素敵な言葉(その6)---忘れ潮(わすれじお)
「おばさん」ではなく「マダム」と呼ぶのにふさわしい女性が私のまわりにも何人もいらっしゃいます。
(「マダム」といっても、お高くとまって保守的なセレブ、
というイメージでこの言葉を使っているのではありません)
そのおひとりは・・・
ロシアに造詣が深く、ロシアにまつわる様々な素敵なこと、人との出会いをくださる年上の女性です。
海外の友人も多く、老若男女の隔たりがありません。
レストランの入り口で入店を待つ時に隣になった方ともすぐに意気投合されたり。
ルーティンで終わる日常に何かサプライズを起こしたり、生活の美(アールドヴィーブル)を楽しんでいらっしゃいます。
いつもふわっとポンパドールにされた髪型は日本的でもあり、クラシカルな西洋絵画の婦人のようでもあります。
そんなマダムが先月、サプライズとともに素敵な言葉を教えてくださいました。
それは「忘れ潮(わずれじお)」。
『美人の日本語』山下景子著(幻冬舎 2005の中の言葉とのこと。
美人の日本語 (幻冬舎文庫)
早速、この本を開いてみると。。。
1日1語。365日、きらっとした言葉が解説とともに紹介されています。
7月18日の項に「忘れ潮」はありました。
(引用部分は青文字)
<遠い記憶の中に>
潮がひいた後、砂浜や磯い置き去りにされていったような水溜まりのことをいいます。
潮溜まりともいいますが、こちらは海水がたまった場所を、
忘れ潮の方は残っている海水の方をさします。
この潮溜まり、のぞいてみると、思わぬ発見があったりします。
小魚が泳いでいたり、カニやヒトデ、貝などがいたり・・・。
忘れ潮と一緒に取り残された生き物たちに出会える場所なのですね。
私たち人間も、時代の流れの中で、いろいろなものを置き去りにしてきました。
もしかしたら、忘れられていくものの中に大切なヒントが隠されているかもしれません。
忘れ潮をのぞきこむように、時々、遠い記憶を呼び戻してみるのもいいかもしれません。
忘れ潮という感覚、すごくよくわかります!
記憶は面でも線もなく、点。
特に鮮明に残った一瞬、一瞬の画像が
浮かび上がる。
まさにチャプチャプと溜まった潮の中で姿を現してるヒトデや貝みたいに。
さて。「忘れ潮」という言葉を調べたわかったことを2つご紹介します。
1)忘れ潮は俳句で使われる。春の季語。
『カラー版 新日本大歳時記 春』飯田龍太ほか監修
(講談社 2000)p76に忘れ潮が紹介されています。
海にまつわることだから夏の季語かな~と思ってしまうのですが、なぜ春なのか。
それは
陰暦3月3日頃の大潮が、一年でもっとも干満の差が大きく、遠くまで干上がって干潟をなす
ために忘れ潮が目立つ時期だからなのですね。
2)少なくとも江戸時代からこの言葉はあった。
江戸中期の俳諧師、高井几董
(たかいきとう 1741(寛保元)~1789年(寛政元)年)が
忘れ潮を織り込んだ俳句を作っているのです。
青海苔や石の窪みのわすれ汐
井華集 晋明家集三稿 発句題材集
『几董発句全集』編校著浅見美智子(八木書店 1997)p340より
この本によると1784(天明4)~1787年(天明7)の作品のようです。
【訳】
(目の前の食卓に)青海苔(がある)よ。
(香りをかぎ、見ていると、その青海苔が採れた、春の磯の)
石の窪みの忘れ潮(が目の前に浮かぶよう)だよ。
〔解説〕
青海苔は春の季語。食卓に乗った青海苔の香りから、春の海を連想して作られた句。
空間的な飛躍がその妙味である。
あらためて、マダムやまわりのいろんな方と共有させていただいてきた時間を振り返ってみました。
忘れ潮を覗いた時のようにいくつもキラキラしたことが浮かびあがりました。
時の波にさらわれきらずに
心の中で輝きを放つ思い出たち。
それが一番の宝物ですね。
※冒頭の写真は海ではなくて空なのですが、
雲が風にさらわれたあと、
細い月がぴかりと残っている様子が
忘れ潮っぽいなあと思ってアップしました。
私メモ
忘れ潮…
広辞苑 第六版では。
海水が満ちた時に岩のくぼみなどにたまったものが
干潮になってもそのまま残っていること。
(p3029より)
潮干狩りを題材にした浮世絵をご紹介します
広重の「東都三十六景」より「洲さき潮干狩」
画像提供:国立国会デジタルコレクション
(画像はクリックで拡大します)
洲さきは、二十六夜待ちの名所でも知られる洲崎のことですね。
忘れ潮にいろんな収穫がありそうです。
左手前のほおかむりをした男性、いいキャラです。
潮干狩りを題材にした浮世絵では一鴨斎芳藤の絵も素敵。
早稲田大学演劇博物館所蔵のものはこちら
素敵な言葉INDEXはこちら
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