「雪華図説」もモチーフで登場する時代小説『六花落々(りっかふるふる)』を読みました
西條奈加氏の『六花落々(りっかふるふる)』という時代小説を読みました。
六花落々
実は時代小説ってあまり得意ではないのです。
まったく架空の人物を扱ったものならいいのですが、実際の人物を扱ったものは。
というのも、実在の人物に関しては既存のイメージにとらわれずにいたいのです。
自分なりに資料を追って、本人が語ったり書き残した言葉を目にして、心を澄ましてその人物を把握したいのです。
時代小説を読むことによって、作者がイメージを膨らませた虚構が私の頭に焼きついてしまうのがこわいのです。
でも『六花落々』は「雪華図説」製作もモチーフになっているので素通りするわけにはいきません。
読んでみますと。
「雪華図説」を題材にしながらも土井利位でも鷹見泉石でもなく小松良翰を主役にしたのが面白いと思いました。
というのも、小松良翰は古河藩の身分は高いといえない一藩士。
なのに「続雪華図説」で後書きをかいている人物なんです。
それがいかに異質か。
前書き後書きを担当したのは国を代表する学者たち。
具体的には
「雪華図説」の後書きが鷹見泉石(古河藩家老で蘭学に造詣が深い)と桂川甫賢(幕府の侍医であり、シーボルトとも交流がある)。
「続雪華図説」の前書きが佐藤一斎(朱子学の権威)、後書きが本間游清(国学者。平田篤胤、伴信友と並ぶ和学三大家の一人)。
一家臣が肩を並べているのです。
小林禎作氏は著作『雪華図説新考』で小松良翰についてこう述べています。
利位、泉石はその地位から政務にきわめて多忙であったろうから、
雪の観察という時を選ばぬ仕事は、小松良翰の力に負うことが多かったに違いない。
禄高十三人扶事の軽輩でありながら、
続編のあとがきを書いた理由としては、このほかに考えられぬ (p44~45)
この小松良翰という人物、文化10年11月18日(当時28歳)には
土井利位(当時24歳)の「御学問御相手」に選ばれるような、聡明な人物だったようです。
だからこそ、西條奈加氏も『六花落々」の主人公に、
雪華観察の功労者と推測されながら、光を浴びていないこの人物を持ってきたのかもしれません。
西條氏は、鷹見泉石研究の第一人者である片桐一男氏、
泉石のご子孫で泉石にまつわる本を出版されている鷹見本雄氏に資料を提供いただいたり
指導を仰ぎながら小説をまとめたことをあとがきで記しています。
江戸時代にこんな風に雪の結晶を観察していた人がいたということを多くの人に伝える本になっています。
鷹見泉石の二男だという次郎が登場します。
私自身はこの人物についてはまったく知らず、
この小説で描かれているような人物だったのか、小説として膨らませた人物像なのか判断できませんが、
とても魅力的に描かれていました。
小松尚七(良翰)が次郎に人間関係を雪の結晶にたとえて語るくだりが一番好きです。
「雪もひとりでは生きていけませぬ。水のように溶けて交わることはできませんが、
そのかわり互いに寄り合い、もっとも具合の良い形をつくります」
と一つの粒を6つの粒で隙間なく囲む図形を説明します。
だから雪の結晶は六花になるのだと。
(p147~148)
孤独だという次郎に、次郎を中心に助けてくれる人物がまわりを囲み美しい六花になると説くのがとてもいいシーンです。
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少し疑問に思ったのは『北越雪譜』の著者、鈴木牧之が自著に土井利位の雪花図を転載させてほしいと、古河藩に直接打診したように描写されている点(p203)です。
私自身は牧之が直接、鷹見泉石たちにコンタクトを取った記録を把握できていません。
ともあれ、江戸時代の雪の結晶観察の方法や雪華図説を知るいいきっかけになる本といえるでしょう。
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タイトルの『六花落々』は小説内でも紹介されていますが、
室町時代の三条西実隆(さんじょうにしさねたか)が日記に雪が降ったことを「六花落」と記したことに由来します。
実隆日記の六花落に関しては2011年1月27日のブログをよろしかったらご覧ください。
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