江戸時代のファッションブック『新撰御ひいなかた』に見られる雪輪
雪輪について調べていく中で知ったのが江戸時代に出版された「ひいなかた」と呼ばれる本の類。
これはいわばファッションブック。小袖のデザイン集です。
当時、この本の図案を参照して人々が小袖を新調したとなれば、
ひいなかたの中に雪輪モチーフの図案がどのくらいあるかを調べることでで、
「雪輪」がファッションとしての普及具合を推測できます。
そこで調べてみると。
江戸時代初期の寛文6年(1666年)に『御ひいなかた』が刊行されました。
この本が小袖雛形本の元祖と言われています。
寛文7年に出版された『新撰御ひいなかた』
(私メモ/寛文6年のものの再販。ただし微妙に差異あり)は
国立国会図書館近代デジタルライブラリー(ttp://kindai.ndl.go.jp/)で見ることができます。
画像提供:東京国立博物館
雪輪がモチーフのもの、「雪」という文字をあしらったものがいくつもありましたので、以下ご紹介します。
※馬場 彩果氏の論文「小袖雛形本『新撰御ひいなかた』における文字文様」
(植草学園大学研究紀要 2012年3月)(ttp://ci.nii.ac.jp/naid/110009579203)も興味深いです。
青文字はこの論文からの引用です。
※国立国会図書館の許可を得て画像を掲載させていただきます。二次利用はご遠慮ください。
(1)上巻 7/55 (ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144155/7)
匹田鹿子の雪輪。
(2)上巻 10/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144155/10)
雪持ちの笹の柄ですが、明らかに積もった雪の輪郭が雪輪です。
(3)上巻 11/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144155/11)
雪輪の中に「初」「雪」の文字が。草書の文字は「ぢかのこおりもん はつゆきのもやう」
菱形の絵に大きな雪輪模様がよく目立つ。文字があることで、
ただの雪ではなく、初雪であることがわかる。
小袖全面に絵模様があるのは、当書において珍しい構図である。
(4)上巻 18/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144155/18)
匹田鹿子の雪輪と竹の子。
(5)上巻 21/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144155/21)
細かな刻みが入った雪輪が大きくあしらわれています。
(6)上巻 25/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144155/25)
伊達家の家紋にもある雪輪と薄(すすき)に似ています。
草書の文字は「ぢ白あさきゆかた あきのもしにすゝき」
すすきの絵模様は雪輪の中に描かれ、
秋からしだいに雪へと移り行く季節を表現しているものと思われる。
(7)上巻 39/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144155/39)
21/55に似た大胆なレイアウトで雪輪が大きく描かれています。
(8)上巻 43/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144155/43)
匹田鹿子の雪輪の中に雪の文字。
行書の文字は「ぢもゝいろ はしにかきつはた」。
八橋と杜若、そして雪が揃っており、この意匠は間違いなく『伊勢物語』
第九段『東下り』を表しているといえる。
(9)下巻 6/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144159/6)
右上に匹田鹿子の雪輪が。
笹の葉の上に蟹がいる絵が描かれていますがこれは判じ絵になっています。
『江戸モードの誕生』丸山伸彦著(角川学芸出版 2008)に下記のように紹介されています。
「ささかに(細蟹)→蜘蛛(糸を引く)→織姫」の連想で七夕をあらわしたもの
この「ひねり」。どのくらいの人がわかったのでしょうか。
(10)下巻 11/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144159/11)
雪輪と竹。
(11)下巻 16/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144159/16)
匹田鹿子の雪輪の組み合わせ。
(12)下巻 29/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144159/29)
バウムクーヘンの年輪のように重なる雪輪の輪郭に「岑(みね)」「雪」の文字が。
行書の文字は「地みついろ みねのゆきのもやう」。
非常に大きな雪輪が特徴的である。文字がなければ単なる雪の景色と感じるが、
文字があることでこれが岑に積もる雪であると理解することが可能となる。
(13)下巻 37/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144159/37)
雪輪に菊。
(14)下巻 41/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144159/41)
雪輪と花。
(15)下巻 45/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144159/45)
雪輪と花。
(16)下巻 50/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144159/50)
匹田鹿子の雪輪とこうもり。
(17)下巻 51/55(ttp://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1144159/51)
匹田鹿子の雪輪と「初」の文字。
草書の文字は「ぢあかへに 花とひしはつ雪の上もん」。
小さな丸がいくつも描かれているが、「初」の文字があることでそれが雪であり、
かつ初雪を表現した意匠であると理解することができる。『新撰御ひいなかた』に登場する雪輪の登場は多く
(※近代デイジタルライブラリーでは「欠」となっている画像がありますが、
上下巻合計約200種のデザイン画の中のうち、雪輪モチーフは20種弱)
雪輪が特殊ではなく、一般的なモチーフの一つとなっていることを感じました。
さて、この『新撰御ひいなかた』刊行後、いくつも小袖雛形本が出版されています。
貞享4年(1687年)『源氏ひいなかた』『友禅ひいなかた』
元禄13年(1700年)『当流七宝常盤ひいなかた』
正徳5年(1715年)『光林ひいなかた』などなど。
(私メモ/光琳模様を扱った雛形本が当時光琳とは関係ない人によっていくつか刊行されていたようです。
ただ、本家本元の出版ではないため、「光林」としたものが多かったようです)
京都国立博物館のHP内「江戸時代のきものデザイナー」
(ttp://www.kyohaku.go.jp/jp/dictio/data/senshoku/71edo.html)には
江戸時代には小袖雛形本と呼ばれるきもののデザイン集が次々に発行されました。
今、知られているだけでも120種以上に及びます。
と記されています。
『日本ビジュアル生活史 江戸のきものと衣生活』丸山伸彦著(小学館 2007)は
図版も多く大変興味深い本ですが、
これらの雛形本が経済力のある町民に活用され、
江戸時代のファッションのモードを作っていったことが書かれています。 日本ビジュアル生活史 江戸のきものと衣生活
西洋のドレスはさまざまな形と生地、色、柄でいろんなバリエーションを作り出しますが、
一方着物は、形はほぼ同じ。形が変わらないという制限があるからこそ、その絵柄が発達したのですね。
『御ひいなかた』の小袖のデザイン、どれもシンメトリーを考えず、大胆な柄の描き方です。
着物の奥の深さを感じます。
私メモ/『ひいなかた』に関しては『江戸モードの誕生』にも詳しく取り上げられています。
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