素敵な言葉(その5)---はらいそ
「キリシタン」でない私が、この言葉素敵!と信仰にまつわる言葉を軽々しく上げるのは、
とも思うのですが、
素敵な言葉その3「ご大切」に続き「はらいそ」です。
「はらいそ」。
ポルトガル語でパラダイスをあらわすパライゾから生まれた言葉。
細野晴臣さんのアルバムで知った言葉です。
パラダイス、パライゾは「パ」の破裂音が弾けた軽快な感覚をひきおこしますが
「はらいそ」は、少し力が抜けたようなやわらかな語感。
そのゆるい響きのため、なんともいえず、楽園の和やかな雰囲気に包まれる気がします。
原文マニアだけではなく、語源マニアでもある私。
パライゾ、はらいそについて調べた成果を。青字は引用部分。
小学館の「日本国語大辞典」によると。
パライゾ(paraiso)(ハライソ、ハライゾウ)。
キリシタン用語。天国。楽園。パラダイス。
元はパラダイスをあらわすポルトガル語の「paraiso」ですが
日本では、ハライソだけではなく、はらいぞう、なんて言い方もあったのですね。
1600年に日本で刊行された『どちりな きりしたん』に「パライゾ」は出てきますので、
一部の人しか手にしていないものだとしても立派な日本の古語と言っていいでしょう。
【パライゾの定義】
善行をおこなったものが死後行く場所であるとともに、
場所よりも完全な心の状態のことを指しているのですね。
キリシタンはパライソ(Paraiso)と称し今は天国と言っているが、
これは場所よりも、完全な幸福の状態を意味している。
(p576 日本思想体系25(岩波書店)解説より)
D(私注/日本思想体型25収録の「どちりいな きりしたん」ではDは「でうす」になっています。)
はいづくにもおはしますといへども、たすかり玉ふ善人たちに尊体をぢきにあらはしたまはんために、
天にパライゾをさため玉ふによてなり。
『どちりな きりしたん』(岩波文庫 p30/この本は 1600年!に刊行された長崎版)
後生ノ善所ハ パライゾ ト云イテ天ニアリ、悪所ハ インヘルノ ト云イテ地中にアル事。
『妙貞問答下巻』1605年刊行。日本思想体系25(岩波書店)p164より。
【パライゾ以外の言い方】
①「はらいぞ」として登場。
じゆすへる これをきくより、ゑわ・あだんをたばかりと、ころてる にいそぎける。
道にて、いたすまじき、まさんの木の実をとり、ゑわ・あだんが方ゑゆき、
「あだんはいづかたゑ」といふければ、ゑわ きゝて、
「はらいぞの五門の訳也」とこたゆる。
『天地始之事』
日本思想体系25(岩波書店)p383より。
ゑわとあだんってエバとアダムのことですね!
②「はらいぞう」として登場。
人間には、でうすより、真の霊(たましい)を作り添えたまふ故に、
此の身死すれども霊死せずにて、今生善悪乃業により、苦楽を受く。
善業の者をば、はらいぞう として、
楽しみ尽ぬ世界を作り置きて是へつかはし給ふ。
『破切支丹(はきりしたん)/鈴木正三 1642年頃』日本思想体系25(岩波書店)p453より。
⑤「頗羅夷曾(ぱらいぞ)』として登場。
『対治邪執論(たいじじゃしゅうろん)/雪窓宗崔 1648年』日本思想体系25(岩波書店)p462より。
いろんなことを調べるにつけ、
江戸時代初期の日本人でアダムとイブの話を知っていた人がいたりとか、
昔の人があまり今の私たちと知識のギャップがないことに驚かされます。
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さて、「はらいそ」が出てくる歌舞伎もあります。
作品名は『天竺徳兵衛韓噺』by鶴屋南北。
江戸時代、鎖国がおこなわれる前にインドに航海した実在の人物、徳兵衛の物語。
徳兵衛が、「でいでい、はらいそはらいそ」という呪文をとなえるという作品です。
日本芸術文化振興会が運営する文化デジタルライブラリー(ttp://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/)で紹介されています。http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/edc15/sakuhin/p1/
「作品紹介」の「作品の概要」ではこんな風に書かれています。
本水(ほんみず)を使った水中の早替り(はやがわり)、
見世物(みせもの)的な大蝦蟇、屋体崩し(やたいくずし)など迫力に溢れるケレンと松助の体を張った演技で評判を取りました。
天竺徳兵衛が唱える「デイデイ、ハライソハライソ」という呪文(じゅもん)は、
「主イエス」「天国」という意味の隠れキリシタンのオラショ(祈祷[きとう])でした。
水中の早替りは「切支丹(きりしたん)の妖術ではないか」という噂まで呼んで話題をさらい、
2カ月以上に及ぶロングランとなりました。
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南米チリに「バルパライソ」という港町があるようです。
意味は天国の谷、だとか。住むのは大変かもしれませんが、
海が見える、坂道の港町、の風景って憧れます。
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