2008年8月 2日 (土)

桑田と清原--バッピをつとめる

野球の桑田真澄が、清原の復帰のためのバッティングピッチャーを務めたいと思っている、そのためには、ちゃんとした球を投げないと「清原くん」に失礼だから、プロとしてのレベルを引退後もキープするためにトレーニングをおこなっている、というようなことを語ったのを知って、感動したことを6月12日に書きました。

桑田さんのその思いが7月29日に実現したようですね。テレビや新聞でご存知の方がほとんどだと思うのですが、ニュースで私も知って、うるうるした一人です。

清原の打球が桑田さんの足を直撃したけれど、それでも打撃投手を続けたようですね。

録画していたわけではないので、あくまでもテレビで視聴した記憶を書き起こしてみました。不正確であることをご了承くださいませ。
見逃してしまった方にちょっとでも伝えられたら。

バッピを務めたあと、二人並んでインタビュー受けた時の桑田さんの言葉。
「高1で出会っていなかったら、野球を早く辞めていた。その感謝の気持ちもこめた」
「最後にプロとして、最高のボールを清原くんに投げられたという思いは死ぬまで思い出に残ると思う」
「清原くんと一緒に青春時代をすごせて幸せだったと思う。あらためて、彼の偉大さを身にしみて感じる」

そして清原もこんな言葉を。(清原はくんもさんも似合わない気がして呼び捨てにします。でも、桑田は清原を「清原くん」と語り、清原は「桑田」と言っているのですよね。このインタビューでも)
「桑田がマウンドに立っている姿をみたら、真剣に僕も今持っている自分の力を全部出し切りました」
「桑田がいつも言っているように、身体はぼろぼろでも心の部分で、相手ピッチャーと対決していけたらいいと思う」
桑田さんがバッティングピッチャーを務めたことに対して「生涯最高の練習だと思います。僕自身、プロ人生でこんなすごいピッチャーと対決することができて本当に感謝しています」
「(今日、桑田がバッピを務めてくれたことに関して)魂をもらったんで、桑田の魂を胸にこれからがんばっていきたいと思います」

互いをリスペクトしあっている様子が伝わってきました。

学生時代の出会いって大切ですね。
最近の犯罪で、学生時代に傷つく思いをしたことがきっかけと報道されるものも少なくありません。
多感な世代ですし、みんな、まだ言葉をむきだしで相手にぶつけたり、感情を隠す能力他が大人ほど身についていない時期。それなのに、何十人も同じクラスに混ぜられて、先生という違う世代の人とも触れる学校生活。

辛いことが起きることもあると思うのですが、一生の出会いも起こりえる場です。
お笑いの人たちもクラスメイトで組んだ、とかよくききますよね。桑田&清原だけではなくて、いい出会いもたくさん起こり得るのが「学校」。

「学校」でできるかぎり、いい出会いを手にして、育んでいけますように。

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2008年6月12日 (木)

桑田真澄さんに(ToT)。

野球の桑田真澄。

昔はあまりいいイメージがありませんでした。
ハツラツとしたスポーツ青年っていうよりもどこか辛気臭い(失礼!)気がして、それから金銭トラブルのうわさとかも耳にしていましたし。また、私がプロ野球に関心がなくて、彼のプレーそのものもみていなかったこともあります。

イメージががらっと変わったのは、桑田さんがアメリカに行く話題でテレビでコメントを聞く機会が増えたころから。特に、審判との接触で致命的な怪我を被った時の彼の発言にぐぐぐっと感じ入るものがありました。
相手への恨みを一言も語らない、愚痴らない、不運を嘆かない。試練をたんたんと受け入れ、今自分がやるべきこと、今後目指していくもの(きっといろいろ修正しなければならない予定)をたんたんと見据えて語る様子に、涙が出ました。老成した、位の高い僧を見ているような気持ちになりました。

イケメンでもハツラツでもない桑田真澄のいぶし銀の魅力が、遅ればせながら私にもわかるようになりました。

その桑田さんが日曜日(6/8)の「行列のできる法律~」という番組に出たのですね。知らなかったのですが、姉から「感動的だった」と興奮気味に電話があってわかりました。
以下、姉からの聞き伝えなので、要約程度で。きっとあの番組をご覧になってもっと鮮明に言葉を覚えていらっしゃる方もいることと思いますが。

人生を四季にたとえたそうですね。日本に四季があるように人生にも四季がある。桑田さんは甲子園で活躍した高校時代を夏にたとえ、プロになってから冬も経験した。けれど冬も冬の過ごし方があると前向きに語ったのだとか。
それから、清原とのエピソードにも触れたようですね。(桑田さんをさん付け書いて清原を呼び捨てもなんですが、清原って、さんもくんも似合わない気がして)。
二人はPL時代からのチームメイトですが、因縁が深い絆ですよね。清原が行きたいと願っていた巨人が指名したのは桑田さんだったのでしたっけ。
姉からの話を電話口で聞いているだけで(ToT)(ToT)になったのは、桑田さんが今やりたいことの話。清原が引退する時にバッティングピッチャーをやりたいと。そのためには力のない球を投げては清原くんに失礼だから、引退時(桑田さん自身の)と同じくらいのボールを投げられるよう準備万端整えているのです、というようなことを語ったのだとか。

桑田さんが野球人としての清原をリスペクトしていることがうがかえてジーン。

この「行列~」の放送を私も見たいなあ、某動画サイトで見られないかしら、とチェックしてみたのですが、みつけられませんでした。でも、別のテレビの番組での桑田さんのインタビュー映像がみられました。これも泣けます。宗教家のような言葉、そしてうわっつらじゃない重みがあります。
私が見た映像でのコメントはこんな感じ。


「まわりの評価は気にしない。あくまでも自分。負け組といわれても、10年後に逆転している可能性もある。その人が神様ならわかる。だけどみんな完璧じゃない。不完全な人が評価していることは不完全。絶対じゃない。完璧じゃない人が評価していることをまともに受けて落ちこむことはない」
・・・・・・・・・・・・・・
姉から桑田さんがブログをやっていることをきいて、早速開いてみました。桑田真澄オフィシャルブログ(ttp://sports.nifty.com/kuwata-masumi/)

メッセージをさかのぼって読んで、また(ToT)。
2008年3月20日では
「倒れたってええやん」というタイトルでこんなことが書かれています。
先生は、全員いい先生かといえば、必ずしもそうではないし、むしろ最悪の先生の方が、多いかもしれないよね。
友達だってそうだよね。誰だって自分が一番可愛いんだから、いざという時は、人を利用したり、裏切ったりするよね。でも、彼等と生涯を共にするわけではないので、「いい勉強をさせてもらったな」って感じで受け止めて欲しいね。恨んだり、復讐を考えたりしたら駄目だよ。

とか
なぜ、人は、挫折したり倒れたりするかというと、努力、工夫し、起き上がるために倒れるんだよ。
とか。
2007年12月25日には、特定の宗教には入っていないけど、桑田さん自身が感じているのは野球の神様と、大自然の力を信じる自然教かなというようなことが書かれています。ファンの人の力など、みえない力に支えられて野球をやってこられたからというように。
また、野球のルールについても。野球のルールは審判に気づかれなければ通ってしまうようなところがあるからこそ

「そんな中に、身を投じているからこそ、より一層、自分に厳しさを持たなければいけないと思う。
スポーツ選手の、努力し鍛錬し洗練された姿は、とても美しいと思うし、それ自体が芸術だと思うんだ」
と述べています。

私事ですが、今日、どうしても癒えない過去の傷に触れる出来事があり、いろんな感情がよみがえってきて、朝食昼食を食べなくてもおなかも減らない。全身が怒りに支配されてしまっていたのでした。

でも夕方になって少し平静さを取り戻せました。姉からの電話で、桑田さんのことを知り
「いい勉強をさせてもらったな」って感じで受け止めて欲しいね。恨んだり、復讐を考えたりしたら駄目だよ、という言葉に触れ、桑田さんもいろいろ辛酸あったけれど、人を恨まないように自分に言い聞かせているんだから私もそう努力するか・・・と。

思うのです。人生は、どんなにひどい目に遭っても、結局自分で自分をコントロールするしかない。治すしかないのですよね。わざとでも、悪意でなくても、誰かによって傷をつけられた時---その人を責めることはできる。形だけでも謝らせることはできる。でも、負った傷は責めたり謝らせたことで治ることはない。自分自身の自然治癒力を高めて自己再生能力で傷を癒すしかない。
理不尽であっても、私たちは自分で自分の傷を解決しなきゃいけない。相手を赦さなきゃいけないのは、相手のためではなく、自分のためにもなるから。自然治癒力だって怒りに浸っている細胞よりも、穏やかさの中で発揮されるものだと思うから。

高校野球などで、「冬越え」が大事とききます。秋の試合シーズンを終えた冬。走りこみをして下半身を強化したり地道な体づくりをすることが次の春からの野球の力を引き伸ばすと。
自分の人生、今が春か冬かなんて「さなか」にいる時は判断しにくいものかもしれないけれど、スポーツと同じで冬は、「一回り大きい自分」、土台を作り上げるために大切な季節なのかもしれませんね。

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2007年8月23日 (木)

甲子園の球児たち---白球を全身全霊で

佐賀北高校。すごかったでしたね。あんな逆転劇があるとは。
ただ、広陵の投手野村くんの好投を思うと、押し出しのバッターの時の微妙な判定。複雑な気持ち。
佐賀北が公立で特待生なしでここまでこられたのも快挙。広陵の攻撃で再三満塁のピンチを迎えながらそれを堅い守りで防いだこと。それだけで充分見ごたえと感動がありました。渾身の力で今まで野球に打ち込んできたすべてを出している選手たちに、ほんのちょっとの「助け」もいらなかったような。

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2007年8月19日 (日)

欽ちゃん、すごい!

Kinchan_3 24Hマラソン。歩いて2~3分のところを欽ちゃんが通るときいて、じゃあ、ふらりと見に行こうかなぐらいのつもりでいました。

そして出てみると、もう通り過ぎた、とのこと。
2つ大誤算でした。一つ。時間を間違えたこと。二つ。急に「逃した!」という気持ちになり、無性に欽ちゃんの姿をみたくてたまらなくなったこと。

そこで、沿道を先回りして、欽ちゃん待ちをしました。
大通りにまたがる歩道橋に何人かたたずんでいます。
聞いてみると「さっき、○○が中継地点で映ったからもうすぐですよ。ちょっと休憩長いですね」と教えてくれました。別の人は、毎年見ているそうで、去年はこうで、おととしはこうでといろんな話をしてくださいます。
「さっき、○○店の看板が映ったからそろそろこの辺かなと思って」と出てきた人も。
歩道橋の上ではきちんとしたカメラを三脚にセットしてアングルを確認している方も。携帯で情報を得られる人がみんなにいろいろ伝えてくれます。

知らない同士での欽ちゃん待ち、おもいのほか盛り上がりました。

24Hテレビのお揃いのTシャツを着たスタッフとテレビカメラをかついだ人がやってくると、「もう少しだ」とみんな少し浮き立ちます。
しばらくして、
アスリート体型のスタッフが走ってきて、その後、ギャラリーが飛び出さないように警備の方たちが並び、そのあと、欽ちゃんが併走の方達とともにやってきました!

このルートはほとんど車の専用道路。歩道をわざわざ歩く人は少ない、という道だったためか、沿道のギャラリーも「たまたま歩いていたらでくわした」というわけではなく「わざわざ応援にきた」人たち。
ぎっしりというわけでもありません。そのせいか、ギャラリーの警備にしてもものものしい感じではありません。

欽ちゃんは、いわゆるジョギングの走りではなかったけれど、完全な徒歩とも違う、蹴り上げることはないけれど、走りのフォームでした。車道の脇の狭い歩道。私達のすぐ目の前を通りすぎます。

何人も声援を送り、握手を求めます。とても長く握手している人がいました。手を離したくないというよりも、興奮で手が吸い付いてしまったんじゃないかと。欽ちゃんの番組で育った世代にとって、欽ちゃんって生で会うとなんだかんだいってすごく興奮するのわかります。
握手したまま、感激したおももちで話しかけているその人にも、欽ちゃんは足を止めて、丁寧に向かい合います。まわりはちょっとはらはら。
握手したり片手ハイタッチを受けたり。欽ちゃんは苦しくっても柔和な顔で、律儀にみんなの期待にこたえていらっしゃいました。そして一人一人の顔を見るようにして通り過ぎました。

今日も猛暑。
ちょっと歩いただけでも、欽ちゃん待ちで立ち止まっているだけで汗だらだら。
欽ちゃんのバイタリティ、つくづくすごいなと実感!
無事、武道館に辿りつけますように。

(追記/欽ちゃん、無事武道館に辿りつきましたね。よかったー。年配の方からちっちゃな子まで、大御所の存在なのに「ちゃん」づけで呼べる人って欽ちゃんぐらいかしら。沿道のそばの床屋の「鉄ちゃん、がんばれ」の黒板がおかしかったです。これじゃあ、てっちゃんですから~。

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2007年7月24日 (火)

輝け高校球児たち

もうすぐ夏の甲子園。ハンカチ王子とマー君対決、感動の熱戦からもうすぐ一年なんて、月日が経つのは早いですね。
今、それぞれの都道府県でベスト8、ベスト4などが決まりつつある頃でしょうか。

私のエリアでも地元のテレビで甲子園出場を目指しての試合が繰り広げられています。残念ながら、応援していた学校が今日負けてしまって、ああ、私の今年の夏は早くも終わったーーーみたいな気分にもなっているのですが。

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2007年5月 3日 (木)

コンビニで働く人は街の守護神

皆様のお住まいの近くにはコンビニはありますか。コンビニで働いている友人はいらっしゃいますか。

コンビニ。主婦の方はスーパーで買い物することが多いはずからあまり利用しないかもしれません。けれど、もろもろ、コンビニって町で一番重要スポットの一つじゃないかと思うのです。

様々なジャンルで光を放っている方々をご紹介するカテゴリ「光り人」。今回は家の近所にあるコンビニA店とB店で働く3人をご紹介(A店で昼間働く30歳前後の男性。A店で深夜から朝まで働く30~40代の男性。B店で夜働く50歳前後の女性)。
この3人。私は「カリスマコンビニスト」と心の中で呼ばせていただいています。

まずA店の30歳前後の男性。
人って、自分が何者かを主張しなくても、発している空気で伝わるものがある。ということを感じさせます。
ごく普通にコンビニの制服を着て、ごく普通に声かけやレジをして接客をして。それなのに何かが違うのです。
一言で言うと「澄みやか」。(※こんな単語はありませんが、「さわやか」&「澄んだ」のニュアンスで)。
何かが違う。コンビニの派手な色のうわっぱりを着ているけれど、雰囲気は「牧師」さんに近いんですね。
コンビニの中に入る時、鳴る音はピポンピポンだし、おでんの匂いはするし、教会とはまったく似てもにつかない店内なのに、この男性がいる時に店に入るとどこかおごそかな感じがします。このコンビニに入る時は、牧師さんに逢いにいく、みたいな気持ちになります。

実は、以前、路上でご老人が落し物をした時、この方が屈んで一緒に探している場面をみたことがあります。
ある時は、マスクをしてレジに立っていた時、おばちゃんに、「あら、風邪なの~」とか心配されていました。
たぶん、「こんな息子がいたらいいわねえ」って思われるタイプ。
大げさにいうと、この男性が私たち町内の人を愛していて、それを町内の人も感じ取っている、ということかも。

私のことも覚えてくれているようですが、余計な会話をしたことがありません。でも人って「型通りの挨拶」の中にもその人の人格とか内面の暖かさとか伝わるものだなと痛感します。
私自身、仕事の一つで接客もあります。「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」一つでも心をこめると何かが違うっていうのを肌で感じて、とても勉強になります。

B店の女性は、ゆるいウエーブに少し明るい色の口紅。マダムと呼びたくなる華やかさと、子供は男子二人かなと思えるおばちゃんバイタリティがミックスした女性。コンビニの制服を着ていても充分おしゃれな雰囲気が出ています。ですが、つんけんな感じが一切なく、目じりには笑いじわ。にこやかに接客される女性です。

夜遅くなって、終電で帰るぐらいの時にこの店を利用します。やはり、プライベートな会話はしません。「まあ、遅くまで仕事?」とか訊かれることもありません。でもお釣りとレシートを受け取る時の「ありがとうございました」の笑顔に、「今日も一日お疲れ様。おかえりなさい」みたいに言ってくださっている想いが感じられます。

3人目はA店の30~40代の男性。たぶん、私とあまり年はかわらないのでしょう。
夜から朝の時間帯の勤務のようです。
私はこの男性がいる時に店を利用することはあまりないのですが、結構ファイトの素となっています。「夜、帰りが遅くなったけれど、これから家に戻っても徹夜だ~」っていう時、このコンビニの前を通って、この男性が働いているのをみると、「この人も明日の朝まで働くのか~。寝静まった時に働くのは自分だけじゃないんだ。私もがんばろう」って気持ちにさせられます。

早朝から仕事で出ることが多い私。いつもこの男性をガラスの外からチェックしています。早朝はお客さんの出入りがあまりないのですが、いつも何かしら動いていらして「やすめ」の姿勢をとられている時がありません


特に冬の早朝出勤の時は、このコンビニの明かりにほっとしました。まだ夜が明けず、駅までの道のりも真っ暗。その中で、唯一明るいコンビニは、ヘンゼルとグレーテルが森の中でお菓子の家をみつけたぐらい、心のたよりになりました。
そして、この男性が働いているのをガラスの窓越しに見て、「私も早朝からがんばろう」ってモチベーションをあげたのでした。

自宅の近くのコンビニってとても影響力が大きいと思うんです。
一人暮らしの人にとっては、一日のはじまりに最初にあうのがコンビニの人。一日の最後にあうのがコンビニの人ってことも多いはず。

みんなが寝静まった時間なのにきびきび働いている人をみたり、きちんとした接客を受けたら。「今日は一日いやなことばかりだったな」っていう人の気持ちもほんの少しかわるかもしれません。

コンビニも指導が厳しいでしょうし、問題がある接客をする人はいないと思うのですが、バイトなどで働いている人でも大きな役割を担っていることを誇りに持ってほしいです。
ホテルでの接客や一流ブランドで高価な買い物をするセレブな顧客相手の仕事でもない、八百屋さんのように常連さんと会話をしながら、ねぎったりおまけしたりみたいなやりとりもない。自分のカラーも出せない仕事。だなんて決して思わないでほしいです。
コンビニのお仕事ってあのスペースにいろんなものが揃っていて。陳列からレジからエトセトラいろんな仕事がそれを2~3人でこなすのだから、一つ一つの仕事を身につけるだけでも大変でしょうけれど。

コンビニで働く人は街の守護神と言っていいかもしれません。
住まいに一番近いコンビニは交番よりも頼りになるかも。
何よりも一階にあって、通りに面していてガラス張りで働いている姿が見えるというのが
ポイント。
お店を利用する人はもちろんのこと、利用しなくても、夜中にその明るさを頼りにするetc.町の重要なスポットになっているのです。

親元を離れている友人の一人は、実家のすぐ近くにコンビニができて、そこで働いている人がとても感じがよく、あの人が親の近所にいてくれると思うとほっとしたと語っていました。

交番のおまわりさんではないし、何かあって近所のコンビニに助けを求めるってことは具体的にないにしても、親が住んでいるところのすぐ近くで24時間誰かが必ず起きている。そう思うだけで安心する気持ち、すごくわかります。

「この人が近所にいてくれてうれしいな。一日の最初にあう人でうれしいな。一日の最後に会う人でうれしいな」「この人ががんばって働いているから私も今日一日がんばって働こう」
コンビニで働いているあなた。気づかないだけで、仕事ぶりを誰かがみていて、そんなあなたを励みにしているかもしれませんよ。

でも、どうがんばったらいいんだろう。レジの時に何か親しげに話しかけなきゃいけないのかな、なんてプレッシャーにならないでくださいね。
ごく普通に元気に明るくマニュアルにそった声かけと仕事をするだけで充分。
働いていれば不愉快なお客さんもいるだろうし、プライベートでもいろいろあるでしょうし、そんなことがあっても「元気に明るく」を保つだけで大変な努力なのですから。
「一生懸命元気に明るく真面目に」。ただ、それだけ。その繰り返しだけ。それだけで尊くて、「私もがんばろう」っていう気持ちに結果的にまわりがなるのだと思います。

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2006年12月12日 (火)

アニリール・セルカンさん---サンタクロースを科学すると

宇宙物理学者であり工学博士であるアニリール・セルカン(ANILIR Serkan)さんは現在日本も拠点のひとつとしながら、ワールドワイドで活躍されています。
何ヶ国語も自由に操り、日本語もぺらぺら。そのうえ、シュメール語もできて、というのが驚かされます。(古代のシュメール文明の石盤を解読できるのですから)

そして、セルカンさんはトルコ人初の宇宙飛行士候補。
科学者としての資質&語学の才能&宇宙飛行士に選ばれるタフさ。セルカンさんは万能という言葉がまさにぴったり。
さらに、日本語で『宇宙エレベーター こうして僕らは宇宙とつながる』(大和書房)という本まで執筆されています。

宇宙エレベーター 宇宙エレベーター
アニリール・セルカン

大和書房 2006-06-22


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2006年11月28日 (火)

山見浩司さんとなかまたち

日曜日は11月18日のブログでご紹介した万華鏡 山見浩司となかまたち展に行ってきました。最終日、大勢の人でにぎわっていました。

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2006年11月16日 (木)

平安貴族の生き方を語り固定観念を変える大塚ひかりさん

19歳以降の私の固定観念を一番変えてくれた人、そして今なお、変えつづけてくれる人というと古典文学研究家の大塚ひかりさん。学生時代に民俗学のサークルで出会ってからの縁が続いています。
大塚さんは、源氏物語をはじめとする様々な古典文学や古典作品を通じて感じられる当時の人々の考え方生き方を研究。独自の視点で綴っている作家です。平成の世になった時に「平成は平安だ」と語っていらしてその視点になるほど!と思ったのですが、枠に囚われない発想と洞察力をいつも感じます。

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2006年11月13日 (月)

堤江実さんによるポエトリーリーディングのよろこび

詩人堤江実さんのファンです。作品だけではなく、一人の女性としてこんな風に年を重ねていけたらいいなと思う憧れの女性です。
私が担当してましたプラネタリウムでのヒーリングプログラム「スターライトヒーリング」では、アーティストの方に構成、音楽すべておまかせしたこともあります。
渋谷・五島プラネタリウム時代だったので6年以上前のことですが、光栄にも、堤江実さんにもこの形でおこなっていただきました。
満天の星の下での堤江実さんによる詩の生朗読。音楽は堤さんがコンビを組んでいらっしゃる佐藤より子さんによる選曲、という番組。至福のひとときを創りだしてくださいました。

その堤江実さんがポエトリーリーディングのワークショップを開催されています。以前から興味があったのですがタイミングが合い11月11日の一日ワークショップに参加しました。

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