トリノでの浅田真央の「鐘」、神々しさに圧倒されました。
浅田真央のフリープログラム「鐘」。
その余韻が今も消えません。
ずっと耳の奥にあの重厚なメロディーが。
何度も演技を見直しては鳥肌が立っています。
当代随一の真のアスリート。真の芸術家ですね
若干19歳。どうしてこんなに精神力が強いのでしょうか。
「どうせ今のルールじゃ」とふてくされたりせず、
この1ヶ月モチベーションを保ち、研鑽を積んできたことに感服します。
どの選手も五輪で勝つことを照準にしてきたであろうから、燃え尽きて当たり前。
満身創痍で、五輪直後の世界選手権は五輪ほどの演技をみせられなくてあたり前と思うのです。
なのに、浅田真央は五輪よりも進化していましたよね。
その「エネルギーはどこから来るのか。
きっと、<表現したいものがある。それをみんなに見てもらいたい>。
その芸術家魂が彼女を支えたのでしょう。
「パーフェクトな滑りを」と彼女自身が何度も口にしていますが、
「鐘」をパーフェクトに滑りきったら、リンクがどんな空気に包まれるか。
どんな感動を湧き起こせるのか。どうしてもそれを実現したかったのでしょう。
リスクがあっても不利であっても、
また、自信を失ったり、怖れを感じることがあったとしても
<これを表現したい>という熱情が上回り、
この1ヶ月の過酷な練習に向かわせたのでしょう。
だからこそ、私達が見ることができた「奇蹟」のプログラム。
黒と赤の衣装が本当にいいですね。
黒い闇を焦がす赤。炎のようでもあるけれど、もっと揺るがない、熱いもの、
たとえば、刀匠が刀にするために打つ真っ赤に灼けた鋼や、
以前ハワイで見た黒い大地から海へ流れ落ちる真っ赤な溶岩を連想しました。
熱く、でも静かに内側でたぎっている何か。
それが、全身から発せられます。
シーズンの最初はこんな重苦しい曲でいいのだろうか、と思いましたが、
曲に浅田真央が飲み込まれることなく、
この重厚で荘厳な曲を見事にコントロールしていますよね。
それは幾度となくみられるツイズルにも象徴されている気がします。
昨年のフリーの「仮面舞踏会」ではツイズルは運命に翻弄される新妻ニーナと重なる演出でしたが、
この「鐘」のツイズルは翻弄されるのではなく、
自分が中心となって渦を巻き起こす力強さがみなぎっています。
快挙といっていい3アクセルの力みのなさ、息を切らすことなく、
疲労で足をもつらせることなく、凄まじい気迫でやってのける激しくて速いステップetc.。
身体能力も表現力も並外れたものを身に着けた選手だからこそなせる業。
どの場面を切り取っても、研ぎ澄まされた美しさがありますね。
最初のトリプルアクセルのあとのやわらかくてたおやかな滑りも素敵ですし、
3連続ジャンプの少し後の片足をあげて決めるポーズ他、
黒い手袋の手を顔の近くに持ってくるいくつかの場面もかっこいいですね。
彼女の今期の演技は「表現力」という言葉には収まらないと思うのです。
デフォルメ、過剰な演技.・しぐさ=表現力「豊か」とは限らない。
スパイラルで片足を手で支えるポジション。ショートでもみせますが、
ショートではよろこび、フリーでは「怒りに似たもの」を感じます。
それは顔や左手の表情。髪を振り乱したり、
ばたばたするのではない、静かな「凄み」。
舞台というジャンルでも、顔の表情、身振り手振りを大きくデフォルメしてみせるものもあれば、
能のように、つけた面のわずかな角度の違いなどから感情を表現するものもありますよね。
俳優もオーバーアクションの人もいれば、
笠置衆のようにあまり台詞に抑揚はなく朴訥とした人もいる。
だけどどちらが「表現力豊か」「乏しい」と決め付けられるものではないわけで。
キム・ヨナの今期は多彩なジェスチャーで「うっとり」とみせた表現力が見事。
浅田真央は独特の研ぎ澄まされた動きで「迫力」を表現したのが見事。
表現のタイプが違うだけ。
浅田真央が表現力が落ちると評する声があるとしたら解せないです。
「鐘」のプログラムは、抑圧からの解放。魂の叫び。
いろんなことが想像できる奥深いプログラム。
オードリー・ヘップバーンの映画「ローマの休日」にでてきた真実の口を思い出すのは私だけでしょうか。
嘘をついたものが口に手を入れると手首を切られるか抜けなくなるという。
やましいものを持つ人は、「鐘」のプログラムに神の怒りを感じたり、責められているような気分になるかも。
そんな神々しさを感じます。
この曲、「鐘」というのは通称で正しくは「前奏曲 嬰ハ短調」。
イギリスではいくつかのタイトルでこの曲の楽譜が出版され、
「最後の審判」と名づけたものがあったそうですが、すごくうなづけます。
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演技が終わったあとの、「よっしゃー」といわんばかりに腕を下ろすしぐさ、かわいかったですね。
なにより彼女が満ち足りた表情で終えられたことがよかったです。
ちらりと映ったスタンディングオベーションの会場。
立って拍手をしていた白人女性が、
リンクにプレゼントを投げ入れて帰るところであろう日本人らしき女性を笑顔でみている様子が映っています。
芸術でもスポーツでも素晴らしいものを見た時って、
同じ場に居合わせた者同士不思議な一体感を感じませんか。
トリノの多くの観客が浅田真央の演技を生で見られたことに感動し、
そしてその貴重な体験を共有できた者同士、一体感を感じているようにみえました。
五輪から2大会4プログラム。
トリプルアクセルの精度、美しさも快挙ですが、
これだけ質の高いスケートを滑りきれた選手は彼女だけ。
文句なしに今シーズン全体の金メダル受賞者といえるでしょう。
しかし、フィギュアの4分間の密度って凄いですよね。
お湯を注いでカップ麺ができあがるくらいの時間。
超個人的な尺度でいえば、私が駅に向かって歩いて○○マンションの前を通過するまでの時間。
そのわずかな時間で、あれだけ別世界の空気をつくりだし、人をその中に巻き込み、大きな感動と余韻を残すのですから。
フィギュアスケートはトーベル・ディーンの「ボレロ」他数多くの伝説プログラムがありますが「鐘」も殿堂入りですね。
たった4分。
だけどこれからも多くの人に視聴され続け、
何万時間にもなってゆく「4分間」となることでしょう。
フジテレビでの放送は演技スタートの時のナレーションにもよかったです。
ラフマニノフの「鐘---前奏曲 嬰ハ短調」について調べました。こちらです。
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「鐘」、歴史に残る壮大なプログラムですね。
初めて見たときから良い意味で「何これ!?」と驚かされたんですが、トリノでの最後の演技はもう…言葉では言い表せないです。これまでのフィギュアで主流とされてきた表現とは全く異なっていて、見ているこちらを異次元の空間に引きずり込むような、そして想像力をかきたたせる真の芸術ですね。
「研ぎ澄まされた美しさ」に同感です。凄みの中にある美しさに圧倒されました。こんなに芸術性の高い作品はもう二度と見れないかも…。本当に奇跡だと思います。タラソワ先生と見事に表現してくれた真央選手に感謝です。
投稿: shino | 2010年3月31日 (水) 10:23
shinoさん。「壮大」その言葉どおりですよね。決して奇をてらったプログラムではないけれど、主流とは違う、今までの概念から違う世界でしたよね。
「異次元の空間に引きずり込む」。本当に同感です。
タラソワさんと浅田真央の組み合わせだからこそ生まれた奇蹟のプログラムですよね。
投稿: emi | 2010年3月31日 (水) 11:39
>昨年のフリーの「仮面舞踏会」ではツイズルは運命に翻弄される新妻ニーナと重なる演出でしたが、この「鐘」のツイズルは翻弄されるのではなく、自分が中心となって渦を巻き起こす力強さがみなぎっています。
なるほど。言われてみれば。
いやー奥が深いですね。真央選手は、高い技術力があっての表現力ですね。真央選手やマスコミが
プログラムについてもう少し語ってくれれば、私にももっと深く感じることができるのですが。
ツイズルの話、私にとって収穫です。ありがとうございました。
投稿: ピーチ | 2010年4月11日 (日) 15:59
ピーチさん。はじめまして。
本当に高い技術力があっての表現力ですよね。
五輪の前にしても、高橋選手の「道」のプログラムはその曲にまつわるエピソードをあちこちで取り上げているのをみましたが、浅田真央の場合、ライバルとの比較が多く、プログラムの内容を取り上げられることは少なかったですよね。
世界選手権の時もラフマニノフの命日が3月28日であることとかラフマニノフが鐘を作曲したのが同じ19歳であることとか取り上げてくれたら、もっとドラマティックに楽しめたかもしれませんね。
投稿: emi | 2010年4月11日 (日) 18:49