像とエールをいただきました。それがこちら。

試合ではこんな→虹のようなアーチでスタンドに飛び込んだホームランが勝利に決定づけたことも。

はるばる球場に駆けつけて一緒に応援してくれた友達は、
<勝利の1秒前>と題した写真を撮ってくれました。↓

Syouri20090726hanahana


打球が外野を越え、2塁ランナーが本塁へ回り、10点目、コールド、試合終了という場面です。

こんな風にみんなで応援していたチーム。決勝では惜しくも延長でサヨナラ負け・・・・。悔しい。ほんのわずかな差で勝利の女神は微笑まず。甲子園という舞台への切符はかないませんでした。

でも、決勝も素晴らしい試合内容でした。
勝利の女神は微笑まなかったけど、「こんなプレーを高校生ができるのか。このチームはこんなプレーができるほど、練習を極めて甲子園を目指していたんだ」と選手達の気迫や熱意、高校球児としての練習の日々がその一投に、一打に、一走に凝縮したような見せ場がありました。スタンド中が湧くような。
そんな見せ場を作ってくれた野球の神様に感謝。

「甲子園の夢の舞台で全国の人にこのチームを観てほしかった。選手達が大舞台でさらに成長するのを観たかった」
夢の切符を逃したチームの応援者は誰もが思うことでしょう。でも、地方大会であっても、多くの人がその試合を目にして、中継映像も残っています。ネットもますます盛んになる時代。彼らの映像は地方大会であっても、半永久的に残ります。
色あせることなく、ひたむきに一球を追った彼らの勇姿は、視聴され続け、広がり続けるという「希望」を持っていたいですね。
そして、映像にたとえ残っていなくても、練習試合を含め、たくさんの名場面、名勝負は忘れません。
現3年生の一つ上の世代は、ほとんどの選手が高校球児としての試合映像はなし。でも、数々のプレーずっとずっと覚えています。忘れずにいたいです。

グラウンドはすでに「代替わり」。2007年のあの秋を知らない世代がチーム作りを始めています。

先ほどご紹介した50代の女性が語ってくれました。「感動を与えてくれる人が近くにいるという事も幸せな事ですね」
本当にそうだと思います。「一生懸命ひたむきに」頑張っている姿、成長する姿を間近で観られるという幸せ。これからも追っていけたらいいなと思います。

そして私自身も他の誰かにとっての「一生懸命ひたむきに」な姿になっていられたら。

虹が出るとうれしいのは、美しい虹をみられること&この虹を誰かに送ってよろこばせたいってたくさんの「思いが」ヒトからヒトへと架かることですね。

※19日、虹に勝利の願掛けをしたのは、たまたま美しい虹が出たからだったのですが、このチームが新生としてスタートした2007年9月16日のブログを読み返して、「そうだ。あの日、グラウンドで虹をみたんだ」と、私事ながらこのチームの応援と虹の縁を感じました。

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emi (秋田恵美)

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。
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