ガガーリン84 沼野充義氏「レーリッヒ ロシア文化の地平」---レーリッヒに様々な角度から光を
ブログ「今日も星日和」。
カテゴリー「ガガーリン」 の久しぶりの更新となります。
ガガーリンは宇宙から見た地球について
「やがて地球の大気をとおして太陽の光線がもれてきた。
地平線上が明るいオレンジ色に輝きはじめた。
空色、青色、すみれ色、黒と移りかわる七色の虹のかぎろい。
とても言葉にはつくせない色の諧調!
まるでニコライ・レーリヒの絵を見るようだ」
(『宇宙への道』ガガーリン著 江川卓訳/新潮社)と語りました。
レーリッヒとはどんな人物か。
私なりにガガーリン23(2006.4.6)、27(2006.4.9)のブログで取り上げましたが、
レーリッヒは画家だけでは終わらない様々な活動・功績を持つ人物。
(私が彼を最初に知ったのは、学研の雑誌『ムー』でした)。
バレエ・リュスから、ヒマラヤの奥地にあるという理想郷シャンバラまで、
一筋縄でいかないレーリッヒをきちんと取り上げ、
人物像を伝えてくれる文献はなかなかありません。
ですが、昨年、興味深い文献を入手することができました。
翻訳家、舞踊評論家としてバレエに関しても多くの著著を持つ鈴木晶氏。
鈴木氏がご自身のブログ「Sho's Bar」(ttp://shosbar.blog.so-net.ne.jp/)の2009年7月4日の記事で、
NYのレーリッヒ美術館に行かれたことについて書いていらっしゃいます。
「春の祭典」の原作者がストラヴィンスキーではなくてリーリッヒであること。
レーリッヒ美術館で偶然、レーリッヒが校長をしていた芸術学校の資料に出会ったことetc.。
この7月4日の記事の中で鈴木氏は、沼野充義氏が『is』でレーリッヒについて連載されていたことを触れていらっしゃったのです。
(大変光栄なことに『今日も星日和』もご紹介くださっています)
(2020.10.30追記。現在は2009年のブログ記事は閲覧できなくなっているようです)
沼野充義氏といえば、ロシア、スラブに惹かれる者は一度はその著作を手にしているであろうロシア・東欧文学研究者、翻訳家。
沼野氏がレーリッヒについて書かれているなんて!
早速調べてみました。
『is(イズ)』は、ポーラ研究所から発行されていた美と文化の総合誌。
その77号から83号まで沼野氏は「レーリッヒとロシア文化の地平」と題し、
さまざまな角度からレーリヒについて述べていらっしゃいます。
以下、沼野氏の連載から、青字は引用箇所です。
77号で沼野氏は
宇宙から地球を見たガガーリンが初めて発した言葉は、
「地球は青かった」というものだった・・・・・・。
いや、これはどうも日本のジャーナリズムが作り上げた神話であり
と触れ、宇宙へ出発したガガーリンが地上に伝えた言葉「なんて美しいんだろう!」や
「太陽の光は〔地球の〕大気を通して届いてきて、
地平線が鮮やかなオレンジ色になり、それは次第に虹のすべての色に移っていった。
水色、青色、藤色、黒色。筆舌につくしがたい多彩ないろどり!まるで画家レーリッヒの絵のようだ!」
とガガーリンが語った言葉を紹介されています。
『is』77号は1997年の発刊。私がガガーリンの「地球は青かった」という言葉を調べはじめ、
ブログで展開する2006年のはるか前に言及されていらしたのですね。
レーリヒの絵の魅力については
特にカンチェンジュンガやチョモランマを初めとするヒマラヤの高峰を描いた作品は、宇宙的な神秘感を漂わせた独特の青色の使い方が印象的で、見る者は宇宙の果てから直接心に呼びかけられるような感じさえ受ける。
ロシアの美術研究家でレーリヒの専門家であるリュドミラ・コロートキナの言葉も紹介されています。
「(レーリッヒ)の山の絵は、鮮やかで、美しく、光を放っている。
基本的な色は、青色、紫色、藤色、金色がかった黄色、緑色などだ。
青色ないし、水色の空を背景に、銀色を帯びた山頂や、オレンジ色の峰が浮かび上がる」
沼野氏は、ガガーリンがレーリッヒの絵を思い出したのは、非常に的確な連想と書かれています。
78号では、沼野氏がモスクワを訪ねた時、
ちょうど、モスクワのレーリッヒ美術館でアレクサンドル・チジェフスキーの絵画展が開催されていたことが書かれています。
チジェフスキーは職業的な画家ではなく、二十世紀ロシアが生んだ独創的な科学者の一人である。
チジェフスキーを宇宙科学の道に導いたのがツィオルコフスキーだったそうです。
ツィオルコフスキー→チジェフスキーといった、
外の宇宙に実際に向かっていくようなロシア・コスミズムの系譜が一方にあったとすれば、
レーリッヒのように地上の秘境を探検し、シャンバラという理想郷の夢を追い求め、
最終的には内的な精神宇宙の神秘に向かっていったタイプがもう一方にあった。
ソ連の宇宙科学者たちが地球の外の「宇宙」についてみた夢と、
レーリッヒが地上の秘境、そして精神の奥底について見た夢は、
じつは深いところで通底するものだったのではないか。
こう考えてくると、ガガーリンが初めて宇宙に飛び出したときレーリッヒの名前を出したのも、
単なる偶然とは思えなくなってくる。
79号ではレーリッヒの家系や姓について。
この姓はロシア語ではРерих(またはРёрих、ラテン文字圏では普通ドイツ語風にRoerich)と綴られる。
レーリッヒ家の人々は「リョーリフ」という発音にこだわっているそうですが、
一般のロシア人は「レーリヒ」と発音する人が多いと書かれています。
レーリッヒのペテルブルグの美術アカデミーの卒業制作「使者。部族が部族に対して蜂起した」(1897)が、
卒業制作を集めた展覧会で注目を浴び、
モスクワのトレチャコフ美術館を創った美術商パーベル・トレチャコフが買い上げたこと、
バレエ・リュスの主宰であるディギレフが新聞の展覧会評で
このレーリッヒの「使者」をもっとも興味深い作品の一つとして取り上げられたことが紹介されています。
80号ではロシアの辺境から現れた画家として、
チュルリョーニス、サリヤン、ピロスマニが取り上げられています。
81号ではレーリッヒやロシアのオカルティックな面を。
東洋の神秘を探求したレーリッヒのような思想的立場は、
一見、社会主義と相容れそうになかったのだが、
以前にも触れたように、彼は意外にも旧ソ連で高い評価を受けた。
これだからロシアって懐深くて面白いと思います。
81号ではマダム・ブラヴァツキーの主著『神秘主義』をロシア語に訳したのがレーリッヒの奥さんのエレーナさんだったことも知りました。
82号ではシャンバラを求めたレーリッヒの中央アジア探検等について。
レーリッヒが日本を訪れた時のことについても詳しく書かれています。
一九三四年、レーリッヒは息子のユーリイとともに、来日している。
・・・
来日中に富士山の絵を二枚描いたことが知られているし、
奈良の公園で撮られたものと思われる、鹿に餌をやっている姿の写真もある。
レーリッヒが鹿に餌をあげている写真も82号に掲載されています。
レーリッヒが書いた『輝くシャンバラ』(1928年)の詳細も興味深かったでした。
82号で「白水境(ベロヴォージエ)」というものを知りました。
「白水境」はウラルからシベリアにかけてのロシア人旧教徒の間で受け告がれていた理想郷伝説
とのこと。
レーリッヒのシャンバラ論にはこの「白水境」も投影されているようです。
83号。
沼野氏はレーリッヒのさまざまな面を取り上げながら、
レーリッヒを宗教的・神秘学的信仰の対象としてではなく、
ロシアの生んだ特異な文化的・芸術的現象として客観的にとらえたい
とされています。
1934年のレーリッヒ日本滞在についての貴重な資料も紹介されています。
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ガガーリンが、宇宙から地球を眺めた時の様子を、レーリッヒを引き合いに出して語ったこと。
科学とスピリチュアル、地球の外と、地球の奥地、二つの対極にあるものがつながって非常に面白いと思いました。
ガガーリン以降、宇宙へ行った飛行士が伝道師になることもありましたが、
人類初の宇宙飛行士ガガーリンのこの言葉の中に、予兆はあったのですね。
私はレーリッヒの絵を見ると心が鎮まります。
神秘的な色彩の調和。
バイオリンやチェロを小さな音でずっと弾き続けるような、
マーラーのアダージョのような「静かさ、穏やかさの極み」に包まれます。
ガガーリンが宇宙から地球を眺めた時、思い出したのは
レーリッヒの絵の「色彩」だけではなく、その絵を見た時にガガーリンが感じた「深淵」「境地」だったのではとあらためて感じました。
様々な角度からレーリッヒに光を当てた「レーリッヒとロシア文化の地平」。
レーリッヒに興味がある方は必読です。
【メモ】
沼野充義「レーリッヒとロシア文化の地平」
(『is』77号/1997年~83号/2000年、7回連載。発行:ポーラ研究所)
東京・五反田にあるポーラ文化研究所内の資料閲覧室で『is』のバックナンバーを読むことができます
(ただしコピーは不可)。
(2020.10.30追記。現在は「ポーラ化粧文化情報センター」になっているようです。
事前お問合せください。
私は神奈川県立図書館で『is』を閲覧&コピー。
大きな都道府県立図書館には所蔵があるかと思います。
ピンポイントで大阪を調べてみましたが、大阪府立中央図書館に所蔵ありました)
※日本では名前をレーリッヒ、レーリヒ、両方の表記がみられます。
沼野氏が「レーリッヒ」とされているのでガガーリン84ではレーリッヒと表記いたしました。
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