江戸時代へタイムスリップの医療ドラマ「仁」にはまっています
日曜劇場「仁」にはまっています。録画されたものを3回ぐらい見直してしまうくらい。最初駅のホームで宣伝のポスターをみたとき、失礼ながら、こけると思ってました。医者が江戸にいく、ありえない発想。無謀。乗り気なく第一話を家事をしながら見ていたらはまりました。
日曜劇場「仁」にはまっています。録画されたものを3回ぐらい見直してしまうくらい。最初駅のホームで宣伝のポスターをみたとき、失礼ながら、こけると思ってました。医者が江戸にいく、ありえない発想。無謀。乗り気なく第一話を家事をしながら見ていたらはまりました。
インターネットでは顔がお互いわからなくても「言葉」「思い」を通じて出会える、つながれるということを感じた出来事があります。
それは今年の私の誕生日にQtaroさんとおっしゃる方がこのブログ「今日も星日和」にコメントを書き込んでくださったこと。以来、度々メールのやりとりをさせていただいているQtaroさんのご了承を得て、今日は書かせていただきます。
今年の私の誕生日。珍しいほど吉凶混合の日でした。
誕生日を覚えてくださる友人がいるというのはいくつになってもうれしいものですね。
日付が変わってすぐから、バースデーメールをいくつもいただいて嬉しいと思う一方。午後には「あら・・・」と思う出来事も。
迷惑コメントがこのブログに書き込まれていたのもその一つ。昼間、帰宅して発見したのです。 すぐに削除。
コメントを書き込みがすぐに反映されるシステムから<一旦保留。私がコメントをチェックした上で画面に反映>方式に変えてまた外出。
怒りが湧いてくること、自分の至らなさを痛感すること等、心の振幅の激しい一日を過ごして夜遅く帰宅。
郵便で届いていたプレゼントに心わくわくして、今日も一日無事終わりかと思ったあと、もう一つ出来事があったのです。それは、不注意で愛用していた桜模様のアンティーク皿を見事に割ってしまったこと。
これはきっと「厄払い」。誕生日の夜に大切なお皿が身代わりとなってくれたんだわと、破片を拾いながら気持ちを切り替えようとしましたが、内心、大ショック。
「凶」の出来事で一日が終わりかと、部屋に戻って、PCを起動して、Qtaroさんからコメントが届いているのに気づいたのでした。
それは私が2008年6月10日にアップした、一青窈の「ハナミズキ」の歌詞の記事に対してでした。
Qtaroさんが「ハナミズキ」の歌を愛し、この詩の意味を考える中で私のブログのこの記事に出会ったこと。私の記事で、より解釈が深まったことが記されていました。
また、Qtaroさんご自身の詩の解釈を教えてくださったのでした。
ものすごくうれしかったです。お役に立てたこと。
そして、Qtaroさんの詩の解釈が、この日の私の心境にものすごく重なるところがあり、まるで神様がQtaroさんを通じてメッセージをプレゼントしてくれたようなありがたい気持ちになりました。
ブログでコメントを公にせず、私(emi)だけが読んでいただければ、と書き添えられていました。
昼間の迷惑コメントの一件があったからこそ、コメントを承認制に変えました。
だからこそ、ご自身のコメントがブログに公になることを望まないQtaroさんが私にメッセージを送ってくださることができたのですね。
一見、いやだなと思う出来事(昼間の迷惑コメント)もどこで「吉」の出来事につながっているかわからないなあと実感。
誕生日の夜は、思いがけない、じーんとくる素敵なメッセージでしめくくられたのでした。
以来、Qtaroさんと「ハナミズキ」の歌に関してメールのやりとりをさせていただいております。
今日は、ご了承を得て、Qtaroさんの詩の解釈のいくつかをご紹介します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、私。「ハナミズキ」の歌は大好きだけれど、その花言葉まで思いめぐらしていませんでした。
Qtaroさんはハナミズキの花言葉についても触れていらっしゃいました。
「私の思いを受けて下さい」なのだとか。
Qtaroさんからのメッセージは歌詞の「解釈」というよりも「ハナミズキ」をよりわかりやすく&深く発展させた「詩」というべき作品。一部分を抜粋で。
私の近くに来てください
すぐ近くまで来てください
つぼみをあげたいのです
友情のしるしだったハナミズキ
この地に来て、今では私の家の庭にさえ咲いています
そう、それは花開いたのです
薄紅色をつけて可愛らしく咲いている、そのつぼみをあげたいのです
果てしなく続いている悪い夢が、
現実に起こっているとは思いたくない戦争が、必ず終わりを告げますように
私の大切な人と、その人が大切に思っている人とが、
生きている間、平和が続きますように
* * *
そう祈ることが、あなた方にあげたい私のつぼみです
いつか大きく花開いて、あなた方を喜ばすことができるはずです
ハナミズキを、
私の思いを受けてください
生きている私たちが、そう祈りながら生きていくことを、
あなた方に約束したいのです
* * *
報復に出ない我慢が、暴力に訴えない度量が、いつか実を結んで
果てしなく続いている波風が、暴力の応酬が、必ず収まりますように
Qtaroさんの解釈を拝読して、一青窈の「ハナミズキ」のツボミという言葉を頭の中で自然に「いのり」「きぼう」「救い」に置き換えていました。
あらためて「ハナミズキ」の歌に流れる自己犠牲、愛を感じました。
一青窈が「ハナミズキ」の楽曲は「返礼」という花言葉を意識したと語っていたことから、Qtaroさんは3番の歌詞に「返礼」の思いを読み取っていらっしゃいます。
「ハナミズキ」の歌詞が、9.11の出来事を受けて作られたことから、3番=犠牲者となった方から生きていく方へのメッセージ。
1、2番の歌詞=生きている人たちがその思いに応えている「返礼」なのではないかと。
そううかがって、歌詞を目にすると、3番のわかりづらい「待たなくてもいいよ 知らなくてもいいよ」のくだりがすっと心に通っていきます。
さて、Qtaroさんのメッセージで特に胸にしみこんだのが「報復に出ない我慢が、暴力に訴えない度量が、いつか実を結んで」のところでした。
私自身の抱えている「課題」にものすごくリンクしていました。
攻撃を攻撃で返さないのは、弱さでも、また、やさしさでもなく、「度量」。一番意識していきたい言葉を誕生日に届けてくださったこと、本当に感謝です。
Qtaroさんに教えていただいた、「ハナミズキ」の花言葉「返礼」。
1912年に当時の東京市がワシントンDCに桜の木を送り、その返礼として1915年に、ハナミズキが贈られたという日米の友好のエピソードがあるのですね。
このハナミズキの原木が現存するとうかがい、私も調べてみました。
世田谷区にある都立園芸高校に現存するようですね。東京とワシントンの友情の証のハナミズキが、第二次世界大戦他さまざまな時代の出来事を経て生き続けて、今も花を咲かせている。
「友情の証」が100年続いてきたということ。ハナミズキの歌にリンクするエピソードですね。
何かが100年続くためには、いろんな人の思いが手がくわわっている、そんなことを感じます。
「ハナミズキ」の歌は水面みたいなものですね。いろんな人がその水面に自分の心象風景を映して奥深さを味わう歌となるのでしょう。
そして、誰かが実体験を含めて感じる解釈が、別の誰かの心にも美しい共感の波紋を広げる・・・
Qtaroさんは、2008年6月10日のブログに登場するよみうりランドのコンサートの画像もみつけてくださいました。
ttp://www.youtube.com/watch?v=iohVckltLPE (2009.10.22現在)
「趣味人さん」(このブログで何度かご紹介している友人)にお伝えするとやはり、
よみうりランドで「ハナミズキ」の演奏中に西日がさすサプライズのあった時の映像でした。 ライブの間、日の光が指したのは、この「ハナミズキ」の曲の後半、わずかな時間だったそうで、
「その一瞬が、ハナミズキのラストにシンクロしているのは奇跡としかいいようがないです。今思い起こしても、感動的な瞬間でした」 と、趣味人さんもQtaroさんに感謝されていました。
さて、この記事を書くのが遅れてしまい、もう10月ですが、偶然にも私が部屋で飾っているフラワーフェアリーズのカレンダーの10月がハナミズキの妖精なんです。
Dogwood fairy 。茜色のタイツをはいて、紅葉した葉を纏っています。手にした葉には愛らしい実も。ご覧になれますか?
※青文字はQtaroさんの言葉の引用部分です
ブログ内「ハナミズキ」に関する記事はこちらにも。
2006年9月11日
2008年6月10日
万葉集には
「恋」という言葉に、
「古非」や「古比」に交じって
「孤悲」とあてた歌もある。
なるほど、
いつの世もひとり悲しむものである。
目に留まった方も多いと思いますが、先日、電車の中で見た読売新聞の車内広告です。
「恋は孤悲か~」とすご~く納得。
実際にその歌を知りたくなりました。
<調べ物魂>を駆り立てられ、図書館に突進。以下、私が自分自身でみつけた成果を発表します。
まず、この車内広告の元は、2008年5月24日の読売新聞朝刊の編集手帳です。(朝日新聞の天声人語みたいなものですね)。
万葉集について書かれたコラムの最後が車内広告の上記の文章でしめくくられているのです。
万葉集の全集を一ページ一ページ追い、恋を孤悲と記した歌を29首みつけました。
長歌もありますが、57577形式の歌のみを以下ご紹介します。
67 旅尓之而 物戀之[ ]鳴毛 不所聞有世者 孤悲而死万思
旅にして物戀(ものこほ)しきに鶴(たづ)が聲(ね)も聞えざりせば戀ひて死なまし
(大意)旅にいて物恋しいのに、鶴の声さえも聞えなかったら、淋しさに耐えずにこがれ死ぬことであろう。
102 玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎
玉葛(たまかづら)花のみ咲きて成らざるは誰(た)が恋(ひ)にあらめ吾(あ)は恋ひ思(も)ふを
(大意)玉葛のように花だけ咲いて実の生らない(誠実の無い)のはどなたの恋でしょう。私はお慕いしていますのに。
325 明日香河 川余藤不去 立霧乃 念應過 孤悲尓不有國
明日香河(あすかがは)川淀(よど)さらず立つ霧の思(おも)ひ過ぐべき恋にあらなくに
(大意)明日香河の川淀ごとに立っている霧のやがて消え去るように、心から消え去って行くような淡い思慕の情ではないのです。
560 孤悲死牟 時者何為牟 生日之 為社妹乎 欲見為礼
恋ひ死なむ時は何せむ生(い)ける日のためこそ妹を見まく欲(ほ)りすれ
(大意)恋こがれて死ぬような時になってからでは、逢ったとて何の役に立とう。生きている日のためにこそ妹と逢いたいと思うのに。
1778 從明日者 吾波孤悲牟奈 名欲山 石踏平之 君我越去者
明日よりはわれは戀ひむな名欲(なほり)山石(いは)踏(ふ)み平(なら)し君が越え去(い)なば
(大意)明日からは私は恋しく思うことでしょう。名欲山を岩を踏みならして越えて行っておしまいになったら。
1921 不明 公乎相見而 菅根乃 長春日乎 孤悲渡鴨
おぼぼしく君を相見て菅(すが)の根の長き春日(はるひ)を戀ひ渡るかも
(大意)はっきりとあなたにお逢いできなくて、この長い春の一日を恋いつづけています。
3505 宇知比佐都 美夜能瀬河泊能 可保婆奈能 孤悲天香眠良武 伎曽母許余比毛
うち日さつ宮の瀬川の貌花(かほばな)の戀ひてか寝(ぬ)らむ昨夜(きそ)も今夜(こよひ)も
(大意)夜は花を閉じて寝る、宮の瀬川のほとりのヒルガオの花のように、夜になるとあなたは恋にしおれて寝ていることであろうか。昨夜も今夜も。
3608 安麻射可流 比奈乃奈我道乎 孤悲久礼婆 安可思能門欲里 伊敝乃安多里見由
天離(あまざか)る鄙(ひな)の長道(ながぢ)を戀ひ来(く)れば明石(あかし)の門(と)より家のあたり見ゆ
(大意)遠い田舎の長い道中を、故郷恋しくやって来ると、明石海峡から、なつかしい家のあたりが見えて来た。
3652 之賀能安麻能 一日毛於知受 也久之保能 可良伎孤悲乎母 安礼波須流香母
志賀(しか)の海人(あま)の一日もおちず焼く塩の辛(から)き恋をも吾(あれ)はするかも
(大意)志賀の海人が一日も欠かさず焼く塩のように辛い、つらい恋を私はすることだ。
3690 与能奈可波 都祢可久能未等 和可礼奴流 君尓也毛登奈 安我孤悲由加牟
世の中は常かくのみと別れぬる君にやもとな吾(あ)が恋ひ行かむ
(大意)世の中というものは、いつもこうしたものなのだと、別れて行ってしまった君を、私は、ただもうわけもなく恋しがって行くことであろう。
3891 荒津乃海 之保悲思保美知 時波安礼登 伊頭礼乃時加 吾孤悲射良牟
荒津(あらつ)の 海潮干(しほひ) 潮満(み)ち 時はあれど いづれの時かわが恋ひざらむ
(大意)荒津の海は潮の満ち干に定まったときがあるけれども、どんな時も私があなたを恋しく思わない時はない。(いつも恋しい。)
3929 多妣尓伊仁思 吉美志毛都藝氏 伊米尓美由 安我加多孤悲乃 思氣家礼婆可聞
旅に去(い)にし君しも継ぎて夢(いめ)に見ゆ吾(あ)が片恋の繁ければかも
(大意)旅に行ってしまったあなたが、毎晩夢に見えます。私ひとりの思いが、しきりに繰返されるからでしょうか。
3931 吉美尓餘里 吾名波須泥尓 多都多山 絶多流孤悲乃 之氣吉許呂可母
君によりわが名はすでに立田山絶えたる恋のしげき頃かも
(大意)あなたゆえに、私の評判はすでに立ってしまいましたのに、おいでが絶えて恋の苦しみを繰返すこの頃です。
3935 許母利奴能 之多由孤悲安麻里 志良奈美能 伊知之路久伊泥奴 比登乃師流倍久
隠沼(こもりぬ)の下ゆ恋ひあまり白波のいちしろく出でぬ人の知るべく
(大意)心の内から恋しさがあふれて、白波の波頭のはっきり見えるように、はっきり様子に表れてしまった。人が知りそうなほどに。
3936 久佐麻久良 多妣尓之婆々々 可久能未也 伎美乎夜利都追 安我孤悲乎良牟
草枕旅にしばしばかくのみや君を遣(や)りつつ吾(あ)が恋ひをらむ
(大意)こうしばしば、わが君を旅に行かせて、私は一人で恋しく思っているのでしょうか。
3977 安之可伎能 保加尓母伎美我 余里多々志 孤悲家礼許曽婆 伊米尓見要家礼
葦垣(あしかき)の外(ほか)にも君が寄(よ)り立たし恋ひけれこそば夢(いめ)に見えけれ
(大意)葦の垣根の外にあなたが寄り立って、私を恋い慕われたからこそ、あなたは私の夢に現れたのでした。
3980 奴婆多麻乃 伊米尓波母等奈 安比見礼騰 多太尓安良祢婆 孤悲夜麻受家里
ぬばたまの夢(いめ)にはもとな相見れど直(ただ)にあらねば恋ひ止(や)まずけり
(大意)夜の夢にはむやみに妻を見るけれども、直接逢う折がないので恋しさはやむ時がありません。
3987 多麻久之氣 敷多我美也麻尓 鳴鳥能 許恵乃孤悲思吉 登岐波伎尓家里
玉匣(たまくしげ) 二上山(ふたがみやま)に鳴く鳥の声の恋しき時は来にけり
(大意)二上山に鳴く鳥の声の恋しい季節が来たなあ。
3995 多麻保許乃 美知尓伊泥多知 和可礼奈婆 見奴日佐麻祢美 孤悲思家武可母 (一云 不見日久弥 戀之家牟加母)
玉桙(たまほこ)のの道に出で立ち別れなば見ぬ日さまねみ恋(こひ)しけむかも (一に云はく、 見ぬ日久しみ恋しけむかも)
(大意)道に出で立ち互に分かれたら、逢うことのできない日が重なって、恋しいことであろう。一にいわく、逢うことのできない日が久しくて恋しいことであろう。
4015 情尓波 由流布許等奈久 須加能夜麻 須加奈久能未也 孤悲和多利奈牟
情(こころ)にはゆるふことなく須加(すか)の山すかなくのみや恋ひ渡りなむ
(大意)心には思いゆるむことなく、須加の山の名のように、すかなく、面白からず思いつつ、鷹を恋いつづけることであろうか。
4019 安麻射可流 比奈等毛之流久 許己太久母 之氣伎孤悲可毛 奈具流日毛奈久
天離(あまざか)る鄙(ひな)とも著(しる)くここだくも繁き恋かも和(な)ぐる日も無く
(大意)遠い田舎にいるとはっきりと分かるように、こんなにもひどく妻が恋しいことだ。その気持の静まる日もなく。
4033 奈美多底波 奈呉能宇良未尓 余流可比乃 末奈伎孤悲尓曽 等之波倍尓家流
波立てば奈呉の浦廻(うらみ)に寄る貝の間無(まな)き恋にぞ年は経にける
(大意)波が立つと奈呉の浦廻に寄ってくる貝のように、間断もなく、あなたを恋しく思ううちに幾年も経ってしまいました。
4083 都祢乃孤悲 伊麻太夜麻奴尓 美夜古欲里 宇麻尓古非許婆 尓奈比安倍牟可母
常の恋いまだ止(や)まぬに都より馬に恋ひ来(こ)ば荷(にな)ひ堪(あ)へむかも
(大意)いつもの恋しさがまだ消えないのに、この上、都から馬に載せて恋を送って来たらば、背負いきれるでしょうか。
3891の歌の注釈には「恋」を「孤悲」と書くのは、中国の字音によるが、同時に「孤悲」という文字によって、その意味も兼ねて表現している と書かれています。
恋を孤独に悲しむと表現したり、塩のように辛い恋とせつなさを表したり。
人の心は普遍的。1000年も1500年経ってもかわらない。
西暦2900年になっても人がこの世に居る限り、万葉集を開いて「私と同じ気持ちだ」って時空を越えた共感が生まれるのでしょう。
※引用はすべて日本古典文学大系(岩波書店)の万葉集からです。
表記もこの本にならいましたが、一部当用漢字に私が直しています。書き下し文の「戀」を「恋」にするなど。
また、ルビもこのブログでは表記しづらいため()で記しました。
ご紹介するのにあたり、十分チェックしているつもりですが、みつけそこなっている歌、誤字脱字あるかもしれません。どうぞご自身で本をご覧くださいませ。
縁あって応援しているチームがあります。
2007年9月16日のブログ「グラウンドに浮かぶ虹」で取り上げたチームです。
2年弱の月日、彼らをできるかぎり追ってきました。さまざまな激動の中、自らを改革し新しいチームカラーを打ち出そうと、一人一人がたゆまず努力を続ける様子をみてきました。その後、「強い」と前評判も得ながらもトーナメントの早い段階で強豪と当たり、惜しくも負けてしまったことも。「復活」「今までにない泥臭さのあるチーム」を印象づけた試合もありましたが、「全国大会出場!」と誰もが注目するような戦歴はなく、新生チームの試合映像はまったくないというチームでした。
2007年に1年生だった選手たちは今年、もう3年生。この夏の大会が最後です。
またもや、トーナメントの早い段階で優勝最有力候補との対戦が決まりました。そこで負けたらすべてが終わり。
19日の虹に私が勝利の願掛けしたのはこの大一番の試合です。(20日の朝、鈴子さんからいただいた虹にさらに願掛け)
試合は見事勝ちました。私の虹の願掛けも1000分の一ぐらいの効果があったかもしれないけれど、もちろん、勝利は彼らの力。一人一人が結果がでない苦しい時でも自分やチームメイト、首脳陣を信じ、自信を失わず、たゆまず精進を続けてからこそ。そしてまわりで応援する方々みんなの熱意のたまもの。
最有力候補を破って、「やはりこのチームは強かった」と一気に注目されました。幸い中継試合だったので、一人一人のプレーを多くの人の目に留まり、評価をいただけたようで、それが一応援者として嬉しかったです。
その後、トーナメントはいくつも山場の対戦がありました。
公式戦の場数に恵まれなかったこのチームがたくさんの公式戦を経験できたこと、本当によかったです。
そして、夏の大会の一戦一戦ごとに、技の精度が増していくつものファインプレーをみせてくれたこと。一人一人が生き生きと、プレッシャーのかかる大舞台で、いつも通りのことができている。練習試合でもできなかったことができている。凄い!と感動しました。誰もが輝いていました。
練習に練習を重ね、もうこれ以上うまくはならないというくらいのレベルになって、この夏の大会に臨んでいるはずなのに、公式戦の大舞台の経験がこんなにも選手を成長させるものだとは!
他のチームを応援されている方々も、きっと同じように毎年感じていらっしゃることと思いますが、若い10代の可能性に驚かされました。
そして、ベンチ入りできなかった選手たちがスタンドで熱く応援する様子も素晴らしかった。勝った選手達が真っ先にスタンドの仲間に挨拶にきて、一緒に勝利を分かち合う様子、いいものです。
そして、うれしかったのは、私がこのチームを応援しているのを知っている友人知人が、私からの日ごろの話で、会ったこともプレーを見たこともないこのチームのファンとなって応援してくれたこと。
◎趣味人さん(たびたびこのブログに登場)は28日の試合前日にサプライズをくれました。
それは虹の写真。27日(私は見逃してしまったのですが)、虹が現れたのです。
私が19日に虹に願掛けをして勝利したのをご存知だったので、「明日の試合の願掛け用に」ってその虹の写真を送ってくださったのでした。
見事なダブルレインボウ。無事、28日の試合に勝利して、次は決勝。私が「今日も虹が空にでないかな。明日いよいよ決勝戦だし」と思っていると、趣味人さんは、「27日はあえて、この虹は送りませんでした。決勝の試合の願掛け用に残しておきました」と、別のアングルの写真を送ってくれたのです。その粋なはからいが本当にうれしかったです。

↑趣味人さんが27日送ってくださった虹。 ↑決勝用の願掛けにと送ってくださった2枚。
携帯でも二重の虹がはっきり!
3枚あわせると。非常に大きな虹のアーチが。
こんなに大きな、くっきりした虹が端から端まで見られることってなかなかないですよね。この3枚は画像をクリックすると大きくなります。
◎私がこんな風な50代の女性になりたいと慕わせていただいている女性からも虹の画像とエールをいただきました。それがこちら。
試合ではこんな→虹のようなアーチでスタンドに飛び込んだホームランが勝利に決定づけたことも。
◎はるばる球場に駆けつけて一緒に応援してくれた友達は、<勝利の1秒前>と題した写真を撮ってくれました。↓
打球が外野を越え、2塁ランナーが本塁へ回り、1点追加。試合終了という場面です。
こんな風にみんなで応援していたチーム。決勝では惜しくも延長でサヨナラ負け・・・・。悔しい。ほんのわずかな差で勝利の女神は微笑まず。甲子園という舞台への切符はかないませんでした。
でも、決勝も素晴らしい試合内容でした。
勝利の女神は微笑まなかったけど、「こんなプレーを高校生ができるのか。このチームはこんなプレーができるほど、練習を極めて甲子園を目指していたんだ」と選手達の気迫や熱意、高校球児としての練習の日々がその一投に、一打に、一走に凝縮したような見せ場がありました。スタンド中が湧くような。
そんな見せ場を作ってくれた野球の神様に感謝。
「甲子園の夢の舞台で全国の人にこのチームを観てほしかった。選手達が大舞台でさらに成長するのを観たかった」
夢の切符を逃したチームの応援者は誰もが思うことでしょう。でも、地方大会であっても、多くの人がその試合を目にして、中継映像も残っています。ネットもますます盛んになる時代。彼らの映像は地方大会であっても、半永久的に残ります。
色あせることなく、ひたむきに一球を追った彼らの勇姿は、視聴され続け、広がり続けるという「希望」を持っていたいですね。
そして、映像にたとえ残っていなくても、練習試合を含め、たくさんの名場面、名勝負は忘れません。
現3年生の一つ上の世代は、ほとんどの選手が高校球児としての試合映像はなし。でも、数々のプレーずっとずっと覚えています。忘れずにいたいです。
グラウンドはすでに「代替わり」。2007年のあの秋を知らない世代がチーム作りを始めています。
先ほどご紹介した50代の女性が語ってくれました。「感動を与えてくれる人が近くにいるという事も幸せな事ですね」
本当にそうだと思います。「一生懸命ひたむきに」頑張っている姿、成長する姿を間近で観られるという幸せ。これからも追っていけたらいいなと思います。
そして私自身も他の誰かにとっての「一生懸命ひたむきに」な姿になっていられたら。
虹が出るとうれしいのは、美しい虹をみられること&この虹を誰かに送ってよろこばせたいってたくさんの「思いが」ヒトからヒトへと架かることですね。
※19日、虹に勝利の願掛けをしたのは、たまたま美しい虹が出たからだったのですが、このチームが新生としてスタートした2007年9月16日のブログを読み返して、「そうだ。あの日、グラウンドで虹をみたんだ」と、私事ながらこのチームの応援と虹の縁を感じました。
神奈川にいると、しだいにはまってしまうものに高校野球と崎陽軒のシウマイ弁当があります。
今、全国で夏の甲子園に出場する学校が決まりつつありますが、神奈川では北神奈川、南神奈川のベスト16が決まってきたあたり。連日熱戦が各球場でおこなわれています。
私学の強豪校だけではなく、公立やいろんなチームが力をつけていて、とても見ごたえがあります。
結果的にはコールドで終わった試合でも途中まで優勝候補相手にリードしている学校もあったりして、侮れません。初戦突破を目標に掲げるチームも甲子園確実といわれているチームもそれぞれ魅力があります。
さて、全国的な風習なのか、ローカルなのかわかりませんが、神奈川の高校野球で好きなものの一つが、千羽鶴。
初めて知ったのは、テレビ神奈川で試合中継をみていた時でした。カメラがベンチの様子を映していたところ、奥にカラフルな「必勝」とかいろんな絵や言葉が描かれているのれんのようなものが吊るされていたのです。
それが膨大な数の折鶴を繋いで作られたタペストリー(のれん)だと知ったのはしばらく経ってから。
きちんと確かめたわけではないのですが、神奈川では毎夏、折鶴タペストリー(正式の名称わからず)を必勝をかけて、応援者(おそらくマネージャーや父母会中心)が作り、野球部に贈呈されるようです。そしてベンチに飾られ、試合のお守りとなるのです。
負けたチームは自分たちの千羽鶴を、勝者チームに手渡すとききました。「敗れた自分たちの思いを引き継いでくれ、俺たちの想いも甲子園まで連れて行ってくれ」と託されるのですね。
甲子園に出場が決まった学校は、手元にあるすべてのタペストリーを甲子園に持っていくことはできないので、各校のタペストリーから一羽ずつカットして持っていく、ということもあるそうです。
折り紙で作られるタペストリーのアート性にも目を奪われますし、いろんな人が夢を託している、敗者から勝者へという夢の引継ぎを含め、とても素敵な慣わしだと思っていました。
ところが、どうやら、今年は、この敗者から勝者への引継ぎはとりやめになってしまったそうです。残念。
ただ、勝者へ渡すことが禁じられただけで、折鶴タペストリー自体は健在のはず。試合後、球場の外で選手達がでてくるのを待っていると、部員たちが大切そうに注意深く運んでいる折鶴タペストリーをみることができます。モザイク画、クロスステッチの刺繍のように美しく絵模様が描かれた、手が込んだタペストリーを間近で。
きっと部室から球場へ丁寧に運んできて、ベンチでの守り神となり、また運びで持って帰り、次の試合に備えられるのでしょう。
今年も、神奈川の高校野球の夏の大会を総括したグラフ誌が2008年版として発売されるでしょう。
全校紹介、選手名などのデータとともに、各校の2008年の折鶴タペストリー一覧もカラーページで掲載してくれたらいいな、なんて思います。
岩合光昭さんの写真展「ニッポンの猫」にいってきました。
赤ちゃん猫もボス猫もおじいちゃん猫も自分のお気に入りポジションでくつろいでいる様子。かわいくって、見ているだけでニマ~とゆるんでしまいました。
ニッポンの猫 (新潮文庫)
岩合 光昭
新潮社
Amazonで詳しく見る by G-Tools
昨年の秋(9月)、このブログでご紹介したチームがありました。
まさかの大敗を経験した彼ら。
この半年。新しい指導者のもと、自分自身を改革する大変な朝夕晩を重ねてきたのだと思うのです。
この春、新シーズン。素晴らしいチームとなって蘇ってくれました。
「弱い相手にはぶっちぎりで勝つけれど、強い相手に劣勢になるとあっさり負ける淡白なチーム」みたいに評されていたそうなのですが、「荒削りだし、けっして強くはないけれど、勢いがある」「のびのびしていて、劣勢でもはねかえして勝つ粘り強さがある」と、まったく別の印象で語られるチームとなりました。
過去の全盛時代(過去のってあえてつけているのはこれからもさらに全盛時代がくると思うので)を知るファンをして、「現チームは今までのどの時代よりも不思議な魅力がある」といわしめるチームカラーになりました。
本当にはたから見ていても素晴らしい選手たち。
私も青メガホン両手に応援。たくさん興奮、時にはハラハラ。逆転では飛び上がってよろこんで・・・。
復活ぶりをファンだけではなくライバルにも第三者にもアピールできた戦いぶりだったと思うのですが、残念ながら、優勝まではいきませんでした。
頂点を極めるのは次シーズンにお預けですが、さらに強くなってくれることでしょう。
さて、アスリートたち。チーム一丸となって戦いながらも、それぞれの置かれた場所が違うので、仲間とは分かち合えない自分だけの痛みや不安というものもあるでしょう。どんなに苦しんでいても回りが力になれないこともあるでしょう。まして、応援する者は、彼らが背負うものを軽くしてあげることはなかなかできない。シビアな環境。
それでも苦楽をともにする仲間がいる。そして、200分の1ぐらいかもしれないけど、負けた時の悔しさを共有できる応援者がいる・・・。
でも、闘っているのはスポーツ選手だけではありません。
この世の中、老若男女誰もが、なにかしら人知れず戦いやチャレンジをおこなっているアスリートだと思うのです。
たとえば小さい子だったら、さかあがりができるようになる、ピーマンを食べられるようになるとか。
合格目指してがんばる受験生。ご年配の方だったら、リハビリトレーニングの一つとして、駅の階段を自分の足で降りる、それが大変なチャレンジという方だっているはず。「誰かを許す」という心の問題に日夜自分の内面をみつめながら取り組んでいる方もいらっしゃるかもしれません。
はたからは、その戦いがみえないだけで、誰もが何かと闘っている「心のアスリート」。
実は私は、星関係の仕事とは別に、とある施設でも働いています(私自身が大好きなスペース。でも、星とは直接結びつかないところ。このブログで勝手に具体的に書く権利はないので詳細は避けます)。
このスペースにも、一人でもくもくとがんばる人たちがやってきます。
彼らがこつこつがんばるのをみているだけ。なんの手助けもできません。「フレーフレー」とも言えません。でも、心の中では応援の青メガホンを持っているつもりです。
スポーツと違って人生は・・・闘っていても、その勝ち負けが他人からは見えにくい。応援ギャラリーもゼロだったり。
資格を取るためや学校に入学するためにどんなに勉強しても、合格発表の掲示の脇で落胆している時、「落ちたけどよくがんばった」と拍手をしてくれる人はいません。
自分自身でこっそり技術を積んで、こっそり戦って、こっそり敗れる。私たちが、挑戦の夢破れて傷心で満員電車に乗っても、隣の人は気づいてくれません。
逆もそう。同じ満員電車でもみあいへしあう隣の人が今日挫折を一つ抱えたとしても知るすべはなし。
だからこそ、私は今働かせていただいているこの場所で縁あって出会った人たち。その人が叶えたい夢をちょっとでも知ったからには、目指しているものに向かって努力している姿を目にしたからには、心で青メガホンを叩いていたいと思うのです。「何も力にはなれないけど、声もかけられないけど、がんばっている姿の目撃者でいたい。家族も誰も知らないかもしれない姿、決して『失敗したけどよくがんばった』って新聞で健闘を記事にされることもない孤独な奮闘ぶりを見守るギャラリーでいたい」と思うのです。
同様に、顔なじみのバスの運転手さん、通勤ですれちがう人、帰りにスーパーで試食のデモンストレーションでおまけをしてくれる顔なじみのマネキンさんetc,
「今日もがんばってますね。私もがんばります」って心の中でつぶやいてしまうのです。
でも、それは私だけじゃないでしょう。
朝早くから駅のキオスクで働く人へ。駅を利用するおじさんがその姿をみて、「こんな早朝からごくろうさま」って青メガホンを心の中で振っているかもしれません。
始発に近い電車で通勤のため駅の改札に向かうおじさんへ。キオスクで働いている人が、「こんな朝早くからごくろうさま。いってらっしゃい」って、青メガホンを心の中で叩いているかもしれません。
私自身も気づかないだけで、誰かが「ファイト!」って心の中でメガホンで励ましてくれているのかもしれません。「ブログの更新ファイト!」とか。
みんながみんなを応援しあえたら、この地球を包む「元気」というオーラが1割増しになるかも、なんて思います。
先日PCショップにパソコンを持ち込んだ時に画面が非常に暗いと指摘されました。
私は光のまぶしさに弱く、PCの画面をいつも一番暗くしています(F6で)。
でも、それだけじゃないことを思い出しました。PCを買った直後に、コントロールパネルの中の「画面」の中にある「デスクトップの明るさ」でも暗い(小)という設定にしていたことを思い出しました。
そこでためしに、通常設定に戻して自分のブログをみたところ・・・・
色が全然違います。濃いグレーがライトブルーに。文字も濃い色のつもりだったのですが薄い色に。画像も色が少し飛んでいるものも。
全体的に読みづらい気がしました。
皆様はPCの画面をどのくらいの明るさでご覧になっていらっしゃるのでしょうか。
文字の色がもっと濃い方が読みやすい、というご要望がありましたら、あらたな記事から(過去の記事も少しずつ)文字の色を濃い目に修正していこうと思っています。
毎日ニュースをみていると痛ましい事故、事件が報道されています。
特に先日たてつづけに報道された学校でのいたましい事故、胸が痛みます。
事故に遭われた生徒さんが意識不明の重体ときくと、奇跡的に助かってほしい。若い体力と生命力で奇跡的に回復してほしいと願ってやみません。
そして被害者になってしまった方や家族の支援と、加害者になってしまった生徒の心のケアはもちろんのこと、目撃してしまった生徒たち(事故を目撃したショックだけではなくて、自分たちがあの時ああしていなかったらと自分自身を責めているかもしれないから)のケアなどまわりがスクラム組んで守って取り組んでほしいものです。
毎朝、「いってらっしゃい」と送り出す家族。その先は学校だったり会社だったり。けっして戦場最前線ではありません。出兵する息子と敬礼で別れをする、そんな覚悟も必要もなく、ただ「いってらっしゃい」で送り出す家族です。
その家族はごく普通に「疲れたー」「おなかすいたー」と家に戻ってくるべきなのです。
また、学校や会社で、昨日会った仲間に今日も「おはよう」って挨拶ができる。それがごくあたりまえのことなのです。
この世の中、それが本当は有難い幸せなのかもしれないけれど、やはり、今日も明日も家族も仲間もいつもどおり。それが、あたりまえのことでなくてはならないのです。
大人は働きはじめたら絶対、責任があるのです。学校で働いている人は、その学校に通学している生徒さんを安全にお家に帰してあげる責任があるのです。食品を作っている会社の大人は、その食品を食べた人が健やかになっていく責任があるのです。旅行会社の人はツアー参加客が満足して、そして安全に旅から家に戻れるようにする責任があるのです。
大人になっていくにつれ、出会った人をなんらかの形で失うことが増えていきます。私のまわりでも事故で命を落としてしまった友人がいます。テレビで報道された大きな事故で重体になりながらも奇跡的に助かり、社会復帰されている先輩もいます。
誰かは誰かの大切な存在だから、奇蹟、起きてほしいです。
そして、医者が患者を守るように、学校は生徒を、会社員はお客様を、「私が守るんだ」と思うことが大事と感じます。思うだけじゃなにもできないかもしれないけれど、そういう祈りのバリアで相手を包もうとすることって、そうしないよりは0.1%でも違うと信じたいのです。
そして一つの命にかかわる重大な事故の後ろにはあやうく大事にいたらなかった事故がいくつもあるはずだから、私たち、大人はいろんなことを見過ごしてはいけないのです。
今朝、身内の気象班Mが携帯から画像を送ってきました。
「おおー!天使のハシゴどころか天使のエスカレーター。ぶっとい光の道じゃー」のコメント付きで。
まさに、天使のエスカレーター。
映画『未知との遭遇』などで地球に着陸した宇宙船のドアが開いて、地上へ伸びるタラップみたい。
たくさんの天使たちが今朝、地上に降りてきたのかもしれません。
光っているのはどの辺でしょうか。たぶんそこのエリアの方々は、今朝は曇り空だけど太陽が照ってるなあって思うだけで、まさか自分たちのところだけ光のタラップが伸びているなんて気づいていないのでしょうね。
虹が出ている時、その橋の下の人たちは天気雨のさなかで気づかないように。
遠くからの方がわかることがあるのです。
近すぎて&リアルタイムのため、かえって気づけないだけで、思いがけない恵みの瞬間に今自分がいることがある、そんなことを感じました。
NDEX 2006年2月22日からの記事はこちらから | 星やプラネタリウム記事一覧 | ガガーリン記事一覧 | 星と楽しむ音楽記事一覧 | 星やプラネタリウム | ガガーリン | 星と楽しむ音楽 | 光り人(hikari bito) | 雪の結晶 | フィギュアスケート | フィギュアスケートindex | ロシア | ダシ・ナムダコフ(ロシア注目のアーティスト) | 色 うっとり | 香り うっとり | 緑 お散歩 隠れ家スポット | others(ヨロコビノモト) | about me | リラクゼーションプログラム
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