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2011年2月27日 (日)

『実隆公記』に出てくる星の表現その2

2月17日の続きです。雪の結晶の調べものから脱線した『実隆公記』をもう少しだけ。
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◆文亀元年8月3日(西暦1501年9月25日)の日記も興味深いです。
陰陽師の安倍晴明の一族である安倍有宣が7月29日に語った言葉が記されています。

今月廿七日寅時月之暈有軒轅度、(其躰三十也)天文要録云、月之暈見軒轅度、其分野大旱、石申曰、月入軒轅中有逆賊臣、天子愼之(私による略)又云、月之暈入軒轅天下人飢死、火災起(以下略)

<軒轅(けんえん)>とは中国流の星座で、およその位置はしし座に当たります。星の位置で国の吉兆を読んでいたことがうかがえる一文です。

シリーズの第六巻(巻三下)にもいくつか天文現象が出ています。

◆文亀元年9月14日(西暦1501年11月4日)の日記
月行変、歳星入月。 (巻三下 p739)
歳星は木星のこと。木星が月に隠される木星食が起きたのでしょうか。

◆翌日、文亀元年9月15日(西暦1501年11月5日)も皆既月蝕があったようですね。 
晴、今夜月蝕也、皆既正現出という記述があります(同 p739)

◆文亀3年3月1日(西暦1503年4月7日)の日記
晴、日蝕五分卯辰時云々、但不正現歟(巻四上 p103)

◆文亀3年8月16日(西暦1503年9月16日) 
晴、今夜月蝕也、但不正現歟(同 p167)

旧暦8月15日は十五夜・中秋の名月ですがかならずしも満月になるとは限りません。一方月蝕は必ず満月の時に起こります。
16日の日記に月蝕の記述があるということは、この年は8月16日が満月の夜だったことがわかりますね。

◆永正元年閏3月2日(西暦1504年4月26日)の日記も天文現象から吉兆を占っていたことがわかります。
去月自十六日連日日月薄蝕也、天文録曰、日月蝕者、臣奪其政、主失其威、女主有失~
という記述があります。

またこの日には、
去月廿九日酉時日病、色赤無光没西山
天文要録云、日者主太陽之精也、天子象也、占云、日無光其國哭泣聲不息、君臣愼之、又云、日無光輝者、必不出其年兵革起、又云、日無光如火赤者、天下有疾疫、甘氏云、日無光者、万民餓死、又云、日無光赤者、有火災、盗賊、京房易傳云、日未入二竿亭々無光、曰死、曰病。

(同 p253)

正確には訳せないのですが、先月29日酉の刻の時に、太陽が夕焼けを持たずに西の山に沈む現象があったということでしょうか。
それは天文要録によるとかなり不吉のものであることが説明されているのですね。

※『天文要録』は中国の唐の時代につくられたとされる天文書。日本では平安時代に入ってきたとされています。

◆永正元年閏3月15日(西暦1504年5月9日)の日記では
薄蝕御祈事一通到来、則加下知了、
白蝕連日、占文之趣御愼不軽、別而抽精可祈謝之旨~


と書かれています(同 p261)
天文の異変に世の中が左右されると、昔の人が考えていたことがうかがえます。

◆永正5年3月21日(西暦1508年5月1日)
今夜有流星、其大如甕云々(巻五上 p29)

◆永正6年12月8日(西暦1510年1月27日)
天晴、早朝拝明星

現在の暦で1月27日は。夜が明けるのが少し遅くなってきている時期とはいえ、早朝は凛とした寒さのことでしょう。
その中で、見上げた明けの明星(金星)は明るく、まさに「拝む」にふさわしい神々しさだったのかしらと思います。

◆永正7年4月4日(西暦1510年5月21日)
入夜有流星(同 p348)

実隆は後世の人が自分の日記を読むと思わなかったかもしれなけれど、そして日記はもっと政治のこととか業務日誌的なことも多いのだけど、私には流れ星があったとか、今日も晴れ、終日無事とか、明けの明星を仰いだとかなにげない日々の記述が人間性が伝わってきて興味があります。

※西暦は(ttp://maechan.net/kanreki/)のサイトで和暦から変換しました。
※『実隆公記』からの引用は青文字。
※一部、旧漢字ではなく入力しやすい現代の漢字に私が直しています。昔の文献を読み解くには、天文知識、古文漢文の知識もさることながら、中国の星座他の知識が必要。私の能力を完全に超えてしまっている世界なのでこれ以上『実隆公記』を追うのはやめにします。

2011年2月26日 (土)

INDEX カテゴリーロシア

カテゴリー【ロシア】【ダシ・ナムダコフ】のINDEXです。   2017.3.19更新

〔ロシア〕
Matryoshkachoco_1マトリョーシカのチョコレート/リンツのおいしいマトリョーシカの形のチョコ



ロシア語 太陽のうさぎ/白くて丸くてちらちら動くから?

Takeihon_1武井武雄とモスクワとろしあ亭/神保町で思いがけず



あらためて、エカテリーナの恋文に興奮/山口智子の番組素晴らしかった

Momotaro桃太郎のマトリョーシカ/私の宝物



Chaikan_2マリアージュフレールの「チャイ」缶/キリル文字がかっこいい



ロシアでは干支がポピュラー/2009は丑


Carolineenrussie_2カロリーヌがロシアに行く絵本をゲット!/ピエール・プロブスト大好き



エルメスのスカーフにロシア柄が/ザバーブシュカ

ラフマニノフの前奏曲嬰ハ短調「鐘」について/浅田真央のフリー曲

Matryoshkaezara_2マトリョーシカの絵皿が素敵/西麻布のギャラリーで




私流『戦争と平和』(トルストイ著)の読み方/その1 その2 その3 その4

ロシアに帰化したクマのプーさん/その1 その2 その3 その4
Pooh0104Russianpoohbook7Russianpoohdairy1Russianpoohogzhel



Stila_travel_palette_make_an_impr_5スティラのロシアがテーマのパレットをゲット
スティラガールat聖ワシリー寺院のキュートなイラスト


Rokin_rocky聖ワシリー寺院と「ろうきん」のロッキーとピンキー
聖ワシリー寺院の刺繍と「ろうきん」のロシアなティッシュ


ファーファのロシアバージョン/柔軟剤のファーファ。マトリョーシカやロシア娘になった姿もかわいい~

ソチ五輪/開会式 閉会式

ラフマニノフのコンサート/春先の空模様にもぴったり

Maria_ivanovna_lopukhinaマリア・ロプーヒナとドーロホフ/その1 その2 その3




藤城清治とロシアの関係/ネギ坊主の寺院が描かれていて

〔ダシ・ナムダコフ〕

Dashi_namdakovブリヤート人アーティスト/ナムダコフの彫刻、素晴らしいです
威厳を放つシャーマン像/ナムダコムの作品を見られるHPがあります
ナムダコフ参加の映画「モンゴル」がアカデミー賞ノミネート/待望の映画
セルゲイ・ボドロフの『モンゴル』観ました/ナムダコフが美術を担当
ナムダコフにご興味持ったら竹橋へ/図録他資料あり

2011年2月24日 (木)

2011年1月1日の初月の出パート2

2011年2月17日のブログの続きです。

甥が撮影した2011年1月1日夜明け前の初月の出。

17日の写真は初日の出と並べるためにトリミングしてありますので、こちらの画像をご覧ください。(少し画像が重いかもしれません)

20110101moonkinseihikariblog

三ツ石の奥に輝く月が暗い海の上に光の道をつくっています。
よく見ると、左側の水面も青白く照らされていますよね。
これはなんだと思われますか。

少し前の時間に撮影された写真をご覧ください。

20110101moonkinseiblog

ちょうど三ツ石の左側の岩の後ろから月が顔を出したところです。

不鮮明ではありますが、地球照で月の影の部分が明るくみえる様子もおわかりいただけると思います。

そして青白い光の道の光源は、月の左上の明るい玉であることもおわかりなると思います。
この玉の正体は。

金星なんですね。「明けの明星」として古来から親しまれてきた星ですが、海面に光の道を描くほどの明るさがあるとは。

金星が作る青い光の道と細い月がつくる黄色い光の道が綺麗です。

2011年2月17日 (木)

『実隆公記(さねたかこうき)』の明応の大地震に関してです

2011年2月8日の続きです。

室町時代の貴族、三条西実隆は明応の大地震(明応7年8月25日/西暦1498年9月20日)を経験したことを日記『実隆公記(さねたかこうき)』に記していました。
さて、この地震の前兆現象はなかったのでしょうか。ざっとさかのぼってみると。

明応6年10月17日(西暦1497年11月20日)

暁天地震其動甚、驚聴了
<明け方に大きく揺れる地震があって驚いた>と書かれています。(『実隆公記』巻三下 p454)

翌日18日の日記には

地震占文借請傳奏見之、甚可愼事也と書かれています。(〃)

明応7年6月11日(西暦1498年7月9日)の日記には

今日地震以外也、水神動云々、占文之旨其愼不軽也、行二、宗高、宗祇等來、
自黄門母堂鯰魚一被恵之、其長三尺余、頗驚目者也
(同 p534)という記述が。

意味はよくわからないのですが、地震は水神が動くと言い伝えられていたのでしょうか。鯰魚はなまずのこと。地震となまずの関係は室町時代にはもう語られていたということでしょうか。

大地震の直前、明応7年8月15日(西暦1498年9月10日)の十五夜の月に異常があったかチェックしてみましょう。

今夜月色誠得名者也(『実隆公記』巻三下 p551)
とくに異常はみられなかったのかなと思います。

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余震といえないかもしれませんが、
明応7年10月27日、28日に地震があったことが書かれています(同 p575)

明応7年閏10月28日(西暦1498年12月20日)では、侍從大納言殿と実隆が追言を書いています。


  天変地動及度々、殊可抽精誠之由、同可令下知給候也、重誠恐謹言、
近日天変地動及度々、其愼不軽、自來月四日一七ケ日別而抽精誠、可奉祈天下安全、朝儀再興之由、可被下知神宮之旨被仰下候也、謹言 実隆

(同 p576)

古文漢文の心得がない私にはちんぷんかんぷんsadですが、抽精誠は<精誠をぬきんで>。

明応7年11月7日(明応7年11月7日)にも地震が起きています(同 p588)

※西暦は(ttp://maechan.net/kanreki/)のサイトで和暦から変換しました。
※『実隆公記』からの引用は青文字。
※一部、旧漢字ではなく入力しやすい現代の漢字に私が直しています。

上記のなまずと地震の関係の文章の正しい解釈を知りたいです。どなたかご教示いただければ幸いです。

(2011.3.20追記)下のコメントにあるように、高村さまが、上記の文章の現代語訳をしてくださいました。
大変ありがたいことです。意味がやっとわかりました(日本人なのに古典が読めずかなし~)


とても興味深い内容です。特に閏10月28日の書状は、日本の天下安全を祈るための働きかけの手紙だったのですね。
先日大震災が起こっただけに、実隆、当時の人のことも他人事と思えません。
高村さま、本当にありがとうございました。

2月27日に続きます。

2011年1月1日の初月の出

2011年も早1ケ月半が過ぎました。
今年の初日の出はご覧になりましたか?

こちらは大学で天文部に所属していた甥が撮影した写真。神奈川県真鶴町番場浦海岸での初日の出と初月の出です。
2011moonsunbytakazawa

<2011年の初日の出と3時間前の初月の出>     

私たちってつい、太陽は朝、東の空から昇るもの。月は夕方東の空から昇るもの。一日のうちで先に見るのは太陽の方というイメージを持ってしまいませんか。

でも、今年の1月1日は、月の方が太陽よりも先に地上に姿を現したのです!!

月が東の空から夕方昇るもの、と思いがちなのは、きっと満月の時の印象が強いからなんでしょう。夕方の東の空の低いところにまるく大きく輝く月を仰ぐ印象が。

月の出は毎日約50分ずつ遅れていくので、満月のあとは月は夜遅い時間に東の空から昇るようになります。

2011年1月1日の神奈川(横浜)での月の月齢、月の出の時間を国立天文台の暦計算室(ttp://www.nao.ac.jp/koyomi/)でチェックしますと。
月齢は26.4。細い下弦の月となっています。月の出は3:44。日の出は6:50となっています。
初日の出の約3時間前に月が昇ってくることがわかりますね。

今年の元旦、「初日の出を待っていたら、初月の出を見ちゃった!!」と夜中の寒風の中で感激された方も少なくないでしょう。

太陽にしてみれば、「ちょっと悔しい。自分を待っている観客のところに姿を現す前に、月に出番を横取りされちゃった」みたいな気持ちでしょうか。一番乗りの福男を決める神事でいえば、今年は月が「福男」になってしまいました。

元旦の「旦」は地(水)平線から太陽が昇る様子を描いた漢字ですが、今年の場合は
でもあったのですね。

甥が撮った初月の出。初日の出。身びいきですが、海に光の道が伸びる様子も、地球照で月の影の部分が見える様子も、しめ縄で結ばれた三ツ石の向こうから二つの天体が私たちを照らしてくれる様子も神々しくて、うれしくなりました。

2011年2月24日に続きます

2011年2月12日 (土)

同じ形に心をときめかせる、雪の結晶の普遍性

雪の結晶。
一つとして同じ形はないといわれながら、まったく野放図に形ができあがるのではなくて、ある一定の型がある。それが惹かれてやまない魅力の一つ。 型があるからこそ、先人が見て写真やスケッチに残した形と同じものに出会える。先人と時を超えて、同じ形に心をときめかせる一体感を感じることができるのです。

星もそうですよね。2000年前の人とコンタクトできないし、言葉も通じ合えないけれど、オリオン座を見上げて美しいという共通の気持ちを持ちあえる。

さて、昨日私が撮った雪の結晶と、江戸時代の古河藩の殿様、土井利位侯が観察して描いた雪華をおそれおおいことですが並べてみます。
※土井利位の雪華の画像、通し番号は古河歴史博物館発行のカタログ『雪の華』に基づいています。

Snowflake1102111525 Doi2e No.11と
土井利位侯の雪華No.2E

縁のフリル具合が
そっくりだと思いませんか。






Snowflake1102111436Doi2hNo. 4は土井雪華のNo.2H。







Snowflake1102111516Doi4l
No.7は土井雪華のNo.4L。






Snowflake1102111520 Doi5l
No.8は土井雪華のNo.5L。






Snowflake1102111526Doi9r
No.12。結晶の先端は5つの玉がもみじの葉のようについているのですが、雪華図説にも同じように先端が描かれたものがあります。
土井雪華のNo.9R。




さて、今日も外は雪(ややみぞれ寄り)が降っています。

残念ながらいまのところ結晶の形はみつけられません。

昨日は<雪の結晶大漁>の日。とはいえ、決して気温が氷点下5度とかだったわけではありません。せいぜい、1~3度の気温。それでも肉眼で雪の結晶を見ることができたことを考えると・・・。
平安時代の人たち(縄文時代の人も)が雪の結晶が六弁の形であることを知らなかったとは思えないです。
顕微鏡が開発されてはじめて見ることができたならまだしも、肉眼で気づけるのですから。
現代の関東南部よりも気温の低いところに住んでいる日本人は多いのですから。

縄文人の人(クロマニオン人でも)が描いた雪の結晶の壁画が今後発見されることはないのかな。発見されたらいいなって思います。

【雪の結晶撮影シリーズ】INDEXはこちら
【雪の結晶の文化】INDEXはこちら
雪の結晶全般はこちら

2011年2月11日 (金)

雪の結晶をたくさん撮ることができました

今日は天気予報通り、関東南部でも朝からみぞれまじり→雪に。
水分が多いのかなかなか積もる気配のない雪でしたが、お昼すぎぐらいから結晶の形も見られるようになりました。
携帯の接写機能で撮影した雪の結晶をお披露目します。
もちろん、顕微鏡できちんと撮影されたもの(ベントレーやケネス・リブレクトの写真集のような)ほど精緻には写っていませんが、関東南部のような温暖なところでも、また、顕微鏡他の装備がなくても、雪の結晶が見ることができて写真に納めることができることをお伝えできたら。

私の撮影方法は、ベランダでセーターを広げる。
落ちてきた雪を肉眼で眺めて、結晶になっているものをすかさず写メ。

Snowflake1102111205 午前中はみぞれまじりで、かき氷を削ったような雪のかけらが
固まって降りてきました。結晶の姿はほとんどなし。

→お昼すぎに初めて撮れた雪の結晶の形(No.1)

14時ぐらいから、雪がかたまりではなく、単独飛行で舞い降りるようになりました。
お昼ごろよりも小さな粒ではありますが、舞い降りる雪の7割は結晶という確率で降ってきました。

Snowflake1102111427_2 Snowflake1102111432(No.2左とNo.3右)










今回の撮影には強い味方が。
それは、とても感性が合う仕事仲間からいただいたsnow雪めがねくん。

Snowflake1102111456 雪めがねくん。私の生息エリアでは雪が降らないため、
毎日ずっとカバンにストラップとしてぶらさがっていました。
今日が初仕事。いい仕事をしてくれました。

雪めがねくんで覗くと、結晶のディテールがとてもよくわかります。
まるで3D。
スワロフスキーのスノークリスタルのオーナメントのような立体感が
よくわかるんです。

セーターに落ちたひとひらに雪めがねくんを当てて、
それを携帯でルーペ撮影。
そんな簡単な作業でこんな風に結晶画像が撮れるのがうれしいです。
(雪めがねくんはクリックで拡大します→)




Snowflake1102111436 Snowflake1102111444










(No.4)ダイヤモンドのジュエリーみたい!  (No.5)透き通っています。

Snowflake1102111515 Snowflake1102111516 (No.6とNo.7)










No.7は二つの雪の結晶が重なって12本の矢が伸びていますね。

Snowflake1102111520 (No.8)

変形の3本の矢のもの。
写真集で見ていた形を
自分の目でみることができて感激。







Snowflake1102111522(No.9)どことなく、

YとGを組み合わせた
野球の読売ジャイアンツのロゴっぽくないですか。
Yg







Snowflake1102111524 Snowflake1102111525 (No.10とNo.11)










(No.11)はシンプルながらとても感激した一つ。
なぜなら、江戸時代の殿様、土井利位侯がまったく同じフォルムの雪華を描いているからです!

Snowflake1102111526 Snowflake1102111527 (No.12とNo.13)










No.12は不鮮明ですがもみじの葉のような角度で先端が5つに分かれています。
典型的な型の1つです。

今回、シダの葉のような樹枝状六花を撮ることができませんでした。
降ってくることはあったのですが、あまりに細い葉は舞い降りた途端にとけてしまって。
No.13がかろうじて撮れたものです。
Snowflake1102111531 Snowflake1102111556
(No.14とNo.15)









雪の結晶は花のようでもあり、星のようでもあり。

15時30分ぐらいから、ふたたび雪が固まりで降ってくるようになりました。
単独飛行よりも、ランデブー飛行で絡み合ってスカイダイビングするもの多数。
特に樹枝状のものは絡み合っているので撮影が難しかったです。

Snowflake1102111601 (No.16)
「立った、立った、クララが立ったわ!」と叫びたくなる結晶でした。
大きな結晶の上に小さな結晶が立った形で降りてきたのです。
シンクロナイズドスイミングかサーカスの曲芸みたい~。








Monosashi ものさしを当ててみると毛糸の一鎖が約2ミリ。
そこから、各結晶が2~3ミリであることがわかります。
わずか2~3ミリの小ささの中で繰り広げられる天然のアートですね。







最初は、「肉眼で結晶の形が見える。結晶がたくさん降ってくる~」と感激していたのに、2時間もずっと見てると、「あら、また同じ形だ!」とありがたみが減ってくるのが人間の不遜なところですね。
それでもせっかく私の元に舞い降りる美しい六花。「私が見ないと誰がみる。すぐにとけて水になってしまうだけ」ともったいない気がして、室内に入る気になりませんでした。

それに、樹枝状や、私が<六角サザエさん>と呼んでいる結晶が見られなかったことも原因。
ふと、先人もそうだったのかなと思いました。
たとえば土井利位侯。いろんな雪の結晶を観察しても、それでも観察を続けてのは、まだ、どうしても自分の目でみたい結晶が具体的に存在していたのからかも、と。
彼が雪の結晶を観察しはじめたきっかけの一つがオランダのマルチネットの本の中の結晶図と言われています。「そこに描かれているのにまだ自分が見ていないものがある、それを生で見たい」という気持ちが、観察の継続になり、その結果、100種以上の姿を自らの筆で描き残すことになったのかもって思いました。

明日は、私が今日撮った結晶と先人による雪華を並べてご紹介します。

【雪の結晶撮影シリーズ】INDEXはこちら
雪の結晶全般はこちら

2011年2月 8日 (火)

『実隆公記』に明応の大地震を発見

私が「はじめてのおつかい」に出たら、、おつかいの最中に興味をひかれるものに出会い、ことづかったミッションを忘れ、寄り道しちゃうタイプだと思います。

雪の結晶を「六出」と表現した文献を追っています。室町時代の『実隆公記(さねたかこうき)』も「六出」の記述があると小林禎作さんの著書で知りました。その記載をただ自分の目で確かめたかっただけなのに・・・・・

『実隆公記』があまりに面白くて、「六出」の記載は確かめ終えたのに、つい目を通してしまっています。
全20巻の8巻分は制覇。

第一弾(2011年1月27日)、第二弾(2011年1月30日)につづき、貴重な記述を発見しました。それは巻三下。

実隆は明応の大地震を体験していたのでした! 

表現からこの地震の凄さがわかります。その文章をご紹介する前に明応の大地震のおさらいを。

明応の大地震は明応7年8月25日(西暦1498年9月20日)に起きた地震。周期的に発生するといわれている大地震(東海地震、南海地震、東南海地震)の、過去事例をさかのぼる時に名前が挙がる地震ですね。

東京大学地震研究所彙報に羽鳥徳太郎氏が書かれた論文「明応7年・慶長9年の房総および東海南海道大津波の波源」 (ttp://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/12593/1/ji0502002.pdf)にこう書かれています。要約で。


明応7年8月25日(1498年9月20日)、朝8時ごろの大地震は房総から紀伊半島東岸に至る広域に地震・津波の大被害を与えた。
地震の震央は東海道沖で、マグニチュードMは最大級の8.6。
明応津波では浜名湖が切れ、今切という地名を残した。


実隆のいる京都は震源から離れているわけですがどんな様子だったのでしょうか。
『実隆公記』(巻三下)の明応7年8月25日の日記でこう書かれています。


早朝地震大動、五十年以来無如此事云々、予出生以来未知如此之事。
<私の訳/早朝に大地震があった。50年来こんなことはなかったそうだ。私は生まれてはじめての経験だ>

この時実隆は43歳。大地震の周期から考えても生まれて初めての経験なのはあたりまえでしょう。

興味深いのは翌日26日の日記です。地震のことも触れる一方で、伊勢物語の新写本を甘露寺に届けたようなことが書かれているのです。

未曾有のことなのに、いつも通りのこともしていたのですね。

この地震の前兆現象などはなかったのでしょうか。続きは2月17日に。

(2011.5.19追記。理科年表で明応の大地震についての記載をみてみました。引用部分青字)
地震No.61。西暦1498年9月20日。明応7年8月25日。M8.2~8.4。地域:東海道全般。被害摘要:紀伊から房総にかけての海岸と甲斐で震動が大きかったが、震害はそれほどでもない。津波が紀伊から房総にかけての海岸を襲い、伊勢大湊で家屋流出1千戸、溺死5千、伊勢・志摩で溺死1万、静岡県志太郡で流死2万6千など、南海トラフ沿いの巨大地震とみられる。

2011年2月 6日 (日)

六本木ヒルズのスカイプラネタリウムに行ってきました

六本木ヒルズのスカイプラネタリウムに行ってきました。

2006年に、六本木ヒルズの夜景と大平貴之さんのメガスターの星空のコラボのイベントに行ってきましたが、今回はどんな風に見せてくれるのでしょうか。

今回は閉じられた空間を何か所か使って趣向を凝らしたもの。展望台の夜景と星空のコラボというのはありませんでした。

歩いて移動していくということで、従来のプラネタリウムのように真っ暗な空間、ではなく、足元も見え、他の来場者の姿もわかるくらいのほの暗さでしたが、星空が綺麗にうつしだされていました。

星を立体的に配置した3D空間のところでは、足元にもっと星があるといいなと思いました。足がすくむような星の海の上を渡って歩くような気持ちになれたら。

スクリーンに上映する映像・・・地球から宇宙空間へぐんぐん飛びだして、宇宙の果てからまた地球に戻るという映像が吸い込まれる感じがして面白かったです。

出口の外にはホームスターの投影もありました。

きっとこのイベントにいらして、そうだ、今日家に戻ったら、ホームスターをまたつけてみようと思われた方も多いのでは。

以前もブログでご紹介しましたが、私の一押しのホームスターの楽しみ方。それは
①壁や天井ではなく、近距離に映す
②間接照明を心がける
③和の素材に投影する(和紙、障子、砂壁)

です。材料いらずで、ぜひだまされたと思って(?)トライしてほしいのが、半透明のビニール傘に映すこと。(透明のビニール傘、正しいふつうの雨傘ではなく)
ホームスターと並んで体育座りして、半透明のビニール傘に星空を映しながら、傘をぐるぐるまわすと、空中にホログラフィみたいに星空がうかびあがってうっとり。

100円ショップで手に入る鉢台に和紙や透け感のある紙を貼り、そこに投影すると丸窓のような星空が美しいです

Homestarmarumado_3 Homestarandwashi こちらは、とても手間がかかってしまうので、一度しか実現できなかったのですが、和紙などの素材にホームスターを投影して星空を演出して私が企画した茶会の様子です。

和の素材×ホームスターは本当に遊べます。どうぞ皆様もお試しあれ。
(写真撮影:飯村昭彦氏)

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emi (秋田恵美)

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。
    コンタクト: メールアドレスはhoshibiyorihappy*yahoo.co.jp このyahooの前の*を@に変えてご連絡下さいませ
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    暮らしを豊かにする様々な美が満載のブログ。さる子さんは新ブログに移行され、こちらは基本停止中のようですがご紹介させていただきます
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    「笑店」のおんぽたんぽさんの新ブログ。森羅万象のネットの中で素敵なもの、こと、ひとをみつけだされていて、訪ねるたびに素敵なエネルギーをいただきます。