2019年9月 8日 (日)

U18の試合。マウンドに立つ仁王、西くんが私のMVP

野球。韓国・機張で行われたU18の日本代表の試合をずっとテレビで視聴。
8月30日から9月7日まで9日間で8試合という超過酷な日程。

テレビで視ているだけでも一喜一憂して身体に力が入って、9月1日ぐらいにへろへろになり、視てているだけでこんなに疲れるのだから、試合をしている選手たちはいかに大変かを思い知りました。

まして、今回は天候不良で、中断で待たされたり、雨の中濡れながらの試合も多かったですし。

私の中で大会MVPは西純矢。 (以下選手名敬称略)
韓国戦。まさかの佐々木朗希の1イニングで降板。で、予想外の急きょ登板になったと思うのですが、気迫が違いました。
マウンドに立つ姿が仁王

外野へヒットを打たれたり、ワイルドピッチで進塁を許す場面もありました。

それでもマウンドに立ち続ける姿には
「僕が佐々木のかわりがつとまるかな」なんて不安そうな様子は微塵もなく。
何があっても自分が投げ切るんだという凄まじい気迫がありました。
実際、ワイルドピッチのあとに三振を取っていました。

「ゾーンに入っている」ということでしょうか。
何かを超越してしまっているような立ち姿&ピッチング。

その後、機転を効かしてピッチャーフライをワンバウンドで獲って1塁に投げた時、
野手がダブルプレーになる意図で動けなかった場面でもいらつきやがっかりをみせず。

マウンドに立つってこういうこと。
投手はマウンドに立ち続けるのが仕事。
全身全霊でそれを体現しているように思えました。
すべてを背負う覚悟の気迫がビリビリと伝わってきました。

レフトの守りについた時も、ホームへの神返球で韓国に追加点をあげない大ファインプレー。

投手、野手、打者として大活躍。
韓国戦でのマウンドに立った姿は今思い出すだけでも鳥肌ものです。

準MVP

飯塚脩人
どんな場面で登板が回ってきても、なぜこんな投球ができるんだ!と思うメンタルの強さ。
奥川恭伸の後でも堂々と遜色のないピッチングが圧巻でした。
ボールが当たってしまった球審を気遣うところにも性格がみてとれました。

宮城大弥
過酷に登板がまわってきた一人。
韓国戦でのライトからのドストライク・バックホームも素晴らしかったです。
韓国の選手イ・ヒョンジョンの頭に死球、の時も印象的でした。
一塁に立ったイ選手に宮城が頭を下げたら、イ選手も帽子を脱いで頭をさげました。
大丈夫ですよ、と伝えるかのように。
死球の際、日本では投手とファーストが相手に頭を下げるのは当たり前のことですが、他の国はどうなのでしょう。

プロほか死球で乱闘が起きたり、報復死球があったりする中で。
国が違った選手同士のこの対応。

韓国戦はすさまじい試合で互いにファインプレーも幾度も。
死闘をしている好敵手。互いに相手をリスペクトする気持ちが自然にあの行動に出たのかしら、なんて思いました。

石川昂弥
韓国戦とオーストラリア戦はつらいものになってしまったかもしれません。
彼の悪送球とは言い切れないものも。
その打撃でJAPANを勝利に導いてきた功労者。
抽象的ですが、のびやかで実直。
そのプレーをこれからも見たいです。

森敬斗
過酷な日程の大会中、今日は調子が悪いという波が一番少ないように思いました。
コンスタントに活躍するどころか、どんどん上向きに適応して乗っているような。
3塁打の前にランナーがたまっていなくてタイムリーにならず、と惜しかった場面もありますし、
さっきのヒットが、この満塁の場面で出たらよかったのにという場面もありましたが、
不動のリードオフマン。
過酷な日程で、スタメンフル出場。誰よりも打席に立ち、走り、生還。
その鋭さがほぼ鈍ることなく。
大柄ではない身体ですが、スタミナや気力がみなぎっているのでしょう。
打席や塁上の姿に溢れる気迫。
西が仁王なら、森は猛禽類の気迫。

打席で相手キャッチャーのマスクを拾ってあげるシーンがテレビで映りました。
日本ではあたりまえの光景ですが海外ではやっていないのでしょうか(テレビで映っていないだけ?)
国際大会だからこそ、日本の野球であたりまえのことをやってくれてうれしくなりました。
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上記に挙げたうち4人 西 宮城 石川 森がこの夏の甲子園非出場組。
7月に各都道府県の大会で負けて「高校球児」としての野球が終わったはずの彼らに「高校球児」として輝ける日々がもう一度用意されるu18。
なんという有意義な大会なのでしょう!!

7月に甲子園出場の夢が破れても、次のステージのために技術を磨き続けた彼らも素晴らしいです。
4月に日本代表の第一候補の合宿もあったようですが、
たとえ甲子園に出ていなくても、その能力が素晴らしければ代表に選ばれるチャンスがある。
選手の選出をされる方達の目利きも素晴らしいと思いました。

奥川をはじめ、坂下、熊田、武岡、韮沢、遠藤、水上、池田、前、浅田、林、横山、山瀬、鵜沼、佐々木。
どの選手もプレッシャーと闘って、踏ん張って。
日本中の誰よりも濃い、彼ら自身も人生で一番濃い10日間を過ごしたのではないでしょうか。

U18(2019)の選手の進路は大学、プロ、社会人と分かれるのでしょうけれど、
この20人の今後の活躍を追いたくなりました。

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大会唯一の不満は加熱する奥川佐々木報道。

今日は登板しないという時でもベンチの様子で映すのはこの2人の顔ばかり。
もっとその日の試合に出ている選手の顔を映してほしいのに。
新聞でも試合で活躍した選手より、この2人を取り上げてがっかりでした。

確かに奥川はカナダ戦、素晴らしかったです。

私は8月26日の壮行試合(神宮球場)を現地で見ました。
佐々木、テレビでみる以上に脚が高くあがることにびっくり。
ピッチングは確かに圧巻でした。

でも、でも、韓国戦。1イニング降板はほかの投手に負担がかかりすぎ。
彼自身、「また血豆が」と言えないくらい追い込まれてしまったのでしょうか。

42kmのフルマラソンで序盤にものすごいスピードでトップを走り、その後失速したり棄権したりするランナーがいますが、一番大事なのは序盤たとえ後ろで目立たなくても、完走すること。ゴールでトップになること。
と思うのです。

1イニング限定でもほかの誰もができないピッチングができる佐々木は凄いです。
でも、強豪ではない野球部で120km前後の力の投手が、強い打者に立ち向かう。
160kmよりも弱い武器だけど、打たれてもへこたれず、緩急や制球力やフォームやスピード以外のあらゆる面も磨いて、自分の武器で立ち向かう。
ぼろ負けすることがあるかもしれないけれど、それでも次の試合に臨む。
そんな姿も同じくらい尊いなと思いました。

↓8月26日の壮行試合(明治神宮球場)のセレモニーで。
左から坂下主将、森副将、奥川副将、石川
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明治神宮球場からの眺め。
五輪スタジアム、美しいカーブの建造物。
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2018年3月26日 (月)

山下弘子さん。どんな時も輝いていました。

山下弘子さんが25才の若さで亡くなられました。 すごくショックです。

ニュースゼロで山下さんの生き方が紹介されてから折々、その姿を拝見してきました。

19歳の頃の写真では普通の綺麗な女子大生という印象だったのですが、ガンになって「生きる」ことを決意されてからの彼女はどんどん輝いていきました。

髪が短くなった時も、どんな時も。

成功率が低い手術でも果敢に挑む姿。
手術が終わった時にもう目が覚めることがないかもしれない、という恐怖の中でどういう決心をしたら手術に向かえるのでしょうか。

希望、絶望、痛みや苦しさ。
精神的にも肉体的にも弱って、自暴自棄、無気力になってあたりまえなのに「生きる素晴らしさ」を伝える講演活動をされ、富士山登山ほかいろんなことに挑戦した姿。

毎日、生きている、それが当たり前のようで実は「ありがたい」ことなのだと教えられました。

ガンにおかされ、「健康」ではないのかもしれませんが、とてつもなく「生命力」に溢れた女性でした。
私たち一人ひとりの中に、山下弘子さんの姿はずっと輝き続けます。
25年の生涯であっても、これまで、そしてこれからも多くの人の光となるでしょう。
そして、私を含め多くの人がいつか「ガン」の当事者となることがあったら、彼女の凄さをあらためて身に染みて感じることになるのでしょう。 身体が冒され、苦痛と恐怖に襲われても前を向きつづけた生き様に。

心よりご冥福をお祈りいたします。

2017年9月25日 (月)

その輝きはまるで火打石の火花かマグマ。高校生の和太鼓演奏。気迫、ほとばしるエネルギーに圧倒

縁ある学校の文化祭に行きました。

そこでの高校生男子の和太鼓演奏が素晴らしくって、二日経った今も思い出すだけで鳥肌が立ちます。

ホールでのステージは、一列に並ぶ。Vの字に並ぶなどフォーメーションがよくわかります。
また、演出も工夫されていて、太鼓奏者たちに照明を当てず、黒いシルエットとなって背景の赤いスクリーンに浮かび上がる場面では振り上げた手とバチのシルエットなどが切り絵のように浮かび上がり印象的でした。

そして圧巻は、このホールだけではなくもう一箇所での演奏。

それは教室の前のスペース。
Taikotaiko

「廊下」よりも幅の広い通路(15メートルぐらいあるでしょうか)になっています。
教室の反対側は1、2階部分はコンクリートの壁。その上は吹き抜け。
という多目的に使える空間。

ここに太鼓を設置して演奏するわけです。
見る人は、「奥まで続く」と記した空間から眺めたり、演奏スペース脇にロープで仕切られた通路側で眺めたり、吹き抜けになっている上から見下ろしたり。

今回は早く着いたので演奏スペース脇のロープで仕切られたところに立ちました。
フォーメーションによってはロープをはさんですぐ向こう側(手を伸ばせば太鼓が叩けるぐらい)に太鼓が設置されることもあり演奏の迫力に圧倒されました。

耳の鼓膜を太鼓の音がびんびん震わします。つんざくほどの音量。
そして震動が床から足を通じて響いてきます。

それだけではなく、空気そのものがビュッビュッと震えて肌に届くのです。
これは生まれて初めて味わう感覚でした。

なわとびで二重跳びをする時、縄がビュッと鳴る時のような。

この空気の震えが伝わってくる 体験はこの空間の特性ならではだと思うのです。
演奏スペースの片側が2階部分までコンクリートの壁なのでそちら側に音や空気が通り抜けていかない。
だからこそ黄色の通路側やベージュのスペース、吹き抜けの空間の上に音や振動が伝わっていくのかなと。

聴くだけではなく波動砲を浴びているような感覚でした。

そしてすごい気迫。奏者すべてが一糸乱れずリズムを合わすための集中力の凄まじさ。
全身全霊で専念、そして渾身のエネルギーで叩き続ける。
その気迫たるや。

鳥肌は立ち、目もウルウルしてきました。

一人一人の顔つきが本当に凄かったです。これだけ集中して、気迫にあふれた顔を見たことがないなと思いました。

たとえばスポーツ。
マウンドのピッチャー、打席のバッター。その対峙は火花バチバチでしょうし、
卓球の試合も台を挟んで選手同士のバチバチがすごいなと思います。

スポーツ以外でも百人一首の対決も頭の一音に耳を研ぎ澄まして札を取り合う。
その集中力と火花は迫力あるでしょう。

でも自分がその当事者にならないで、観戦ギャラリーでいる限りは、
気迫あふれる人を近距離で見ることはないのですよね。

どんなにマウンドでのピッチャーに凄味があったとしても、その隣で眺めることはできないし。

なので、人生で生まれてはじめてでした。
こんなにまぢかで、凄まじい気迫に触れるのは。
本当に一人一人が輝いていていました。
この輝きっていうのは「笑顔がキラリン」と表現するような太陽光や、ふんわりした光ではなく、
火打石をカッカカッカこすりあって飛び散る火花のような輝き。

演奏とともにみんなの顔つきに圧倒感動しました。

そして太鼓とは別に笛を吹く人や小さなシンバルのようなものをもって跳ねる人がいるのですが、
跳ねる人の軽やかさ、太鼓を叩く人たちとは違って笑顔で観客を盛り上げる役者ぶりにも
普段は普通の高校生のはずなのにとびっくりしました。

いろんなところでの演奏活動を経験していることもあるのでしょうけれど
MCも素人とは思えないうまさ。

演目で特に印象的だったのはけんか太鼓(ぶち合わせ太鼓)。
一つの太鼓を3人で奪い合うようにして素早くかわるがわるに打つのも圧巻。
タイミングが少しでもずれたらアウト、の素早さで次々位置を変えて太鼓を叩きあいます。
それから掛け声も威勢がよくて。
叩き手がばちを持ったまま観客に歌舞伎のような見栄を切ったり(にらみをきかせたり)、
叩き手同士でにらみ合ったり、「けんか」と名のつく通りの荒々しさも魅力。

演奏中、何本もばちが割れたり、割けたりしていました。
そしてばちが飛ぶことも。
右手のばちがなくなった人、どうするのだろうと思ったら、
右は素手のままそのまま叩き続けました。
(ドラマーが普段、ばちがないままエアで練習する時のように)。

ばちがない分、手の振りおろしが難しいと思うのですが
あっぱれでした。

体力の限界、を超えるような凄まじい時間。
ほとばしるエネルギー。
ストイック。
「捧げる」という言葉が浮かびました。
「祈り」という言葉も浮かびました。

太鼓が古来「神事」に使われるのがわかりました。

だらんとしていた細胞にエネルギーが注入されてシャキーンとなりましたし、
空間を震わして邪気を祓う神事そのもの。

とにかくすごかったの一言。
輝いていたの一言。

まったくうまく文章がまとまらず、同じ表現の繰り返しになってしまっているのですが
自分メモとしてあの、圧倒された「ひととき」を記しておきたくて書いてみました。

2016年8月21日 (日)

リオ五輪(その1)阿修羅と仁王の美しさ

男子400mリレーの銀メダルは一日以上経った今でも興奮さめやらずです。
表彰式でジャマイカもカナダもガタイのいい黒人選手が並んでいました。
その中に日本の4人。
スタートの山縣、コーナリングの桐生・・・持ち味を最大限に生かした走順とバトンの工夫で、タイムでは敵わないアメリカ、カナダに勝てたということ。

革命的な出来事ですよね!

リオ五輪。快挙続き。
体操男子、テニス錦織、ラグビー、レスリングetc.ここぞという場面で決められるメンタルに鳥肌が立ちましたが 特に心揺さぶられたのが卓球とバドミントンです。

【卓球】
バドミントンの潮田玲子氏が激しいラリーを展開した時の体験を「ゾーン」に入っていたとかつて語っていましたが、 「まさにこれがゾーンか」と思う場面がいっぱい。

男子の水谷選手凄いですね。
どうしたら人間があんなラリーを続けられるのでしょうか。相手の選手もあっぱれ。
水谷選手が大きな口を開け、のけぞってこぶしを突き上げる時
Gionsyuchusen
こんな劇画調の背景が見えるようでした。

組み合う格闘技を除き、戦う選手が一番至近距離で向かいあうのが卓球なのかも。
(格闘技ですら、組んでしまったら相手の顔は見えないわけで)

サーブの時、手にしたピンポン玉に集中する顔つき。
レシーブの時、ラケットを構え、ネットの向こうの相手に挑むサーブに挑む顔つき。
ドアップで映し出されます。
怯んだら、相手に察知され、つけこまれそうなほどの近距離での勝負。
選手同士の間の火花がテレビ画面から飛び散ってきそうでした。
中国の許 昕(きょ きん)の座ったような目つきの貫禄もまるで劇画キャラ。

劇画や特撮映画だったら、選手の背に炎を描いたり、効果音などで迫力を表現するのでしょうけれど、トップアスリートの戦いには演出ごときは一切不要。
顔つきとボールの音だけで劇画や特撮を超えるド迫力の死闘にしびれました。


卓球女子。

愛ちゃんのラリーでの神プレーや気迫、団体でチームを盛り上げる姿、メダルをとったあとの涙にも感動。キャプテンの重圧の日々が感じ取れました。
団体戦。日本はチーム力があるといわれていましたが、本当にそうだなと。
他国のダブルスの試合うを見た時、ミスした選手ががっかりして天を仰ぐ隣で、パートナーまでが「あーあ」とがっかりする様子が映りました。

でも、愛ちゃんは。伊藤選手がミスして「あーあ」とのけぞる時も、伊藤選手が見事に決めた時も、間近でまっすぐな視線で目をみつめ、「大丈夫大丈夫」というように声かけする様子が映りました。
素晴らしいキャプテンシー。
泣き虫愛ちゃんがこんなに立派になって、と自分が親戚のおばちゃんかのように涙ぐみました。
石川選手の団体での、柔道の松本薫に匹敵するほどの獰猛さをみせた顔つき、土壇場で勝ちきる強さや技術にもあっぱれ。
伊藤選手も、ミスがあってもそのあと神プレーを決めるおそるべき15歳。自分自身に不安を持たずのびのびとプレーをしているのが感じられました。

【バドミントン】
タカマツペアに心揺さぶられました。19対17から追い上げて金メダルを獲る精神力に感服。
男顔の高橋選手は、大陸の仏像のような顔立ちの美人。
松友選手は女性的でリスのような雰囲気の美人。まったくタイプが違うのがいいですね。

インタビューでは普通の可愛らしい若い女性に見えるのに、試合中に放つオーラは別人。
全神経を集中させて、サーブを待つ顔を正面から捉えるカメラ、横顔を捉えるカメラ。
凛々しくて神々しいほど。
特に決勝は白いコスチュームのこともあって、スポーツというよりも神事を行う巫女のようにもみえました。
とてつもないラリーで、響くシャトルの音、音、音。
まるで自分も観客席にいるかのような臨場感を感じました。
金メダルの試合をLIVEで見られて本当によかった! 

高橋選手の方が男性的に見えたのですが、表彰式で高橋選手の方が涙ぽろぽろだったり、二人の違いがあるからこそ補い合える絶妙の夫婦のようなコンビですね。

バドミントンの選手たちがサーブを受ける時に構えるポーズってかっこいいですね。
ラケットを持った手ともう一方の手を体の前に少し突き出して構えるポーズ。
特に女子シングルスで銀メダルを獲ったインドの選手がこのポーズをするとインド舞踊の一場面のように感じられました。

一般的に女性の美しさといえばにこやかな笑顔やゆったりとした優雅な動き。
いわば「天女」のような姿だと思うのです。
でも愛ちゃんや石川選手、高松ペアをはじめとする女性アスリートを見ていると。
試合中は、阿修羅か仁王のよう。
キッと見据え、こぶしを握り締めて自らを奮い立たせるような鬼のような形相。
スマッシュを打つために大股を開いて踏み出す時の太もものたくましさ。

でも、その阿修羅や仁王の姿がとてつもなく美しく見えました。

2016年4月 2日 (土)

ヒマラヤ杉の杉ちゃん成長観察日記(その9)番外編 埴沙萌さんの世界

その8の続きです。

いただいたクロマツの芽生えのポストカード。
Kuromatsu_2
埴沙萌さん撮影のものでした。

埴さんのお名前は存じ上げていませんでした。沙といえば沙織や亜里沙の沙。
萌はもちろん若い女性から小さい女の子まで大人気の名前。
なので沙萌さんも20代~30代の女性かなあ。
長野とか田舎で暮らしている、リンネルや天然生活や暮らしの手帖を愛読しているような。

と、思っていた矢先、ヤマガラが好物だというエゴノキのことを調べに図書館の植物の書架に行くと
「埴沙萌」という活字が目に飛び込んできました。
『植物記』という本でした。


植物記 (写真記シリーズ)

開くと、クロマツの芽生えの写真もありました!!(p6~7)

早速借りました。いい本です!

植物をフォトジェニックではなく、フォルムの美しさ、面白さなどを観察している視点が興味深かったでした。

芽吹きのページではドクダミにびっくり! 地面から生えたイカのよう。(p17)
芽の力を「重量あげ」として紹介しているコーナーでは、ダイズが1本では持ち上げられないけれど3本では石を持ちあげられている写真があります。(p34)

「冬の顔」というコーナーでは冬の花芽や葉芽が顔に見える写真が並んでいます。
(この写真は見たことあったので、気づかないだけで埴さんの写真に出会っていたのかも)
変顔のオンパレードでかわいいです。

冬の樹皮の模様のコーナーでは、「樹皮は幹のオーバーコート」という言葉も。

この感性、好き!

ロシアの作家ストラコフにも通じるものを感じました。
冬になって森に雪が降りつもる。春になって雪が少しずつとけると、2月に埋もれたものが現れ、もう少し雪がとけると1月に埋もれたものが現れ・・・。春になって雪がとけることを、カレンダーのページを逆にめくるようだと語ったストラコフに。

ほかにどんな本を書いているのか知りたい!とアマゾンで見てびっくりしました。

『足元の小宇宙-82歳の植物生態写真家が見つめる生命』という本が出てきたのです。
足元の小宇宙―82歳の植物生態写真家が見つめる生命

 


え、アラサー女性じゃなくておじいちゃんだったの!

そしてHPを発見。(ttp://ciabou.com/ciabou/)
埴沙萌は(はにしゃぼう)とお読みするのですね。

【LOFT】カテゴリー→芽生え→春の芽生え→木
のところにクロマツの芽生えの写真もあります。
冬芽と葉印には変顔がいっぱいあります。

植物の花だけではなく、いろんな時期のいろんな細部に目を向け遊び心あふれる発見を続ける埴さん。
ぜひお会いしてみたい。2013年の本で82歳ということは今は85歳?
お元気かしら、と思ったのですが、残念なことに今年の2月に永眠されていました。
わずか1ケ月ちょい前だったというのが悔やまれます。

HPの【絵日記】のところでカラフルな帽子をかぶったお写真と、
私、埴沙萠は85年住み慣れた娑婆を後にして、2月23日にこちらの岸へとやってきました。
という文章が。

途中三途の川の渡しで、船頭をやっていた赤鬼青鬼と仲良くなって、
いま河原で酒盛りをはじめたところです。

という言葉も。

最後の最後まで遊び心あふれるおじいちゃまでいらしたのですね。
娑婆でお会いできなかったのが残念ですが、
もしかしたらあの世に行かれたからこそ、見えない力で私が著書に出会うようはからってくださったのかもしれません。
植物との関わり方にいっぱいヒントをいただいた気がしました。

埴さんとの出会いをくれたポストカードを送ってくださったKさんに感謝です。

◆ヒマラヤ杉シリーズINDEXはこちら

2014年10月 2日 (木)

あの時私たちがいた

先日、高校時代のマンドリン部のOGの集まりがありました。
歴史のある部でOGも50期以上にわたります。

そのOG会の運営に力を尽しているのが私の代の部長の女性です。
(食べ物ブログ2014年6月18日)で部長と副部長の二人が同じ年同じ月の16日、17日、18日生まれだったと記しましたがその女性です)。

部長を中心に前後の代の方たちが幹事となって、高校時代の定期演奏会の音源鑑賞会と演奏会、その後
ひとつ上の先輩、私の代、一つした、二つ下の4期の合同食事会がおこなわれたのでした。

私は食事会に参加できました。

高校卒業から30年以上経ちます。もちろんその後、会っている仲間もいますし、大人数の部活だったので卒業以来一度も逢う機会がなかった仲間もいます。

多くの女性が結婚して苗字がかわり、子育てをして、仕事をして、それぞれの道を 進んでいるわけですが…。

最初の印象。
「変わってない!!!」

私たちが「変わってないよね~」「00ちゃんも高校の頃と全然変わってない!」と会話しあうのを、もし、通りがかった人が聞いたら、「いやあ、あなたたち充分オバサンですから。高校時代と変わってないと思うのは錯覚です」と心の中で突っ込みをいれているかもしれませんが。

高校生の時、大人っぽいと思った先輩は、今でも「大人っぽい」と思いますし、「本質」は年齢に関係なく変わらないんだな~なんて思います。

「あの時こうだったよね~~」と盛り上がったり、現在の話をしたり。
高校時代の思い出では、新しくできたお寿司屋さんに同じギターパートの友達と行って、ドキドキししながら、一皿を分けて食べたこともすごく心に残っているのですが、彼女も同じことを強く覚えてくれていてうれしかったです。

今回の合同同期会で、一つ下の後輩たちが私たちの代のギターパートの演奏「竹田の子守唄」がよかったと語ってくれたのもとてもうれしかったですし、面白いものだと思いました。
当の私たちは自分たちが演奏した「竹田の子守唄」より
一つ上の先輩たちのギター演奏「3つのギターのためのコンチェルト」が印象的だったので。
(この曲についての詳細は2009年4月26日のブログに)


最近はスマホなどで自撮りする人も多いですが、「記憶」って自撮りは難しいですよね。

私自身、高校時代を振り返って、あの時、00さんが何々をした、00と語った、というのは覚えているのですが、自分がなんと言ったのかはよく覚えていません。
自分の姿って目で見えないから、自分の記憶が脳に記録されないんでしょうか。

だからこそ、今回も、部活仲間から、私があの時、こんなことをし、こんなことを語っていたと教えていただくと、そんなことがあったのかとびっくりするとともに、自分自身が覚えていない「私」の存在を心に刻んで覚えてくれている友達を本当にありがたいと思います。

そして、彼女自身に関しては彼女が忘れていて、私の方が覚えていることもあって、あの時000だったよ~と語って伝えてあげられる。それもよろこびです。

共有し合った時間はお金にかえられない宝物。
暑い夏、冷房のない教室で首にタオルを巻いてパート練習。
朝練、昼練。

県で一番大きなコンサートホールで定期演奏会を開くのですが、ステージでみんなで楽器を構えスタンバイ。これから演奏会が始まるという場面を今でも鮮明に思い出せます。

開演前、緞帳の向こう側でお客様の気配を感じます。もうすぐ開演を知らせる1ベルが鳴ると、緞帳の向こう側のあちこちから咳払いが聞こえます。その声が響き具合が、ホールの空間の広さを感じさせ、少しドキドキしてきます。

本ベルがなって指揮棒が振られ、演奏が始まります。緞帳が少しずつあがるとともに、客席から拍手が湧いて、そして照明の熱さ、まぶしさを感じます。

今と違って携帯電話がないから、毎日写真を撮っているわけでないですし、まして動画もほとんど残っておらず。
でも、互いを記憶しあう。

確かに私たちはあの時一緒にいたんだ!と感じました。

今、私たちは、子育てが一段落したり、親の介護や死に直面する世代。
高校を卒業してからも、マンドリンやギターの演奏を楽しんできた方もいれば、つらいことを経験したのちに、再び楽器を取り出して、音楽によって哀しみを癒されたという仲間も。

音楽の力、縁をこれからも感じていくのだろうと思います。

70才や80才になってもまたみんなで集まれたらうれしいです。
その時もきっと「かわらないね~」「高校時代と一緒」ってお互い盛り上がるのでしょう。
端からは「十分おばあちゃんに見えてますよ~。高校時代のままのはずありませんよ~」とツッコまれるのでしょうが。

2012年8月 2日 (木)

「甲子園」「制覇」をめざし打ち込んできた球児たち

ブログ更新がとまっていました。この半月、高校野球の夏の大会に入れ込んでいました。

高1の時からできるかぎり練習試合にも足を運び、追ってきた球児たちがいます。甲子園に出たことはなく、彼らはこの高3の夏が、甲子園をかけた最後の戦いでした。

頂点まであと一歩というところまできたものの、「甲子園」の夢は破れました。

つきなみな言葉になりますが、ひたむきに野球に打ち込む姿、エラーがでても次の試合の同じ場面できちんと決め、どんどん「確実に」「より高い技術」を身に着けて成長していく姿、いくつもの故障やスランプから復帰する姿をみてきました。
練習を積んできた彼らに、今度こそ、野球の神様はご褒美をくれる、すべての苦しさが報われる、と思ったのですが叶いませんでした。

最後は負けてしまったけれど、みんな本当に輝いていました!このチームの野球が好きでした! いろんなプレーが目に焼き付いています!アフリカンシンフォニーetc.さまざまな応援曲とスタンドに地響きのように広がる選手の名前コール。痛いくらいの夏の強い日差しとともにずっとずっと忘れないでしょう。このチームを応援してこられたことは私の心の宝物です。

ずっとずっと願い続けてきた「悲願」であればあるほど、真摯に取り組んできたものであればあるほど、その夢が叶わなかった時の落胆は大きいものと思うのです。
でも、こんな風に勝利の女神が微笑んでくれなくて、苦しいことが報われなくてもそれでも野球を続けたいか、彼らの野球に対する想いがどのくらいのものだったかの「真価」が問われる時なのでしょう。

野球をづつける人、故障他の事情で断念する人、別の夢を目指す人、高校球児の「次」の選択はさまざまだと思いますが、みんなの「次」に高校時代と同じくらい命と情熱をかけられるものに出会い、そして報われるようにと願ってやみません。

2010年7月 1日 (木)

ワールドカップ日本代表にジ~ン

パラグアイ戦も最後までみました。

W杯の日本代表には感動しました。すっごくいいチームで、誇りに思えました!!

川島をはじめ、守備がとにかくよかったですよね。
決して、強いチームじゃない。なのに、あれだけ本番で失点が少ないというのは、試合中の集中力が神がかっていたのかなと。
パラグアイ戦も延長までもつれこんでも失点がない。序盤からよくしのぎましたよね。延長戦含めて長時間の試合でのあの集中力は世界のどの国よりもトップなのでは。

一人一人の顔つきが鳥肌立つぐらいかっこよかった。カメルーン戦で本田が得点を決めたあと、吼えるようによろこびを伝えるシーンは何度みても熱くなります。フリーキックを決めた遠藤も、みんなみんな。

そして、チームワークがよさそうというのがいろんな場面でわかりますね。

PKというのは酷ですよね。「誰が凄かった」ではなくて、「誰でだめだった」というのが浮き彫りになってしまう。PKでは両チームの誰か必ず一人がその重荷を背負うことになってしまうわけで・・・。まるでロシアンルーレット。

失敗した選手が後ろに戻る時に、中澤やみんながいたわるように列にひきいれる場面が印象的でした。そして勝負が決まったあとも、必ず誰かが肩を抱いたり、背中をさすったり・・・

テレビ朝日のスポーツニュースで、パラグアイの選手が駒野のところに駆け寄って何か声をかけた様子が映りました。その映像を流しながら、<駒野の脇で彼を励ましていた選手(阿部?)がパラグライの選手に言葉を返した。口元の動きから「サンキュー」と言ったようだ>ということがナレーションで語られました。

確かにサンキューに見えます。
敵チームであった駒野を励まそうとしたパラグライの選手にも、その気持ちに「サンキュー」と答えた選手にも、そのシーンを見逃さなかったテレビカメラにもうれしくなりました。

PKは酷だったけれど、日本代表のチームワークのよさが世界にも伝わったでしょう。

成功した人が素直に喜びをあらわせる雰囲気があるか。仲間が一緒に喜びあえているか。
ミスした人もいかにカバーするか。ねぎらっていたわるか。
主力ではなく、サポート側にまわった人たちがいかに主力がやりやすくなるよう応援できるか。
主力がそんなサポート側の気持ちをどこまで察して、感謝を持って行動できるか。
成功した時に一つになるのは簡単だけど、失敗した時にいかに一つになるか。

岡田監督のコメントもよかったですね。誰かを責めるのではなく、自分がいたらなかったと語る姿。上に立つものは誰にも責任転化しない。

私たちの日常生活でも必要な「チームワーク」「リーダーシップ」について考えさせられました。

2010年6月10日 (木)

大住良之---サッカーを通して普遍的な大切なものに触れる

いよいよワールドカップ開幕ですね。
私は熱烈なサッカーファンというわけではないのですが、サッカージャーナリトの大住良之さんの文章が好きです。
引越しなどを機に購読をやめてしまったのですが、ずっと愛読していた新聞の一つが東京新聞でした。

東京新聞に3つの目当てがありました。その一つが水曜日夕刊の大住さんのコラム「サッカーの話をしよう」(現在も連載中)だったのです。
書かれているのはタイトルどおりもちろんサッカーのこと。試合の論評や、選手にまつわる記事をメインとしながら、その目線は、サポーター、試合を追うカメラマン、田舎でサッカーを楽しむ少年にまでおよびます。
大住さんが「サッカー」を愛し、「サッカーを愛する人」を愛していることが伝わってくるコラム。特に心を打たれたものを切り抜いて保管していますが、このクラップ帳は私の宝物の一つです。

連載『サッカーの話をしよう』の1996年~2001年までのコラムは、『サッカーの話をしよう』というタイトルで6巻出版されています。
けれど絶版。すばらしいコラムなのにもったいないです。
ご興味があり、この単行本もしくは東京新聞のバックナンバーを所蔵する大きな図書館に行かれる機会がある方は、ぜひご覧いただけたらと思い、おすすめのコラムを引用(青字部分)を交えてご紹介させていただきます。

※日付は新聞掲載日。丸数字は便宜上私がつけました。

報道の渦に埋もれた優れた写真にも光を  1997年9月29日。
1970年ワールドカップのメキシコ大会でペレ(ブラジル)とボビー・ムーア(イングランド)が試合後にユニフォームを交換しようと歩みより、笑顔を交わす写真を紹介し、大住さんはこう語ります。

勝負は争っていても、選手同士は結局のところ一緒にサッカーで「遊んで」いる。だれもが忘れがちだが、レフェリーたちもその役割を通じてサッカーを楽しんでいる。観客もサポーターも、みんなサッカーを楽しむ仲間なのだ。
そんなメッセージを伝わる写真を撮ることが得点シーンを撮ることと同じように大切だと語っています。

真実の瞬間逃さぬ伝説のカメラマン  1998年5月11日
1978年のワールドカップアルゼンチン大会での体験が書かれています。カメラマンへのビブス(ゴール裏への入場許可を示す)の割り当てが厳しかった中で、決勝戦の報道陣の控え室で大住さんは、ビブスを着て、報道機材とはいえないような小さなカメラを首から提げた老人をみかけます。コネでビブスを手に入れた引退カメラマンだろうと怒りを覚えたそうです。けれど、後にこの老カメラマンが撮った写真を見ることとなります。その写真というのは「魂の抱擁」というタイトルで大会の最優秀写真賞を受賞した1枚。地元アルゼンチンの初優勝が決まった瞬間を撮影したもの。ゴール前で抱き合う二人の選手のそばに走り寄る一人のファン。

だがよく見ると、彼には両腕がなく、セーターの袖の部分がだらりと垂れ下がっている。彼は選手たちに抱きつくことはできない。しかし気持ちの中では、しっかりと抱きしめていたに違いない。
大住さんはこのアルゼンチン人の名カメラマン、ドン・リカルド・アルフィエリを、コネでビブスを手に入れたカメラマンと思ったことを恥じます。

私は物事の表面しか見ない自分を恥じた。小さなカメラ一台でも、天才は「真実の瞬間」を切り取り、多くの人に感動を与えることができるのだ。

コラムとともに掲載されている「魂の抱擁」。すごくいい写真です。

フェアプレーへの信念  1999年2月17日
イングランドFAカップ、アーセナル対シェフィールド・ユナイテッド戦(1999年2月)でのこと。試合中、負傷者の手当てのためにボールを外に出す。そしてスローインで相手にボールを返す行為。ルールではなく善意でおこなわれきたこの慣習を把握していなかった選手が、スローインのボールを奪って得点に結びつけてしまったことが書かれています。決勝点になってしまったこの行為に負けたチームが怒ったのは当然のこと、勝ったチームのベンゲル監督も試合終了後
「あの2点目はスポーツ的な観点で正しいものではなかった」と再試合を申し出たのだとか。
プロにとって、勝利は何よりも優先させなければならないものだ。しかしひとりのスポーツマンとして、ベンゲル監督はこのゴールで勝利を得ることを望まなかった。そして自らの信条に従って試合を「振り出し」に戻す勇気が、彼にはあった。
とベンゲル監督のフェアプレーへの行動を讃えています。

対戦国の国歌に敬意を   1999年6月9日。
国際試合の試合前におこなわれる両国の国歌斉唱・吹奏について書かれています。相手の国歌が流れている時に動いている人が多いのが残念であること、けれども、日韓ワールドカップの予選---なんとしてでも勝ちたい韓国戦、イラン戦の時であっても

日本のファンは韓国やイランの国家に敬意を表し、拍手を惜しまなかった
と観客の様子が述べられています。

自分たちが非常に大事にしているもの、人によっては神聖とさえ思っているものを、他人が軽視し、無視するような態度をとったら、どんな気持ちがするだろうか。逆に、しっかりと敬意を表してくれたら、どれほど気持ちのいいものか。
と、他の国の国歌に礼儀正しい態度で臨もうと呼びかけています。

「景観」となったゴー  1999年8月11日
コラムとともに掲載されている写真が印象的。それは、世界各地のサッカーのゴールポストの写真集「ポスト」(イギリス・ペンギンブックス)からの1枚。ボツワナの乾いた大地に、2本の枝を立てそこにもう1本の枝を横に渡しただけの素朴なゴールポストが立っている様子を写した写真です。
この写真集が取り上げているのは、公式戦がおこなわれるスタジアムのゴールではなくて、チュニジアの砂漠、ラトビアの雪原、パラグアイの農場の片隅などなどのゴールポストなど、大半は手作りで草サッカーのためのものだそうです。大住さんは、

ページを追っていくと、それぞれのゴールが見事に「景観」の一部になり、その土地に住む人々の生活ぶりをあまりに的確に表現しているのに驚く。そして。サッカーが世界中にくまなく広がっていることが、あらためて認識させられるのだ。
と語っています。

英独軍 敵味方を越え  2002年1月23日
第一次世界大戦のクリスマス停戦時に敵味方であった英独軍がサッカーをおこなったことについて書かれています。このエピソードは有名ですよね。NHKでも数年前、アニメドラマとして放送されていました。この時のイギリス兵の一人の証言もコラムの中で紹介されています。

「最初は、ただ見合っていた。何をしようということもなかった。そのうちにだれかがサッカーをやろうと言い出した。もちろん戦場にサッカーボールなんてなかった。そのへんのぼろきれを集めて丸め、つくりあげた。それをけり始めると、すぐさま試合になった」。
大住さんは砲弾がつくった穴だらけの戦場で兵士同士が解放感に浸ってサッカーに興じる姿を描いています。そして、サッカーを楽しむうちに、敵である相手に対して「とてもいい連中」「紳士たち」という思いが芽生えたことも。サッカーをやめて、また敵味方に戻った時、サッカー仲間となった相手に銃を向けることが容易ではなかったそうです。

ヨーロッパのサッカーは、第一次世界大戦後に大きく観客数を伸ばした。それは戦争体験より、平和の尊さ、何も心配なくサッカーを楽しめることのありがたさを、人々が再認識した結果に違いない。
と述べています。

以上6編をご紹介しましたが、サッカーについて語られているのに、自然に自分自身の環境にあてはめて読んでいたりします。
たとえば①。敵味方になっても俯瞰でみれば同じことを楽しむ仲間、って私たちの日常にも置き換えられますよね。いろんなこぜりあいがあったり、自分にとっての悪役が人生に登場することもあるけれど、すべてを達観したら同じ芝居に参加している仲間なのかなって思うことがあります。
④では、3つのリスペクト(自分自身、優越感を感じる相手、劣等感を感じる相手)の大切さを感じさせられます。

スポーツマンシップ、フェアプレイ精神etc.。大住氏がサッカーについて語ることが普遍的な大切なこと、人としてのあり方に通じる。そこが面白いです。
一つのジャンルに突き詰めればつきつめるほど、そのジャンルに疎い人が共鳴できなくなりそうですが、そうではないのですね。
魚屋さんがブログで魚のことだけを書いても、きわめれば、その体験は魚の世界を知らない多くの人に通じるものがでてくるのでしょう。

私は天文の専門家ではありません。けれど、私なりの視点でこれからも星の話を綴っていきたい、星のことを語りながら普遍的なことにつながったらと大住さんの文章を読むたびに、「お手本」にしたいと思うのです。


さて、『サッカーの話をしよう』について整理します。
東京新聞で1993年から水曜日夕刊にて連載。現在も継続中。

1993年~1996年までのコラム→「サッカーの話をしよう」大住良之オフィシャルアーカイブサイト(ttp://www.soccertalk.jp/)で閲覧できます。

1996年~2001年までのコラム→書籍『サッカーの話をしよう』全6巻(NECクリエイティブ)にまとめられています。

※時系列ではなく、テーマごとに収録。ですので、1巻が1996年のコラム。6巻が2001年というわけではありません。また、写真も新聞連載時とは若干違っているものも。⑤ボツワナのゴールポストの写真はなかったように記憶しています。

2002年~2009年までのコラム→抜粋された64編が書籍『サッカーの話をしよう ワールドカップ予選をめぐる64の話』に収録されています。

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※「サッカーの話をしよう」大住良之オフィシャルアーカイブサイトはアーカイブ化が進行中のようですので、以上は2010.6.10現在のデータです。

2008年8月 2日 (土)

桑田と清原--バッピをつとめる

野球の桑田真澄が、清原の復帰のためのバッティングピッチャーを務めたいと思っている、そのためには、ちゃんとした球を投げないと「清原くん」に失礼だから、プロとしてのレベルを引退後もキープするためにトレーニングをおこなっている、というようなことを語ったのを知って、感動したことを6月12日に書きました。

桑田さんのその思いが7月29日に実現したようですね。テレビや新聞でご存知の方がほとんどだと思うのですが、ニュースで私も知って、うるうるした一人です。

清原の打球が桑田さんの足を直撃したけれど、それでも打撃投手を続けたようですね。

録画していたわけではないので、あくまでもテレビで視聴した記憶を書き起こしてみました。不正確であることをご了承くださいませ。
見逃してしまった方にちょっとでも伝えられたら。

バッピを務めたあと、二人並んでインタビュー受けた時の桑田さんの言葉。
「高1で出会っていなかったら、野球を早く辞めていた。その感謝の気持ちもこめた」
「最後にプロとして、最高のボールを清原くんに投げられたという思いは死ぬまで思い出に残ると思う」
「清原くんと一緒に青春時代をすごせて幸せだったと思う。あらためて、彼の偉大さを身にしみて感じる」

そして清原もこんな言葉を。(清原はくんもさんも似合わない気がして呼び捨てにします。でも、桑田は清原を「清原くん」と語り、清原は「桑田」と言っているのですよね。このインタビューでも)
「桑田がマウンドに立っている姿をみたら、真剣に僕も今持っている自分の力を全部出し切りました」
「桑田がいつも言っているように、身体はぼろぼろでも心の部分で、相手ピッチャーと対決していけたらいいと思う」
桑田さんがバッティングピッチャーを務めたことに対して「生涯最高の練習だと思います。僕自身、プロ人生でこんなすごいピッチャーと対決することができて本当に感謝しています」
「(今日、桑田がバッピを務めてくれたことに関して)魂をもらったんで、桑田の魂を胸にこれからがんばっていきたいと思います」

互いをリスペクトしあっている様子が伝わってきました。

学生時代の出会いって大切ですね。
最近の犯罪で、学生時代に傷つく思いをしたことがきっかけと報道されるものも少なくありません。
多感な世代ですし、みんな、まだ言葉をむきだしで相手にぶつけたり、感情を隠す能力他が大人ほど身についていない時期。それなのに、何十人も同じクラスに混ぜられて、先生という違う世代の人とも触れる学校生活。

辛いことが起きることもあると思うのですが、一生の出会いも起こりえる場です。
お笑いの人たちもクラスメイトで組んだ、とかよくききますよね。桑田&清原だけではなくて、いい出会いもたくさん起こり得るのが「学校」。

「学校」でできるかぎり、いい出会いを手にして、育んでいけますように。

emi (秋田恵美)

  • プラネタリウムでのヒーリング番組制作に携わった後、現在は 土井利位侯の「雪華図説」をライフワークとして調べ中の図書館LOVER。              興味対象:江戸時代の雪月花、ガガーリン他。最近は、鳥にも興味を持ち始め、「花鳥風月」もテリトリーとなっています。
    コンタクト: メールアドレスはhoshibiyorihappy*yahoo.co.jp このyahooの前の*を@に変えてご連絡下さいませ
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