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2016年1月28日 (木)

月と文学 『金色夜叉』今月今夜のこの月を どんな月?

「今月今夜のこの月を~」といえば、 貫一(かんいち)とお宮(おみや)でおなじみの尾崎紅葉『金色夜叉(こんじきやしゃ)』の有名なセリフですね。
カンイチオミヤといえばユニコーンの「大迷惑」の歌詞で知った方もいらっしゃるかも。

今月今夜っていつ? どんな形の月だったの? 
気になって調べてみました。

【有名な場面の原文を】
熱海の海で貫一がお宮を足蹴(あしげ)にする。
映画などでもおなじみのこの場面、 まずは原文を。
「ああ、宮さんこうして二人が一処にいるのも今夜限だ。 (私による略)
一月の十七日、宮さん、善く覚えてお置き。
来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか! 
再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……
一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死でも僕は忘れんよ! 
いいか、宮さん、一月の十七日だ。
来年の今月今夜になったらば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、
月が……月が……月が……曇ったならば、宮さん、
貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いていると思ってくれ。」

『金色夜叉 上』前篇第八章p81 尾崎紅葉作(岩波文庫 2003)

【簡単に解説を】
両親を亡くした貫一は宮の両親に育ててもらいます。
学業優秀な貫一は宮一家に気に入られ、宮のいいなづけとなります。
が、そこに現れたのが銀行の御曹司の富山。
貫一をなんとなく好きではあったけど、自分の美貌を誇りに感じ、セレブな生活にも憧れていた宮は
富山との結婚を決めることに。
貫一を裏切る形となり気が塞ぐ宮は熱海で静養します。
宮が自分を避けていると感じた貫一は1月17日、宮の元を訪ねます。

その熱海の浜辺で、宮が自分を裏切り、富山との結婚を選んだことを知った貫一が言い放つのが上記のセリフなのです。

俺の今日の苦しみを忘れさせるもんか。
この先ずっと1月17日、月が曇ったら俺が恨んでいる証
だと語る貫一。
ドラマチックな愛憎劇だったのですね。

【日時は1月17日と判明。年がわかれば月の形がわかります】
第八章を読むと、少なくとも昼間(午後)に月が出ている。
夜にも月が出ている。
このことから三日月(夕方に沈んでしまう)ではないとわかります。
十五夜(月の出が夕方)以降でないこともわかりますが、もっと突き詰めてみましょう。

この小説は1897年(明治30年)1月1日の読売新聞で連載が始まりました。

未だ宵ながら松立てる門は一様に鎖籠めて(さしこめて)
という文章から作品は始まります。
まだ宵の時間であるのに門松が飾られている門はみんな閉じられて、という意味でしょうか。
元日快晴、二日快晴、三日快晴
というくだりもあります。 つまり、お正月の場面から物語が始まっているのです。

私たちが連ドラを見る時、たとえば2016年1月から始まるドラマで、お正月の場面から始まればそれは16年のお正月と思うでしょう。
もし過去の年のことであれば、平成20年1月というようにテロップが出るのがお約束だと思うのです。

となれば、『金色夜叉』は明治30年の1月のリアルタイムな物語と判断していいでしょう。
となると、熱海での貫一とお宮の別離のこの場面は、明治30年1月17日の出来事。

【明治30年1月17日の月の形を調べてみました】

ステラナビゲータ10で1897年1月17日(場所は熱海)で調べてみると、
1月17日は旧暦12月15日、十五夜だったことがわかりました。
ただし、満月は1月19日。17日は満月二日前の月となります。月齢は14。輝面比は98%。
見た目では丸い月に見えたでしょう。

↓イメージ画像として、私が過去に撮ったものから98%の月(夕方、夜)を。
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月の出は15時過ぎ。月の入りは翌18日の朝5時30分過ぎ。
南中する夜23時頃は高度は80。頭上高いところに白い月が輝いていたことになります。
暮れる前の明るい内に空に月が現れ、夜も二人を照らしていたという設定とぴったり合いますね。

ちなみに岩波文庫の表紙は『金色夜叉』初版本の口絵になっています。
←Amazonより。

海の上に丸い月がありますね。尾崎紅葉がイメージした通りの設定になっていると言えます。


【丸い月を想いうかべながら読者はこの場面を読んだ】

さて、読売新聞の連載ではこの1月17日の場面は、実は1月17日の誌面には掲載されていないのです。
掲載はほぼ一か月後の2月18日。
尾崎紅葉はいつこの原稿を書いたのでしょう。
1月17日より前だとしたら→17日は旧暦で15日だから丸い月が昇ると知って書いたのかもしれません。
1月17日より後だとしたら→17日の綺麗な月を見て、これだ!と思いついたのか。

気象庁の過去の記録を見ると、少なくとも関東では明治30年1月17日は雨降らず。月が眺められたようです。
他の地域はわかりませんが、1月17日の月を見ていたから、すんなりと丸い月を思い浮かべてこの場面を読んだという新聞購読者も少なくないでしょう。(※新聞連載時にこの場面の挿絵無し)

【貫一の呪い通り、翌年からの1月17日の月は曇ったのか】

『金色夜叉』での記述を追ってみましょう。
宮が別れた4年目の1月17日に過去を回想する場面があります。

掩(おお)えども宮が耳は常にこの声を聞かざるなし。彼はその日のその夜に会うごとに、果たして月の曇るか、あらぬかを試みしに、かつてその人の余所に泣ける徴もあらざりければ、有繋(さすが)に恨は忘られしかと、それには心安きにつけて、諸共に今は我をも思わでや、さては何処に如何にしてなど、更に打嘆かるるなりき。
『金色夜叉 上』後編 弐の二p260 尾崎紅葉作(岩波文庫 2003)

富山と結婚生活を続けながらも、貫一を忘れることができない宮が彼の言葉を思い出すくだりです。
「泣ける徴もあらざりければ」とあります。
つまり、別れた翌年も翌々年もその次の年も月が曇ったことはなかった。貫一が泣いている証はなかったというのです。
宮は貫一はもう自分を恨んではいないんだとホッとします。でも、その一方、「もう自分には未練がなく、どこかで暮らしているんだ」と少しさみしくなるのです。
これこそ女心と言えるでしょう。

【実際には1月17日に月は出たの?】

明治31年、32年、33年の1月17日の月相をステラナビゲータで調べてみました。

1898年(明治31年)1月17日→熱海での別離から1年後。
半月(下弦)より少しやせた月が夜中の1時過ぎに昇り午前中に沈みます。
夕方~夜に月が見えることはありません。
1899年(明治32年)1月17日→熱海での別離から2年後。
三日月より少しふっくらした月が夕方から夜にかけて見えます。
1900年(明治33年)1月17日→熱海での別離から3年後。

満月の翌日なのでほぼ丸い月が18時過ぎから一晩中見られます。

4年目の1月17日は小説の中では晴れていたのに午後から曇ってその後雪になった、と設定されています。
この日もステラナビゲータで見てみると、1901年(明治34年)1月17日は新月の三日前になります。
月が昇るのは夜中の3時過ぎ。
たとえ晴れていたとしても、宮が夕方から夜の空に月を探すのだとしたらみつけることはありえなかったことがわかりました。

※あくまでも熱海での名場面が明治30年1月17日と過程して、月の形を推測してみただけです。
一つの仮定としてお読みいただければ幸いです。

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emi (秋田恵美)

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。
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