星のささやき---その16.サハ語の「星のささやき」がわかりました
原語、原文マニアの私。「星のささやき」という言葉の原語を追っています。
「星のささやき」というのはシベリアの氷点下50度ぐらいの厳寒の時にみられる現象。
林完次著『宙(そら)の名前』ではこんな風に紹介されています。(引用部分青文字)
東シベリアのヤクートでは、厳冬期、氷点下50度に下がることがあります。
大気中の水分は結晶となって霧氷が発生しますが、人の吐く息さえも凍ってしまいます。
そのときかすかな音がするそうです。これを星のささやきといっています。
ロシア語では「星のささやき」をшёпот звёзд(shopot zvezd/ショーパト・ズビョースト)ということはわかりました。
(詳細はその1に)。
ですが、サハ(ヤクート)の公用語はロシア語とサハ語(ヤクート語)。
ならば、サハ語が本当の原語かなと思ったのですが、ずっとつかめなかったのです。
2009年頃、『サハ語-日本語辞書改定版』江畑冬生著(東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 2006)を入手しました。
このテキストにより、サハ語で星はсулус、ささやくはсибигинэйであることがわかりました。
そこで
1)сулус、сибигинэйを手がかりにロシア語のサイトを検索するも、サハ語での「星のささやき」に言及したものはでてこず。
2)図書館などでのロシア語の文献でもでてこず。
3)サハの文化、言語に詳しい日本人研究者に知人を通じてサハ語での「星のささやき」を尋ねていただくもその方は「星のささやき」をご存じではなく。
この研究者の方からは
①「星のささやき」はサハ語にはないのではないか
②サハ語にあったとしてもごく一部のローカルな地域ではないか
とのお返事もいただいておりました。
この続きは、サハ人に確かめるのが一番なのですが、サハ人の知り合いはおらず。そのため、ずっと未解決となっていたのです。
今回。星のささやきシリーズを再開するにあたって、思い切ってインターネットを通じてサハの方々に尋ねてみることにしたのでした。
そしてわかりました!!!
サハ語で星のささやきは
сулус сибигинэйиитэ(sulus sibigineyiite/スールス・シビギネイイッテ)
サハ語の表記はロシア語と同じキリル文字を使います(独自の文字あり)。
сулус(【名詞】星)+сибигинэй(【動詞】ささやく)+иитэ (接尾詞のようなもの)。
見ず知らずの日本人のために丁寧に教えてくださったサハ人の方々に感謝です。ずっと未解決だった原語がわかってうれしいです。
星のささやき(その1)で
1)サハ語の原語があるのか
2)サハの人たちは本当に「星のささやき」と呼んでいるのか
3)いつの時代から言われてきたのか
4)どのくらいポピュラーな表現なのか の4点も確かめたい
と挙げましたがサハ人の方々にお聞きした結果ですと
1)сулус сибигинэйиитэ。
2)日常ではあまり使わない。文学、詩などでみられる表現。
3)あまりポピュラーではない。 のようです。
お答えくださった方から「サハでもサハ語よりもロシア語のшёпот звёздの方が知られている。
原語はロシア語のшёпот звёздの方で、
そこからサハ語に訳したものがсулус сибигинэйиитэなのではないか」
という声もありました。
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以上、あくまでも私による調べです。
サハの方とは英語のやりとり。
私の理解が100%正確とは言えないので、あくまでも一個人の調べものであることをご了承ください。
以下、私自身の推測です。
氷点下50度ぐらいになると、吐く息が凍って音がする。
この現象はもちろんずっと昔からあったものでしょう。
1800年代後半、ロシアからシベリアに行った人(探検家、学者、流刑者)が現地で、凍った息が音を立てる現象を体験する
↓
地元のサハ人が「сулус сибигинэйиитэ(星のささやき)」と呼んでいることを知る
↓
ロシアに戻ったor収容所生活を終えた彼らが自身の著作で、氷点下50度ぐらいでは息も凍って音を立てること。
この音をヤクートでは「шёпот звёзд(星のささやき)」と呼ぶことを紹介する
↓
ロシアで、「星のささやき」現象がшёпот звёздという言葉とともに知られるようになる
↓
ロシアから逆輸入のような形でサハで「шёпот звёзд」という言葉が知られるようになる。
(←これはちょっと言い過ぎかもしれませんが)
の流れなのかしらと推測しました。
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地元の人以外で、星のささやきを聞いたのは、
任務のため、あるいは自らの知的好奇心のためにシベリアに遠征したチェルスキー、オブルチェフなどの探検家、学者や
罪を負い、流刑者として強制収容所生活を余儀なくされたシャラーモフなど。
冬の寒空の下、恋人同士で「ロマンティック~」と、
「星のささやき」を聞いたのではありません。
特に流刑者にとっては。氷点下50度、命を脅かすほどのマロース、過酷な労働と孤独。
呪いたいほどの厳しい寒さの中で耳にしたのです。
「星のささやき」。
現実逃避するために名づけたのかと思われるほど詩的な表現のその音は、
彼らの耳にどんな風に響いたのでしょうか。
天を仰いだ時に凍ったまつ毛の向こうに広がるオーロラの輝きとともに、
その美しさはひとときでも彼らの心をなぐさめたのでしょうか。
♪メモ♪
①サハ語をネットで調べるのは「Sakha Tyla.ru(ttp://sakhatyla.ru/)」が重宝。
下記の◆2つが使えます!
◆辞書の現物が見られます。
ぺクラスキー(Пекарский Э.К.)が編纂したヤクート語の辞書『Словарь якутского языка』が
ありがたくもネットでみられるようになっています。
ttp://sakhatyla.ru/→BOOKS→第2巻の Словарь якутского языка. Том 2をクリック。
сибигинэй (ささやく)はp2201。
шептатьと書かれています。(この辞書ではсибигинэйはciбiгiнäiと表記されています)
直接のURLはttp://sakhatyla.ru/books/pekarskiy-2/480
сулус (星)はp2334。
звезда と書かれています。
直接のURLはttp://sakhatyla.ru/books/pekarskiy-2/546
◆オンラインでサハ語⇔ロシア語、サハ語⇔英語も調べることができます。
(ttp://sakhatyla.ru/→dictionary)
сулус→starがでます。
сибигинэйは英語への翻訳無し。
ロシア語のшептатьは出ます。
②Glosbe 多言語オンライン辞書(ttp://ja.glosbe.com/)でも調べられるサハ語の単語があります。
③サハ/sakha/саха ヤクート/yakut/якут
サハ語、サハ文化に造詣深い方がいらっしゃる中で私がサハ語の記事を書くのはとてもおこがましいです。
詳しい情報をお持ちの方がご教示いただけたら幸いです。今後も何かありましたら加筆修正していきます。
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