2016年8月21日 (日)

リオ五輪(その1)阿修羅と仁王の美しさ

男子400mリレーの銀メダルは一日以上経った今でも興奮さめやらずです。
表彰式でジャマイカもカナダもガタイのいい黒人選手が並んでいました。
その中に日本の4人。
スタートの山縣、コーナリングの桐生・・・持ち味を最大限に生かした走順とバトンの工夫で、タイムでは敵わないアメリカ、カナダに勝てたということ。

革命的な出来事ですよね!

リオ五輪。快挙続き。
体操男子、テニス錦織、ラグビー、レスリングetc.ここぞという場面で決められるメンタルに鳥肌が立ちましたが 特に心揺さぶられたのが卓球とバドミントンです。

【卓球】
バドミントンの潮田玲子氏が激しいラリーを展開した時の体験を「ゾーン」に入っていたとかつて語っていましたが、 「まさにこれがゾーンか」と思う場面がいっぱい。

男子の水谷選手凄いですね。
どうしたら人間があんなラリーを続けられるのでしょうか。相手の選手もあっぱれ。
水谷選手が大きな口を開け、のけぞってこぶしを突き上げる時
Gionsyuchusen
こんな劇画調の背景が見えるようでした。

組み合う格闘技を除き、戦う選手が一番至近距離で向かいあうのが卓球なのかも。
(格闘技ですら、組んでしまったら相手の顔は見えないわけで)

サーブの時、手にしたピンポン玉に集中する顔つき。
レシーブの時、ラケットを構え、ネットの向こうの相手に挑むサーブに挑む顔つき。
ドアップで映し出されます。
怯んだら、相手に察知され、つけこまれそうなほどの近距離での勝負。
選手同士の間の火花がテレビ画面から飛び散ってきそうでした。
中国の許 昕(きょ きん)の座ったような目つきの貫禄もまるで劇画キャラ。

劇画や特撮映画だったら、選手の背に炎を描いたり、効果音などで迫力を表現するのでしょうけれど、トップアスリートの戦いには演出ごときは一切不要。
顔つきとボールの音だけで劇画や特撮を超えるド迫力の死闘にしびれました。


卓球女子。

愛ちゃんのラリーでの神プレーや気迫、団体でチームを盛り上げる姿、メダルをとったあとの涙にも感動。キャプテンの重圧の日々が感じ取れました。
団体戦。日本はチーム力があるといわれていましたが、本当にそうだなと。
他国のダブルスの試合うを見た時、ミスした選手ががっかりして天を仰ぐ隣で、パートナーまでが「あーあ」とがっかりする様子が映りました。

でも、愛ちゃんは。伊藤選手がミスして「あーあ」とのけぞる時も、伊藤選手が見事に決めた時も、間近でまっすぐな視線で目をみつめ、「大丈夫大丈夫」というように声かけする様子が映りました。
素晴らしいキャプテンシー。
泣き虫愛ちゃんがこんなに立派になって、と自分が親戚のおばちゃんかのように涙ぐみました。
石川選手の団体での、柔道の松本薫に匹敵するほどの獰猛さをみせた顔つき、土壇場で勝ちきる強さや技術にもあっぱれ。
伊藤選手も、ミスがあってもそのあと神プレーを決めるおそるべき15歳。自分自身に不安を持たずのびのびとプレーをしているのが感じられました。

【バドミントン】
タカマツペアに心揺さぶられました。19対17から追い上げて金メダルを獲る精神力に感服。
男顔の高橋選手は、大陸の仏像のような顔立ちの美人。
松友選手は女性的でリスのような雰囲気の美人。まったくタイプが違うのがいいですね。

インタビューでは普通の可愛らしい若い女性に見えるのに、試合中に放つオーラは別人。
全神経を集中させて、サーブを待つ顔を正面から捉えるカメラ、横顔を捉えるカメラ。
凛々しくて神々しいほど。
特に決勝は白いコスチュームのこともあって、スポーツというよりも神事を行う巫女のようにもみえました。
とてつもないラリーで、響くシャトルの音、音、音。
まるで自分も観客席にいるかのような臨場感を感じました。
金メダルの試合をLIVEで見られて本当によかった! 

高橋選手の方が男性的に見えたのですが、表彰式で高橋選手の方が涙ぽろぽろだったり、二人の違いがあるからこそ補い合える絶妙の夫婦のようなコンビですね。

バドミントンの選手たちがサーブを受ける時に構えるポーズってかっこいいですね。
ラケットを持った手ともう一方の手を体の前に少し突き出して構えるポーズ。
特に女子シングルスで銀メダルを獲ったインドの選手がこのポーズをするとインド舞踊の一場面のように感じられました。

一般的に女性の美しさといえばにこやかな笑顔やゆったりとした優雅な動き。
いわば「天女」のような姿だと思うのです。
でも愛ちゃんや石川選手、高松ペアをはじめとする女性アスリートを見ていると。
試合中は、阿修羅か仁王のよう。
キッと見据え、こぶしを握り締めて自らを奮い立たせるような鬼のような形相。
スマッシュを打つために大股を開いて踏み出す時の太もものたくましさ。

でも、その阿修羅や仁王の姿がとてつもなく美しく見えました。

2016年4月 2日 (土)

ヒマラヤ杉の杉ちゃん成長観察日記(その9)番外編 埴沙萌さんの世界

その8の続きです。

いただいたクロマツの芽生えのポストカード。
Kuromatsu_2
埴沙萌さん撮影のものでした。

埴さんのお名前は存じ上げていませんでした。沙といえば沙織や亜里沙の沙。
萌はもちろん若い女性から小さい女の子まで大人気の名前。
なので沙萌さんも20代~30代の女性かなあ。
長野とか田舎で暮らしている、リンネルや天然生活や暮らしの手帖を愛読しているような。

と、思っていた矢先、ヤマガラが好物だというエゴノキのことを調べに図書館の植物の書架に行くと
「埴沙萌」という活字が目に飛び込んできました。
『植物記』という本でした。


植物記 (写真記シリーズ)

開くと、クロマツの芽生えの写真もありました!!(p6~7)

早速借りました。いい本です!

植物をフォトジェニックではなく、フォルムの美しさ、面白さなどを観察している視点が興味深かったでした。

芽吹きのページではドクダミにびっくり! 地面から生えたイカのよう。(p17)
芽の力を「重量あげ」として紹介しているコーナーでは、ダイズが1本では持ち上げられないけれど3本では石を持ちあげられている写真があります。(p34)

「冬の顔」というコーナーでは冬の花芽や葉芽が顔に見える写真が並んでいます。
(この写真は見たことあったので、気づかないだけで埴さんの写真に出会っていたのかも)
変顔のオンパレードでかわいいです。

冬の樹皮の模様のコーナーでは、「樹皮は幹のオーバーコート」という言葉も。

この感性、好き!

ロシアの作家ストラコフにも通じるものを感じました。
冬になって森に雪が降りつもる。春になって雪が少しずつとけると、2月に埋もれたものが現れ、もう少し雪がとけると1月に埋もれたものが現れ・・・。春になって雪がとけることを、カレンダーのページを逆にめくるようだと語ったストラコフに。

ほかにどんな本を書いているのか知りたい!とアマゾンで見てびっくりしました。

『足元の小宇宙-82歳の植物生態写真家が見つめる生命』という本が出てきたのです。
足元の小宇宙―82歳の植物生態写真家が見つめる生命
え、アラサー女性じゃなくておじいちゃんだったの!

そしてHPを発見。(ttp://ciabou.com/ciabou/)
埴沙萌は(はにしゃぼう)とお読みするのですね。

【LOFT】カテゴリー→芽生え→春の芽生え→木
のところにクロマツの芽生えの写真もあります。
冬芽と葉印には変顔がいっぱいあります。

植物の花だけではなく、いろんな時期のいろんな細部に目を向け遊び心あふれる発見を続ける埴さん。
ぜひお会いしてみたい。2013年の本で82歳ということは今は85歳?
お元気かしら、と思ったのですが、残念なことに今年の2月に永眠されていました。
わずか1ケ月ちょい前だったというのが悔やまれます。

HPの【絵日記】のところでカラフルな帽子をかぶったお写真と、
私、埴沙萠は85年住み慣れた娑婆を後にして、2月23日にこちらの岸へとやってきました。
という文章が。

途中三途の川の渡しで、船頭をやっていた赤鬼青鬼と仲良くなって、
いま河原で酒盛りをはじめたところです。

という言葉も。

最後の最後まで遊び心あふれるおじいちゃまでいらしたのですね。
娑婆でお会いできなかったのが残念ですが、
もしかしたらあの世に行かれたからこそ、見えない力で私が著書に出会うようはからってくださったのかもしれません。
植物との関わり方にいっぱいヒントをいただいた気がしました。

埴さんとの出会いをくれたポストカードを送ってくださったKさんに感謝です。

◆ヒマラヤ杉シリーズINDEXはこちら

2014年10月 2日 (木)

あの時私たちがいた

先日、高校時代のマンドリン部のOGの集まりがありました。
歴史のある部でOGも50期以上にわたります。

そのOG会の運営に力を尽しているのが私の代の部長の女性です。
(食べ物ブログ2014年6月18日)で部長と副部長の二人が同じ年同じ月の16日、17日、18日生まれだったと記しましたがその女性です)。

部長を中心に前後の代の方たちが幹事となって、高校時代の定期演奏会の音源鑑賞会と演奏会、その後
ひとつ上の先輩、私の代、一つした、二つ下の4期の合同食事会がおこなわれたのでした。

私は食事会に参加できました。

高校卒業から30年以上経ちます。もちろんその後、会っている仲間もいますし、大人数の部活だったので卒業以来一度も逢う機会がなかった仲間もいます。

多くの女性が結婚して苗字がかわり、子育てをして、仕事をして、それぞれの道を 進んでいるわけですが…。

最初の印象。
「変わってない!!!」

私たちが「変わってないよね~」「00ちゃんも高校の頃と全然変わってない!」と会話しあうのを、もし、通りがかった人が聞いたら、「いやあ、あなたたち充分オバサンですから。高校時代と変わってないと思うのは錯覚です」と心の中で突っ込みをいれているかもしれませんが。

高校生の時、大人っぽいと思った先輩は、今でも「大人っぽい」と思いますし、「本質」は年齢に関係なく変わらないんだな~なんて思います。

「あの時こうだったよね~~」と盛り上がったり、現在の話をしたり。
高校時代の思い出では、新しくできたお寿司屋さんに同じギターパートの友達と行って、ドキドキししながら、一皿を分けて食べたこともすごく心に残っているのですが、彼女も同じことを強く覚えてくれていてうれしかったです。

今回の合同同期会で、一つ下の後輩たちが私たちの代のギターパートの演奏「竹田の子守唄」がよかったと語ってくれたのもとてもうれしかったですし、面白いものだと思いました。
当の私たちは自分たちが演奏した「竹田の子守唄」より
一つ上の先輩たちのギター演奏「3つのギターのためのコンチェルト」が印象的だったので。
(この曲についての詳細は2009年4月26日のブログに)

notenote
最近はスマホなどで自撮りする人も多いですが、「記憶」って自撮りは難しいですよね。

私自身、高校時代を振り返って、あの時、00さんが何々をした、00と語った、というのは覚えているのですが、自分がなんと言ったのかはよく覚えていません。
自分の姿って目で見えないから、自分の記憶が脳に記録されないんでしょうか。

だからこそ、今回も、部活仲間から、私があの時、こんなことをし、こんなことを語っていたと教えていただくと、そんなことがあったのかとびっくりするとともに、自分自身が覚えていない「私」の存在を心に刻んで覚えてくれている友達を本当にありがたいと思います。

そして、彼女自身に関しては彼女が忘れていて、私の方が覚えていることもあって、あの時000だったよ~と語って伝えてあげられる。それもよろこびです。

共有し合った時間はお金にかえられない宝物。
暑い夏、冷房のない教室で首にタオルを巻いてパート練習。
朝練、昼練。

県で一番大きなコンサートホールで定期演奏会を開くのですが、ステージでみんなで楽器を構えスタンバイ。これから演奏会が始まるという場面を今でも鮮明に思い出せます。

開演前、緞帳の向こう側でお客様の気配を感じます。もうすぐ開演を知らせる1ベルが鳴ると、緞帳の向こう側のあちこちから咳払いが聞こえます。その声が響き具合が、ホールの空間の広さを感じさせ、少しドキドキしてきます。

本ベルがなって指揮棒が振られ、演奏が始まります。緞帳が少しずつあがるとともに、客席から拍手が湧いて、そして照明の熱さ、まぶしさを感じます。

今と違って携帯電話がないから、毎日写真を撮っているわけでないですし、まして動画もほとんど残っておらず。
でも、互いを記憶しあう。

確かに私たちはあの時一緒にいたんだ!と感じました。

今、私たちは、子育てが一段落したり、親の介護や死に直面する世代。
高校を卒業してからも、マンドリンやギターの演奏を楽しんできた方もいれば、つらいことを経験したのちに、再び楽器を取り出して、音楽によって哀しみを癒されたという仲間も。

音楽の力、縁をこれからも感じていくのだろうと思います。

70才や80才になってもまたみんなで集まれたらうれしいです。
その時もきっと「かわらないね~」「高校時代と一緒」ってお互い盛り上がるのでしょう。
端からは「十分おばあちゃんに見えてますよ~。高校時代のままのはずありませんよ~」とツッコまれるのでしょうが。

2012年8月 2日 (木)

「甲子園」「制覇」をめざし打ち込んできた球児たち

ブログ更新がとまっていました。この半月、高校野球の夏の大会に入れ込んでいました。

高1の時からできるかぎり練習試合にも足を運び、追ってきた球児たちがいます。甲子園に出たことはなく、彼らはこの高3の夏が、甲子園をかけた最後の戦いでした。

頂点まであと一歩というところまできたものの、「甲子園」の夢は破れました。

つきなみな言葉になりますが、ひたむきに野球に打ち込む姿、エラーがでても次の試合の同じ場面できちんと決め、どんどん「確実に」「より高い技術」を身に着けて成長していく姿、いくつもの故障やスランプから復帰する姿をみてきました。
練習を積んできた彼らに、今度こそ、野球の神様はご褒美をくれる、すべての苦しさが報われる、と思ったのですが叶いませんでした。

最後は負けてしまったけれど、みんな本当に輝いていました!このチームの野球が好きでした! いろんなプレーが目に焼き付いています!アフリカンシンフォニーetc.さまざまな応援曲とスタンドに地響きのように広がる選手の名前コール。痛いくらいの夏の強い日差しとともにずっとずっと忘れないでしょう。このチームを応援してこられたことは私の心の宝物です。

ずっとずっと願い続けてきた「悲願」であればあるほど、真摯に取り組んできたものであればあるほど、その夢が叶わなかった時の落胆は大きいものと思うのです。
でも、こんな風に勝利の女神が微笑んでくれなくて、苦しいことが報われなくてもそれでも野球を続けたいか、彼らの野球に対する想いがどのくらいのものだったかの「真価」が問われる時なのでしょう。

野球をづつける人、故障他の事情で断念する人、別の夢を目指す人、高校球児の「次」の選択はさまざまだと思いますが、みんなの「次」に高校時代と同じくらい命と情熱をかけられるものに出会い、そして報われるようにと願ってやみません。

2010年7月 1日 (木)

ワールドカップ日本代表にジ~ン

パラグアイ戦も最後までみました。

W杯の日本代表には感動しました。すっごくいいチームで、誇りに思えました!!

川島をはじめ、守備がとにかくよかったですよね。
決して、強いチームじゃない。なのに、あれだけ本番で失点が少ないというのは、試合中の集中力が神がかっていたのかなと。
パラグアイ戦も延長までもつれこんでも失点がない。序盤からよくしのぎましたよね。延長戦含めて長時間の試合でのあの集中力は世界のどの国よりもトップなのでは。

一人一人の顔つきが鳥肌立つぐらいかっこよかった。カメルーン戦で本田が得点を決めたあと、吼えるようによろこびを伝えるシーンは何度みても熱くなります。フリーキックを決めた遠藤も、みんなみんな。

そして、チームワークがよさそうというのがいろんな場面でわかりますね。

PKというのは酷ですよね。「誰が凄かった」ではなくて、「誰でだめだった」というのが浮き彫りになってしまう。PKでは両チームの誰か必ず一人がその重荷を背負うことになってしまうわけで・・・。まるでロシアンルーレット。

失敗した選手が後ろに戻る時に、中澤やみんながいたわるように列にひきいれる場面が印象的でした。そして勝負が決まったあとも、必ず誰かが肩を抱いたり、背中をさすったり・・・

テレビ朝日のスポーツニュースで、パラグアイの選手が駒野のところに駆け寄って何か声をかけた様子が映りました。その映像を流しながら、<駒野の脇で彼を励ましていた選手(阿部?)がパラグライの選手に言葉を返した。口元の動きから「サンキュー」と言ったようだ>ということがナレーションで語られました。

確かにサンキューに見えます。
敵チームであった駒野を励まそうとしたパラグライの選手にも、その気持ちに「サンキュー」と答えた選手にも、そのシーンを見逃さなかったテレビカメラにもうれしくなりました。

PKは酷だったけれど、日本代表のチームワークのよさが世界にも伝わったでしょう。

成功した人が素直に喜びをあらわせる雰囲気があるか。仲間が一緒に喜びあえているか。
ミスした人もいかにカバーするか。ねぎらっていたわるか。
主力ではなく、サポート側にまわった人たちがいかに主力がやりやすくなるよう応援できるか。
主力がそんなサポート側の気持ちをどこまで察して、感謝を持って行動できるか。
成功した時に一つになるのは簡単だけど、失敗した時にいかに一つになるか。

岡田監督のコメントもよかったですね。誰かを責めるのではなく、自分がいたらなかったと語る姿。上に立つものは誰にも責任転化しない。

私たちの日常生活でも必要な「チームワーク」「リーダーシップ」について考えさせられました。

2010年6月10日 (木)

大住良之---サッカーを通して普遍的な大切なものに触れる

いよいよワールドカップ開幕ですね。
私は熱烈なサッカーファンというわけではないのですが、サッカージャーナリトの大住良之さんの文章が好きです。
引越しなどを機に購読をやめてしまったのですが、ずっと愛読していた新聞の一つが東京新聞でした。

東京新聞に3つの目当てがありました。その一つが水曜日夕刊の大住さんのコラム「サッカーの話をしよう」(現在も連載中)だったのです。
書かれているのはタイトルどおりもちろんサッカーのこと。試合の論評や、選手にまつわる記事をメインとしながら、その目線は、サポーター、試合を追うカメラマン、田舎でサッカーを楽しむ少年にまでおよびます。
大住さんが「サッカー」を愛し、「サッカーを愛する人」を愛していることが伝わってくるコラム。特に心を打たれたものを切り抜いて保管していますが、このクラップ帳は私の宝物の一つです。

連載『サッカーの話をしよう』の1996年~2001年までのコラムは、『サッカーの話をしよう』というタイトルで6巻出版されています。
けれど絶版。すばらしいコラムなのにもったいないです。
ご興味があり、この単行本もしくは東京新聞のバックナンバーを所蔵する大きな図書館に行かれる機会がある方は、ぜひご覧いただけたらと思い、おすすめのコラムを引用(青字部分)を交えてご紹介させていただきます。

※日付は新聞掲載日。丸数字は便宜上私がつけました。

報道の渦に埋もれた優れた写真にも光を  1997年9月29日。
1970年ワールドカップのメキシコ大会でペレ(ブラジル)とボビー・ムーア(イングランド)が試合後にユニフォームを交換しようと歩みより、笑顔を交わす写真を紹介し、大住さんはこう語ります。

勝負は争っていても、選手同士は結局のところ一緒にサッカーで「遊んで」いる。だれもが忘れがちだが、レフェリーたちもその役割を通じてサッカーを楽しんでいる。観客もサポーターも、みんなサッカーを楽しむ仲間なのだ。
そんなメッセージを伝わる写真を撮ることが得点シーンを撮ることと同じように大切だと語っています。

真実の瞬間逃さぬ伝説のカメラマン  1998年5月11日
1978年のワールドカップアルゼンチン大会での体験が書かれています。カメラマンへのビブス(ゴール裏への入場許可を示す)の割り当てが厳しかった中で、決勝戦の報道陣の控え室で大住さんは、ビブスを着て、報道機材とはいえないような小さなカメラを首から提げた老人をみかけます。コネでビブスを手に入れた引退カメラマンだろうと怒りを覚えたそうです。けれど、後にこの老カメラマンが撮った写真を見ることとなります。その写真というのは「魂の抱擁」というタイトルで大会の最優秀写真賞を受賞した1枚。地元アルゼンチンの初優勝が決まった瞬間を撮影したもの。ゴール前で抱き合う二人の選手のそばに走り寄る一人のファン。

だがよく見ると、彼には両腕がなく、セーターの袖の部分がだらりと垂れ下がっている。彼は選手たちに抱きつくことはできない。しかし気持ちの中では、しっかりと抱きしめていたに違いない。
大住さんはこのアルゼンチン人の名カメラマン、ドン・リカルド・アルフィエリを、コネでビブスを手に入れたカメラマンと思ったことを恥じます。

私は物事の表面しか見ない自分を恥じた。小さなカメラ一台でも、天才は「真実の瞬間」を切り取り、多くの人に感動を与えることができるのだ。

コラムとともに掲載されている「魂の抱擁」。すごくいい写真です。

フェアプレーへの信念  1999年2月17日
イングランドFAカップ、アーセナル対シェフィールド・ユナイテッド戦(1999年2月)でのこと。試合中、負傷者の手当てのためにボールを外に出す。そしてスローインで相手にボールを返す行為。ルールではなく善意でおこなわれきたこの慣習を把握していなかった選手が、スローインのボールを奪って得点に結びつけてしまったことが書かれています。決勝点になってしまったこの行為に負けたチームが怒ったのは当然のこと、勝ったチームのベンゲル監督も試合終了後
「あの2点目はスポーツ的な観点で正しいものではなかった」と再試合を申し出たのだとか。
プロにとって、勝利は何よりも優先させなければならないものだ。しかしひとりのスポーツマンとして、ベンゲル監督はこのゴールで勝利を得ることを望まなかった。そして自らの信条に従って試合を「振り出し」に戻す勇気が、彼にはあった。
とベンゲル監督のフェアプレーへの行動を讃えています。

対戦国の国歌に敬意を   1999年6月9日。
国際試合の試合前におこなわれる両国の国歌斉唱・吹奏について書かれています。相手の国歌が流れている時に動いている人が多いのが残念であること、けれども、日韓ワールドカップの予選---なんとしてでも勝ちたい韓国戦、イラン戦の時であっても

日本のファンは韓国やイランの国家に敬意を表し、拍手を惜しまなかった
と観客の様子が述べられています。

自分たちが非常に大事にしているもの、人によっては神聖とさえ思っているものを、他人が軽視し、無視するような態度をとったら、どんな気持ちがするだろうか。逆に、しっかりと敬意を表してくれたら、どれほど気持ちのいいものか。
と、他の国の国歌に礼儀正しい態度で臨もうと呼びかけています。

「景観」となったゴー  1999年8月11日
コラムとともに掲載されている写真が印象的。それは、世界各地のサッカーのゴールポストの写真集「ポスト」(イギリス・ペンギンブックス)からの1枚。ボツワナの乾いた大地に、2本の枝を立てそこにもう1本の枝を横に渡しただけの素朴なゴールポストが立っている様子を写した写真です。
この写真集が取り上げているのは、公式戦がおこなわれるスタジアムのゴールではなくて、チュニジアの砂漠、ラトビアの雪原、パラグアイの農場の片隅などなどのゴールポストなど、大半は手作りで草サッカーのためのものだそうです。大住さんは、

ページを追っていくと、それぞれのゴールが見事に「景観」の一部になり、その土地に住む人々の生活ぶりをあまりに的確に表現しているのに驚く。そして。サッカーが世界中にくまなく広がっていることが、あらためて認識させられるのだ。
と語っています。

英独軍 敵味方を越え  2002年1月23日
第一次世界大戦のクリスマス停戦時に敵味方であった英独軍がサッカーをおこなったことについて書かれています。このエピソードは有名ですよね。NHKでも数年前、アニメドラマとして放送されていました。この時のイギリス兵の一人の証言もコラムの中で紹介されています。

「最初は、ただ見合っていた。何をしようということもなかった。そのうちにだれかがサッカーをやろうと言い出した。もちろん戦場にサッカーボールなんてなかった。そのへんのぼろきれを集めて丸め、つくりあげた。それをけり始めると、すぐさま試合になった」。
大住さんは砲弾がつくった穴だらけの戦場で兵士同士が解放感に浸ってサッカーに興じる姿を描いています。そして、サッカーを楽しむうちに、敵である相手に対して「とてもいい連中」「紳士たち」という思いが芽生えたことも。サッカーをやめて、また敵味方に戻った時、サッカー仲間となった相手に銃を向けることが容易ではなかったそうです。

ヨーロッパのサッカーは、第一次世界大戦後に大きく観客数を伸ばした。それは戦争体験より、平和の尊さ、何も心配なくサッカーを楽しめることのありがたさを、人々が再認識した結果に違いない。
と述べています。

以上6編をご紹介しましたが、サッカーについて語られているのに、自然に自分自身の環境にあてはめて読んでいたりします。
たとえば①。敵味方になっても俯瞰でみれば同じことを楽しむ仲間、って私たちの日常にも置き換えられますよね。いろんなこぜりあいがあったり、自分にとっての悪役が人生に登場することもあるけれど、すべてを達観したら同じ芝居に参加している仲間なのかなって思うことがあります。
④では、3つのリスペクト(自分自身、優越感を感じる相手、劣等感を感じる相手)の大切さを感じさせられます。

スポーツマンシップ、フェアプレイ精神etc.。大住氏がサッカーについて語ることが普遍的な大切なこと、人としてのあり方に通じる。そこが面白いです。
一つのジャンルに突き詰めればつきつめるほど、そのジャンルに疎い人が共鳴できなくなりそうですが、そうではないのですね。
魚屋さんがブログで魚のことだけを書いても、きわめれば、その体験は魚の世界を知らない多くの人に通じるものがでてくるのでしょう。

私は天文の専門家ではありません。けれど、私なりの視点でこれからも星の話を綴っていきたい、星のことを語りながら普遍的なことにつながったらと大住さんの文章を読むたびに、「お手本」にしたいと思うのです。

soccersoccersoccersoccersoccersoccer
さて、『サッカーの話をしよう』について整理します。
東京新聞で1993年から水曜日夕刊にて連載。現在も継続中。

1993年~1996年までのコラム→「サッカーの話をしよう」大住良之オフィシャルアーカイブサイト(ttp://www.soccertalk.jp/)で閲覧できます。

1996年~2001年までのコラム→書籍『サッカーの話をしよう』全6巻(NECクリエイティブ)にまとめられています。

※時系列ではなく、テーマごとに収録。ですので、1巻が1996年のコラム。6巻が2001年というわけではありません。また、写真も新聞連載時とは若干違っているものも。⑤ボツワナのゴールポストの写真はなかったように記憶しています。

2002年~2009年までのコラム→抜粋された64編が書籍『サッカーの話をしよう ワールドカップ予選をめぐる64の話』に収録されています。

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※「サッカーの話をしよう」大住良之オフィシャルアーカイブサイトはアーカイブ化が進行中のようですので、以上は2010.6.10現在のデータです。

2008年8月 2日 (土)

桑田と清原--バッピをつとめる

野球の桑田真澄が、清原の復帰のためのバッティングピッチャーを務めたいと思っている、そのためには、ちゃんとした球を投げないと「清原くん」に失礼だから、プロとしてのレベルを引退後もキープするためにトレーニングをおこなっている、というようなことを語ったのを知って、感動したことを6月12日に書きました。

桑田さんのその思いが7月29日に実現したようですね。テレビや新聞でご存知の方がほとんどだと思うのですが、ニュースで私も知って、うるうるした一人です。

清原の打球が桑田さんの足を直撃したけれど、それでも打撃投手を続けたようですね。

録画していたわけではないので、あくまでもテレビで視聴した記憶を書き起こしてみました。不正確であることをご了承くださいませ。
見逃してしまった方にちょっとでも伝えられたら。

バッピを務めたあと、二人並んでインタビュー受けた時の桑田さんの言葉。
「高1で出会っていなかったら、野球を早く辞めていた。その感謝の気持ちもこめた」
「最後にプロとして、最高のボールを清原くんに投げられたという思いは死ぬまで思い出に残ると思う」
「清原くんと一緒に青春時代をすごせて幸せだったと思う。あらためて、彼の偉大さを身にしみて感じる」

そして清原もこんな言葉を。(清原はくんもさんも似合わない気がして呼び捨てにします。でも、桑田は清原を「清原くん」と語り、清原は「桑田」と言っているのですよね。このインタビューでも)
「桑田がマウンドに立っている姿をみたら、真剣に僕も今持っている自分の力を全部出し切りました」
「桑田がいつも言っているように、身体はぼろぼろでも心の部分で、相手ピッチャーと対決していけたらいいと思う」
桑田さんがバッティングピッチャーを務めたことに対して「生涯最高の練習だと思います。僕自身、プロ人生でこんなすごいピッチャーと対決することができて本当に感謝しています」
「(今日、桑田がバッピを務めてくれたことに関して)魂をもらったんで、桑田の魂を胸にこれからがんばっていきたいと思います」

互いをリスペクトしあっている様子が伝わってきました。

学生時代の出会いって大切ですね。
最近の犯罪で、学生時代に傷つく思いをしたことがきっかけと報道されるものも少なくありません。
多感な世代ですし、みんな、まだ言葉をむきだしで相手にぶつけたり、感情を隠す能力他が大人ほど身についていない時期。それなのに、何十人も同じクラスに混ぜられて、先生という違う世代の人とも触れる学校生活。

辛いことが起きることもあると思うのですが、一生の出会いも起こりえる場です。
お笑いの人たちもクラスメイトで組んだ、とかよくききますよね。桑田&清原だけではなくて、いい出会いもたくさん起こり得るのが「学校」。

「学校」でできるかぎり、いい出会いを手にして、育んでいけますように。

2008年6月12日 (木)

桑田真澄さんに(ToT)。

野球の桑田真澄。

昔はあまりいいイメージがありませんでした。
ハツラツとしたスポーツ青年っていうよりもどこか辛気臭い(失礼!)気がして、それから金銭トラブルのうわさとかも耳にしていましたし。
また、私がプロ野球に関心がなくて、彼のプレーそのものもみていなかったこともあります。

イメージががらっと変わったのは、桑田さんがアメリカに行く話題でテレビでコメントを聞く機会が増えたころから。
特に、審判との接触で致命的な怪我を被った時の彼の発言にぐぐぐっと感じ入るものがありました。
相手への恨みを一言も語らない、愚痴らない、不運を嘆かない。試練をたんたんと受け入れ、今自分がやるべきこと、今後目指していくもの(きっといろいろ修正しなければならない予定)をたんたんと見据えて語る様子に、涙が出ました。
老成した、位の高い僧を見ているような気持ちになりました。

イケメンでもハツラツでもない桑田真澄のいぶし銀の魅力が、遅ればせながら私にもわかるようになりました。

その桑田さんが日曜日(6/8)の「行列のできる法律~」という番組に出たのですね。
知らなかったのですが、姉から「感動的だった」と興奮気味に電話があってわかりました。
以下、姉からの聞き伝えなので、要約程度で。きっとあの番組をご覧になってもっと鮮明に言葉を覚えていらっしゃる方もいることと思いますが。

人生を四季にたとえたそうですね。
日本に四季があるように人生にも四季がある。桑田さんは甲子園で活躍した高校時代を夏にたとえ、プロになってから冬も経験した。けれど冬も冬の過ごし方があると前向きに語ったのだとか。
それから、清原とのエピソードにも触れたようですね。
(桑田さんをさん付けで書いて清原を呼び捨てもなんですが、清原って、さんもくんも似合わない気がして)。
二人はPL時代からのチームメイトですが、因縁が深い絆ですよね。
清原が行きたいと願っていた巨人が指名したのは桑田さんだったのでしたっけ。

姉からの話を電話口で聞いているだけで(ToT)(ToT)になったのは、桑田さんが今やりたいことの話。
清原が引退する時にバッティングピッチャーをやりたいと。
そのためには力のない球を投げては清原くんに失礼だから、引退時(桑田さん自身の)と同じくらいのボールを投げられるよう準備万端整えているのです、というようなことを語ったのだとか。

桑田さんが野球人としての清原をリスペクトしていることがうがかえてジーン。

この「行列~」の放送を私も見たいなあ、某動画サイトで見られないかしら、とチェックしてみたのですが、みつけられませんでした。
でも、別のテレビの番組での桑田さんのインタビュー映像がみられました。
これも泣けます。宗教家のような言葉、そしてうわっつらじゃない重みがあります。
私が見た映像でのコメントはこんな感じ。


「まわりの評価は気にしない。あくまでも自分。
負け組といわれても、10年後に逆転している可能性もある。
その人が神様ならわかる。だけどみんな完璧じゃない。不完全な人が評価していることは不完全。
絶対じゃない。完璧じゃない人が評価していることをまともに受けて落ちこむことはない」

・・・・・・・・・・・・・・
姉から桑田さんがブログをやっていることをきいて、早速開いてみました。
桑田真澄オフィシャルブログ(ttp://sports.nifty.com/kuwata-masumi/)

メッセージをさかのぼって読んで、また(ToT)。
2008年3月20日では
「倒れたってええやん」というタイトルでこんなことが書かれています。
先生は、全員いい先生かといえば、必ずしもそうではないし、むしろ最悪の先生の方が、多いかもしれないよね。
友達だってそうだよね。誰だって自分が一番可愛いんだから、いざという時は、人を利用したり、裏切ったりするよね。
でも、彼等と生涯を共にするわけではないので、「いい勉強をさせてもらったな」って感じで受け止めて欲しいね。恨んだり、復讐を考えたりしたら駄目だよ。

とか
なぜ、人は、挫折したり倒れたりするかというと、努力、工夫し、起き上がるために倒れるんだよ。
とか。

2007年12月25日には、特定の宗教には入っていないけど、桑田さん自身が感じているのは野球の神様と、大自然の力を信じる自然教かなというようなことが書かれています。
ファンの人の力など、みえない力に支えられて野球をやってこられたからというように。

また、野球のルールについても。野球のルールは審判に気づかれなければ通ってしまうようなところがあるからこそ

「そんな中に、身を投じているからこそ、より一層、自分に厳しさを持たなければいけないと思う。
スポーツ選手の、努力し鍛錬し洗練された姿は、とても美しいと思うし、それ自体が芸術だと思うんだ」
と述べています。

私事ですが、今日、どうしても癒えない過去の傷に触れる出来事があり、いろんな感情がよみがえってきて、朝食昼食を食べなくてもおなかも減らない。全身が怒りに支配されてしまっていたのでした。

でも夕方になって少し平静さを取り戻せました。姉からの電話で、桑田さんのことを知り
「いい勉強をさせてもらったな」って感じで受け止めて欲しいね。恨んだり、復讐を考えたりしたら駄目だよ、という言葉に触れ、桑田さんもいろいろ辛酸あったけれど、人を恨まないように自分に言い聞かせているんだから私もそう努力するか・・・と。

思うのです。人生は、どんなにひどい目に遭っても、結局自分で自分をコントロールするしかない。
治すしかないのですよね。
わざとでも、悪意でなくても、誰かによって傷をつけられた時---その人を責めることはできる。
形だけでも謝らせることはできる。
でも、負った傷は責めたり謝らせたことで治ることはない。
自分自身の自然治癒力を高めて自己再生能力で傷を癒すしかない。
理不尽であっても、私たちは自分で自分の傷を解決しなきゃいけない。
相手を赦さなきゃいけないのは、相手のためではなく、自分のためにもなるから。
自然治癒力だって怒りに浸っている細胞よりも、穏やかさの中で発揮されるものだと思うから。

高校野球などで、「冬越え」が大事とききます。
秋の試合シーズンを終えた冬。走りこみをして下半身を強化したり地道な体づくりをすることが次の春からの野球の力を引き伸ばすと。
自分の人生、今が春か冬かなんて「さなか」にいる時は判断しにくいものかもしれないけれど、スポーツと同じで冬は、「一回り大きい自分」、土台を作り上げるために大切な季節なのかもしれませんね。

2007年8月23日 (木)

甲子園の球児たち---白球を全身全霊で

佐賀北高校。すごかったでしたね。あんな逆転劇があるとは。
ただ、広陵の投手野村くんの好投を思うと、押し出しのバッターの時の微妙な判定。複雑な気持ち。
佐賀北が公立で特待生なしでここまでこられたのも快挙。
広陵の攻撃で再三満塁のピンチを迎えながらそれを堅い守りで防いだこと。
それだけで充分見ごたえと感動がありました。
渾身の力で今まで野球に打ち込んできたすべてを出している選手たちに、ほんのちょっとの「助け」もいらなかったような。

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2007年8月19日 (日)

欽ちゃん、すごい!

Kinchan_3 24Hマラソン。歩いて2~3分のところを欽ちゃんが通るときいて、じゃあ、ふらりと見に行こうかなぐらいのつもりでいました。

そして出てみると、もう通り過ぎた、とのこと。
2つ大誤算でした。一つ。時間を間違えたこと。二つ。急に「逃した!」という気持ちになり、無性に欽ちゃんの姿をみたくてたまらなくなったこと。

そこで、沿道を先回りして、欽ちゃん待ちをしました。
大通りにまたがる歩道橋に何人かたたずんでいます。
聞いてみると「さっき、○○が中継地点で映ったからもうすぐですよ。ちょっと休憩長いですね」と教えてくれました。別の人は、毎年見ているそうで、去年はこうで、おととしはこうでといろんな話をしてくださいます。
「さっき、○○店の看板が映ったからそろそろこの辺かなと思って」と出てきた人も。
歩道橋の上ではきちんとしたカメラを三脚にセットしてアングルを確認している方も。携帯で情報を得られる人がみんなにいろいろ伝えてくれます。

知らない同士での欽ちゃん待ち、おもいのほか盛り上がりました。

24Hテレビのお揃いのTシャツを着たスタッフとテレビカメラをかついだ人がやってくると、「もう少しだ」とみんな少し浮き立ちます。
しばらくして、
アスリート体型のスタッフが走ってきて、その後、ギャラリーが飛び出さないように警備の方たちが並び、そのあと、欽ちゃんが併走の方達とともにやってきました!

このルートはほとんど車の専用道路。歩道をわざわざ歩く人は少ない、という道だったためか、沿道のギャラリーも「たまたま歩いていたらでくわした」というわけではなく「わざわざ応援にきた」人たち。
ぎっしりというわけでもありません。そのせいか、ギャラリーの警備にしてもものものしい感じではありません。

欽ちゃんは、いわゆるジョギングの走りではなかったけれど、完全な徒歩とも違う、蹴り上げることはないけれど、走りのフォームでした。車道の脇の狭い歩道。私達のすぐ目の前を通りすぎます。

何人も声援を送り、握手を求めます。とても長く握手している人がいました。手を離したくないというよりも、興奮で手が吸い付いてしまったんじゃないかと。欽ちゃんの番組で育った世代にとって、欽ちゃんって生で会うとなんだかんだいってすごく興奮するのわかります。
握手したまま、感激したおももちで話しかけているその人にも、欽ちゃんは足を止めて、丁寧に向かい合います。まわりはちょっとはらはら。
握手したり片手ハイタッチを受けたり。欽ちゃんは苦しくっても柔和な顔で、律儀にみんなの期待にこたえていらっしゃいました。そして一人一人の顔を見るようにして通り過ぎました。

今日も猛暑。
ちょっと歩いただけでも、欽ちゃん待ちで立ち止まっているだけで汗だらだら。
欽ちゃんのバイタリティ、つくづくすごいなと実感!
無事、武道館に辿りつけますように。

(追記/欽ちゃん、無事武道館に辿りつきましたね。よかったー。年配の方からちっちゃな子まで、大御所の存在なのに「ちゃん」づけで呼べる人って欽ちゃんぐらいかしら。沿道のそばの床屋の「鉄ちゃん、がんばれ」の黒板がおかしかったです。これじゃあ、てっちゃんですから~。

emi (秋田恵美)

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。
    コンタクト: メールアドレスはhoshibiyorihappy*yahoo.co.jp このyahooの前の*を@に変えてご連絡下さいませ
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