雪の結晶番外編/江戸時代の顕微鏡シリーズ(20)追記 松浦静山『甲子夜話』に顕微鏡の壁面投影が
松浦静山の『甲子夜話(かっしやわ)』正篇6巻、続篇8巻、三篇6巻(平凡社東洋文庫 1977~1983)を
今、読み直しています。
松浦静山(せいざん)とは江戸時代の平戸藩第9代藩主松浦清(きよし)のこと。
『甲子夜話』は文政4年(1821年)から天保12年(1841年)まで綴り続けた随筆集。
政治、歌舞伎や能などの芸術、気象、世の中のニュースから、不思議動物(今でいうUMA)や怪異現象の噂
まで様々な出来事を、体験談や知人からの伝聞で書きとめたり、いろんな文献の転載も盛り込み
<情報の宝庫>というべきもの。
文政~天保のことを知りたい時に必読というべき本なのです。
土井利位の雪華観察に関しても2回とりあげています。
1回は『雪華図説』を本文、雪華図ともほぼ完全に写して転載しています。
もう1回はかなり貴重です。
というのも、『雪華図説』が出されるのは天保3年なのですが、それ以前の文政時代に、
土井利位が顕微鏡で観察した雪華を35種掲載しているからです。
『甲子夜話』の中の雪華についてはあらためてとりあげることにして、今日は顕微鏡の話を。
『甲子夜話』続篇の天保4年の頃に顕微鏡についての記述があるのですが、
「当時の顕微鏡でこんなこともできていたのか! こんな眺めを当時の人は経験していたのか!」と
驚く内容が書かれています。
それは・・・ 顕微鏡を一人で覗くだけではなく、その像を壁に映して、みんなで観たということです。
これって、今、販売されている顕微鏡の機能にもついている「壁面投影」ってことですよね!
ではその原文を青文字で。
顕微鏡(ムシメガネ)にも種々有りと聞こへて、先年長崎の人、当地に来りゐしが話せしを、
予が左右の伝へ云には、通詞吉雄が所蔵の微鏡(メガネ)とて、次第は、是を置く所を闇黒に閉して、
鏡の向に燈を置、其光を鏡に受くれば、鏡内に納るゝ所の細蟲の類、かの火光に映じて壁に移るに、
影甚巨大を成して、人目の識及ばざるもの、皆明らかに視ゆ。
其とき蚤を鏡中に置たるを窺しに、壁影馬二疋を合せたる如く巨大をなし、蚤の毛髪、腹皮の息動、
悉く知らざるなし。
又水を一滴いれて窺ひしに、僅に一滴の水中、虫多きこと無数。各五六寸にして遊泳す。
其鮮微の明かなる、大率斬如しと。蛮人の巧思なること無益に似たれども、人の知らざるを知ること、
殆ど迦尊の天眼の比と云べし。 (8巻p221)
ざっくり私が要訳してみますと。
暗闇に顕微鏡を置いて、灯具の明かりを鏡に受ければ、顕微鏡に映る虫などの姿が壁に投影される。
ノミを壁に投影すると馬二頭をあわせたぐらいに巨大に映り、蚤の毛髪やお腹が動く様子がわかる。
一滴の水を覗いた場合は、無数の虫が水中にいることがわかる。15~19センチほどの虫が壁を遊泳する。
今まで人間が知ることができなかったことを知覚できることは天眼に匹敵すると言える。
「通詞吉雄」は長崎在住のオランダ語通訳者、吉雄権之助、天明5年(1785)~天保2年(1831年)没
ではないかと推測します。鷹見泉石やシーボルトとの交流のある人物です。
ちなみに権之助の父親は同じく通詞の吉雄耕牛。耕牛が顕微鏡を所有していたのは明らか。
三浦梅園が、耕牛所有の顕微鏡を覗かせてもらったことを『帰山録(きざんろく)』などに記しています。
(詳細はこちらの⑨を)。
胡麻粒ぐらいのノミが馬2頭の大きさで目の前に現れる。そしてその造形の細部がわかるだけではなく
おなかが動いているのまでわかる。
飲み水の中にも目にはみえないけれど、微生物がいたことがわかる。
壁に15センチほどの大きさでうようよ動く姿が映される。
それは当時の人々にとってどのくらいの衝撃だったことでしょう。
舶来の顕微鏡が、西洋の文化の高さを伝え、蘭学への興味を加速させたことでしょう。
「天眼」にという言葉が出てくるところは、『北窓瑣談(ほくそうさだん)』橘南谿(なんけい)著
(詳細はこちらの(40)を) と近い発想なのも興味深いです。
江戸時代に顕微鏡でとらえられたノミの姿は江戸時代の顕微鏡シリーズの(5) (8)をご覧ください。
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