土井利位・鷹見泉石と曲亭馬琴(その1)
曲亭馬琴、土井利位の雪華図を写す!!
このことを知った時、私は興奮してしまいました。
小林禎作氏、片桐一男氏他、いろんな方が土井利位について執筆されていますが、
まったくこのことに触れていらっしゃらなかったので
(もし既に指摘されている方がいらしたらごめんなさい)。 気付いた発端は、文化~文政~天保の頃の江戸の気象を調べたこと。
土井利位は雪の結晶観察を、奏者番、寺社奉行として勤めていた江戸、
それから大坂城代として赴任した大坂、所司代として赴任した京都でおこないました。
古河藩の殿様だから茨城県の古河で観察というわけではないのです。
古河藩を藩主として統治はしていますがほとんど江戸暮らし。
そのため、『雪華図説』に描かれた雪の結晶の観察の手がかりとして、当時の江戸の町の気象を調べようと思ったのです。
いくつも資料はありますが、中でも『曲亭馬琴日記』は二つの点でとても参考になりました。
一つは同じ時代に同じ江戸に住んでいること。
二つめは、馬琴が日記に克明に毎日の気象を記録していたことです。
それで、馬琴の日記を追っていく中で、馬琴自身が雪花図を写したことを記した記述に出会ったのです。馬琴は木村黙老(もくろう)経由で『雪華図説』を知る。
『雪華図説』は天保3年(※1)に出版、といっても、あくまでも私家版、つまり自費出版。
贈答用などに限られた方々に配っただけのものです。
けっして本屋さんに平積みになっていて、江戸時代の町民が手に取り目にしたというものではありません。
馬琴が雪華図説に出会ったのは、
馬琴が親しく交流し、本の貸し借り等をしている木村黙老(注2)の著作『聞まゝの記』九の巻の中でした。馬琴が『雪華図説』に出会う流れ。
木村黙老が『雪華図説』を写し、『聞まゝの記』九の巻に収める。
↓
曲亭馬琴が黙老から『聞まゝの記』シリーズを借りる。
↓
第9巻の中で雪花図に出会う。
↓
馬琴が息子の宗伯と一緒に雪花図を写す。
という流れです。
ではこのくだりを『曲亭馬琴日記』から抜粋します。
私自身の読みやすさのためカタカナ表記の助詞をひらがなに、漢数字をアラビア数字にしています。
天保4年6月2日
宗伯、今日、聞まゝの記、雪花の図写しかゝる。細画に付、未果処、余共写し、両三日に可及よし也。
天保4年6月3日
宗伯、今日も、聞まゝの記九の巻の画図、写之。終日にして、未果。
天保4年6月4日
宗伯、今日も聞まゝの記の図、写之。終日也。
天保4年6月5日
宗伯、今日、聞まゝの記の図写し畢歟。未報落成。
馬琴はこのあと山科宗仙に『聞まゝの記』を写してもらうため渡しています。(同年9月7日の日記)
写し終わった山科宗仙は原本を9月15日馬琴に返却。馬琴は筆料を支払っています(9月15日の日記)
馬琴は『聞まゝの記』九の巻の原本を9月20日に黙老に返却しています。
いずれも『曲亭馬琴日記 第三巻』柴田光彦編(中央公論新社)より
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余共写し、と書かれているので馬琴も一緒に写したのだと推測できます。
そして、連日取り組んでもなかなか終わらなかった様子がわかります。
この馬琴と宗伯が模写した雪花図が残っているという話はきいていません。
保存されていたら面白いのですが。
江戸の一般人が土井利位の雪華を知るのは、
鈴木牧之が『北越雪譜 初編巻之上』で土井雪華35点を転載紹介したことが大きな要因です。
『北越雪譜 初編巻之上』の出版は天保8年秋頃。
ですから、天保4年6月に『雪華図説』に出会えった馬琴はかなり早い段階に知ったと言えます。
木村黙老の『聞まゝの記』九の巻、香川の図書館に所蔵されていることがわかり、複写取寄せをしました。
『雪華図説』と見比べたところ、文章も雪華図も内容はすべて一緒となっています。
忠実に再現していることがわかります。
コピー機のない江戸時代の人は手で書き写すという労力を使って、手許に気にいったものを残したのですね。
(※1)『雪華図説』では「増補」という言葉を使って天保3年12月の雪の結晶を掲載しています。
が、桂川甫賢によるあとがきは天保3年7月に書かれたものとなっています。
(※2)木村黙老は高松藩家老木村亘(わたる)のこと。
江戸時代の顕微鏡シリーズNo.41の黙々漁隠と同一人物。
土井利位・鷹見泉石と曲亭馬琴(その2)はこちら
【雪の結晶と土井利位】INDEXはこちら
雪の結晶全般はこちら
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