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2013年10月31日 (木)

五線譜みたいな蜘蛛の網にびっくり!

私は蜘蛛が苦手です。小さな蜘蛛もあの姿と動きがダメ。
まして、アシダカグモが1メートル以内にいたりしたなら、卒倒しそう。
なのに、蜘蛛のことを書きます。
蜘蛛の単語だけでもいやな方はこの記事、スルーください。

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2013年10月30日 (水)

フィギュアスケート、アメリカ、カナダ大会について

スケアメ、スケカナ、テレビでみました。

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2013年10月24日 (木)

浅田真央、スケートアメリカ、見事な優勝。フリーはあと一匙なにかが。

浅田真央。ショート、フリー、EX。どれも素晴らしかったです。

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2013年10月20日 (日)

「ノクターン」の初恋は浅田真央のスケートへの一途な想いそのもの

スケートアメリカ。町田樹のショート「エデンの東」。素晴らしかったです!!!
優勝も見事でした。
明日以降あらためて書かせていただくことにして今回は女子ショートの浅田真央を。

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2013年10月19日 (土)

雪の結晶のような「組子」が豪華寝台列車「ななつ星」にも

六角形の姿から雪の結晶にも似てみえる、日本の伝統工芸「組子(くみこ)」。
先日、九州を巡る豪華寝台列車「ななつ星」のニュースで、この列車内にも用いられていることがわかりました。

木が作り出す繊細な幾何学模様。美しかったですね~。
取材のカメラがなめるように組子細工を映す時、思わず息をのんでしまいましたlovely

組子工芸は日本各地でさまざまな職人によって受け継がれていて、
「ななつ星」の車両内部の壁面などを飾る組子は九州の大川組子が関わったようですね。

大川ジャパンさんのHPの「匠の技」(ttp://www.okawajapan.jp/oldcnt/takumi/index.html)
組子の連なりが美しいです。

大川コンセルヴさんのHP(ttp://okawa-conserve.com/)→「大川組子の茶托」はななつ星を担当した木下工芸さんによるもののようです。六角形の中にいろんな模様が。スタイリッシュです。

このブログ内の組子過去記事はこちらこちら
自分で雪の結晶のような組子が作れるキットはおすすめです。

【雪の結晶とアート】INDEXはこちら
雪の結晶全般はこちら

2013年10月17日 (木)

江戸時代の人々は雪華にどう萌えたのか(その1)ブームを示す2つの文献

<江戸時代の人々は土井利位の雪華にどんなに風に萌えたのか >

土井利位は1832年(天保3年)に『雪華図説』、1840年(天保11年)に『続雪華図説』を著します。
といっても、現代のように本屋さんに新刊本として並ぶ、ということはなく、
いわゆる私家版(プライベート出版)。
将軍家、大名、通詞、医者ほか縁のある方々への贈答本でした。

普通の町民の手に渡ることはありません。
ですが、当時、土井利位の描いた雪華はブームとなりました。
ごく一部のいわゆる「セレブ」な人たちが目にしていた「雪華」が町民にどんな風に広まっていったのか。
それはあらためてご紹介することにして
今日のブログでは、当時の雪華ブームを示す文献を2つをご紹介します。

1)『続雪華図説』に国学者、本間遊清(ほんまゆうせい) が寄稿したあとがき。

【原文を読んでいただく前に私が解説しますと】

雪華図説が天保3年に発表された後、雪華ブームが起きて
雪華を色紙、短冊、消息紙にすったり、雪華文様を染めた普段着の着物や手ぬぐいが作られたり、
雪華をあしらった菓子が生まれたことが記されています。
また、身分の差もなく老若男女、雪花をもてはやしているということが書かれています。

【原文】くずし字で書かれているので解読できず(注1)の資料4点を参照して書き起こしました。

雪の異名をもろこしにて六出といひ、和歌にむつの花とよみ、
画にも雪輪などいへるたぐい、はやくよりいひつぎ来つれども、
その形の百にかはり千々に分るてふ事をばふつにしる人なく、
さることかける書もたえて世になかりしを、
先つ年、下総の古河をしらしたまへる君の、其の形をいと多く写さしめたまひ
御みづから考へ定めたまへる御説をさへ添へて、雪花図説と名づけ、桜木に匂 はしたまひしより、
その匂ひ天の下に満ちとほりければ、そのかたを色紙短冊消息紙にすれるはいふもさら也、
朝夕着ならす衣にも手ぬぐひにも染出し、はてには菓子てふ物にさへ作りなして、
めでたくつかへることになんなり来にける。
昔は知らず今の世にして此六の花さかりに匂ひて
高きもみじかきも老たる若き、をとこをみなのけぢめなくもてはやしとり伝ふるは、
此御ふみ世にあらはれてより後の事なればいともめづらしきおほん書とこそ申すべけれ。
さるを今年またその続編をしるして前の書にもれたる形いと多く補ひそえさせたまへる
御心もちひのいたり深きをたたへ奉るらざらめや、めでたてまつらざらめや。
天保庚子二月 本間遊清


【拙訳で】(古文の専門家ではないのでほんと拙訳で)
雪の異名を中国では「六出」といい、和歌に「むつの花」と詠み、
画にも「雪輪」などというたぐいのものが昔から言い伝えられてきた。
けれども、その形が百に変わり千にも分かれることを知る人はいない。
また、そうようなことを書いた本もまったく世になかった。
だが、先年、下総の古河を統治している君主(私メモ/土井利位侯のこと)がその形を大変多く写し、
自ら考え定めた説をさえ添えて「雪華図説」と名付けて著された。
桜木の版木を香らせて出版された「雪華図説」の香りは天下に満ちとおり、
雪華の形を色紙や短冊や消息紙(私メモ/手紙、私信のこと)に摺るのは言うまでもなく、
朝夕に着る普段着の衣にも手ぬぐいにも染め出したり、菓子というものにさえ雪華を用いる者も出て、
何にでも雪華が使われるようになった。
昔は誰も雪華を知らなかったが、今の世ではこの「六つの花」はさかんに香って
身分の高い人もそうでない人も、老いも若きも、また男女の区別なく、もてはやしていると伝わっている。
それはこの雪華図説が世に現れた後のことであり、
今までに例のない、大変素晴らしいご本と申し上げられよう。
そして今年、土井利位侯はその続編を著し、前書に取り上げるのにもれた雪華を
非常に多く補われて記された。
その深いお心持ちに敬意を払わずにいられようか。賞賛せずにいられようか。
天保11年(1840年)2月 本間遊清

2)天保10年1月3日に曲亭馬琴が小津桂窓に宛てた手紙。
『馬琴書翰集成 第五巻』滝沢馬琴著 柴田光彦、神田正行編(八木書店 2003)に収録。

【原文を読んでいただく前に私が解説しますと】
『南総里見八犬伝』などの著者で知られる曲亭馬琴(滝沢馬琴)は
鈴木牧之の『北越雪譜』の出版にも絡んでいた時期がありました。
この本の出版は実現するまで紆余曲折があり、40年ほどの月日がかかったのですが、
鈴木牧之が山東京伝(さんとう・きょうでん)に協力を求めてうまくいかず、
馬琴が約束するもなかなか動いてくれず・・・(他にもいろんな人が関わっています)・・・
最終的には山東京伝の弟の山東京山(さんとう・きょうざん)とのコラボで上梓にいたったのです。
馬琴は山東京伝のことを好ましく思っていなかったので、
その弟が関わって『北越雪譜』が出版されたことも、ベストセラーになったことも面白くなかったのでしょう。

さて、この『北越雪譜』には土井利位の描いた雪華35種が転載されていました。

下記にご紹介する手紙は、馬琴が友人の小津桂窓(おづ・けいそう)に宛てたもの。
巷での雪華ブームは『北越雪譜』が火付け役なのではない、
この本が出版される以前からが土井利位侯が描いた雪華はいろんな人が写して拡がっていたし、
浴衣の柄になったこともある
と綴ったものです。

雪華ブームが山東京山の手柄みたいになってしまうのが悔しいんだな、
馬琴は超人気作家なのに大人げないと思ってしまうのですが、
江戸で雪華が町民に広がっていること。天保5~6年に浴衣の柄になったこと。
天保9年にも上方(大阪や京都)でも雪華柄の浴衣があったことをこの手紙で知ることができます。
当時の雪華ブームを具体的に知る貴重な情報!!
私としてはとてもありがたい資料の発見となりました。


【ではその原文を】
『雪譜』にのせ候雪花を、上方にて浴衣地の小紋に染出し候よし、
彼書の流行故と思召候よし、さもあるべく候。
但し、右の雪花ハ、『雪譜』開板已前、黙老人の『聞まゝの記』にものせられ、
此外好事家、写しとり候て、もてはやし候故に、
江戸にてハ四五年巳前、浴衣地に染出し候へども、さばかり流行不致候キ。
去夏、上方二ており出し候ハ弐の町ニて、全く『雪譜』より思ひ起し候事ニ可有之候。


【拙訳で】
『北越雪譜』に掲載された雪華を上方にて浴衣地の小紋の文様として染め出している。
それを『北越雪譜』が流行によるものと思う人もいるだろうし、それもあるだろう。
ただし、この『北越雪譜』に掲載された雪華は、この本が出版される前から
木村黙老の『聞まゝの記』にも掲載されていた。

それ以外にも好事家たちは写し取ってもてはやしていたのだ。
それゆえ、江戸では4~5年前(天保5~6年)、すでに浴衣地に染め出していたのだ。
それほど流行はしなかったが。
去年(天保9年)の夏、上方で雪華を織り出したのは、
全く『北越雪譜』に着想したことにちがいないが。
 ((>_<)後半きちんと訳せません)

【ここにも注目】
この手紙で3つのことが確認できます。
①雪華ブームは『北越雪譜』出版前から起こっていた。
②木村黙老以外にも土井利位侯の雪華図説を写し取っていた趣味人がいた。
③鈴木牧之に雪華図説を教えてあげたのは馬琴ではないのかも。

①について
『北越雪譜』が出版されたのは1837年(天保8年)。
ですので、それ以前の天保5~6年に雪華ブームがすでにあったとすると、
確かに馬琴がいう通り雪華ブームは『北越雪譜』の功績ではないですね。

②について
木村黙老(もくろう)とは高松藩の家老。趣味人で様々なことを綴ったり、書物を写したものを収めて
『聞まゝの記』として綴っていました。
黙老は土井利位侯の雪華図説もそのまま『聞まゝの記 九』に転載しています。
そして馬琴は天保4年にその『聞まゝの記 九』を借りて、自ら雪花図を写しています。
つまり、馬琴自身も土井利位侯の雪華を写し取った「好事家」の一人なんですsign03(詳細はこちらを)

③について
馬琴が雪華を知って写した天保4年頃は、鈴木牧之と『北越雪譜』出版に向けて
やりとりを重ねていた時期でした。
それゆえ、牧之に馬琴が土井利位の雪華を教えてあげたのかなと思っていたのです。
ですが、小津桂窓宛てのこの手紙を読むと違うかなと推測できます。

もし馬琴が牧之に雪華を教えたのであれば、馬琴の性格上
「雪華ブームは『北越雪譜』に雪華が紹介されたことも原因の一つたが、
そもそも牧之にこの雪華を教えてあげたのは私だ!!!」と主張するのではと思うからです。

牧之がどういうルートで土井利位の雪華図に出会ったのか知りたいです。

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注1)
①『雪華図説考』小林禎作著(築地書館 1968)のp155~156の開米幽香子氏による書直し。
②『江戸時代の蘭画と蘭書 下巻』磯崎康彦(ゆまに書房 2005)p333~334
③『「雪華図説」再考』鈴木道男(東北大学大学院 国際文化研究科論集 第五号 1997.12.20)
④『諸科学篇 日本科学古典全書 第六巻』 三枝博音編集(朝日新聞社 1942)

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2013年10月14日 (月)

大塩平八郎の乱と土井利位

鷹見泉石日記シリーズその7で、大坂城代土井利位(古河藩第四代藩主)が手柄を立てたのは、
一人の奉公娘がきっかけと記しました。

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2013年10月 9日 (水)

鷹見泉石日記シリーズ(その7)渡辺崋山(かざん)が描いた「鷹見泉石像」

Takami_senseki_by_watanabe_kazan「鷹見泉石(たかみせんせき)」と聞いてピンとこなくても、
この絵をご覧になったら、
「ああ、美術の教科書に出ていた肖像画の人」と
思う方も多いかもしれません。

私も鷹見泉石との最初の出会いは
学生時代の美術の教科書に掲載されていた
この「鷹見泉石像」です。

彫りが深く聡明な顔立ち。
まっすぐ射抜くような視線が印象的。
たたずまいに風格を感じます。

絵の右下に書かれている言葉は

天保鷄年槐夏望日
写 崋山渡邉登

※私が旧字を直しています

天保鶏年=天保8年
槐夏=4月の異名
望日=15日                        「鷹見泉石像」 渡辺崋山 筆 国宝 東京国立博物館蔵
ですので、この絵は天保8年(1837年)4月15日に描かれたことがわかります。

「e国宝 - 国立博物館所蔵 国宝・重要文化財」(ttp://www.emuseum.jp/)→「鷹見泉石像」で検索すると
この絵の細部や詳しい解説を見ることができます。

その解説がこちら。

渡辺崋山(1793-1841)の肖像画中、第一の傑作である。
崋山は、三河(愛知県)田原藩の江戸詰家老で、藩政の改革に尽くしたが、
「蛮社の獄」で田原に蟄居中、49歳で自刃した。
画業は金子金陵やその師谷文晁に教えを受けたが、西洋画の遠近法や陰影法を採り入れた
独自の画風を立てた。  
鷹見泉石(1785-1858)は古河(こが)藩士で蘭学者。

大塩平八郎の乱(1837)鎮圧に功のあった藩主の名代として浅草誓願寺に参拝したとき、
素襖(すおう)を着て折烏帽子をかぶる正装の泉石を、蘭学の弟子である崋山が描いたものといわれ、
崋山45歳の作である。  
精緻な筆づかいと微妙な陰影法による顔の描写は写実的で、着衣の表現はおおらかである。


蘭学において鷹見泉石は渡辺崋山(渡辺登)の兄弟子と言われています。
鷹見泉石は天明5年(1785年)生まれ。渡辺崋山は寛政5年(1793年)生まれ。
泉石の方が8歳年上なんですね。

ちなみに、この絵は古河藩家老となった泉石52歳頃の作品です。

グローバルな視野を持ち、西洋の知識を貪欲に吸収した鷹見泉石という人物を描く時に、
崋山が西洋の絵の技法を取り入れた。
新しい時代を感じさせます。人物と作風の相乗効果を感じます。

さて、鷹見泉石日記で泉石が渡辺崋山に絵を描いてもらったことは
どう記されているのでしょうか。
調べてみると。
天保8年4月15日の前後、渡辺崋山のことも、モデルになったことも書かれていません。
-------------------------------------------------------------
e国宝での解説で「大塩平八郎の乱鎮圧に功のあった」と出てきますが、
土井利位侯はどんなことがしたのでしょうか。

一人の奉公娘が生み出した手柄なんです。詳細は2013年10月14日を。

【鷹見泉石日記シリーズ】INDEXはこちら
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2013年10月 6日 (日)

フィギュアスケート、ジャパン・オープンとカーニバル・オン・アイスをテレビでみました。

10月5日、6日のジャパン・オープン、カーニバル・オン・アイスをテレビでみました。

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2013年10月 3日 (木)

取組の数の分だけ、配色が生まれる。2色のコンビにうっとり

色のグラデーションとか、この色にこの色を組み合わせる配色とか、美しい色合いを見るのが大好き。
テレビを視ていて、
なんて美しいんだろう。緑系と黒だとやはりモダンね。ボルドーにネイビーははんなりした雰囲気。
などなど、次から次へと繰り広げられる2色のコンビカラーにうっとりしてしまう番組があります。
さてなんでしょう。



答えは大相撲。

土俵の東西に立つ力士のまわしの色合いにうっとりしてしまうのです。
私は生で大相撲を見たことがないのですが、
観に行ったことのある友人はまわしの絹の光沢が本当に美しかったと語ってくれました。
テレビで視ていても、まわしの絹の上品な輝きは伝わってきます。
エルメスのスカーフもそうですが、上質の絹の素晴らしいところは
派手な色でもどぎつくならずに、やわらかな光沢で奥深さを感じさせる。
地味な色でも鈍く放つ輝きで華やかを感じさせること。

取組の数だけ、アトランダムに2色のコンビカラーが繰り広げられるのが面白いです。
先日の9月29日、大相撲秋場所千秋楽。
テレビをつけた時からの、まわしの配色を書きとってみました。
色は厳密に再現できていませんが、こんな感じです。
色をずら~とご覧いただくのではなく、
1段1段、左(東)と右(西)の色の2色だけを目に入れて2色の配色を感じ取ってみてくださいね。
途中に出てくる□は欠場の安美錦です。

 
 
 
 
 
  
 
 
 
 松鳳山のカナリアイエローと豊ノ島の常盤緑色。
       カラフルな組み合わせとなりました!

 
 
 
 
 稀勢の里と鶴竜の取組。
       ボルドーに近いエンジ色と高麗納戸のようなくすんだ青色の組み合わせが素敵。


 ■結びの一番。白鵬と日馬富士。白鵬の少し茶色がかったまわしの色も素敵。
        とてもクールな配色。

相撲のまわしって不思議ですね。他のスポーツのユニフォーム、コスチュームと比べてみると。

・超シンプル。昔からそのままの裸に近い素朴な恰好。水泳も本来は海パン一丁のシンプルなものでしたが、今は水の抵抗など科学され、最先端のテクノロジーが導入されていて、シンプルとは言えません。
・贅沢な素材。他のスポーツで絹を纏うユニフォームってあるのでしょうか。
・芸術ともいえる色合い。美しく染色された色。シンプルな形のまわしにこめられたこだわり。
・スポンサーのロゴが入らない。プロのスポーツであるにもかかわらず、スポンサーのロゴが入らない。


スポーツという言葉では語れない、神事でもあり、芸術を感じさせる相撲が国技として存在する日本。
好きです。

2013年10月 2日 (水)

女子シングルフィギュアスケート

10月になって本格的なフィギュアスケートシーズンが到来。
この冬はソチ五輪もあるから、さらに熱い戦いが繰り広げられますね。

ソチ五輪の女子シングル出場は3人。
ソチに向けて枠取りに貢献し、実力もあり、実績もある浅田真央、鈴木明子、村上佳菜子の3人が、実力を発揮し、また、それを正しく評価され、切符をつかんでほしいです。

今井、宮原などの次世代のホープが素晴らしい出来で3人に食い込んでくるのであれば、もちろんそれもたのもしいです。

いずれにしても、フィギュアは採点競技で難しい面があるでしょうが、この冬のために日々努力を積んできた選手すべてがキス&クライでその結果に納得がいくものであってほしいです。

2013年10月 1日 (火)

3大不思議。土下座、胴上げ、ビールかけ

土下座、胴上げ、ビールかけ。

これは男性ならではのものかな、と私が思うTOP3です。

子供の頃って男女の性差って目立ちますよね。
小さい男の子はおしなべて乗り物が好き。
先日バスに乗っていた時も、信号待ちの時に小さな男の子が「ママ、オレンジオレンジ」と
停まっているクレーン車を指さして狂気乱舞していました。
一方、小さな女の子はビーズとかキラキラするものが好き。

もちろん、ビース手芸作家になる男性や鉄道好きな鉄子もいるわけですし、
大人になるにつれて「性差」ではなく「個性差」になっていると思うのですが、
やっぱりこれは男性だけの世界だと思うTOP3が冒頭に挙げた土下座 、胴上げ、ビールかけ。

【土下座】
ドラマ『半沢直樹』最終回でも、大和田常務が顔をゆがめながら、膝を落として土下座する場面が
印象的でした。
土下座をする=屈辱、敗北の象徴なのでしょうけれど、
ポーズ自体は、座敷で畳に手をついて「いらっしゃいませ」とご挨拶する時のしぐさとほぼ同じわけですし、
外国人には通じないでしょうし・・・。
このポーズが屈辱を表すとわかっている者同士でやるからこそ、
片方が屈辱を感じ、片方が胸のつかえをおろすことができるものなのでしょうね。

【胴上げ】
プロ野球の巨人、楽天の優勝決定の場面。歓喜に湧いた球場での胴上げシーンが印象的でした。
<勝って監督やヒーローを胴上げしたい!>
この気持ちは男性陣にとって、最大の感謝の表し方なのかしら。
以前、テレビドラマ『マイ☆ボス マイ☆ヒーロー』でも長瀬智也が演じる高校生の主人公が、
担任の先生を喜ばす最大のプレゼントは「胴上げ」だと発想する場面がありました。
女性で、大成功を決めた場面で胴上げされたい、とか胴上げして祝福したいと思う方は
どのくらいいるのでしょうか。

【ビールかけ】
巨人の優勝後のビールかけ。
大の大人がうれしそうに、ビール瓶を振って、仲間にビールに降り注いでいます。
浴びた方も顔にしたたる泡をぬぐいながらうれしそう。
水鉄砲ではないでしょうし、なぜビールがけがうれしいのかよくわかりません。
目に入りそう。べたべたしそう。なにより、飲まないのがもったいないです。

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推測すると。

男性という生き物にとっては頭の位置がとても大事なのかなと。
他者との優越を頭の位置で互いに知らしめあいたいのかなと。
土下座=相手より頭が下。 胴上げ=みんなより頭がはるかに高い位置。
自分の頭を相手の足元にする土下座や、相手の頭を一番高いところにする胴上げで、
降伏や敬意を現わすのかなと。

男性ならではと思うものに、「紙飛行機」もあります。
男子校に出かけた時に、校舎と校舎の間の植え込みに紙飛行機が何機も着陸しているのをみました。
学生時代、確かに男子はテストの答案用紙を紙飛行機にして飛ばしていました。
そんなことする女子ってあまりいないと思うのですが。

男性は立ションをする生命体。
ビールかけといい紙飛行機といい<遠くへ飛ばす、浴びせる>というのが
本能に組み込まれているのかな~と思いました。

そのほか、男性と女性で違うなと思うのは「けんか」。
女子同士の喧嘩は眼を見合わせない。ぷいっと顔をそむけて、遠ざかる。が基本かなと思うのです。
一方、男子は、肩がぶつかって一発触発になるような場面でも互いに目をそむけずみつめあいますよね。
当事者たちはもちろんみつめあっているつもりはさらさらなく、
「 このやろう」と眼を飛ばしっているだけでしょうが。
目をそらした方が負けなのか食い入るように見つめ合う。
そして「なんだと~」とにらみ合いながら、じりじり歩み寄っていく・・・。

歩み寄るというのも、もちろん好きだから近づきたい、というのではなくて、
互いに威圧しあってどちらがその威圧に負けて後ずさりするか、背を向けるかを競うようなところがあって
近づいているのでしょうが。

その様子が、嫌いと思ったら、ぷいっと背を向けあってしまう女子とは真逆で面白いと思いました。

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emi (秋田恵美)

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。
    コンタクト: メールアドレスはhoshibiyorihappy*yahoo.co.jp このyahooの前の*を@に変えてご連絡下さいませ
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