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2013年8月14日 (水)

鷹見泉石日記シリーズ(その1)雪華図説に関する記述をピックアップ

土井利位候(どいとしつら/古河藩主)がまとめあげた『雪華図説』『続雪華図説』をライフワークとして調べています。
まるで、ルパンを追いかける銭形警部のように。
「雪華」を目にしたら、耳にしたら追いかけずにいられません。

今回は家老として、また雪の結晶観察のブレーンとして土井利位侯を支えた鷹見泉石(たかみせんせき)の日記から、雪華図説、雪華をモチーフにした工芸品などに関する記述をご紹介します。

Takami_senseki_by_watanabe_kazanほとんどの方々にとって、役に立たない情報でしょう。

→鷹見泉石像(国宝) 渡辺崋山筆

でも、私は日記を追いながら、狂喜乱舞しました。
私家版として贈答に使われた雪華図説。
誰の手にどんな風に渡ったかわかって面白かったです。
大名関係だけではなく、鷹見泉石自身が目の治療をしてもらった医者、
通詞(当時の通訳者)etc.に贈答されています。
その方々のご子孫の家に実は当時の雪華図説が残っていた!!
なんてことがあったら面白いのですが。

私の知りたいことの一つが、当時の人が顕微鏡で覗いた雪の結晶をどう受けとめていたのか。
この日記に雪華図説贈答で名前が挙がった人の日記や書簡を調べれば、雪華図説を受け取った時の
感動の一端が記されている資料があるかもしれません。
『鷹見泉石日記』は次に調べる人の指針としても有益情報なのです。 ----------------------------------------
鷹見泉石日記は『鷹見泉石日記』全八巻 古河歴史博物館編著(吉川弘文館 2001~2004)を見ました。
引用部分は青文字。

ただし書き。
・鷹見泉石による誤字脱字、この『鷹見泉石日記』ではママとルビが振られてそのまま掲載されていますが、
 ブログではルビ表記が難しいため、私が直しています。
・助詞の「え」を「へ」に、カタカナで書かれた助詞をひらがなになどのアレンジを私がしています。
・日付をアラビア数字で書きましたが、元は漢数字です。
・注意を払って原文から引用していますが、もし写し間違いなどがありましたら、今後加筆修正おこないます。
----------------------------------------
文政10年2月11日  雪六数図(2巻p28)
年不詳(文政13年か)大和や喜久松状、雪花図。(2巻p162)
             (私メモ/京都の大和や喜久松のこと。2巻p204に京猪熊通丸太町下ルと記載あり)

天保3年 『雪華図説』刊行

天保5年7月17日  誓願寺へ御名代勤候処、円順出、雪花図説之礼申聞。 (2巻p239)
             (私メモ/誓願寺はかつて浅草にあった土井一族の菩提寺)
天保6年4月5日 右、源十郎宅にて為見雪花図説、一冊遣。 (2巻p280)
             (私メモ/狩野安信などの名前が記述された後にこの文章があり。
              狩野安信などの作品をみるために雪華図説1冊をさしあげたということか。
              源十郎=播州美嚢郡上松の石田源十郎。現兵庫県三木市吉川町上松か)
天保6年4月8日   源次郎方より出侯かし、二包いたし九十歳両人へ遣。五半時頃出立、雪花図遣。
             (2巻p287)
             (私メモ/源次郎=加東郡東古瀬村の内藤源次郎。現兵庫県加東市東古瀬か。
              内藤源次郎は国立国会図書館に詩集がある人か)
天保6年4月11日  雪花図懇望之由に付、大宮司小松蔵人 付一冊遣 (2巻p297)
             (私メモ/現兵庫県高砂市、高砂北本町あたりを巡った時の記述)
天保6年4月17日  五半出宅、繁蔵へ雪花図一冊出、申渡(以下私による略)。 (2巻p308)
             (私メモ/繁蔵=久米南条郡西幸村(さいこうむら)の神坂繁蔵
              西幸村は現岡山県久米郡中央町あたりか)
天保6年4月17日  誕生寺知事、名戒定へ雪花図一冊、住持帰候は、遣置候様頼遣。
             都に至て丁寧之取扱にいたし候。
 (2巻p309 )
             (私メモ/誕生寺は久米南条郡北庄里方(きたしょうさとがた)と明記されている。
              現岡山県久米郡久米南町)
天保6年4月20日  五時前出立、玉野瀬四郎痛所にて倅定吉案内、村役人例之通申渡、雪花図一遣、
             一体打開麦作も宜、竜仙寺左に見ゆ。
 (2巻p313)
             (私メモ/玉野瀬四郎は久米郡南条上神目居住。現岡山県久米郡久米南町あたりか)
天保8年1月17日  大和やへ雪花図説遣 (3巻p326)(私メモ/京都の大和や喜久松のこと)
天保8年1月18日  伊黒へ赤壁山水二幅、文晃画、白魚一箱、雪花図二冊、上田へも遣、三ケ所。
             (3巻p326)(私メモ/伊黒=伊黒甚右衛門。3巻p324には伊黒甚右衛門は
             角倉為次郎御内と書かれている。御内は家臣のこと。
             角倉為次郎=角倉玄寧(すみのくらげんねい)。京都の豪商角倉了以の子孫で
             陶器に造詣が深い)
天保9年二月晦日 仙洞様御好、紅クワリン御笛筒、雪花図蒔絵廿五附、後藤一乗作雲竜金無垢御金物、
             露抜之所に附、蜀江錦之御袋、御裏紫小葵地也
 (4巻p22)
天保9年3月頃の日記の見返し書き込み  雪之説 野山千秋 喜久松より (4巻p29)
天保9年12月10日 栄格へ被下御手焼雪花御茶碗、宗休を以御下に付、別儀御茶一壺添え被下度、
             申上済。
 (4巻138)
天保9年12月11日 高橋栄格へ御手焼雪花御茶碗、別儀御茶一壺被下候付遣。 (4巻139)
天保10年3月11日 京大和屋喜久松より、雪花図一冊頂戴申越。 (4巻p147)
天保10年5月2日  朝六半時より平作へ参。雪花御箪笥御献上、松鉢木御添之儀申談候処、御目見有之、
             甲斐様隠岐様衆も参、帰九時。
 (4巻p180)
             (私メモ/平作は向島の植木屋職人。平作は中野石翁(徳川家斉の側室である
              お美代の方の養父)と懇意)
天保10年5月3日 雪花形蒔絵御箪笥、御居間御上段にて拝見。 (4巻p181)
天保10年5月4日 灯引にて出宅、雪花形蒔絵御箪笥、上箱風呂敷二重に包、小長持に入、
            見予河村順助召連候、平作へ参。
 (4巻p181)
天保10年5月6日 夕方、御書御下、從大御所様、御上より合之鮮鯛一折つヽ御拝領之由、御下被下候旨、
            尤伯耆様も御同様之由。今朝御内献
雪花蒔絵御箪笥宜故か。 (4巻p183)

eye原更山(原羊遊斎)による雪花蒔絵箪笥に関して、古河歴史博物館の学芸員永用俊彦氏が「広報古河」2011.11で解説されています。
(ttp://www.city.ibaraki-koga.lg.jp/06renewal/kouhou/11_01_01/kouhou/12.pdf)

天保10年4月に完成した羊遊斎作「雪華文蒔絵箪笥」は、藩主土井利位の本丸老中昇進を画策した古河藩によって、大御所徳川家斉へ献上されました。そして同年12月、土井利位は見事に本丸老中への就任を果たしています。

天保11年 『続雪華図説』刊行

天保11年2月12日 後藤一乗作、雪形雪花形御三所物、佐藤様縁頭同形、入江より到来、拝見。(4巻p231)
             (私メモ/入江は5巻p247 の入江十左衛門か。
              8巻p382に西同心 入江十左衛門の名あり。)
天保11年2月27日 久斎、続雪花図一冊為見候。 (4巻p237)
天保11年2月29日 雪花 眼御縁頭、内々味墨より為見候。 (4巻p237)
             (私メモ/味墨は装剣金工家、浜野政随)
天保11年3月22日 味墨、雪花緒締持参。御羽織頂戴之御礼申。 (4巻p245)
天保11年5月6日  更山より、御箪笥雪形蒔絵、大中小之形図遣置候処、認直一ト通来。 (4巻p263)
             (私メモ/更山=蒔絵師、原羊遊斎(はらようゆうさい))
天保11年8月29日 原更山参、雪花印籠出来持参。来月二日三日、根岸別荘へ参呉候様申聞。 (4巻p303)
天保11年9月6日  更山へ雪花印籠緒締持参。  (4巻p308)
天保11年9月6日  久斎参。此度、雪花新形後編出来に付、御内献上、中野様へ御頼之儀、仕立方、
             且禁裏仙洞へ同断、此鷹司様高橋刑部権大輔参居候間、鷹司様より御上ケ之儀、
             同人へ御頼可然、御請申上候。
 (4巻p308)
             (私メモ/鷹司(たかつかさ)様=公家で当時関白の鷹司政通。
              高橋刑部権大輔=高橋俊璹。鷹司(たかつかさ)家の諸大夫(しょだいぶ)で 
              兵部権大輔(ごんのたいふ))
天保11年9月8日  禁裏仙洞進献、鷹司様御進物、雪花図説後編、今日高橋兵部権大輔へ箱台等都て
             御頼、仙台屋敷へ時田肇持参。
 (4巻p309) 
             (私メモ/禁裏仙洞=光格上皇)
天保11年9月9日  続雪花図説、久斎出、包上書、夫々談候様申渡候。 (4巻p310)
天保11年9月10日 大御所様へ、続雪花図説、雪花図説一、大御台様御同様、御焼失可有之と古き方
            御添、公方様へ続雪花図説一冊、右大将様御同様、奉書包、白木台四ツ、石翁様へ
            続編一冊、お美代様へ同断、且献上之方は、尚七、遊清之跋御除に成。
 (4巻p310)
             (私メモ/大御所=徳川家斉、大御台様=広大院(茂姫)、公方様(徳川家慶)、
              右大将様=徳川家定、石翁様=中野石翁、お美代様=お美代の方(家斉の側室)
天保11年9月12日 六時過より平作へ参。昨日雪花図説御上ケ相済候儀と忝思召候。 (4巻p310)
天保11年10月24日 帰九過出仕、雪花図一冊頂戴。 (4巻p331)
天保11年11月4日 今日、大津屋政吉雪花印籠、大黒屋へ御紋服、留守に付倅呼、御酒肴支度被下、
            御不操合に付廷書取渡。長兵衛、挨拶出候。
 (4巻p337)
             (私メモ/大津屋政吉は商人か。1巻p249に大津屋喜兵衛、政吉の名前あり。
             上記「広報古河2011.11に「大津屋という商人の場合、借用金返済に対する延引交渉
             の切り札としてこの印籠が贈答される
」永用俊彦氏の記述あり)
天保12年3月7日 文二へ、編玉草紙一綴戻、続雪花図一冊遣。 (5巻p45)
             (私メモ/文二=谷文二。画家。谷文晁の二男)
天保12年4月3日 雪花図新三古一 久斎より来。 (5巻p56)
天保12年4月7日 岩瀬弥十郎へ続雪花図説一冊遣。 (私による中略)荒木熊八へ昨夕使遣、江戸製
            テリヤカ来。今朝雪花図続編遣。 
(5巻p58)
            (私メモ/岩瀬弥十郎、荒木熊八ともに通詞)
天保12年8月5日 久斎、紫檀台更山へ頼候由。雪花図八冊下る、高島下曾根桂川渡辺庄(5巻p104)
            (私メモ下曽根=下曽根金三郎、砲術家。高島=高島四郎大夫、長崎町年寄で砲術家。
             桂川=桂川甫賢(国寧)か、渡辺庄=渡辺庄左衛門か。
             5巻p108には御持頭長谷川修理亮様御組与力渡辺庄右衛門とでてくる)
天保12年10月11日 桂川様へ雪花図説二冊遣。鷹見弥一郎へも昨日之礼、同二冊、春山へ遣呉候様遣。
             (5巻p130)(私メモ/鷹見弥一郎は田原藩の側用人。
             春山は「医者」との記述あり。田原藩医で渡辺崋山とも交流の深い鈴木春山のことか)
天保12年10月19日 雪花図説、二冊、二部御下。 (5巻p133)
天保12年12月15日 多米馬場、雪花図後篇、中川蔵主、同前後共、久斎へ申渡。 (5巻p159 )
             (私メモ/多米=刈谷藩の家老を勤めた多米新左衛門か。
              馬場=馬場嵒。土井淡路守利祐(三河刈谷藩第7代藩主)の家臣。
              土井利祐は土井利位のいとこである堀田正衡の次男。参照7巻p114ほか
              多米新左衛門も利祐の家臣か)
天保13年3月4日  竹尾但馬様 津田 懇意に付、申渡取寄相贈候由。雪花図頂戴いたし度旨に付、
             右は津田より貰、又雪花図も同人より遣呉候様、親五一郎分、今一部頂戴可遣、
             談置候。
 (5巻p205)
天保13年3月10日 畑数馬へ、雪花図説二冊古瓦摺二枚遣。  (5巻p208)
天保13年10月7日 「稲垣」妻沼歓喜院并八木原三郎右衛門願、雪花図説二冊被下、久斎へ談御下、
             翌日貞次郎へ頼、郡次へ遣。
 (6巻p50)
             (私メモ/妻沼歓喜院=埼玉県熊谷にある妻沼(めぬま)歓喜院聖天堂のこと。
              八木原三郎は6巻p49によると上川上村(現埼玉県熊谷市内)の名主か。
              稲垣は妻沼以下とは関係ない書き込みか)
天保13年10月21日 戸村へ蝋燭百被下遣、続雪花図一遣。 (6巻p58)
             (私メモ/戸村=戸村惣右衛門。美作勝山藩家老)
天保13年10月23日 松平出雲守様之神谷源内前野玄意へ雪花図前続、久斎へ申御下、
             戸村分、続一冊御下。
 (6巻p59)
             (私メモ/松平出雲守=中津藩主奥平昌高。
              神谷源内=神谷弘孝。中津藩士。蘭学に造詣が深い。
              前野玄意は、杉田玄白とともに『解体新書』を著した前野良沢の血筋のものか)
天保14年3月7日   西記志十望、雪花図前続御下、久斎へ談。 (6巻p156)
              (私メモ/西記志十(にし きしじゅう)は通詞)
天保14年閏9月6日 雪花図四冊、森山頴川分御下。 (私による中略)
              穎川藤三郎へ逢、雪花図遣。雪片香出す。 (6巻p231)
              (私メモ/森山栄之助、穎川藤三郎ともに通詞)
天保15年1月9日  星野一郎兵衛様 渡辺覚蔵 小田切庄三郎様 品川梅次郎 森山栄之助 足立左内様
            山路□(←虫食い)左衛門様 久須美佐渡守様
杉田立卿雪花図二遣、帰九時過。

             (6巻p 274 )
             (私メモ/星野一郎兵衛=星野市郎兵衛。金奉行。
             勘定奉行並を勤めた星野録三郎(星野録三郎成美/星野豊後守)の父。
             渡辺覚蔵は松平縫殿頭の家臣か。
             6巻p173によると松平式部少輔の家臣のようである。
             小田切庄三郎=寺社奉行吟味ほかを勤める。品川梅次郎、森山栄之助は通詞。
             山路=山路弥左衛門こと山路諧孝。足立左内、山路弥左衛門は天文方。
             久須美佐渡守=旗本久須美六郎左衛門こと祐明。
             杉田立卿は蘭方医。杉田玄白の次男)
天保15年1月晦日 深川冬木町坪井信道へ参、氷砂糖一壺雪花図前続二冊遣。 (6巻p 288)
             (私メモ/ 坪井信道(しんどう)は蘭医)
天保15年2月25日  品川梅次郎へマートストウク三遣、用法承、重二遣候処、雪片香二来、地学教授本
             戻候。
 (6巻p 303)
天保15年3月23日  神谷へ参候処、前野東庵呼咄候付、東庵へ可参積之処に付、持参之雪花図説前続遣
             (6巻p317)
             (私メモ/神谷=神谷鳴右衛門。中津藩主奥平昌高の家臣で蘭学に造詣の深い
             神谷源内弘孝の血筋のものか。
             前野東庵は杉田玄白とともに『解体新書』を著した前野良沢の血筋のものか)
天保15年10月6日 和泉屋虎吉へ元画戻、雪花図二冊遣候。 (6巻p345)
             (私メモ/和泉屋虎吉は書画商)
弘化2年5月29日  雪花図一続三、久斎持参。 (7巻p31 )
弘化2年8月17日  近藤隆左へ朱墨壱、セ話頼、雪花図二冊遣。 (7巻p63)
             (私メモ/近藤隆左=近藤隆左衛門。薩摩藩士)
弘化2年8月18日 近藤隆左より朱墨売物等無之候付、申上候て二挺被下候由申来。雪花図之挨拶、
            直修理大夫様へ差上候由。
 (7巻p65)
 
            (修理大夫は弘化2年11月12日7巻p116では薩州若大守修理大夫、
             弘化2年11月27日7巻p128では松平大隅守様之修理大夫と記載されている。
             松平大隅守=島津斉興。修理大夫は斉興の子で、後に薩摩藩第11代藩主となる
             島津斉彬のことか)
弘化2年12月6日 田安様より十兵衛へ三百疋、林勇蔵へ百疋被下候付、今日十兵衛御礼参候。
            白木綿一反、下役へ麻被下候様可取計申渡。略暦御礼、雪花図説可燃哉承候様
            申渡候処、上よりも御尋有之、其段御受申上、小納戸中へ申渡。
 (7巻p134)
            (私メモ/田安様=田安徳川家第5代、第8代当主の徳川(田安)慶頼か。
             7巻p160を参照すると十兵衛は遠山十兵衛か )
弘化3年2月16日 本郷丹波守様中之口番土屋左右助、雪花図説願に来、捨蔵様へも入塾いたし居候
            もの之由。
 (7巻p173)
            (私メモ/本郷丹波守は旗本の本郷泰固(やすたか)か。
             捨蔵は続雪華図説の序文も書いた儒学者の佐藤一斎)
弘化3年2月17日 雪花図、久斎申渡。 (7巻p173)
弘化3年2月19日 土屋左右輔へ雪花図後篇遣。 (7巻p175)
弘化3年閏5月16日土屋左大輔より雪花図前篇承に来。 (7 巻p211)
弘化3年閏5月17日両人御前へ出、明日申渡、且土屋左右輔、雪花図願、明日、天文台へ挨拶参、
            小菊一束ツ、品川梅次郎中西平太郎へ遣、申上。
 (7巻p211 )
弘化3年閏5月21日土屋左右輔へ持合候雪花図前篇一冊遣。 (7巻p213)
弘化4年5月2日   桐ケ作薬取遣、続雪花図説一遣。 (8巻p27 )
             (私メモ/桐ケ作高野敬仲と8巻p32に記述あり。高野敬仲は眼科医。鷹見泉石が
              診てもらったのは3代目椿寿高野敬仲か。桐ケ作は現在の千葉県野田市桐ケ作)

eye雪華印籠は現在、古河歴史博物館(ttp://www.city.koga.ibaraki.jp/rekihaku/sekka/4-2.htm)、
  静嘉堂文庫(ttp://www.seikado.or.jp/040302.html)に所蔵があります。
  雪の結晶をちりばめて、驚くほどモダンでスタイリッシュ。ヴィトンのモノグラムに似た雰囲気があります。
  この雪華文蒔絵印籠の詳細は鷹見泉石日記(その3)を。

鷹見泉石日記(その2)はこちら
【鷹見泉石日記シリーズ】INDEXはこちら
雪の結晶全般はこちら  

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    「笑店」のおんぽたんぽさんの新ブログ。森羅万象のネットの中で素敵なもの、こと、ひとをみつけだされていて、訪ねるたびに素敵なエネルギーをいただきます。