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2016年7月 9日 (土)

広重「永代橋 佃しま」の描かれた日を推測する(その1)

広重の「名所江戸百景」春の部「永代橋 佃しま」。
月が丸くなく、レモンのようにとがっているのが印象的です。
しかも上の弧と下の弧のカーブが微妙に違います。
いかにも実際の月を観察して描いたように思えます。

<広重が風景を忠実に描いた>と仮定して調べてみました。
面白いことがわかりました!!

まずは、「永代橋 佃しま」をご覧いただきましょう。
(以下、画像はクリックで拡大します。はみでる場合はリンクを新しいタブで開くを)
Hiroshige_eitaibashi
画像提供:国立国会図書館デジタルコレクション

【絞り込み1】月の方角は南~南南西(南西微南くらいまで)
絵を見ると、永代橋の橋脚の奥に佃島と月が見えます。

永代橋から佃島が見える方角を「安政改正御江戸大絵図」1858年(安政5年)(※メモ1)
で確認してみましょう。
Map_ansei5_eitaibashi
画像提供:国立国会図書館デジタルコレクション

この地図は下が南になっています。
ですので、月が出ている方角は南~南南西、
幅を広げて、南~南西微南と言えそうです。

念のため、現在のグーグルマップと照らし合わせて、この地図の方角の信ぴょう性を確かめてみると。
Map_eitaibashi2016

永代橋のかかっている位置が江戸時代よりも南側になっており、佃島も埋め立てが進んでいます。
ですが、川のカーブがほぼ一致。安政時代の地図の方角が正しく描かれていることがわかります。

【絞りこみ2】上弦の月~3日後(旧暦の日付の8~11日)

描かれている月に円を重ねてみました。
Eitaibashi_moon1a_2Eitaibashi_moon2b








私が撮った月からそれぞれに近いものを選んでみました。
160217_2200wsw_89th_73_54a151201_0648wsw_192th_73_45a







左は2016年2月17日22時頃、上弦2日後の月。
右は2015年12月1日午前6時48分頃、下弦の2日前の月。

月の弧のカーブや、赤い円とのバランスから考えると、Aのように思えますよね。

しかも、Bの<下弦の少し前>の月がこのような角度で空に架かるのは
夜が明けてから、そして方角も南西~西。
つまり、Bの形の月が、「永代橋 佃しま」の絵のように、夜、南の空に出ているということはないのです。

そこで描かれた月の形はAの上弦~3日後と断定していいでしょう。
旧暦は月の満ち欠けと連動するので8日前後~11日前後の日付の日、と絞りこめます。


【絞りこみ3】制作年の範囲
この浮世絵には1857年(安政4年)2月の改印(あらためいん)が記されています。
改印というのは版下絵を提出して出版が許可された時に押される印。
ですので、1857年3月以降はありえない と言えます。

広重が永代橋~佃近辺を描いた作品としては「江戸名所之内 永代橋佃沖漁」があります。
Tsukudaokiryou
画像提供:東京国立博物館

江戸東京博物館での所蔵データを見ると制作年は天保前期となっています。
天保前期といえば1830年代。

そうなると広重の「永代橋・佃島」題材歴は20年以上になってしまいます。
とりあえず、もう少し、範囲をせばめてみます。

「名所江戸百景」の最初の刊行は1856年(安政3年)2月。
ですので、制作そのものもほぼ同時期と見て
まずは1854年(嘉永7年/安政元年)から1857年(安政4年)2月までに絞って調べることにします

【絞りこみ4】旧暦の11~3月
かがり火を炊いた白魚漁から描かれていることから季節を絞りこめます。
というのは、佃島の白魚漁は11~3月に行われていたからです。
(詳細は※メモ2 に)

以上、整理しますと、広重が描いたこの浮世絵は
旧暦の1854(推測)~1857年2月。
11~3月。
日付は8~11日前後
月が南~南南西の空のかかる日。


つづきは近日(その2)に。
アストロアーツさんの星空シミュレーションソフト「ステラナビゲータ10」にがんばってもらって、
安政の時代の夜空を眺めに行ってきます。
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※メモ1
「安政改正御江戸大絵図」高井蘭山著 出版者 出雲屋万次郎、岡田屋嘉七
出版年 1858(安政5)年
国立国会図書館デジタルコレクションでのURL 
ittp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2542442/2

※メモ2
「江戸名所図会」に佃島の白魚漁のことが書かれています。
『新訂江戸名所図会Ⅰ』市古夏生 鈴木健一校訂(1996 筑摩書房)より引用
白魚を取りて奉るべき旨、台命により、毎年十一月より三月まで、怠らず奉る。
その間は、他の猟を堅く禁めたまへり。
 (私による中略)
この地はことさら白魚に名あり。ゆゑに、冬月の間、毎夜漁舟に篝火を焼き、
四手網をもってこれを漁れり。
 (p200)

ネットで閲覧→国立国会図書館デジタルコレクションでのURL
ttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2563381/34
松濤軒斎藤長秋著[他]7巻[2] 1834~1836(天保5~7)


※メモ3
旧暦の安政3年8月25日(9月23日)の江戸の大風水害で、永代橋は半壊しました。船が衝突したためです。『定本武江年表 下』斎藤月岑(げっしん)著 今井金吾校訂(2004 筑摩書房)に
永代橋、大船流当りて、半ば崩れたり」(p86)とあります。

ネットで閲覧→国立国会図書館デジタルコレクションでのURL
ttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/949631/148

となると、永代橋の半壊から修復までの期間は「永代橋 佃しま」の描画期間から除外してもよさそうですがこの作品で描かれている永代橋は「橋脚」のみ。
橋全体の破損具合の影響を受けないので、あくまで1857年2月までを候補日とします。

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emi (秋田恵美)

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。
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