雪の結晶番外編/江戸時代の顕微鏡シリーズ(10) (36)~(42)
ダイジェスト年表で挙げた(36)~(42)の詳細です。
ネットで原文を読めるところも挙げています。
<本で閲覧できる資料>はみつけにくいものを中心に挙げました。〔挙げていない=本の形態では出版されていない〕ではありません。
青文字=原文。
オレンジ=顕微鏡画像や顕微鏡で観察したスケッチ画がみられるURL。
ただし書きはこちらをご覧ください。
今回の特におすすめ
(39)ドイツ製顕微鏡。今年2012年の1月2日の長崎新聞を<江戸後期の顕微鏡発見>と賑わせた顕微鏡の画像がみられます。
(40)『北窓瑣談』。文章だけで、顕微鏡本体の図も顕微鏡で観察したスケッチもありませんが、顕微鏡の中でうごいめいている生物(ミクロ)という視点から、丸い地球でうごめいている生命(マクロ)に思いを馳せる様子。地球は丸いという認識含め、とてもグローバルで哲学的で興味深いです。
追記/
国立国会図書館の画像掲載許可をいただきましたのでアップしました。
長崎市歴史民俗資料館の画像掲載許可をいただきましたのでアップしました。
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(36)1826年(文政9年)頃。
宇田川榕庵(ようあん)がシーボルトから顕微鏡を贈られる
現存。早稲田大学所蔵。
参考資料『シーボルトと宇田川榕庵』高橋輝和著p62
この顕微鏡と思えるものをネットで閲覧/
【早稲田大学古典籍データベース】→「宇田川榕庵 顕微鏡」
直接のURLは ttp://www.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/b08_c1425/
※宇田川榕庵は顕微鏡で植物の組織などを観察しました。
その詳細は(46)『植学啓原』、(47)『植学独語』をご覧ください。
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(37)1826年(文政9年)。『重訂解体新書』クルムス著 杉田玄白訳の『解体新書』の改訳増補版。
大槻磐水重訂。南小柿寧一(cf.(33)『解剖存真図』)も図を描いています。
顕微鏡の説明、顕微鏡本体の絵あり。記述は顕微鏡、密哥魯斯華弼穵(ミコロスコビア) 。
○顕微鏡本体の絵( 重訂解体新書銅版全図 扉絵
中央左よりにカルペパー型顕微鏡が見えます)
↑国立国会図書館 重訂解体新書銅版全図より
左側の「堂」の文字の斜め右下に顕微鏡がみえます
ネットで閲覧/下の二箇所他で閲覧可能
【国立国会図書館デジタル化資料】→「重訂解体新書銅版全図」→1をクリック→2/27
直接のURLはttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2537534/2
【早稲田古典籍総合データベース】では→「[重]訂解[体]新書銅版全図 」→No.2
直接のURLはttp://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/bunko08_a0036/bunko08_a0036_p0002.jpg
○顕微鏡の説明文。 「密哥魯斯華弼穵」の文字に「ミコロスコビア」のルビあり。
ネットで閲覧/【早稲田大学古典籍総合データベース】→「重訂解体新書」→ 「重訂解体新書. [首巻],巻之1-[10],附録をクリック→画像をクリック→右から3番目のHMTL→7をクリック
直接のURLはttp://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ya03/ya03_01061/ya03_01061_0003/ya03_01061_0003_p0007.jpg
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(37)-2。1826年(文政9年)。『渡辺崋山『ビュルゲル対談図』。この素描の中で顕微鏡本体を描く。
ビュルゲル(Dr.Heinrich burger)は1825年(文政8年)にシーボルトの助手として来日した薬剤師、生物学者。 江戸本石町の長崎屋でビュルゲルと外国奉行らとの会席に渡辺崋山が同席し、そのスケッチを描いています。
そのスケッチがこちら。
ビュルゲルが向かっている机の上に顕微鏡があります。
パブリックドメインとなっているこのスケッチでは文字が抜けていますが、
ビュルゲルの右足のあたりに頭がある、
背中を向けている人物が渡辺崋山(渡辺登)です。
この顕微鏡、カルペパー型ではありませんね。
カフ型の顕微鏡と思われます。
ここにカフ型と思われる顕微鏡が↓
背中に家紋のある羽織姿が渡辺崋山↑(手前中央)
カリフォルニア大学バークレー校の「The Golub Collection 」(17~20thの顕微鏡のコレクション)のHPで崋山が描いた顕微鏡とそっくりのものをみつけることができます。
直接のURLは ttp://golubcollection.berkeley.edu/18th/18.html
「ビュルゲル対談図」を
ネットで閲覧/長崎大学薬学部のHP→「長崎薬学史の研究」→「長崎薬学史と書かれた絵をクリック」。
直接のURLはttp://www.ph.nagasaki-u.ac.jp/history/research/burger.html
(ただしビュルゲルはビュルガーと表記されています)
本で閲覧/『渡辺崋山[人と芸術]』菅沼貞三(二玄社)p23
『渡辺崋山』ドナルド・キーン(新潮社)p139
『渡辺崋山』加藤文三(大月書店)p48
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(37)-3。1827年(文政10年)
『気海観瀾(きかいかんらん)』青地林宗(あおち りんそう)著。
ヨハネス・ボイス(Johannes Buys)の『Natuurkundig schoolboek(自然科学の教科書)』から引力、光、音、気象現象などのくだりを訳したもの。日本初の物理学書ともいわれています。
【気孔】の項で顕微鏡の記述あり。
極微相集まりて体を成す、渾然実塞するに非ず。其の附接の間、必ず孔隙あり。(私による略)此れ之を気孔と謂ふ。(私による略)肉眼得て視る可ならずと雖も、然れども其の穴の稠(おほ)きこと蒒眼(しがん)の如し。顕微鏡以て之を視ることを得。(以下略)。
顕微鏡の文字が出てくるのは上記の一か所ですが、【雪】の項では、雪片花状を作すという記述があり。
『気海観瀾』は鷹見泉石が入手しています。「この本の知識を鷹見泉石と土井利位が得ている」と推測しながら読むと興味深い本です。
『気海観瀾』については後日あらためて詳しくご紹介します。
『気海観瀾』をネットで閲覧/
【早稲田古典籍総合データベース】→気海観瀾→文庫08 c0065を選択
【気孔】の項はNo.12
直接のURLはttp://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/
bunko08_c0065/bunko08_c0065_p0012.jpg
【雪】の項NO.37
直接のURLはttp://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/
bunko08_c0065/bunko08_c0065_p0037.jpg
『気海観瀾』を本で閲覧/『日本科学古典全書 復刻 2 理学』三枝博音編(朝日新聞社)
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(38)1823~1829年(文政6~文政12年)頃推定。
二宮敬作がシーボルトから顕微鏡を贈られる
二宮敬作がシーボルトから贈られた拡大鏡と顕微鏡をネットで閲覧/
【愛媛県生涯学習センター データベース「えひめの記憶」より】
直接のURLは
ttp://ilove.manabi-ehime.jp/system/regional/index.asp?P_MOD=2&P_ECD=1&P_SNO=2&P_FLG1=5&P_FLG2=1&P_FLG3=1&P_FLG4=2
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(39)19世紀前半、シーボルト来日の頃かと思われるドイツ製顕微鏡が長崎で発見される。
長崎新聞2012年1月2日に顕微鏡写真とともに以下の記事あり。
江戸時代の後期、長崎の出島を通して輸入されたとみられるドイツ製の顕微鏡が長崎市の民家で見つかった。当時、蘭学者や医学者の研究道具として活躍し、日本の科学の発展に貢献した貴重な舶来品。国内に現存する江戸期の顕微鏡は極めて少ないという。 (私による略)長崎市立歴史民俗資料館によると対物レンズと接眼レンズを備えた複式顕微鏡(高さ32・5センチ)で、分解も可能。3本足の台座は木製、レンズが入った筒部は真ちゅうと段ボールで作られている。倍率は約80倍。ドイツ・ニュールンベルグの玩具メーカーが19世紀に製造したものの一つとみられる。
ネットで閲覧/長崎新聞のこの記事閲覧できず。
ただし、長崎市歴史民俗資料館の「資料館だより」で新収蔵品として画像紹介されている顕微鏡がこの顕微鏡のことと思われます。
長崎市歴史民俗資料館(ttp://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/siryoukan/)→資料館だより→23年度No.94(2012.3.21発行)
直接のURLは ttp://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/siryoukan/tayori/tayori_94.htm
顕微鏡 ドイツ製 江戸時代後期(19世紀前半)
と記述されています。
↑こちらがその顕微鏡です
(長崎市歴史民俗資料館所蔵)
また、「広報長崎」2012年4月号p9では
顕微鏡は木製の3本の支柱があり、接眼部は真ちゅう製。約80倍の倍率で、当時のものとしては大変精巧な作りになっています。
と書かれています。
直接のURLはttp://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/koho/pdf/1204_pdf/P09.pdf
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(39)-2。1828年(文政11年)頃。『雪の形状試験の説』。
マルチネットの『Katechismus der Natuur/格致問答』1778年版の一部を翻訳したものです。記述は顕微鏡。
土井利位が雪の結晶の観察を続け、『雪華図説』を著すにあたって、参考にしたのが『雪の形状試験の説』。参考にしたもなにも、鷹見泉石が猪俣昌之に翻訳を依頼したとも言われています。(※1)
この『雪の形状試験の説』の中で、雪の結晶の観察方法が記され、そこに顕微鏡を用いることが明記されています。
黒繻子を寒天に暫く晒し、能冷ならしめ、而后降り来る雪片を其上に受け、顕微鏡もて視るへし。(私による略)又顕微鏡ハ、木鋏もて之を挿み、手より発する温蒸気の雪に当るを避け、且口鼻の気息を遮るへし
『雪の形状試験の説』は『雪の説』という写本に収められていますが、この写本内の<高橋景保による識語>にも顕微鏡という言葉がでてきます。マルチネットの雪の結晶観察方法について述べているくだりで、上記の猪俣昌之の文章とほぼ同じ内容になっています。
晒黒繻子於寒天、使其能冷、以承雪片、把顕微鏡観之。
『雪の説』に関しては後日あらためて詳細をご紹介します。
※1下線部分は 『江戸時代の蘭画と蘭書』磯崎康彦(ゆまに書房)p315を参考
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(40)1829年(文政12年)
『北窓瑣談(ほくそうさだん)』橘南谿(たちばな なんけい)著
顕微鏡で油、水の中の微生物を観察。記述は顕微鏡。
橘南谿は⑰『西遊記』を書いた人物です。橘南谿は文化二年(1805)没なので、この随筆『北窓瑣談』は没後24年経って刊行されたことがわかります。
蛮製の至精の顕微鏡にて見る時は、油は丸き物の寄合たるなり、水は三角なる物の寄合たるなり。又一滴の清水を針の先につけて顕微鏡にて見るに。其水中に種々無量の生類ありて牛の如きものも有り、鯛のごときものも有り、蛇の如き者もあり、鼈(べつ)のごときものも有りて、皆各々水中に遊行すと云。是等の事を思へば、至微の事人智の考へ測るべからざる所有り。猶 此顕微鏡の力の不及所に其奥も有べし。されば至大なる所にも亦如此(かくのごとく)に人智の考へ測(はかり)がたき所も有るべし。今此天地は丸き物なり。此丸き物 夥敷(おびただしく)集り寄合て水のごとく流るるを、巨大の人有りて唯水なりとおもひ居るに、傍より顕微鏡にて此水は丸きものの集り寄合て流るるなりと沙汰し居る所無しともいふべからず。此天地間に日月星辰名山大川鯨鯢(けいげい)龍象の類あるを、一滴の清水の中に有る牛のごとく、鯛のごとく、蛇のごとく、鼈の如くなるものと見る人なしともいふべからず。是を論ずれば、仏の天眼を以て清水を見れば、水中の生類漉せども不尽(つきず)との給ふも実に近し。
ネットで閲覧/【近代デジタルライブラリー】→「東西遊記・北窓瑣談」→(北窓瑣談後編巻之四)315/343と316/343
直接のURLはttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971908/315 ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/971908/316
現代語で書かれていないので読みづらいですが、顕微鏡で水の中に牛、鯛、蛇、龜のような形のものがうごめいているのを見て、一滴の水の中にいろんな生き物が寄り合って生きているのと、丸い地球にいろんな生物が寄り合って生きているのは一緒と言えるかもしれないという視点、グローバルな感覚が興味深いです。
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(41)1830年(文政13年)
『劇場一観顕微鏡(しばいひとめむしめがね』黙々漁隠(もくもくぎょいん)著
歌川国貞画。
黙々漁隠は木村黙老の号。記述は顕微鏡(むしめがね)。
ちなみに木村黙老は高松藩の家老で、土井利位の雪華図説を写し取ったものを滝沢馬琴に見せています。
『劇場一観顕微鏡』はさまざまな角度からの芝居の見方を顕微鏡にたとえただけです。たとえで「顕微鏡」を使うところに顕微鏡が当時人々に知られていたことがうかがえます。
木村黙老がこの本のタイトルに顕微鏡とつけた理由について以下のように語っています。
此編述は劇場看官(けんぶつ)の観法(みかた)にして三都の俳優其他に凴(よっ)てその趣を異にする所を論じて芝居見物の初心の人に示す是(これ)顕微鏡(むしめがね)と題する所以(ゆえん)なり
ネットで閲覧/【近代デジタルライブラリー】→「劇場一観顕微鏡」→演劇文庫 第3編→「劇場一観顕微鏡」右側の→をクリック
作品は145/204~176/204。上記の引用箇所は146/20
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(42)1830年(文政13年)推定
『屠赤瑣瑣録(とせきささろく)』田能村竹田(たのむらちくでん)著
顕微鏡で観察した油、水の中の微生物について書かれています。記述は顕微鏡。
蛮製の至極(精)の顕微鏡にて見る時は、油は丸き物の寄合たるなり、水は三角なる物の寄合たる也。又一滴の清水を針の先につけて、顕微鏡にて見るに、其水中に種々無量の生類ありて、牛の如きものあり、鯛のごときものあり、蛇の如きものもあり、鼈の如きものも有て、皆各水中に遊行すると云。是等の事を思へば、至微の事、人智の考へ測るべからざる所有り、猶此顕微鏡の力の不及所に、其奥も有べし、されば至大なるところにも、亦如此に人智の考へ測がたき所も有べし。今此天地は丸き物なり、此丸き物夥敷集り寄合て、水のごとく流るゝを、巨大の人有りて、只水なりとおもひ居るに、傍より顕微鏡にて、此水は丸きものの集り寄合て流るゝなりと、沙汰し居る所無しともいふべからず。此天地間に、日月星辰、名山大川、鯨鯢龍象の類あるを、一滴の清水の中に有る牛の如く、鯛の如く、蛇の如く、鼈の如くなるものと、見る人なしともいふべからず。是を論ずれば、仏の天眼を以て清水を見れば、水中の生類、漉せども不尽との給ふ、実に近し。 (屠赤瑣瑣録巻五より)
ネットで閲覧/【近代デジタルライブラリー】→「田能村竹田全集」→60/280
直接のURLはttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/945828/60
文章がほぼ(40)北窓瑣談と一緒です。
『屠赤瑣瑣録』の冒頭に以下のように書かれています。
逢著せる珍事異観、見聞せる逸事奇蹟の稀ならざるなり。乃ち随時随所手録せるものを、文政二巳丑の年、躬ら筆刪彙集し六巻を得たりしが、翌春に迨りて嗣子耜が装潢して成れるもの即ちこの編なること、本書自序中に悉くせり。
ネットで閲覧/【近代デジタルライブラリー】→「田能村竹田全集」→5/280
直接のURLはttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/945828/5
私の推測ですが、『屠赤瑣瑣録』が田能村竹田が見聞したことなどをまとめた作品という要素があるならと上記の文章も、『北窓瑣談』橘南谿の文章がいいと思って引用したということでしょうか。
(42)-(2)1830年(文政13年)
『甲子夜話(かっしやわ)』松浦静山著
土井利位が顕微鏡で観察した雪華図28種を転載。記述は顕微鏡。
檉宇曰。当古河侯〔土井大炊頭〕、毎(つね)に雪片を拾ひ検点せしに、各種の形状あり迚(とても)、その状を版刻す。予もこれを伝へ得たり。思ふにこれ顕微鏡(ムシメガネ)にて見し所の者ならん。
其図(私メモ/28種の雪華が描かれています)
この図を観るに、皆六瓣なり。されば古来の所(レ)云、信なるもの也。『本草釈名』に、凡花ハ五出、雪ハ六出、陰之成数也。『韓詩外伝』ニ云。凡草木ノ花多シ(二)五出(一) 。雪花独リ六出。朱子カ云。地ハ六水之成数、雪者水ナリ。結デ為ル(レ)花ト。故ニ六出。『藻塩草』に、六花、雪の異名なり。冬風にふかれてちるか六花の手折袖にも雪のかゝれば。『蔵玉』にあり。
(『甲子夜話続篇 巻50』---『甲子夜話続篇 第四巻』平凡社東洋文庫1980年 p180~181より)
私メモ/この本は大変興味深いです。土井利位が『雪華図説』を1833年(天保4年)に著す以前に、その雪華を紹介しています。
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